ある精死病復帰者の記憶 その8 1890年
皇紀二五五〇年(西暦一八九〇年)
瑞穂星 ロンドン近郊の南西の農村
目が覚めるとそこはコックピット内であった。
当然である。今回の作戦は機内から降りることができないからだ。
<山県機、起きたか。応答せよ>
通信が聞こえる。隊長からである。
「こちら山県機、異常ありません」
俺はバイタルデータと機体の状態を見て答える。どちらも大気圏降下時と変わりはなかった。
<そろそろ予定の時間だ。各員準備しておけ>
「了解」
隊長の言葉に部隊全員の了解の声が聞こえる。
<我が隊の前方3キロ範囲以内に敵の火砲陣地が展開されています。機関銃も多数確認しました>
観測係のナラサキが報告をする。
<各武装チェック。動力ともに問題なし>
同い年の後藤がそう報告する。
<こちらも異常なし。あの程度の防衛陣ならシールドなしでもいけますよ>
はねっかりの高杉の奴が偉そうに言う。
「高杉。油断するな」
俺は言う、油断はできない。確かに奴らどころか瑞穂星全域にこちらの装甲を貫く装備と技術は確認されていない。少なくとも今はまだ。
だが、大昔の織田とかいう学者が予言した通りの進化を遂げた以上、油断はできない。
<山県のいう通りだ。我々はあちらの全てを踏みつぶしにいくのだ。こちらは良いが、あちらはそれこそ未知の敵の侵略をうけるのだ。それを心にとめておけ>
西郷隊長がそう言うと、高杉はおとなしくなった。
<! 艦より入電。琉球近海での水上戦闘が終了の情報がイギリス本営に届いた事を確認したっ>
そうなった矢先。隊長がそう声を張り上げる。
<これより英国侵攻軍第一部隊は北東へ侵攻を開始しロンドンへ突入する!全機作戦開始!>
「了解」<了解><了解><了解>
隊長の命令により、全機、機動を開始する。
シルヴェル型重機動歩行兵器……大和名<タカアシガニ型重機動歩行兵器>は大気圏突入時によりできたクレーターより前進を開始した。
* *
カシワギさんは困惑していた。
「(これ宇宙戦争だ……!?)」
しかもこれ世にも珍しい侵りゃ……げふんげふん。宇宙人側の目線である。
ご飯を食べた後、読み進めていてペリー来航あたりを終えて飲み物を摂取しつつの閲覧であったが、まさかこんなネタが仕込まれているとは予想だにしなかったのだ……いや、アルケブスあたりから薄々怪しくなってきたが、まさかとは思った。
とりあえず、国際的な流れを説明すると、大和はイギリスに麻薬を売りつけられかけた。
寸での所で巡視船に発見され、船内調査をした所、大量のアヘンを搭載しているのが判明した。
そう、これは大英アヘン戦争である。いや、作中では単に麻薬紛争と表記はされているが。
大和国民はおろかティエルクマスカ中が驚愕し、そして激怒した。
手口が清にやったのと同じ手口だったし、その後の外交も似たような道をたどったからである。
いわく<貴国の行った行為は我がイギリスに対しての貿易侵害であり、深刻な問題である>とイギリスは表明し、賠償金の要求を行ったのだ。
結果は大和・ティエルクマスカ全国民が激怒する事となった。
こと麻薬に関してはティエルクマスカは撲滅・根絶宣言を行っており、並大抵の瑞穂星の出来事には容認していたティエルクマスカでも、これは容認できる代物ではなかったのだ。
かくして大和政府はやんちゃが過ぎるイギリスに灸をすえるべく、作戦を練り始める。
三軍合同作戦分析立案部あらため、三軍合同作戦分析立案参謀部によって即座に練られた作戦は至ってシンプルであった。
まず、宣戦布告をイギリスにさせて、八島に駐留している偽装艦隊の全力でもって上海に駐留しているイギリス艦隊を壊滅させ、そして惑星軌道内にいる揚陸艦より降下部隊を降下させ、イギリスの首都ロンドンを直接攻撃をする。というものであった。
某コロニー公国もびっくりである。しかし流石に瑞穂星の文明社会の中心たるロンドンを灰にするのは如何なものかという事もあり、ロンドン全域をVMC技術による仮想物質構成の立体映像で揚陸艦のシステムによる演出……要は<悪夢作戦inロンドン>という訳である。
上海に駐留しているイギリス艦隊も同様の処置である。当時の戦力の中心は水上艦なのでこれが多かれ少なかれ消えるのは良くないと判断したのだ。
だがVMC技術によるシュミレーションは相手の攻撃がしっかり食らうのだが……なにせあちらは第一次世界大戦以前の技術と装備。一方こちらはティエルクマスカそのものと言っていいほどである……。
