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決意の時

「主様っ!!主様ぁあああ!」


シオンはカイリの元へと駆け寄った。

あたりにはもうゴブリンはいないようだった。


「主様っ!しっかりしてくりゃれ!?主様ぁっ!わっちの、わっちのせいじゃ……!いやじゃ…、主様、死んではならぬ!!」


シオンは後悔する。

なぜ、もっとあの時強く引き止めなかったのか。

魔物化したゴブリンが手強いことは知識としては知っていたが、カイリが負ける事はない…という思い込みがあったことに、シオンは酷く責任感を覚えてしまっていたのだ。

カイリの傷を癒す為に【ヒール】を使おうにも、魔力が定まらない。

シオンは手が震えて、なにも考えられなくなっていた…動揺していた。


「ぐっ…」

「主様っ!?」


少し目を開けたカイリは、口の端から血を流していた。

ゴブリンの棍棒で内臓をやられたのだろう。


「だ、大丈夫…、だ。」

「大丈夫なわけがあるかやっ!?わっちの、わっちのせいでこんなことに…」


体を動かすだけでカイリの体に激痛が走る。

だが、カイリは目の前で泣いている少女を見てじっとしていられる人間ではない。

無理やり体を起こし、涙を流すシオンと向き合った。


「何をしておる…!今は安静にしておれ…!わっちが今、回復魔法を!」

「シオンのせいなんかじゃ…ない…!俺が、俺が何も考えずに突進、したから…!俺こそ…」


カイリはシオンを抱きしめ、耳元でそうつぶやいた。


「心配かけて…ごめん…な?ほら、なくなよ…」

「わっちは…わっちは…」

「いいから…これから、お父さんとお母さんを助けに行くんだろ…?ほら、早くしない、と」

「ひくっ…ぐす…」


シオンは二度しゃくりあげると、カイリの体に抱きついた。

ボロボロになったカイリの体を見て、シオンはまたも涙を流しそうになるが…堪えた。


「今、わっちが回復魔法をかける…!じっとしていてくりゃれ…」


言いながら抱きしめ合っている二人の間に緑色の淡い光が発生した。

回復魔法…【ヒール】だ。

徐々に体から痛みが消えていくのをカイリは感じていた。

それに、気力が充実していく感じもした。

数分の出来事だっただろうか。

シオンが真っ赤な顔をしながらカイリから離れた頃にはすっかり傷は癒えていた。


「お…ありがとう。シオン。すっかり痛みが無くなったよ。回復魔法ってすごいんだな…って、なに赤くなってるんだ?」

「なな、なんでもないんじゃ!決して主様の体温を感じてちょっとときめいちゃったりとかしてないのじゃ!」

「…?早口すぎてよくわからないが…。ま、助かったよ」


カイリは立ち上がり、ポンポンとお尻についたホコリを払う。

それからシオンの方へ手をさし伸ばし、カイリは言った。


「さぁ、シオンのお父さんとお母さんを助けに行こう。早くしないと…間に合わないかもしれないからな」


シオンはその言葉を聞いた瞬間、またも泣きそうな表情になる。


「主様…!もう、もうわっちは主様が無事ならそれでっ…」


シオンの内にはごちゃごちゃになった気持ちがある。

カイリにはもうこれ以上ボロボロになってほしくない、これ以上危険なところに身を投じさせたくないという気持ちと、父親と母親を助けなければならない、あの予言の通りに運命を進ませてはならないという思いがあったのだ。

しかし、カイリはそれを見越していた。

当然だ。年端もいかぬ少女がこれほどの危険にさらされているのだ。

正常な判断もできなくなるというもの。


「…シオン。俺なら心配するな…確かに、今の相手には不覚を取ってしまったけど…次はもうあんなことにはならないよ。というか、絶対にもう俺もシオンも傷つかない、傷つけさせないようにするから…ほら、立ち上がって」

「でも…でもっ!」


シオンのぐっと握った手が白くなっている。かなり強い力で握っているのだろう。

それを見たカイリは、なぜかは本人でもわからないだろう。

激しく…憤りを感じてしまった。


「迷ってる場合じゃないだろっ!シオンっ!今ならまだ間に合うかもしれないだろ!?先の事なんて決まってないんだから、何をそんなに怯えてるんだっ!」


その言葉にシオンも黙ってはいられない。

先の事なんて決まっていない?確かに自分は目の前の美しい女性に助けられた。そして、予言通りに死なず、生きている。

だが、他の人が助かる保証なんてないのだ。


「わ、わっちは未来が見えるんじゃっ!それで、父上も母上も死んでしまう未来が…」

「それがなんだ!!未来なんて見えるわけがない!」

「わっちを馬鹿にしておるのか!?わっちの【天運予言(プロフェシー)】は絶対なんじゃ!わっちが死ぬ未来も、父上も母上もみな死んでしまう未来も…!全部見えたんじゃ!わっちは…!わっちは…!


