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ウィッチ&タフネス  作者: 一森 一輝
ギガントサンドワーム
7/7

 そして時は過ぎゆき、一か月後、グラントは一人王城の前に立っていた。


 帝国所属序列第三位公国。数百年前に帝国が世界を支配したときから、あらゆる国から名前は剥奪された。その内、かつて帝国に三番目に従属した大国の成れの果て。


 とはいうものの、もう何百年も経ってほとんど帝国に馴染んだ平和な国だ。緑豊かで水にあふれた土地は生命の宝庫とさえ言われている。中でも王城は豪奢の一言。これで税の取り立てが、十ある公国の中で一番緩いというのだから驚きである。


「……ふむ、やって帰ってこれたな」


 それに比べこの男の薄汚れたこと。


 砂まみれ泥まみれで、いつか貰ったアーマーすらすでに失くなって久しいこの惨状。しかし厳正な訓練を潜り抜けた第三公国の城兵たちは、彼を一目で看破した。


「お帰りなさいま、おぇ、ませ! グラント殿!」


「お帰り、うわくっさ、を心よりお待ちしており、おり、ましたぞグラント殿! ……ドブの臭い……?」


 看破できただけマシなのである。上出来だ。勲章をもらってもいいくらいなのだ。


「ああ、ただいま。警戒御苦労」


 そしてやはり英雄はめげなかった。鋼の心である。


 彼は城内に入るや否やメイドたちに確保され、あれやこれやとシャワー室に投げ込まれた。そして身ぎれいにしてから貴族服を着せられ、そのままテラスへと連れてこられる。


 その姿を認め、声を出す者が二人。どちらも、見目麗しき女性だ。


「あら、随分綺麗にしてもらったのね。ちらっと街中で見た時に比べて見違えたじゃない」


「お兄様! お帰りをお待ちしておりましたわ!」


 前者はそのまま椅子に座って紅茶をすすり、後者は走ってグラントに抱き着いてきた。男は少女を受け止めながら、親愛を込めて微笑みを返す。


「からかってくれるな、ミュラ。私も大変な目に遭ったのだ。そして、女王陛下よ。勇者である私を、以前のように兄と呼ぶのは止めるよう、何度も進言して差し上げたはずだが」


 ミュラと呼ばれた彼女――エルフにして第三公国の筆頭宮廷魔術師を務める女性は、「いつもの事じゃない」と金髪を揺らして笑い、英雄に抱かれる幼い女王は「ごめんなさい、勇者様……」と引き下がる。


「それで、今回はどんな冒険をしてきたのかしら?」


 尋ねながら、ミュラは席を引いて着席を促した。女王を引き連れて、勇者は茶会に途中参加を決め込む。


「ああ、今回はな――」





 魔界にとって、時間の概念は現実世界のそれと決して同一と言うことは出来ない。


 だから、時同じくしてと言うのも、あるいは時間を進めたり、巻き戻すことにも意味はないのだろう。


「……うぅぅぅぅぅぅぅぅうううううううう………………!」


 リリスは、ベッドに顔をうずめて唸っていた。それを、使い魔である黒猫のロッティが呆れた眼で眺めている。


「アホ」


「うぐっ」


「ヘタレ」


「うぐぐっ」


「あんな絶好のチャンス逃すとかマジでバカの極みにゃ。いっぺん死んでやり直したらどうにゃ?」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああん!」


 リリスは泣き出した。マジ泣きだった。


「私だって、私だってわかってるわよぉ! でも! でも仕方ないじゃない! グラントを前にすると緊張でキツイこと言っちゃうの! それでも愛してるって言ってくれるんだから、そのくらい許してくれてもいいじゃない!」


「その『愛してる』に胡坐掻いてるといつか痛い目見るにゃ。そうやって破滅していった魔女を、アチシは何人も知ってるにゃ。正直リリスのヘマなんて見飽きてるから、改めて破滅しても面白くもなんともないにゃ。いいとこにゃしにゃね、ご主人よ」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああん!」


