002
「それにしても、珍しいね。リュゼが忘れ物するなんて」
老人と別れ、友人と合流した少女――レイナは隣を歩く友人を不思議そうに見つめた。
「そのせいで屋敷まで往復することになって、貴女まで待たせて……本当にごめん」
レイナの隣で少し肩を落として、とぼとぼと歩く少女――リュゼは憂鬱そうにため息をついていた。
リュゼは純銅を溶かし流したような赤髪のロングヘアと、やや吊り気味な紫水晶色の瞳が特徴的な、レイナと同い年くらいの少女である。
「ひょっとして……リュゼ、やっぱり……あのことが響いてる?」
レイナが心配そうにリュゼの顔をのぞき込む。レイナが知るリュゼは、忘れ物をしてしまうなどという隙とは無縁の存在なのだ……基本的には。
「かも、……ね」
親友に心配かけまい、とリュゼは健気に笑みを作って応じる。だが、どうにも消せない憂鬱さが表情の端々に残っていた。
「やっぱり、残念でさ……ロラン先生、なんで急に講師を辞めちゃったのかなぁ?」
「仕方ないよ。先生にだって色々と都合があるもの」
「あぁ、惜しいなぁ……ロラン先生の授業分かりやすく質問も答えてくれたのに」
ロランという教師はレイナやリュゼたげでなく、生徒から信頼をされていた。
「あ、そうそう、リュゼ。話は変わるけど、今日、代わりの人が非常勤講師として来るみたいだよ?」
「……知ってるわ」
いかにも興味なさそうにリュゼは応じた。
「せめてロラン先生の半分くらいは良い授業してくれるといいんだけど」
「そうだよね。ロラン先生の授業に慣れちゃうと、他の講師の方の授業じゃちょっと足りない気がするよね」
二人がそんな会話を交えながら、十字路に差し掛かった時だ。
「遅刻、遅刻だぁああああ!?」
修羅のような表情で口にパンをくわえた不審極まりない男が、左手の通路から二人を目掛けて猛然と走って来た。
「……え?」
「きゃあっ!?」
「ちょ、ちょっとそこ退いてくれッ!」
左手の通路は下り坂。勢いのついた物体は急に止まれない。そんな古典物理法則を正しく踏襲し、男が二人のいたいけな少女を轢き飛ばそうとしていた――その時。
「お、〈大いなる風よ〉――ッ!」
リュゼがとっさに一節詠唱で、風属性に分類した緑魔術の呪文を整えた。
瞬時にその手から巻き起こる猛烈な突風が男の身体をなぐりつけるようにかっさらう。