これはひどい。本家宇宙戦争が可愛く見える程だ。
本家宇宙戦争は……まだ地球側の新型大砲が効いたが、こちらは傷一つつけるのに難しそうである。
ヴァズラーですら10式戦車の主砲を30発、シールドなしで食らわせてやっと撃破できる代物である。何故に第一次世界大戦以前の大砲でシールドありありのシルヴェルサンを撃破できるというものか。(野砲と戦車砲を比べるのは酷な話ではあるが)
さて、結果は火を見るより明らかなのだが、何故に大英帝国サンはこのような危ない火遊びをしたかというと……。
やはり植民地欲しさでやってしまった感がある。
それというのも、アメリカが皇紀二五一三年(西暦一八五三年)に琉球の支配権を強めたと思ったら、皇紀二五二一年(西暦一八六一年)に南北戦争が始まってしまい、各列強たちがアメリカの穴を埋めるために躍起になっており、特にイギリス・オランダ・フランスは東南アジアの利権を得ようと鎬を削っていた背景があった。
インドシナはシャム(タイ)を除きフランス領となり、インドネシアはオランダとなり、ビルマ・マレー半島はイギリスとなったが、さらなる利益を得ようと、ついにイギリスは琉球及び大和へ手を出したのだ。第一次ボーア戦争で手痛い経験はどうしたのだろうか。
かくして大英麻薬紛争は起きる。
本家宇宙戦争よろしく、辺りを手当たり次第に燃やしながら進み、ロンドン手前の最終防衛ラインも易々と突破し破壊の限りを尽くした。なお本家は数日間におよぶ破壊侵攻であったが、こちらの方はほぼ二日で行っている。
南西部隊と北東部隊、そして海からの侵攻部隊の計一二機のシルヴェル型重機動歩行兵器の包囲侵攻の前に最強を誇るイギリス軍は破壊尽くされてしまった。
ビックベンも破壊されるかと思いきや、そこに海上からやってきた上陸部隊、こちらは兵員輸送型のシルヴェルであり、ビッグベン近辺で歩兵を吐き出し、大臣閣僚らを拘束しだしたのであった。
ロンドン襲撃から一日・二日しか経過しておらず、混乱により動けていない大臣閣僚らを、某死亡空間のシステムエンジニアめいたアーマーを装備した装甲歩兵達によって拘束されるサマは複雑なものであった。
いろいろとあったが、紛争自体はイギリス側の敗北という事で話はまとめにかかる。
イギリス側はもう何がなんだかという風である。無理もない。話し合いの場を設けた途端に火の海となったロンドンの街が瞬時に修復されてしまったのだから。
とりあえず、イギリス側には大和の説明としてはティエルクマスカ事態は伏せて火星もとい高天星に本拠地がある星間国家であると伝え、地球もとい瑞穂星は条約やら法律で立ち入り禁止の上、介入はしない。という旨を伝えた。
この時点で最早イギリス側は恐慌状態となったが、数日間の大臣閣僚レベルでの会議……というか説明会により、どうにか理解と和解が進むことができた。
大和としても麻薬を売りつけた事への謝罪を行ってくれれば良いし、主力艦隊やロンドン襲撃の死者も居ない訳なので、戦後処理的には比較的スムーズであった。
ただ、やはり勝者の大和としては得る物が欲しいとの事で、大和はイギリスに情報の提供を提示した。
いわく「食生活やら生活習慣の情報」やら「鉄道規格や運用状態」、「新聞会社等の報道のありかた」やら「インド統治の体制」等、様々な情報の提供を要求する事となる。特に化学技術や兵器開発に関しては以後50年の一年間で出た特許と軍事技術の提示義務を要求した。
世界一の大国であるイギリスの科学技術の一連の流れが分かればティエルクマスカでの瑞穂星研究に大いに役に立つからである。この情報の提供は取引の体裁になり、イギリスがこれらの情報を提示すれば大和は見返りにそれ相応の金塊を出す。という形となった。
イギリスとしても勝者の要求にしては意味不明すぎる要求に困惑するも、提示すれば金塊数トンを得られると聞かされたため、応じる事となる。情報漏えいの恐れもあったが、拒否をするという選択肢はなかった。
かくしてイギリスにしてみれば意味不明極まる戦争は終わった。
体裁上、ロンドンは謎の大火に見舞われ、戦争どころではなくなったのと、大和としても上海駐留艦隊に一定の打撃を与えるも、これ以上の戦線の拡大は不可能と判断し、賠償金の支払いに応じる形で幕を下ろす事となった。
大和に不利な条約等は一切なく、また上海駐留艦隊も打撃を受けたとされているも損害に関しては不明瞭な点が多く、船員ですら詳細を語ろうとはしなかった事に他国は謎の大火は大和国に関するものではないかと疑ったが、両国はこれを否定。そうこうしている内にフランスがもう問い詰めるのはよそうと言い出し、有耶無耶となった。
