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ウィッチ&タフネス  作者: 一森 一輝
ギガントサンドワーム
6/7

 息を吐き、グラントは構えた。剣はその手から失われている。だが、その眼から闘志は消えていない。その様子を見て、リリスは言う。


「あら、強がっているの? 可愛いわね。もしあなたが屈服し、私の足をなめて服従を誓うのなら、助けてあげるのも吝かではないのだけれど」


「リリス、お前も可愛らしい勘違いをする。私がお前のものになるのではない。お前が、私のものになるのだ」


「ッ、……ここまで追い込まれてそれだけ言えるの? 上等じゃない。でも、もう一度雷を食らって同じことを言えるかしら!?」


 再び、暗雲が鳴り始める。輝きが走りはじめ、今にもグラントを焼き殺す死神が下りようとしていた。それをしてグラントがとった行動は、リリスをひどく困惑させた。


「……グラント、あなたは、何をしているの?」


「腕を上げている」


 グラントは、腕を上げていた。


「……そんなの見ればわかるわよ。腕を上げてどうしようというの?」


「それを教えるほど、私は優しくはないのだ」


 ふっ、と余裕ぶって笑うグラントに、リリスは眉をピクリと跳ねさせる。引きつった笑みを浮かべ、震え声にて彼女は忠告した。


「あ、あのね、グラント……! あなたは抜けているから分かっていないのかもしれないけれど、雷は背の高いものに引き付けられるの。だからあなたはどうやっても雷を避けることは出来ないし、まして腕なんてあげたら、避けられるものも避けられない」


 それに、グラントは首をかしげて一言。


「そんな事は分かっている。先ほど剣を使って避けて見せたではないか。いまさら何を言っているのだ」


 リリスはキレた。


「じゃあ一発食らわせてあげるわよ! あの時おとなしく足の一つでも舐めていればって後悔させてあげる!」


 まず、光が砂漠を包んだ。そして、音がつんざいた。グラントの拳めがけて奪われた神の槍が落ちる。リリスは長年敵対していた勇者の死を幻視した。


 だが、こんな窮地などいつもの事。グラントには策があった。腕を上げたのもひとえにその為。雷光はグラントの手甲目掛けてまっすぐに向かい来る。そのタイミングを直観的に捉え――グラントは、拳を地面に振り下ろした。


 それは、雷をも上回る速度だった。手甲に雷が宿るとともに、雷が体に流れる前に、砂漠の大地へと打ち付けたのだ。故に、グラントの体に雷が流れることはない。


 爆ぜるような音と共に、砂の中にか細い紫電が走った。雷撃に目を閉じていたリリスは無傷なグラントを見て絶句し、何をしようとしたのか尋ねんとする。しかし、英雄の動きはそれよりも速かった。


 砂中に走った拡散した電気。それに痺れたギガントサンドワームの、荒くなった呼吸の砂の上下を、彼の目は素早く捉えていた。反射的に走り出したその巨体は、砂の盛り下がるタイミングで深く斜めに手を突き入れる。そして、砂の中から引きずり上げた。グラントの指はギガントサンドワームの外皮を突き破り、青い血を滴らせながら肉を掴み頭上に持っていき、強く叩きつける。


 砂が散る。甲高い化け物の叫びが上がる。グラントは横倒しになって動けない虫の王に躍りかかった。跳躍し、圧し掛かり、握力をもってその肉を割り、内臓をさらす。次いで、引き抜いた。宝剣、デュランダル。大剣はギガントサンドワームの傷口を開きながら姿を現す。そしてそれを高く掲げ、最後の一撃を下そうとした。


「何をやっているの! 早く逃げなさい!」


 だが、リリスの叱咤によってサンドワームは覚醒する。身をよじってグラントを振り落とし、再び砂中へと姿を消した。睨むリリスと、微笑むグラント。彼女は、犬歯を剥きながら問わざるを得ない。


