170円
俺は、次の体育の授業のため廊下に出た。
「なぁ。」
後ろから話しかけてきたのは泰知だった。
「さっきヒカリと何はなしてたんやぁ~。」
じーっと俺を見て泰知がいつもより低い声で俺にさっきの一件のことを訊いてきた。
まぁ、この様子だとヒカリのことが気になっているのだろう。
朝は、彼女がいるかいないかなんて話をしていたのはなんとなく
泰知が気になっている相手がいるからなのだろうと思ってはいたが、
ヒカリだとは思わなかったな。
「いや、なんてことはないんだ。田中が彼女のいない俺を憐れんでか
田中の中学校が一緒だった友達を紹介されただけ。
因みに、田中とは何もないから安心しろよ。」
俺は少し笑いながら軽く右肘で泰知のことをつつきながら答えた。
「なんだよ~、その悪戯に満ちた表情は。俺は、純粋なんだぞっ!!」
泰知は、時々そこらへんの女子より女の子らしいような発言をしたため
俺は、またおかしくて笑ってしまった。
「だけど、意外だな。泰知が田中のこと気になってるなんて。」
俺は、上のジャージに着替えながら言った。
「んぁ?なして?」
泰知は、俺のほうを向いて不思議そうな顔をした。
「なして?って、いや、だって確か田中って・・。」
俺が、言いかけたとき、
「かけるくーーーん!!今日は、南美たちと一緒にお昼ごはん食べることになったから
一緒に食べれなくなっちゃったの。ごめんね。」
噂の田中ヒカリの声だった。
そして隣にいるのは常に学年首位の優等生、柏崎翔だった。
「うん、大丈夫だよ。だけど、その代わり一緒に帰ろうね。」
怒る様子もなく目を細めて静かに笑いながら柏崎翔はヒカリに
そう伝えた後、自分の教室へと戻っていった。
俺は、そーっと泰知のほうに目を向けた。
「何だかんだ、あそこも付き合い長いんだよな。俺とは違うタイプだなぁーって思うけど。
まっ、俺にも恋する権利はあるし特定の相手がいるっていうのは逆に張り合いがあるってもんだぜ。」
俺の心配はよそに泰知は片想いに燃えている様子だった。
少し安心した。
「だけど、ヒカリあいつといる時、いつもと違う感じするんだよな。
無理してるっていうか、怯えてるっていうか・・。」
片想いの相手だからなのか、それでよく見ているからなのか、泰知は首を傾げながら意味深なことを言った。
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俺は、家に着くなり自分の部屋のベッドで少し横になった。
「泰知は、凄いよな・・。特定の相手がいてもそこで諦めるってわけじゃないのか。」
体育の時、泰知が隣のコートでバレーボールを楽しそうにしているヒカリを見て言った。
「あいつ、何でも楽しいって顔してやんの。くそ可愛いわ。」
自分じゃない他の誰かがいても、片想いでも
そんなことは関係なく好きな人好きだと思える泰知のことを
俺は純粋に凄いと思った。
。。。。♪♪♪
今日の事を振り返っていると、ふと携帯が鳴りだした。
「5半タイト射て。」
???????
なんぞや、この暗号は。
ショートメールで来ているということは、これは母さんからだと
推測できる。
ということは、んん~
俺は、暫し携帯とにらめっこをした。
もしやっ!!
「5半タイト射て。」
・・・・・・・・・
=「ご飯炊いといて。」か!?
やっと謎が解けたところで、「分かった。」とだけ返信した。
。。。。♪♪♪
そして、すぐに返事が来た。
≪Eメール≫
はじめまして。ヒカリから紹介してもった
ゆかりです。叶さんとお呼びしてもいいですか?
よろしくお願いします。
-iphoneからの送信-
ゆかりさんからのメールだった。
母さんのショートメールで一瞬ゆかりさんから連絡が来ることを忘れていた。
それにしても丁寧な文章だな。
流石、お嬢様学校といったところだろうか。
田中のぶっきらぼうさとは大違いだな。・・・あっ、すまん、泰知。
俺は、すぐに返信をした。
≪はじめまして。こちらこそよろしく。
俺のことは、好きなように呼んでもらって構わないから。≫
こんなもんか?と思いながら待っているとゆかりさんからも
すぐに返信が来た。
≪Eメール≫
有難うございます。
あの突然なんですけど、明日会ってもらえませんか?
-iphoneからの送信-
俺は、画面の連なっている文字を凝視した。
えっ?明日?会う?
いくら友達の紹介といえど急すぎじゃないか?
俺は、驚きを隠せなかった。あまりに急展開すぎだ。
正直、嬉しくないわけではないが(これは男の性なんだろうか。)
しかし、なんだろうか。
この高校生ならではの行動力は。どこからこの気力が来るんだ?
それとも、女子はみんなこうなのか?
とりあえず、田中の紹介ということもあり俺は会うことに対して
承諾した返信をした。
すると、ゆかりさんから
≪Eメール≫
突然なのに本当にすみません。
明日、5時に駅前の時計台下で待っています。
桜色のスカーフで鞄にたぬきのぬいぐるみを付けてます。
着いたら連絡します。今日は、ありがとうございました。
おやすみなさい。
-iphoneからの送信-
と返信が来た。
何だか、今日は忙しない日だった気がする。
俺は、ご飯を炊き忘れたまま眠りについた。
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やっぱり、朝は母さんに「もう信用しない。」
と言われ、朝ご飯は勿論ありつくことは出来なかった。
(だったら、母さんは予測変換ミスしないでくれよな。)
と心の中で思いつつ俺は、バスに乗り昨日のゆかりさんとメールの内容を思い出していた。
なんだか突然のことで、いつも通りの時間に寝たはずなのに頭がぼーっとしていた。
今日は、どうすりゃいいんだ?
これをヒカリに話せば厄介になること間違いなだからなー。
んんー、寧ろゆかりさんはあったこともない男に昨日の今日で会うのは平気なのか?
んー・・・・。
ふと、バスの中から外の景色を眺めているといつもと違う景色に気が付いた。
「あっ・・・。」
気づいた時には、遅かった。降りるバス停を過ぎてしまっていた。
半分諦めて仕方なくいつも降りるバス停の次のバス停で降りることにした。
ピーッッッッ
俺は、なんとも安っぽい音のするボタンを押した後、定期を出して降りようとしたとき運転手のおじさんに止められた。
「お客さん、170円足りないよ。」
あっ・・・・。
咄嗟に財布の奥にあった500円玉を慌てて崩して、170円を払い俺は後悔する。
「あの500円玉、旧500円玉だからとっておいたのに・・・。はぁ。」
そして俺は無駄な出費と貴重な500円玉を失ったダブルショックを抱えていつもの登校する道を10分多く歩きながら学校へと向かった。