それよりも謎の大火に関しては各国の大使館が宇宙人の侵略だのなんだのと騒いでいた事の方が大事であった。幸い、大和軍は国籍印をつけていなかった為、『大火で頭がおかしくなったとちゃうか』とイギリス政府の言葉に皆納得するしかなかった。それだけ信ぴょう性に欠ける事案であったからだ。フランスがまっさきに興味をなくすと各国も続いて興味をなくしていった。そんな事よりも東欧情勢が悪化してきたのだ。
そもそも、どうやらフランスとはイギリスが何やら秘密の取引をしたらしく、口裏を合わせるようにしたらしい。
なお琉球は結局アメリカの所有領地となり、アメリカの大陸進出の拠点となった。
さて、これにて大英麻薬紛争の戦後処理は終わる訳なのだが、諸外国の情勢、特にアジアに関してなのだが、基本的に世界はおおむね第一次世界大戦前の状態である。
ただ、極東情勢は大きく変貌していた。これらは 皇紀二五五〇年(西暦一八九〇年)以降の話なのだが、以下のようになった。
まずロシアと清が何度も戦争を行っており、そのどれもがロシアの勝利に終わり、満州・朝鮮はロシア領となり、天津は租借地として九九年ほど貸し出される事となっていた。特に天津の入手はロシアとしてはかなりめでたかったらしく、ロマノフ家の財産として編入される事となる。
満州のみならず遼東半島や朝鮮の全てがロシア領である。朝鮮は李氏王家でありロシアの保護国となっていたが、数年もしないうちに親ロシア派と軍隊の殆どが主体となるクーデターがおこり、王家を倒した新朝鮮政府はロシアへの編入を望んでしまった為にめでたくロシア領となってしまった。王家は琉球へのがれ、その後余生を全うしたとの事である。
以上の事からも、極東におけるロシアの極東支配が進んでおり、英仏は危機感を募らせ、英仏阿三国通商を締結させていた。ロシアも対抗すべく、ドイツとの関係を強化し、バルカン半島でのドイツやオーストリアの進出を容認したのであった。
オスマントルコはイギリスに救援を求め、状況を重く見たイギリス・フランスはギリシア・セルビア・ルーマニア・ブルガリアに独立保証をかけて侵害されれば守るという条約を締結したのであった。
かくして世界はイギリス・フランス・トルコの英仏土三国通商とドイツ・オーストリア・ロシアの独墺露三国同盟に別れ、拮抗した空気が流れる。いささか第一次世界大戦前夜とは違うが、これも前夜の一つであるとわかる。
あと、先ほど記入したように、イギリスと大和との秘密協定によりイギリスは大量の資金を入手する事となりこれにより、史実以上に英国面を発揮する事となる……が、世間一般としては技術における英国面は負の面しかないように見えるが……いや、実際負の遺産となってはいるのだが……しっかりと意味がある。
技術界における発展とは、要は失敗を土壌に成功や素晴らしい発見の花を咲かすようなものである。奇天烈な駄作としか言えない代物も、失敗という意味で十分意味のある発明なのである。
よく「これなんに役立つんですか?」とノーベル賞受賞者に毎年聞いては困らせるマスコミの姿が見受けられるが、そこのところがあまりわかっていないのがわかる。二位ではダメであり、結果が出てない分野を廃止するのはやはりよくない事である。
必要な分野のみの発展がどのような結果を産むか、となると難しいが、やはり戦艦大和あたりが分かりやすいだろうか? あるいは旧日本軍の通信や暗号技術と言った分野だろうか? 一応旧日本軍でも仁科芳雄なる物理学者によって核兵器が進められ一応の目処が立ったが、百年・二百年かかる計算になり、結局頓挫したのもそれにあたるだろうか?
ともかく、一見不必要な研究でも進めていけばいずれ必要になる可能性がある以上、英国面などとあざ笑う事はあまり好ましくないのである……が、やはり海岸の上陸戦で車輪を転がすのはあまり頭が良くないと思う。
話がそれたが、とにかくイギリスは資金チートを背景にその英国面をいかんなく発揮し、なんと電子学分野や飛行学方面を発展させていくのであった。
これにより新たな局面を迎える事となるが、それは次回の話となる。
〜 つづく 〜
ナラサキさんは前回話に出てきた10歳の坂本龍馬にあこがれて剣道やり始めてた女の子の成長したのを想定しております。
思ったより宇宙戦争できませんでした。
次回からは第一次世界大戦で、仮想戦記感をどんどん高めていきますのでご了承ください。