「どうやったの。どうやって、あの雷を回避したの。答えなさい、グラント!」


「あんなもの、答えるまでもない」


 グラントは見つめ返す。雷が貫いたはずの拳をもう片方の手で包む。


「この手甲は、この国のギルド長に貰ったものだ。鉄製の、腕のいい職人が作ったものだろう」


「それが、何?」


「鉄は雷を良く通す。それは、人よりも顕著だ。人の肉を通るならば、鉄を通る。でなければ、私の拳は破壊されていただろう」


「……グラント、あなたは私をからかっているのかしら? それはその拳が無事であった理由でしょう。あなたが傷ついてない理由ではないわ」


 苛立たしげに結界の中で結界の内壁をこつんこつんと蹴っているリリス。ガツンガツンといかない理由はお察しである。彼女にそこまでの筋力はない。


 尋ねられて、しかしグラントは思案した。素直に話しても話が長引くだけの面倒な未来が見えたのである。幼少のころから、家庭教師のつまらない長話から逃げることに情熱をかけてきたグラント。話題をそらすべく不敵に笑う。


「リリス、そんなことに興味を示していていいのか。私は剣を取り戻し、そして雷撃をいなす術を編み出した。形勢は、とうの昔に逆転しているのだぞ」


「ッ……!」


 それを聞いて、流石のリリスも顔色を変えた。結界の中で後ずさり、ごとっと背中をぶつけて痛い思いをする。だがグラントの前でそれを表にする訳にもいかず、涙目で堪えながら「え、ええ、そうね。でもわた、うぅ、私が対策を打ってないとでも思ったの?」と堪え切れていない。


「奥の手を隠していたのか。ならば、使う前に一撃で」


「わー! わーッ! ちょっと! ちょっと待ちなさい! 人質だから! 一撃でやったら人質ごと死んじゃうから!」


「何? ……」


 一応のところ矛を収めるグラントに胸をなでおろしつつ、リリスは「こ、これを見なさい」と指を鳴らす。するとギガントサンドワームが彼女の隣に姿をさらす。そして、口からそれを出した。


 フードをかぶった、人の頭部。グラントの鋭い聴覚は、その人物の呻き声を捉えた。必定、表情は引き締まる。


「……なるほど、ギガントサンドワームがその魔法を使えるようになったのは、リガー殿の知識を己が内に転写したためか」


「ご名答、と言ったところかしら。さぁ、これでまたあなたは劣勢に回った。でももう、許しを請うて我が軍門に下れ、だなんて甘っちょろいことは言わないわ。私があなたに要求するのは、ただ一つ。武器を投げ出し、動きを止めなさい。でなければ、この冒険者は死ぬことになるわよ?」


 難しい顔でグラントは思案し、少ししてから剣を投げ出した。「そう、それでいいのよ」と余裕ぶった言葉を投げかけつつも、リリスは隠れて安堵の息。リリスが弱いのは肉体的なところだけではない。精神もだいぶ華奢なのだ。


「じゃあ、これでとうとうあなたともお別れね、グラント。落雷だと受け流されてしまうから、今度は私手ずから殺してあげる。――来なさい、“フレイム”」


 リリスの手の平の上に現れる魔法陣。その中心に炎が現れる。それは糸のように後を引きながら、ゆっくりとリリスを覆う結界の外に抜け出していき、そしてその頭上に『溜まった』。魔法陣は消え、残るは円形に燃え上がる巨大な火の玉。リリスの結界よりも二回り大きくなるまで膨れ上がったそれは、やおら鎌首をもたげ、そして。


「さぁ、キャンプファイヤーを始めましょう?」


 風が鳴った。あるいは、燃え上がった。矢よりも速く、グラントに襲い掛かる。英雄は、瞬間目を瞑った。リリスはそれを、観念したのだと捉えた。だが、あり得ないことが起こった。


 グラントにぶつかった火の玉はそのままの勢いを保ったままギガントサンドワームに行く先を変えた。「はっ?」とリリスが驚きの声を上げると同時、炎の中から現れる影。我らが勇者は素早く地面の大剣を拾い上げ、砂虫の王に躍りかかる。リリスは回避の指示に口を開く。


 だが、致命的に遅かった。ギガントサンドワームはすでに燃え上がり、その次の瞬間には大剣によって粉々にされていた。肉片になっていく虫の王の中で、リガーが支えを失って落下する。それを、グラントは逃さなかった。体に負担ないよう抱きかかえ、そして地面に置く。


「あ……、あ……!」


 リリスの口から、何とも言えず声が漏れた。今回もボロ負けである。しかも今回はちょっと調子が良かったのでいろいろと大口を叩いてしまった分冷汗が止まらない。


「な、何で……、あの炎を、どうやって……」


「腕のいい職人が作った、と言ったろう」


 グラントはリリスに向けて、己の装着する手甲をコンコンと叩く。そこには、よく見れば魔術刻印が刻み込まれている。


「ここのギルド長と仲良くなってな、気を利かせてもらったのだ。そうでなければ、怪我の一つは負っていただろう。つまり、リリス。お前が今回人質や魔物に恵まれたように、私も人に恵まれたのだ」


