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ある精死病復帰者の記憶 その7 1853年

黒 船 来 航

 皇紀二五一三年(西暦一八五三年)

 大和国 八島 室戸岬より南に一〇〇キロ程離れた沖合 大和国巡視船内


 「異常なし。ですね、船長」

 『ソうだな。最近、クジラ漁の関係で大型漁船の接近が増えてきたからな。まだ今月入って俺達当たってないからそろそろ当たりそうな気がするが』

 遣唐使船を少し大きくした程度の巡視船内で船長と部下がそうやりとりしている。船長はディスカール人系らしかった。

 「そういや船長、スポーツニュース見ましたか」

 航海士が思い出したように世間話をしだす。

 『ン、見るには見たが、あれか、坂本か』

 「そうそれ。まだ若いですけど、すごいですよね。17歳の若さで全ティエルクマスカ剣道大会優勝するなんて……」

 『ソうだよなぁ。それでウチの娘がさぁ、同じ名前だろ? なんか大ファンになっちゃってさ』

 「あー聞きました聞きました。確か娘さん10歳でしたっけ?」

 『今年で11歳。なんか結婚するとか言い出して剣道やりたいって言ってさぁ……まぁやらせてるけどさ』

 ……等々、和気あいあいとした雰囲気を醸し出している。

 一応彼らは大和陸戦武士軍であり、勤務中であり、船長が率先して娘自慢などはあまり好ましくないのであるが、ここは裏庭の裏庭たる瑞穂星の八島沖合。定期通信さえ欠かさずやれば御咎めなしであった。



 前回戦国時代あたりから二〇〇年程飛んだ為に、説明が必要かと思われる。

 あれより二〇〇年経過したため、世界は変わった。

 いわゆる産業革命により物資の生産力が向上して生活様式が一変。西北地域文明圏ヨーロッパが他地域文明圏に与える影響が高まり、他地域文明圏は西北地域文明圏ヨーロッパの経済圏傘下に入りつつあった。

 織田信長が一六世紀末に予言した通りの展開であり、西北地域文明圏内での組織・経済構造、倫理すら激変していたが、信長以後も幸いにも大和国・ティエルクマスカは優秀な瑞穂星学者の排出に成功しており、慎重に対応を協議しあっていた。

 一六世紀末期ごろより既に一部西北地域文明国の進出は始まっていたが、その後進出は止まるどころか進み、ついに中華の清帝国の勢力圏以外はヨーロッパ諸国の経済勢力圏に収まる事態となっていた。

 その清帝国への経済浸食も、十年前程の皇紀二五〇〇年(西暦一八四〇年)の、イギリス帝国と清帝国間の紛争……通称英清麻薬紛争により明らかなものとなっていた。


 大和国としても以前から清帝国の構造腐敗を危惧していたが、それより驚いたのがイギリスもといグレートブリテン及び北アイルランド連合王国が、清との貿易摩擦解消の為に、経済圏のインドより採集できる麻薬を売りつけて流出した銀を回収したばかりか莫大な利益を得ているという事実に驚愕していた。


 大和は既にティエルクマスカに入って八〇〇年以上経過し、銀河連合盟約主権国家の常連候補とも過言ではないレベルになっていた。ゆえに価値観・倫理観としてもティエ連と差異のないものとなっていた。なのでこの利益至上主義による麻薬販売とその戦争理由……インドからの麻薬輸出が清側にバレて押収されるも、商品の不当な押収だとイギリス側が反発し、ついに戦争に踏み切る事……が信じられなかった。


 また、アメリカ独立戦争やフランス革命やらの市民による王政の否定も、その血生臭い行動に強い不快感を示していた。

 アメリカ独立戦争は『利権やら経済的な理由が強いとはいえ、まさかここまでの死者が出るまで戦い続けるだなんて……』と驚き、フランス革命は王族はもちろんの事、反対者を皆ギロチン刑に処すのを見て『ここまでやらなければならないのか……!?』と驚愕していた。

 無理もない。独立といえばイゼイラ人とサムゼイラ人が大変有名であり、ティエ連加盟国での独立沙汰の際に、流血沙汰にまで発展したのは(大和が加盟してから)百件にも満たぬ程度。そのすべてが過熱しすぎたデモの鎮圧や事故であり、死者は10名にも満たない。まぁ死者に関しては医療技術と関連してくるが……。

