ある精死病復帰者の記憶 その4 1551年、1560年
今までと趣向が違うものとなっております。
ある意味キャラ崩壊注意です。
なんと美しい国なのだろうか。
この国の都、ゴキョウにて宛がわれた宿から見える景色に、私は感動としか表記しえないものに打ちひしがれていた。
あるいは、それは先日に都の大学において行われた討議において打ち負かされた傷心がそう感じさせているだけなのかもしれない。
私、フランシスコ・シャビエルは先日行われた大学の討議へ参加することができたのはあるいは試練なのだろうか? 長時間の論争の末に―― 体裁上は引き分けという事となったが、私の信仰に対して多大な傷を残す形となっていた。
未開な東の地で、父なる神の教えを伝え、誤った信仰ではなく唯一の正しい救いの道へ導くのが私の使命だった筈だ。それが今や揺らごうとしている。
いけない。この私が父なる神の教えに対して揺らぎを感じる事など――。
話題を変えよう。
現在一五五一年の二月。一月にようやくこのゴキョウなる都へ到着した訳なのだが、さてどこから書き記すべきか――。
(ここからラテン語へと変わっている)
まず第一に、私フランシスコ・シャビエルの生い立ちは――当時フアン三世が治めていたナバラの地において、その王の臣下の子として生を受け、そして王国の消滅という試練を乗り越え、聖バルブ学院、アルカラ大学、モンマルトルを転々とし、この生涯を神に捧げると決意したのでありました。
当時の情勢につきましては、ザクセンの地において発症した異端の教えを説く一派がドイツ・ゲルマンの地をペストの如くの猛威を振るっている事態であり、我々の活動は法皇パウルス猊下のお目に留まり、我々の活動である父なる神の教えを遥か広い世界へと広める事をお認めになられました事は、今でも栄光に余るものでございます。
さて、そんな私めは、インドのゴアの地へとその活動を行う為に、ポルトガル王より依頼を受け、その任地へ赴くのでありますが、その地で私はとある噂を耳に致しました。
『遥か東、大明帝国の隣に、神にも等しい人々が住んでいる』『東の島々には天をも突く塔がそびえ立っている』等というものでしたが、私としてはかのマルコ・ポーロの記録を思い出しておりました。
かの記録の中に、『ヤマトゥなる東方の島々に、天をも貫く塔があり、そこから金銀が生み出され、かの国には金銀で埋め尽くされている。クビライ・カンはこの島の豊かさを聞かされてこれを征服しようと思い、二人の将軍に多数の船と騎兵と歩兵を付けて派遣した。しかしその軍団はヤマトゥの小さな島へと降り立つとともに天の怒りに触れてことごとく撃退されてしまった。カンは天の怒りを恐れ、出兵を取りやめた』というものですが、かの噂と一致するところがあり、真偽を確かめる事と、その地へ住む人々を見極め、まことに神の民なのかを確かめる事としたのでありました。まことならばすぐさま教皇へお知らせし、神への御意向をお知らせせねばならず、偽りならば父なる神の教えを説き、まことの神の民へとせねばならないと思っての行動でございました。
長き船旅の果て、ついにヤマトの地へ降り立つ事が叶いました。かの日は一五四九年八月一五日だったので聖マリアへと捧げました。
降り立った地はボウノツと呼ばれる豊かな港でありました。
かのヤマトの国は国を閉ざす鎖国の政策をとっていたのですが、私の必死の要望に、一年の間はボウノツのみでの布教でしたが、翌年の八月にはボウノツを出てヤマトの都での布教を許される事となりました。
その後、船でヤマトの都へ向かいましたが、かの国の船はとても快適で我々のいかなる船よりもとても性能が良いものでありました。
フクハラという港町へと入り、数日後に陸路でヤマトの都ゴキョウへと到達したのであります。到着した日は一か月後の一五五〇年の九月でございました。
ボウノツ、フクハラともに故郷の街並みにも匹敵する程でございますが、特にゴキョウの街並みは、そのほとんどが木製造りであるものの、ローマをも凌ぐ程美しくも厳かなものでございます。
それからというもの、私にとって素晴らしくも多忙な日々でございました。
宿には連日ヤマトの人々が会いに来ており、中には有望な知識人ともその親睦を深めました。