 捕まっておいてこの言い草である。リリスはひそかにその事に気付いて負けたのとは別に衝撃を受ける。


「そして、勝利したからには、その報酬があってしかるべきだろう」


「――――――――――ハッ!」


 帰還の魔法陣を開こうにももう遅い。グラントの大剣は気付けばリリスの結界を打ち砕いている。宙に浮いていたがため、その華奢なる体は投げ出された。浮いていたのは二メートルほどだがこの少女にとっては骨を砕きかねない高さである。


 だが、その真下でグラントが抱き止めた。その頃には、もうグラントの表情に争闘の中に険はない。あるのは自らが愛しい人に向ける慈愛の眼差しである。


 顔と顔との距離はすでに相手の吐息が聞こえるほど。視線は向かい合い、あまりの至近距離にリリスの頬が真っ赤に染まる。


「あっ、ちょっ、ごめ、ごめんなさい、グラント」


「謝らずとも良い。お前の罪は私が打ち砕く。あとは私がお前を許せば、何一つ悪いことはないのだ」


「いやそういう事じゃなくて、むぐっ!」


 例のごとく、魔女は英雄に唇を奪われる。彼女の華奢な体はやはり抵抗したが、グラントの盛り上がった筋肉に勝てる道理はない。


 対して、グラントのキスはあまりに熱烈だった。込められる愛情の全てを込めんとばかりの口づけだった。グラントの舌はその強き力でリリスの唇を割り、彼女の口内を荒らしまわる。


 それは、愛しい人の全てを知ろうとする行為だった。リリスは時折、不随意に痙攣する。グラントは一度唇を放した。互いの吐息が漏れる。リリスの瞳はどこか潤み始めていて、もはや覚悟を決めているように見える。


「リリス……、我が、愛しい人よ」


「グラ、ント……」


 リリスは、きゅっと目を瞑った。服を皺が寄るほど強く握りしめ、それに気づいたグラントが微笑まし気に口元を綻ばせる。どうでもいいけど初体験がこんな砂漠のど真ん中とは恐れ入る。


 しかし邪魔者が現れ、結局そうはならなかった。


「は、はわわ……!」


 声がして、二人はその方に目を向けた。するといつの間に意識を取り戻したのか、フードで顔を隠していない――無駄に美少女だったリガーが、手で顔を覆いながらもしっかりと指の隙間からこっちを見つめていた。


「え、あ、いや、……すまない! 邪魔する気はなかったんだ! ささ、私の事など気にせず続けてくれ」


 言いながらもリガーは、興味津々とばかりこっちを凝視している。すでに手で覆う事すら止めていた。思春期真っ盛りである。ところでリガーが美少女なのは誰が得するのだろう。


「あ、う、わた、違、そうじゃなくて!」


 一方リリスはパニック状態で必死に弁解しようとする。その時、一人大人の余裕で状況を見守っていたグラントが、「ふっ」と悟ったように笑った。


「済まないな、リリス。今回は、縁がなかったようだ」


 グラントは丁重に、きょとんとするリリスを砂漠に座らせて、剣を携え立ち上がった。そしてリガーに歩み寄り、言葉をかける。


「行こうか、リガー殿。粉々にしてしまったから多少面倒ではあるが、ギガントサンドワームは出来る限り持って帰った方がいいだろう」


「え、な、……失敗した私に、情けを掛ける気か」


 睨むリガーに、「いいや」と首を振る。


「単純に、私一人では持ち帰れないだけだ。独断行動の果てに人質にまでなって私に面倒をかけた分、きりきり働いてもらおう」


 まさかの傷口に塩を塗り込むスタンスだった。


 リガーは口を半開いたまま硬直する。それを尻目に、グラントは作業に取り掛かる。魔物の体は一片も残さず利用できるのだ。それを無駄にするなど男には考えられない。


「ああ、そうだ。リリス、お前も出来れば手伝って――」


 しかし、グラントが振り向いたとき、すでにリリスは消えていた。それをして、「ふふっ」とグラントは微笑する。用が終われば猫のようにいなくなる魔女の事を、やはり愛おしく思いながら―――――――――――


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