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人嫌いな魔導講師の黙示録  作者: 皇千紗
人嫌い非常勤講師
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001 

イシュガーノ帝国。東ユーラッド大陸の北東端、春夏秋冬の季節が必ず訪れる温暖湿潤気候下の地域に国土を構える帝政国家。


その帝国の西部、フェルガー地方にはヒヒロクと呼ばれる都市がある。



ヒヒロク最大の特徴はイシュガーノ帝国魔術学院が設置された、東ユーラッド大陸でも有数の学究都市という一点に尽きる。

魔術学院の設立と共に生まれ、魔術学院と共に発展した町、ヒヒロク。




魔術的な素材や物品に対する魔術学院の莫大な需要を受け、他所との交易も盛んに行われている。人の出入りも活発であり、常に国内流行の最先端を行く――新古の息吹に満ちた町だ。




微かに朝もやが立ち込むそんな町の一角にて。石畳の街路の脇にならぶランプ式の街路灯。その下に一人の少女が佇んでいた。



柔らかなミディアムの金髪と、大きなアクアマリン色の瞳、白っぽいマフラーが特徴的な年の頃十五、六くらいの少女。

決め細やかな肌は上質でさわり心地のよいシルクのよう。

清楚で柔和な気質がその容姿や立ち振舞いから匂い立ち、その楚々と整った顔立ちはまるで天使のように可憐だ。



一見、儚げな印象を見る者に与えながらも、同時にどこか芯の強さを感じさせる――そんな少女だ。



一方で、少女の衣装は少々奇妙だった。涼しげなベストにプリーツスカート、その上から羽織るケープ・ローブ……今のヒヒロクは春の季節。

気温が安定しにくい時期に、なぜかその衣装はやや軽装。そして、左手だけに手袋が嵌められていた。




少女は誰かを待っているらしい。背中に背負った革製カバンのベルトに手をかけ、機嫌良さそうにハミングしながら時間をつぶしている。



と、その時。



「……痛っ!」




背後から上がった苦痛の声に、何事かと少女が振り返る。

そこには指を押さえて顔をしかめている一人の老人の姿。足下には落ち葉やら小枝が詰められた金属バケツ。

そして、火炎石が転がっていた。



「ど、どうしたんですか? お爺さん」



見知らぬ老人ではあったが、少女は心配そうな表情を浮かべ、迷わず老人の元へと駆け寄った。




「おや? いやぁ、はは……情けないのう」



心優しい少女を前に、老人は照れ臭そうに苦笑する。



「実は片付けたこのごみを燃やそうとしたのじゃが、手元が狂って火炎石で指を打ってしまってのう」



見れば、老人の指が少し腫れて赤くなっている。特に大事はなさそうだが、それなりに痛そうだった。





「やれやれ、帰ったら婆さんに薬草を出してもらわんとな……」



少女は老人の指の様子を確認すると、周囲をきょろきょろと見渡す。誰もいないことを確かめ、老人へいたずらっぽく微笑みかける。



「内緒ですよ? お爺さん」



「……ん?」



首をかしげる老人の手を、少女は柔らかく取り、ルーン語で呪文を唱えた。




「《天使の癒しあれ》」



すると、老人の手を包む少女の手が淡く発光し、光に包まれた老人の手の怪我がみるみるうちに癒されていく。

光属性に分類する魔術。被術者の自己治癒能力を高めて傷を癒す白魔術だ。



「……お、おぉ……!?」



老人はその様子を、目を丸くして見つめていた。



「うん。それから……《火の仔よ・指先に小さき焔・灯すべし》」



少女は次に、火の属性に分類する赤魔術の呪文を唱えた。

すると少女の指先に小さな炎が灯る。その小さな炎を金属のバケツの中へ落とすと、中に入っていたごみが、めらめらと燃えていく。



「お嬢ちゃん……今の不思議な力……話に聞く魔術ってやつかい?」


「はい。本当は学院外で魔術を使ったら罰則があるんですけどね」



驚きながらも感心したような表情を浮かべる老人に、少女はぺろっと小さく舌を出して茶目っ気に破顔した。



「お嬢ちゃん、ありがとうな。助かったよ」



少女と老人が笑みを交わし合っていると、



「レイナ――っ! 遅くなってごめん――っ!」




遠くから駆け足の音が近付いてくる。見れば、通りの向こうから少女と似たような衣装に身を包んだ、もう一人の少女が駆け寄って来ていた。




「私、そろそろ行きますね? ごきげんよう」


「おう、お勉強、頑張ってな」



最後に少女は会釈をして老人に別れを告げ、駆け寄ってくる友人の元へ向かった。





早朝ゆえに閑散としたヒヒロクの表通り。

綺麗に舗装された道を、二人の少女は並んで歩いていた。



「もう、レイナったら律儀なんだから……先に行っててって言ったのに」



「うぅ、そんな……お嬢様を置いて行ったら、しがない居候に過ぎない私は、旦那様と奥様にお叱りを受けてしまいますわ」


「馬鹿。冗談でもやめてよね、私達は家族なんだから」


「あはは、ごめん。リュゼ」



そんな他愛のない、気安い会話が二人の少女の間で交わされる。

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