 当然<独立戦争>なる事態にも起こっていない。そもそも本来問題視される経済的な理由がハイクァーンにより存在しないのが最大の理由である。

 フランス革命にしても、イゼイラ・大和としては非常にショッキングであった。二〇三年あまり続いていたブルボン王朝のルイ16世が自らが考案させた新たな斬首刑のギロチン刑に処されたのは目を疑う光景であった。確かに幾度となる戦争による散蓄と疲弊と世界的な気象異常により国民生活が困難であったが、まさか王族が殺されるだなんて夢にも思っていなかったのだ。それだけ王家のイメージにはプラスイメージしかもっていなかったともいえる(故に末期のブルボン朝の対応には自業自得という評価を下す学者団体も少なくない)。

 しかし負の面だけではもちろんない。長期的に見れば民主化により科学や思想の飛躍につながると一定の理解はされていたし、トーラルとハイクァーンがなければこうなる可能性の方が高いと官民共に周知の事であった。

 ただ、イギリスの麻薬紛争に関してはそうは言っても許されざる行為と言ってよかった。麻薬に対しては開拓惑星一つ滅ぶ例もあるように、到底許容できるものではなかった。しかしだからと言って未来への脅威になるから的な理由だので攻め滅ぼす訳にもいかず、とりあえず要注意国家としてイギリスはマークされる事となった。


 そんなこんなで大和は瑞穂星においての外交政策を一変させざるを得ない時期に差し掛かっていた。

 既に幾度となる貿易輸出品の見直しや貿易協定や制限によりどうにか目を付けられずに済んでいたが、英清麻薬紛争後、それまで清の暫定的な属国であった琉球における支配権の浸食が目に見えてきている。大和としても既にそのような干渉を何度かされていたが、瑞穂星の平均水準の軍事力の誇示などを行い、中立宣言を行う事により、どうにか経済浸食は防げている状態である。

 今後としては琉球は大和と違う文明国として領土主張は行わず、たとえ英清麻薬紛争的な一方的な言いがかりを掛けられても、瑞穂星内での紛争作戦を展開する予定である。



 ……というのが現在の大和の対外的な方策であり、それゆえに上記の巡視船の話に繋がっていくのである。

 この時期の瑞穂星での文明の光は主に動物性の油を使用した光であり、クジラの捕鯨が世界的に行われていた。八島近海ももうかれこれ八〇〇年以上まともに捕鯨やら漁をしてないので手付かずの水産資源が残っており、それを狙って近海へ捕鯨船が出没しているのである。当然ついでに水や食料の補充や修理もかねて接近してしまうケースもある。

 大和としては、天然のクジラをただ油をとるだけに捕鯨するとは何事か!殺すならしっかり食えよ!食えるんだから!!というかこちちらに試算だとクジラ1頭につき少なくとも漁村一つが一年豊かに暮らせるだけの富が出るんだぞ!と一部八島沿岸部のお住いの方々がキレてる事態なのだが、食べないものは仕方ない。色々とみられるとまずいものもあるが、水や食料、修理もさせないのは流石に酷いということで、巡視船による早期発見による誘導の元、見られてもいい場所へ誘導して修理や物資の補充を行っているのであった。

 一応、オランダ・イギリス・スペイン・ポルトガル等の国々とはそういう協定を結んでいるし通達もしている。寄港が許可されているのは当然、佐世保と坊津、博多の三つのみである。

 幸い、相手方もこちらを都合のいい話のわかる補充ポイント程度にしか見ていないので、こういう関係がいつまでも続けばいいなぁと淡い期待をしているが、まぁそうは問屋は下ろしませんわなぁというのも政府の見解である。


 そんなこんなで今日も今日とて迷い込む漁船がないか巡視船が目を光らせていた。


 ……が、実は発見は巡視船の目視ではなく、基地における衛星映像や水上レーダーにおける発見が主流である。巡視船も見た目が遣唐使船に毛が生えた程度のものだが、普通に飛行するし海中に潜れる優れもので、基地内に待機して発見後数分で現場に直行できるのだが、それだと捕鯨船が驚くので海上待機をしてさも目視による発見で遭遇しましたという体を成しているのである。