驚くべき事に、ヤマトの国では女性でも学者や司祭、役人になる事ができ、私も多くの女性学者に会いましたが、皆聡明でありました。
ヤマトの国にはさまざまな民族が共存しあい、いがみ合う事無く暮らしておりました。
イゼと呼ばれる民やデイスの民、ザムの民等、顔つきが明らかにヤマトの民と違う人々……彼らはどちらかというと我々やインディア、アフリカーナの顔つきに似ており、文化や暮らしぶりも多種多様であることも驚きました。それでいて何もいさかいや問題が起こらない光景はまさに我々の博愛の精神そのものでした。
そしてかの者達の勤勉さと興味深さには終始驚かされてばかりでございました。
しかしながら、いくら父たる神の教えを説いても、耳を傾けてはいただけるのですが、布教はあまり進まず、困難を極めております。インドで発見されたすべての国々よりもヤマトの国は極めて困難なものと判断します。
次にこの地へと赴く人物は、必ず学識ある人材が必要です。特に哲学と弁証法に優れ、討論で明らかとなる矛盾をすぐにとらえる者が必要となります。
でなければ他人を霊的に救う事ができても自分が滅びてしまうからです。
………
……
…
* *
〜 一五六〇年 大和国 安土 瑞穂星文化文明研究センター 〜
「……これが十一年前に渡来し、私がケチョンケチョンにしたザビエル氏の手記……ね」
すらりとした腰まで伸びる長髪が印象的な、単衣ひとえとされる昔の大和の女性貴族が来ていた衣服……今では珍しいが奇抜ではない程度には民間に普及している……を着た美しい女性がそう言ってPVMCGに映る資料を目で読みながら言う。見た目年齢は二十歳を過ぎたあたりだろうか? 知的で落ち着いた雰囲気を感じさせる女性である。
「ええ。ケラー・義元。数週間前にゴアの修道院の書庫に収められているのを調査員が……」
「まるで泥棒ね。いつからこの研究センターは空き巣を学科に加えたのかしら?」
女性は得意げに話そうとしたセンター職員を遮るように鋭い皮肉を言う。
「冗談よ。あまり気にしないで……。ふむ、なるほどね……確かにこれは興味深いわ」
しかし女性はその内容に終始意識を集中させており、その職員を気にも留めていないようであった。
「義元・ヂィス・イマガァ。四一歳、フリュ。大和人とイゼイラ人とのハーフの父とイゼイラ人の母の間に生まれ、大和人の血が色濃く出たと幼少期は評判。その美貌に比例する知識欲で飛び級。一五歳より仏教・儒教と言った宗教分野の論文で一躍有名。以後宗教学での学者としてティ連加盟惑星内の宗教との類似点がないかを長年研究。ちなみに一児の母。夫は事故で他界、の未亡人……改めてみると中々おもしれー経歴してるんだな……あの人」
「……それ、本人来てる時に言う事?」
そんな長髪の女性から少し離れた席で彼女の経歴を閲覧している研究員二人。
ここは研究員食堂。と言っても簡易的な会議室にもなれる仕様になっており、今は有名な来客もあって結構な人数が入っている。
「ケラー・義元が以前より提唱した論は私どもとしても大変興味深いものでしてね……」
義元と呼ばれる長髪の女性と対面しているのは今発言したセンター長と、先ほどの得意げに話していた職員である。
「<人類は宗教的概念により、危機に直面すると団結しあう>ね。まぁまだ技術の進歩を考慮してないから、技術の進歩で宗教が廃れていく可能性もあるけど、それまで培われたその精神は失われない筈って事よ」
義元はそう言ってPVMCGを閉じる。はらりと揺れる長髪が印象的である。
「ぜひケラーには我がセンターに所属していただき、研究考察を共に行いたいと考えております」
センター長はそう言って頭を下げる。
「ええ、そのつもりで今日ここに来ました。瑞穂星は宗教学の観点からもなくてはならない重要な場所。そんな場所で研究を行えるのは一介の学者である私としては身に余る名誉であります」
義元はそう言ってにこやかに話す。
「ありがとうございます。早速ですが詳しい資料につきましては如何しましょうか?」
その言葉にセンター長はホッとした様子で提案を行う。
「そうですね……。まぁ今日はこのセンターを色々と見て回りたいのですが、それはよろしいでしょうか?」
提案に少し考えるしぐさをするも、とりあえず今日はそういう話はおいとく事にしたい義元女史。