 リリスは泣き続けた。何かもう号泣だった。


「こんなことならさっさと告白でも何でもして、決着をつければいいにゃ。見てるこっちとしてもヤキモキして仕方ないにゃ」


「……それは、出来ないって知っているでしょう?」


 真っ赤に充血した目で、腕と枕の隙間から使い魔を睨み付けるリリス。えぐえぐと嗚咽を止めないまま、彼女は言う。


「グラントは勇者、私は魔女。わ、私はいいわよ、自分以外気にしなくていい魔女なのだから。でも、グラントは、グラントは違うの。魔女を好む変人呼ばわりの今ですら、グラントは時として民に拒まれ、排除、される。私が想いを告げたら、グラントは確かに受け入れてくれると思うわ。けれど、その時、グラントは祖国に背くしかなくなる。魔女を受け入れる国など、……ありはしないのだから」


 訥々と語られるその言葉に、「はぁ」とロッティは溜息を吐いた。


「相変わらず面倒くせーこと考えるにゃ。そんなこと考える魔女なんてリリスくらいのものにゃ。他の魔女ならもっと自己中に、こう、勢いで連れてきてしっぽりやるくらいの甲斐性は見せてくれるにゃ」


「あ、あんな考えなしたちと一緒にしないでくれるかしら!? 私はこれでも、世界最高峰の魔女の一人なのよ!?」


 ウブなだけである。


「戦力だけにゃ、そんなもの。しかも強力な魔物を見つけて強化するだけ。ごみにゃごみ」


「グラント……、使い魔がイジメてくるの……、慰めて……」


 ぶつぶつ言いながら、リリスは枕で頭を包んで外界をシャットアウトする。それを見て、ロッティは「このヘタレ魔女めが」と罵倒を飛ばす。


「ああ、本当にもどかしいにゃ。どうせあの素寒貧勇者は、リリスの気持ちに気づいてないに違いないにゃ。勝手なことにゃ。自分ばかりが愛を叫んで、リリスは引っ込み思案の所為で碌に愛のあの字すらいえないというに」


 そのボヤキは、しかし主の事を心から思っていた。リリスは心情を代弁され、恥ずかしさに深く布団にうずまっていく。





「――――そんなリリスはやはり愛らしくてな、私は思わず口元が緩むのを感じたものだ。それで――む、女王陛下はどちらへ?」


「愛しのお兄様が魔女とののろけ話しかしないから、頬膨らませて出て行っちゃったわよ」


「……今回は抑え目にしたつもりだったのだが」


「あれで?」


 問いつつも、ミュラは笑っている。グラントはへの字口を作って、自己の発言を振り返っているようだ。けれどぴんと来なかったがために黙りこくっている。


「にしても、面白い話よね。魔女に惚れた英雄。英雄を殺そうとする魔女。よくもあんなに殺す殺す言われて、ずっと愛し続けていられるものね。一目ぼれしても、私だったらとっくに冷めてるわ」


「そうか? あれはあれで愛らしいものがあると思うが」


「そもそも、グラント。あなた人質を取るような卑劣な行動は許せないって前に言ってなかった? あと、力に任せて女性を手籠めにするような真似は、断固として処罰されるべきだ、って」


 ミュラは、片眉を引き締めて意地悪な顔で尋ねて来た。グラントはむっつりとした顔で、こう答える。


「……リリスがやると、こう、何とも言えず許してやりたくなるのだ。自分が後始末をつけるから、というかな」


 それに、と英雄は続けた。


「私がリリスにやっているのは、力によって女性にいう事を聞かせることとは全く違う」


 ぽかん、と宮廷魔術師は口を開ける。辛うじて、聞き返した。


「それは、どういう理屈で?」


「そんなの、決まっている。私がリリスを愛しているように、リリスもまた私を愛してくれているからだ」


「いや、いやいやいや。いくらなんでも無理があるわよ。何度魔女があなたの命を狙ったと思っているの?」


「それこそが、リリスが私を愛している理由なのだ。私とて、如何にリリスを愛していようと、彼女の住む魔界には赴けない。つまり、リリスがこちらへ来ない限り、私は愛を囁くことができない。私を本当に嫌っているなら、リリスは私の前に姿を現すことは決してなかっただろう」