 今日もそんな1日が始まると思われていたが……。


 「! 基地より通信きました! 琉球より出港し、坊津コースを逸脱したアメリカ艦隊が、この海域へまもなく到達するとの事です!」

 通信係がそう告げる。

 『ナに? 例のアメリカ艦隊がか?』

 艦長がそう確認を取る。それと同時に船内にも驚きと共に緊張の空気が立ち込めた。

 「はい!どうやら福原湾へ直行するようです!」


 例の艦隊、数か月前よりアメリカ合衆国本土のアメリカ東海岸より派遣された艦隊が各国の植民地の港を経て中国に停泊しているアジア艦隊とも合流し、日本近海へ琉球へと寄港していた。

 彼らの目的は大和との国交樹立、および捕鯨船の寄港条約の締結を狙っているとの調査員からの報告で既に分かっている。

 だが、まさか佐世保や坊津に行かずに直接首都とされる後京に近い福原湾へ直行してくるとは……!


 『奴らは自分たちが作った国際法を知らんのか?定められた決まり事すら守れぬ国と国交が結べると本気で考えているのか……?』

 「所詮、アメリカ国もイギリス人、という事でしょうか」

 艦長のつぶやきに副艦長が答えた。

 『ソれで、こちらの偽装艦隊は?』

 艦長は静かに頷くと通信士に尋ねた。

 「すでに出港していてこちらへ向かっていますが、海域到着後は瑞穂星標準速度になるので到着はしばらくかかるとの事。我が船は視野内に入り次第警告と停止勧告をせよとの事です」

 『了解した。総員配置に付け、これより作戦を開始する』

 艦長の命令に、一気に船内から先ほどののほほんとした空気が一掃された。


 その後、レーダー通りにアメリカ艦隊が海域内へ進行してきた。石炭を利用した蒸気機関を搭載した軍艦2隻に小型帆船2隻を伴う艦隊である。


 『来たか』

 船長はそう言って正面スクリーンに表示され、遠くに見える艦隊を見据えていた。

 「アメリカは大和に艦隊がないと思っているのでしょうか?」

 『ワからん。佐世保や坊津にある程度で張り子の虎だと思っているかも知れん。それに所詮はアジア辺境の国だと思って強く出れば屈するとでも思っているのかも知れん』

 「侵略行為に出なかったのが裏目に出ましたかね……。こうなるなら琉球を蝦夷のように編入後、独立させた方がよかったですかね?」

 『ソれをすると今度は中華の太平洋進出を塞ぐことになるし、西欧諸国の中華進出にも影響が出かねない。琉球の人々には悪いが大和がまだ世界に知られるわけにはいかんのだ』

 「まぁ……そうですよね、かの王国は台湾まで続く諸島を軒並み占領下に入れてしまっているため、重要な拠点ですもの」

 等々、政治談議に花を咲かせる中、距離が狭まってきていた。


 既に旗信号やメガホンによる警告を行っている。もちろん翻訳機による英語の警告なのだが、海上という事もあり聞こえてないようである。が、やはり旗信号も西欧で一般的な作法で停止せよや反転せよ。等を行っているがこれも無視しているようであった。


 アメリカ艦隊の船の甲板には船員がいるのは分かっているし、かなり至近距離でこれらを行っても反応はなかった。

 「やはり反応ありません。意図的に無視しているようです」

 『フむ……。偽装艦隊の到着は?』

 「当海域に到着。後三〇分でアメリカ艦隊と邂逅します」

 『命令に変更は?』

 「ありません。引き続き警告と勧告を呼びかけるようにとの事です」

 『了解……それにしても、連中、戦争する気もない癖に首都近隣の港に接近してどうする気なんだ?これで両国との関係が悪化して戦争となれば危ういのは彼らの国なんだぞ?』

 船長はそう顔をしかめながら言う。


 五年前の皇紀二五〇八年(西暦一八四八年)にアメリカはメキシコと2年間の戦争により大幅な領土を獲得していたが、編入からまだ五年しか経過しておらず安定化にはしばらくかかりそうであり、アメリカの国力は他西洋諸国と比較して最弱と言っていいほどのものであった。