「ええ、ティエルマスカ連合でも随一の瑞穂星の情報を蓄積しているこのセンターですので、かなり見ごたえはありますよ」
小役人げな職員はそう自慢げにする。
「あー。本願寺センター長。よろしいでしょうか?」
そんな中、一人の若者が突如として割って入ってくる。明らかに空気を読んで動き出そうとする時にやってくるあたり、周辺で観察していた野次馬の一員らしかった。
「……お前か、失礼。この職員は織田 信長というデルンでして」
「イマガァ教授ですね?はじめまして。自分織田 信長と申します。いきなりで大変恐縮なのですが、自分の論文をぜひ教授にお見せしたいと思いまして……簡略化していますが」
信長と名乗る若者は自慢げにする職員の制止を無視して次々と話を進める。
「ええ、いいわよ」
そして笑顔で承諾する義元教授。
「そんな、いくら何でも失礼じゃ……」
「大丈夫、流石にサインのおねだりは怒るけど、こういう『ファン』は嫌いじゃないわ……と、これね。確かに受け取ったわ」
職員をよそに、PVMCGに論文を送られ、早速見る義元。
「……≪瑞穂星西北地域文明からみた商業学≫。ふむ、瑞穂星でのみ見られる商業を焦点にした論文ね……これは……中々」
ふむふむと読みふける義元。
「あー一番見て欲しいのは、最後あたりの奴です」
「最後? ふんふん……」
そう言われてページを進める義元。しばらく読みふけるも、次第に目つきが鋭いものになっていく。
「……『人類は例え惑星外からの侵略に対してでも団結成しえない』ね」
静かに、だが確かに聞こえるように発言する義元。
「なっ、なんだって?」
その論文に、職員は正気か? という声をあげる。義元の発言に信長以外の雰囲気が急速に悪化するのが、遠くで見ている野次馬にも把握できた。
当の信長は「♪」といった調子で全然気にしてない。
「面白いわね」
そんなかなり微妙な雰囲気を壊したのは義元であった。
「やっぱりそうですか!」
にかぁとする信長。
「ええ。商業の発達と発展、そして淘汰の末、西北地域文明は商業活動中心になり国家すら動くとか、それでいて商業力の差が西北地域とそれ以外での地域で広がり、それ以外の地域が西北地域に搾取される形で瑞穂星は一つに纏まるとか、大分いい着眼点ねぇ」
義元は内容を読み上げる。そこには先ほどまで確かにあった鋭さはなくなっていた。
「うんうん、まぁそこは人間の心理ってのも影響してくるんじゃないかしら? 私から言わせるとやっぱりそこ辺りが抜け落ちてるのが気になるかしら? 宗教って心理学みたいな部分もあるし」
「なるほど、助言ありがとうございます」
「まだ流し読み程度だから詳しくは言えないけどね。でも着眼点はいいわね。子供のころから宗教触ってた私としても中々興味深い内容よ、これ」
「恐縮です」
頭を下げる信長。そんなに畏まらなくていいのよ~とかなりフランクな態度をする義元。
「さて、論文の方も済んだことですし、今はもうお昼なので、見学は午後からでよろしいでしょうか? 食事にしましょう」
それを見計らい、提案するセンター長。
「賛成。信長くんも一緒に?」
「よろしいでしょうか? ありがとうございます」
そんな訳で4人でわいのわいのと食事の為に片付けたりメニュー表開いたりするのを見て、周りの野次馬連中もホッと胸をなでおろし、思い思いに食事や行動を再開させる。
どうやらセンター長と信長は裏交渉をしていたらしく、アイコンタクトで何かを通信しているようである。得意げにしていた職員は蚊帳の外でいささかかわいそうな気がする……。
そんな中、食堂のテレビでは、超低気圧が尾張南部の田園地帯を直撃し、梅雨の時期だというのに雹が降る程の異常気象だと伝えていた。
「やっぱり氷河期ね~」とのんきな事を言う義元。
「あー。ここウチの実家の近くっすわ」と信長。
「あれ、信長クン尾張だっけ?ちなみに私は摂津の大坂って所」とセンター長。
わいのわいのと4人もとい3人は盛り上がる。やはり得意げになっていた職員さんが可愛そうである。
4人のいる食堂から見える琵琶湖は低気圧前線の都合で、あいにくの雨だが、それでもそれはそれで良い景色であった。
〜 つづく 〜
センター長は顕如のパパである証如さんです。