006
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「どうかお考え直し下さい、学院長ッ!」
イシュガーノ帝国魔術学院の学院長室に怒声が響き渡った。
この声の主は二十代半ばの、神経質そうな眼鏡の男。
学院の正式な講師職の証である燕の紋章が入ったローブを身にまとっている。
名前はシーラス。
「私はこのサーファ=ラピズリというどこの馬の骨とも知れぬ男に、非常勤とはいえこの学院の講師職を任せるのは断じて反対です!」
ばん、と両手で激しく執務机を叩いて、正面に腰掛ける初老の男性を睨み付ける。
「しかしなぁ、シーラス君。彼を採用するのは、セシル君たっての推薦なのだよ?」
激しい剣幕で迫られても初老の男性はどこ吹く風、好々爺然とした表情を崩さない。
「ユベル学院長ッ! まさか、あなたはあの魔女の進言を了承したのですか!?」
「まさかも何も、了承したからサーファ君は非常勤講師をやっとるんだろうに。確かに彼は教職免許を持っていない。だが、教授からの推薦状と適性があれば、非常勤に限り特例で採用が認めれるから何も問題なし……」
「その適性が問題なのです!これを読んでもう一度お考え直し下さい!!」
ばしっ、と。シーラスは書類の束を学院長――ユベルの腰掛ける机に叩きつけた。
「これは、先日測定したサーファという男の魔術適性評価の結果です! なんなんですか、この惨憺たる結果はッ!」
「ふむ? ほほっ、なんつーか特徴がないのう。魔力容量からなにから普通、系統適性も全て平凡、良くも悪くも普通の魔術師……いや、基礎能力だけ見れば中の下って所かの」
ユベルはシーラスから渡された書類の束を手に取り、ざっと目を通していく。
「む? ……おお、彼はこの学院の卒業生だったのか」
「卒業と言うのは語弊がありますがね。奴は卒業魔術論文を提出していません」
ふん、と小馬鹿にしたように、シーラスは鼻を鳴らした。
「サーファ=ラピズリ。十一歳の時に魔術学院に入学……十一歳じゃと!?」
書類に眼を通していたユベルが驚きの声を上げた。
「通常、学院に入学する年齢は十四、五歳じゃぞ!? それを十一歳で、じゃと!?」
「……ええ。当時は史上最年少で難関と名高い学院の入学試験を通った少年、ということでずいぶん騒がれたようですな」
忌々しそうにシーラスは顔をしかめた。
「だが、奴の栄光はそこまで。入学後の成績は極めて平凡。そして、四年の魔術学士過程を経て十五の時に卒業……という名目の退学。特に見るべき物はありません」
その後の書類の束を見れば、サーファの経歴項目欄には五年間の空白があった。
「あなたはあの魔女を過大評価し過ぎだ! あの魔女は過去の栄光にしがみついて己が我欲を振りかざし、守るべき秩序を破壊する旧時代の老害です!」
その時だった。
「言ってくれるじゃないか、シーラス」
学院長室内に突然響き渡った、その何気ない言葉にシーラスが凍りついた。
「ふふ、あのハナ垂れ小僧が、ずいぶんと偉くなったものだ。私は嬉しいぞ?」