 それに国内の反英国派で工業化推進派の北部と親英国派で農業貿易推進派の南部との軋轢が、旧メキシコ領編入により表面化してきており、十年以内における内乱勃発が予想されていた。


 そんな微妙な国家状態で、このような強気な外交姿勢をとるのは、博打めいていた。こちらが『神の目』でもって相手の手札ないじょうを見ている。というのを差し引いても無謀以外の何物でもなかった。

 船長以下大和政府としては、何故にこちらは瑞穂星に合わせた軍艦による戦力を保持している事を佐世保・坊津・博多で見せつけているのにこのような事をしでかすかが謎であった。

 

 ある意味、大和政府は瑞穂の西欧諸国を見誤っていたとも言える。

 大和としては戦力保持にこそ意味があると思っていたのだが、西欧の感覚としてはそのような力があるのならばとっくに進出をしている筈だと思い、それをしていなかったが故に、このような事をしでかしたのだという事を。つまり米国は大和を完全になめていたのである。清国と同じく強気に出れば屈すると、試しに大和最大の港であるフクハラの近くで空砲でもやれば簡単に折れると。


 しかし、そんなアメリカ艦隊の前に現れた大和の偽装艦隊……もとい瑞穂星水準の水上艦隊……が姿を現した。

 二層式の九十門搭載型の戦列艦が二隻。四八門搭載型フリーゲートが三隻。蒸気機関搭載型の装甲艦(要は黒船)が二隻の七隻の艦隊である。中身はしっかりティエルクマスカ標準のもので水中潜航や飛行できる。形状は西欧諸国の海軍を参考にした大和オリジナルの設計となっている。

 大和方面からくる艦隊に、アメリカ海軍は文字通り目を疑ったが、掲げられた旗が大和国を示す菊花紋章である事とそれらの艦が発する停止信号旗を確認するとやっとアメリカ艦隊は停止した。


 その後、艦隊は坊津へ誘導され、そこでやっとこさ大統領の親書および通商条約うんぬんの案件を渡されたわけなのだが、後京に最も近い福原湾への侵入の意図は明確である以上、遺憾の意をもってアメリカ合衆国へ抗議がなされる事となった。

 最も、大和としては福原湾侵入の意図を認め、実行犯の艦隊指揮官への相応の処罰があれば、通商条約の話に応じるとも打診しているし、琉球に関しては不干渉を貫くとも表明を行った。


 既に日本へ派遣した時とは政党が違っていたアメリカ合衆国政府の行動は早かった。装備も不十分なまま下手をすれば戦争にもなっていた事態を引き起こした大和派遣艦隊司令官と琉球の利権と大和との通商交渉。比べるまでもなかった。

 即座に罪を認め謝罪を行い、大和派遣艦隊の司令官であるマシュー・ペリーを即時帰国させ謹慎処分とした。それ以上の処罰は彼の以前の業績と海兵の人気から課すことができなかった。大和としてはアメリカ政府の対応を認め、これ以上責めないという表明を行い、かくしてこの『福原湾侵入未遂事件』は平和的に解決される事となった。


 残念な結果となったマシュー・ペリーであるが、大和派遣艦隊以前はアメリカ海軍の蒸気機関船の建造に尽力しており、一定の業績は有ったため、後世では評価が分かれる人物の一人となった。ちなみにその後はアルコール使用障害、痛風、リウマチを患い、六〇歳で死去した。

 余談だが史実では六三歳で死亡。奇しくも持病は一致している。余談の余談でルイス・アンド・クラーク級貨物弾薬補給艦という補給艦の九番艦に彼の名前が使用されており、かの3.11の際には救援活動に参加している。



 かくしてペリー来航は軽く凌いだ大和と瑞穂星であるが、さらなる受難が瑞穂星国家に降りかかるのであった……。


  〜 つづく 〜


沖縄の方大変申し訳ございませんでした。

大和が完璧に空気扱いになって引きこもりするためには沖縄は日本に含まない事しかできませんでした…。

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