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ウィッチ&タフネス  作者: 一森 一輝
ギガントサンドワーム
2/7

 地面が砂でなくなってからさらに一日歩くと、ようやく第三十二属国の城壁が見えてくる。


 男――グラントはカラカラに乾いた唇を舐め、一口水筒を飲んだ。そこに入っているのは、もはや魔物の血ではない。井戸水を近隣の村で恵んでもらったのだ。


 服装は、変わらず襤褸切れ一枚。本当なら立ち寄った村で何とかしようと考えていたのだが、“水はやるからさっさと去れ!”と追い返されてしまったのだ。まるで厄介な浮浪者に対する様な仕打ちである。勇者に対して失敬な事だ。


 しかし、とうとうか。とグラントは感慨深く城壁を見つめる。第三十二属国ともなるとかなりのド田舎だ。国と言えるだけの規模は保っているように見えるが、正直グラントを召し抱える第三公国の女王も特にお土産を要求しなかったからには、見どころもないのだろう。となるとモンスターを倒して帰るだけである。


 観光したかった。


 城門にて名乗り、ギルド長に会う。そうして今回の依頼内容の詳しい所を聞き、魔物を討伐する。グラントの仕事は、今回も勇者の典型といえた。そして、僅かに魔王の痕跡があれば調べ上げる。しかし、これはもはや形骸化した伝統的使命にすぎない。


 城壁に着き、大声を出す。すると、上の方からひょっこり門兵が顔を出す。


「旅の者だ。呼ばれてきた。門を通してもらおう」


「呼ばれてきた……? それにしては服装がみすぼらしいな。何の用件で呼ばれた」


「それは」


 そこまで言って、詰まる。勇者の行動は、あまり吹聴して回ると面倒なことになるというのが定説だ。魔人たちを統べる魔界の絶対者、魔王。これは今となってはおとぎ話のような存在であるが、魔人自体は相当数いる。そして、魔人を討伐できるのは勇者だけだ。


 当然勇者は、魔人に命を狙われる。それ故その行動は、関係のある一定身分以上の人間以外には、秘匿されねばならなかった。もっともグラント自体はこんな事を気にしては居ないのだが、第三公国の王からは厳命されているため守らねばならない。破ると罰せられるのではないのだ。端的に言って、泣き落とされる。


 今回の砂漠も泣き落とされて来た。観光できないのに、全く、損な役回りである。観光できないのに。


 空を見上げ、あの新任の女王を誰か何とかしてくれ、と切実に思うグラントである。


 であるため、瞬間言葉を考えてから、勇者はこう言った。


「お前ごときに話せることではない」


「……何?」


 門兵の眉根が寄る。まるで、軽蔑すべき浮浪者に愚弄されたかのような顔つきである。その反応に、グラントは内心小首をかしげる。ちょっと言葉が強すぎたか、と言い直した。


「お前は門兵だろう。そんな輩に話しても、益は無いという事だ」


 門兵ということは、魔人に対抗できる実力とはとても言えない。運がよければ何もないが、悪かったら彼を中心に一区画全滅までありうる。益の無い話だ。


 しかし、そんなグラントの気遣いは皮肉にも届かない。


「チッ……。用を名乗れないような輩は到底国内には入れられんぞ!」


「だから、益の無い事だと言っているだろう。それが分からないか」


「おい、何処にでもいる様な門兵だと考えて、舐めているのか? 多少鍛えていたところで、兵に勝てると思っているのか!」


 鍛えているも何も、お前は勇者に向かって何を言っているのだという話であるが、惜しい事にグラントは、その言葉の衝撃に動けなくなった。帝国最強の座を争う自分にこんな罵詈雑言を投げつける人物など、空前絶後と考えていたためである。どれくらい驚いたかというと、思わず剣に手が伸びるほどだ。


 そこで、新しい声が上から掛った。別の門兵である。


「おい、応援呼んでくれー! こいつ無理やり門を通るつもりだ。しょっ引くぞー!」


「お、おい。不審者はただ入れないだけでいいって」


「いいんだよ、あいつムカつくし。監獄入れて締めちまおう。門開けるぞー! 抵抗されるのも面倒だから、大勢で掛れー!」


 事態の急変に、流石の勇者もたじたじである。目を丸く見開いて、きょとんと呟く。


「? 何故……?」


「何故も何もあるか、この不審者が! 怪しい身なりで用件は話せないとか、つまり俺たちの事馬鹿にしてんだろ? あ?」


 ぞろぞろと門兵たちが集まってきて、槍を突きつけてくる。グラントは我に返り、弁解に動こうとした。だがそれを抵抗とみなした門兵に棒で突かれ、剣を取り上げられ、あれよあれよと連行されてしまう。


 そうして、門への到着から問答を始めて五分も立たない内に、グラントは薄暗い独房の中で難しい顔をして座り込んでいた。冷たい鉄の檻。乾いた石畳。大きな手で両目を覆って、彼は後悔に呟いた。


「……またか……毎度毎度、何故こうも……」


 何故も何も、男自身の口下手さが全ての原因であるのだが、生憎とそれに気づける頭があればこんな事にはなっていない。


 つまるところ、勇者、英雄として知られるグラントは、何処か常識が抜けているのだった。







 そこは、薄暗く乾いた場所だった。


 貧民街。その、最底辺。国の調査をするなら、最底辺と中枢、そして市場を一周するくらいである程度の事が掴める。中枢と市場はすでに通った。富める者は金銀財宝を貯め込んだ蔵をそれぞれ持っていたが、市場は何処か元気がなかった。そして、この最下層。