ものすごい速さで、ものすごい剣幕で…あまりにも真剣な言葉にカイリは思わず黙ってしまう。


「わっちは全部見えたんじゃ!本来ならあの牢獄でわっちは死ぬはずじゃったが…なぜか今生きておる!それは主様が…予言ではいなかった主様がいたからじゃ!でも、父上と母上は主様のような人と一緒にいるわけがありんせん!!それに、今のこの状況にしろ、わっちが助かる保証なんてどこにもないんじゃ…!こ、ここで主様が死ぬようなことになったのなら、わっちは…わっちは…!」


それは、きっと少女の心からの恐怖を吐露したものだったのだろう。

シオンの身体は震え、自分の体を抱きしめていなければ耐えられないほどの恐怖だ。


「…シオン」


カイリは考えた。

目の前の少女に、今何が必要なのかを。

彼女は未来が見える、といった。

それは同時に、確定していること…良いことはともかく、悪い事までがその通りに起こるということだ。

それはきっと、不安でもあり、恐怖でもあり、安心でもあったのだろう。


未来にはこんなことが起きる。それでお前は喜ぶだろう。


これはきっと安心だ。

喜ぶことが悪いわけがない。


未来にはこんなことが起きる。それでお前は楽しむだろう。


これはきっと…楽しみが奪われるかもしれない。

楽しいことを先に知ってしまって楽しめる人なら問題ないかもしれないが。


未来にはこんなことが起きる。それでお前は苦しむだろう。


これは不安でしかない。不確定要素の塊だからだ。

なにが起きるか、はっきりしてもやはり…不安でしかない。

そして彼女は最後にこんな予言をされたわけだ。



未来にはこんなことが起きる。それでお前は…死ぬだろう。と。



自分が予言されて、しかもそれが絶対と言われて、自分は納得するしかない…。そんな状況を彼女は体験してきたのだろう。


「ふざけんな…」

「へ…?」


シオンはカイリの方を見る。

カイリは下を見て、シオンではなく、別なところへ怒りの矛先が向いているようだった。

そして、言い放つ。


「ふざけんなよっ!!未来が決まってる!?それなら、俺の不幸だって決まってんのか!?そんなの俺は嫌だっ!!シオンが死ぬだって嫌だし、シオンの父親と母親が死ぬのだって嫌だ!!そんな未来、クソ喰らえ!!その未来が絶対だっていうなら…!その不運も絶対だっていうんなら…!俺が…俺が全部その運命をぶち壊して、塗り替えて、俺色の運命にしてやるよっ!!………シオンっ!!」

「ひゃ、ひゃい!?」


あまりの怒りと大声にシオンが怯えていると、力強い声で自分のことを呼ばれたのでシオンはびっくりして立ち上がってしまった。


「俺が全部…いや、俺とシオンならどんな運命だって塗りかえれる。そんな気が…いや、気が、じゃないな。俺は塗り替えられると確信している(・・・・・・)!だって、一回はシオンを助けられたんだから…!だから、ほら、こんなところで立ち止まってんじゃねぇよ…。あきらめてんじゃねぇよ…!運命ってのは、自分で動かすもんだ!!だけど俺一人じゃ救いたい奴全員の運命を変えることは難しいかもしれない…、だけど、シオンとなら、運命を変えられるんだ!」

「主様…」

「早く手を取れ!助かりたいんだろう!?助けたいんだろ!?…だったら迷ってる場合じゃねぇだろ!!自分が動かない限り、未来は変わらず自分のところへやってくる!その前に、間に合わなくなる前に、早く!!」


たまらずシオンは泣きだした。

だが、鳴き声は上げない。

絶対に助かる、助ける、という覚悟を、カイリはシオンに伝えたのだ。

彼女の熱の入った魂の叫びは確かにシオンの心に響いた。


響いたのだ。


今までの煩わしさ、不安、恐怖…すべてのモノから解放された気が、シオンはした。

だから、彼女の手を取る。


これからの未来を、これからの自分の運命を…良いものにするために…!


「主様…!わっちは…、わっちは、父上と母上を…、助けたい!」

「良く言ったシオン!!…なら行くぞ…!」


『運命を、塗り替える!!』


二人の声が下水道の中反響した。

その声は力強く、これから起きる騒乱の中心となるにふさわしいものだった。

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