「……言わんとすることは、何となく理解できるけれど。でも、それなら何故、魔女はグラントの命を狙うのよ」


「そんなものはリリスに聞くと良い。私にとって、リリスが向こうから会いに来てくれる、それが全てなのだ」


 口下手なグラントにしては、それなりに言葉を尽くした方だろうか。だが、ミュラはお気に召さなかったと見えて、「そう」と言って素っ気ない。


「ああ、しかし、もどかしいな。リリスはきっと、リリスが私を愛してくれることを、私は知らないと思っているのだろう。だから、言葉にしてくれない」


「……もしかして、不安なの? あなたが?」


「私は勇者だ。揺らいではならない存在だ。私に言えるのは、それだけだ」


 差し出された紅茶を一息に飲み干して、グラントは天を仰ぐ。




「にしても、あんな遠回しなやり方は止めた方がいいんじゃにゃいかにゃ?」


「遠回しって何よ」


「だから、命を狙うなんて言って、負けてから好き勝手にされる。っていうやり方にゃ。しかも最初の襲撃なんて、グラントがかなり弱ってから特A級モンスターを連れて行くとか……。何にゃ? これ完全に勝ちに行ってるにゃ」


「勝ちに行ってるもの」


「アホかお前」


 ぺしっ、と猫パンチを食らってリリスは倒れる。猫パンチ如きでも痛くて涙目なリリス。


「だって、私から負けに行ったらグラントが疑われるかもしれないじゃない! いいのよ! どうせグラントは勝つんだから!」


「思った以上にあの勇者の事を信頼してるにゃね」


「最悪私が勝ったら魂確保してラボの方で蘇生すればいいし」


「打算ありまくりにゃないか……」


 ごほん、とリリスはひとつ咳払いをする。


「つまりね、私とグラントの戦いは、ある意味では本気なのよ。私が勝てばグラントは私のもの。私が負けてるのが現状だから、私はグラントのもの。一応抵抗はするけど、グラントは逞しいから意味なんかないし」


「顔が赤くて気持ち悪いにゃ」


「う、五月蠅いわね!」


 うきゃー、とリリスは騒ぎ立てる。




「ああ、にしても待ち遠しいな」


 グラントは物憂げにため息を吐く。


「待ち遠しいって?」


「先ほども言っただろう。リリスが来ない限り、私は彼女を見ることさえできないのだ」




「はぁ、にしても、待ち遠しいわ」


 リリスは、ベッドの上でバタバタしながら呟いた。


「待ち遠しいって何にゃ。行くのはリリスなんだから、好きな時に行けばいいにゃ」


「だから、言ったでしょ? 私から負けに行けば、グラントは疑われかねない。だから私は、待つしかないのよ。グラントしか倒せないような魔物の存在を。でなければ、私に勝ち目なんかないもの」


「というと、国からの討伐命令ってことにゃ?」


「そういう事。うっかり街中で会ってバレたなら私のミスで済むけど、偶然を装ってうろうろしても見つかったためしがないんだもの」


「やっぱりアレワザとかにゃ……」





 グラントは切なさに、思わずこぶしを握る。


「リリスよ、ああ、次は、いつお前に会えるのか」



 リリスは切なさに、思わず涙でベッドに染みを作る。


「グラント、ああ、次は、いつ会えるのかしら」




 英雄と魔女は互いに互いを思って身悶えした。




 これは、許されざる二人の悲恋の物語。


 あるいは、変人たちの思惑絡まるラブ・コメディ。


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