「た、頼むぅ……。食べ、食べ物を、み、水だけでもいい……」


「触れないでくれるかしら、汚らわしい」


 伸びてきた死に損ないの手を、魔法で弾き飛ばした。ふん、と鼻を鳴らして歩く。その姿は、高飛車な女の典型であった。しかしそれが似合うだけの美貌を兼ね備えている。


 毒を持った可憐な花。彼女を例えるならば、それ以上の物はない。魔女――リリスは、軽く欠伸をした。退屈なのと、面倒なの。その二つが彼女にそうさせたのだ。


「適当に作った従者にでもやらせた方が早かったかしら……」


 如何せん、リリスがやると億劫でいけない。彼女は気位が無駄に高いため、貴族や平民には横柄な態度を取り、貧者には口も利きたくないとすら考える性質だった。だというのにとりあえず自分で来てしまう辺り抜けている。だからグラントを倒せないのだろう。


「ああまったく、漂う空気そのものが不快だわ……。でもせっかくこんな所まで来たっていうのに、何もしないのでは完全な損じゃない。有り得ないわよ。やっぱり自分で聞き込みをしましょう」


 無駄なプライドである。


 そうして歩いていると、どこからか視線を感じるようになる。それを下賤で気にするまでもないものとして無視していると、いつの間にか現れた数人の男たちが、リリスの行く手を阻んだ。


「よう、奇麗なネェちゃん。一人でこんなところ歩いてちゃあ、危ないぜ? 俺たちが案内してやろうか?」


「……うわっ」


 虫を見たときの声であった。


「……何だい、その反応は。おいネェちゃん。俺たちのこと舐めてんのか? ……っていうか、改めて見たけどお前本当に女か? 全然胸がねぇじゃねぇか」


「ぶちのめすわよ下賤」


「おいこらこのアマ! てめぇこのお方をどなたと心得る! ここ一帯の顔役! べズ様にあらせられるぞ! 頭が高い! 控えおろう!」


 べらんめぃ口調の入った取り巻きがリリスに突っかかってくる。そこで初めて、彼女は少し興味を示した。


「何か葦原の方で聞いたような言い草ね。こんなところで聞くとは思わなかったけれど……、ふふ、何度聞いても滑稽だわ」


「てやんでぃ! おれっちのこと舐めてんのか!」


「ふふ、あはは。笑わせないでちょうだい。まぁいいわ。絡まれるくらいでないと口を利く気にもなれないもの。あなたたち、私の質問に答えなさい」


「おい、大事な部下が笑われて、そんな高飛車な女の言う事が聞けるかってんだ」


 べズと呼ばれた男は、確かに貧民街の顔役と言うにふさわしい人相の悪さで鋭く睨み付けてくる。それにリリスはため息を吐いて、言った。


「『私のいう事は絶対よ。あなた、私の言葉に服従なさい』」


 それは、恐ろしき呪文であった。独特の声の入れ方が中空にルーンを刻み、悪魔の力を広げて人を惑わす。リリスの最も得意とする操心術。べズはとろんと瞳をまどろませて「へい」と力なく答える。


「何なりとお聞きください、わが主」


「ちょっ、べズ様!? 何でこんな娘っ子のいう事を聞くんですかい!? どうしちまったんですか!」


「ぷっ、ふふふふふふ……! あなたはもう黙っていなさい。私の腹筋に来るわ。ちょっと笑うだけですぐに痛くなるんだから、あまり笑わせないで」


 さらりと類稀なる貧弱性を露呈させつつ、リリスは「そうね……」と質問を考える。ささっと聞くこと聞いて帰ってシャワーを浴びたかったのだ。


「最近強い魔物の話を聞くでしょう? 勇者でしか倒せないのではないか、と危惧するような。そのモンスターに関する事、すべて話しなさい」


「へい、先月辺りに現れたギガントサンドワームの事ですね」


「ギガントサンドワーム……? 頭の悪そうな名前ね」


 眉をひそめて話を聞くリリス。お前が言うなという話だが、生憎とリーダー格が彼女の言いなりになっているため案外威厳があるように見える。


 だが前話の痴態を思い出してほしい。魔女のくせにキスされて真っ赤になっていた彼女のことを。格好よく見えたとしてもまやかしである。騙されてはいけない。


「村を一つ飲み込んじまうような化け物って噂ですぜ。どうする事も出来ず、ここ最近大枚はたいてギルドが凄腕の冒険者を呼び寄せたとかいう話をよく聞きます。風のうわさじゃ勇者も……、なんてのは都合のいい話ってやつですか。あっしが知ってるのはこんなもんです。はい」


「そう、じゃあ帰っていいわよ。ふむ……、やっぱり、結局はギルドに行かなくちゃならないのね……」


 適当に追い払って、思案し始めるリリス。ギルドに行くと、わずかながら知り合いに遭う可能性があるのであまり好ましいとは言えないのだ。知り合い。つまりは仇敵である。リリスには敵が多いのだ。『命令』によって人払いをしてから、歩きつつぼやく。


「全く、世知辛いわね。どうして魔女に対して、世間はこうも冷たいのかしら」


 日常的に洗脳魔法使ってくる相手と仲良くできるか、と誰か奴に言ってやってほしい。


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