008
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「うわー、見ろよ、エリク、あの講師を……」
「……あぁ」
「あんなに生き生きしていない人を見るの初めてだ」
教室のあちこちから、ひそひそと響く囁き声。
「で、ここは多分、こうなるので……大体はこうなりますね」
生徒達の蔑みきった視線の先では、顔面に盛大な青紫色のアザが色濃く浮かぶ男……サーファが緩慢な動作で教鞭を執っていた。
サーファが行う授業は内容が理解できない。そもそも説明になっていない。最低最悪の授業からでも、何かを得るべきものを得ようとする真面目で健気な生徒もいた。
「あの……先生、質問が……あるんですけど」
とある小柄な女子生徒がおずおずと手を上げる。
名前はレン。少し気弱そうな、小動物的な雰囲気を持つ少女だ。
「なんだ? 言ってみな」
「ええと……先ほど先生が紹介した五十六ページ三行目に載っているルーン語の呪文の一例なんですが……これの共通語訳がわからないんですけど」
「ざ、残念だけど俺もわからない」
「えっ?」
「悪い。自分で調べてくれ」
悪びれなくそんな風に返され、質問したレンは呆然としていた。
こんなサーファの対応に、元々腹を立てていたが、ますます腹を立てたリュゼが席を立ち、猛然と抗議した。
「待って下さい、先生。生徒の質問に対してその対応、講師としていかがなものかと」
刺々しいリュゼの糾弾に、サーファは苦笑を浮かべため息をついた。
「俺もわからないんだ。だってこれは……」
「言い訳は結構です! 後日調べて次回の授業で改めて答えてあげるのが講師として――」
サーファの言い分を遮ったリュゼは怒りのままに言葉を並べていく。
その時、ポツリと聞こえた声にリュゼが振り返る。
「母なる大地ですね」
「えっ?」
「共通語訳ですわ。そのページに書かれた共通語訳は色々あって正しいものが不確かだから、先生はあえて私たち『生徒』に託したんでしょうね」
後列に座っていたおとなしげな女子生徒。決して発言しなそうな生徒が発言したのだ。
サーファという男が決してそんな魂胆なわけがない。
すっかり静まってしまったクラス。
どこまでもやる気の欠けらを見せないサーファ。
肩を怒らせて、荒々しく着席するリュゼ。
それをはらはらした様子で見守るレイナ。
教室内の雰囲気は最悪。クラス中で募る苛立ち。無駄に流れる時間。
こうしてサーファの記念すべき最初の授業は、何も得る物のない不毛な時間の浪費に終わったのであった。