じれったい幼馴染みたちを見守る僕の崩された日常
イラストは、ももちゃん様より。
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指定要素は、気が強い(ツンデレ又はツンツンな)女の子です。
素敵なイラストありがとうございました!!
「ちょっとっ!!」
その日も僕は、いつもの日常を送る筈だった。何の変わり映えもしない毎日。けれど、それは自分を呼び止めた声によって唐突に崩される事となる。
「へ……?」
校舎の入り口の手前で足を止め、聞き慣れない声に僕は間の抜けた返事をしてしまう。それから、ふいとそちらの方へ振り向いた。
すると、そこにいたのは、赤いカチューシャとサラサラな茶色い髪が印象的な女の子だった。
その子は違うクラスだが、どことなく見覚えはあった。確か、これまで何度か廊下ですれ違った事があった気がするし、それ以外にも何度か見掛けている。
「え、と……何か用?」
彼女は、明らかに僕に声を掛けたというのに、何故か俯いたまま黙ってしまっている。なのに腕は胸の前で組まれていて、高圧的とも取れる態度だった。その割には小柄で、標準体型の自分よりも頭一つ分小さい。どうしてか彼女の顔は幾らか赤くなっていた。
このまま時が過ぎるのを待っていては、ホームルームの時間が迫ってしまう。仕方なしに僕の方から用件を尋ねた。
「……」
けれど、やはり彼女は目を伏せたまま口を閉ざしている。でも、何故だか頬は、林檎のようにどんどんと真っ赤になっていった。
……どうしたというのだろうか。記憶を辿ってみても、彼女に声を掛けられる覚えは無い。そもそも、今の今まで接点の一つも有りはしなかったのだ。だというのに、目の前で無言で佇まれていても理解不能だ。
「何も無いなら、もう行くけど……」
そう言って、踵を返した時だった。
「あっ……!? 待って!!」
彼女は、ガバッと慌てて両手で僕の腕を掴んだのだ。直後、言葉で言い表すならば、「むに」という感触が制服越しに伝わってきた。
「うわぁ!?」
悲しいかな。高三になった現在でさえ、「彼女いない歴=年齢」という不名誉な称号を更新し続けている自分にとって、それは少々刺激が強すぎた。突然の出来事に、バクバクと心臓が煩く暴れ回っている。
僕は何が起こっているのか瞬時には理解出来ず、「落ち着け、落ち着くんだ!」と自分に言い聞かせ、すーはーと深呼吸を繰り返していた。
その折――
「あっ! ちょっ……何すんのよぉっ!!」
「え……?」
バチ―――――ン!!!
気が付いた時には、僕の頬は彼女によって盛大なビンタを食らっていた。
「なっ……ええぇ!?」
ヒリヒリとするそこを手でおさえながら、僕はパニックを起こしそうな頭を整理しようと、努めて冷静に振る舞おうとした。けれど、どう考えても自分が平手打ちされる理由が見付からない。どちらかと言えば、僕は“被害者“だ。
「あっ……!!」
当の彼女は「やばっ」というような面持ちをして、さあっと顔を青くさせていく。それから戸惑ったように目線をうろうろさせながら、「ごめんなさい!!」とガバッと体を九十度に折り曲げた。
「……いや、別にいいけど」
本当は良い訳が無いのだが、そう答える以外にないだろう。自分でも分かるくらいに、ムスッとした表情と声色だったと思う。
その時だった。
「おーい! 光太郎!!」
向こうの方から、僕を呼ぶ別の声が聞こえたのだ。
それは聞き慣れた声であり、イケメンで有名な僕の友人――真下 久志だった。彼のような人物が自分のような平凡な者と仲良くしてくれている事自体が奇跡だが、一年の時に同じクラスになってからの親友と呼べる男だった。そして久志の隣には、これもまた見慣れた女子――香田 莉津がいる。
彼らは、いわゆる幼馴染みだ。僕には、お互いの気持ちがバレバレだというのに、いつになったら落ち着くのか……。じれったい二人の関係は未だ幼馴染み止まりで、そろそろ僕も何か手を打ってやろうかと思っているくらいだ。
「はよっ!」
「ああ、おはよ」
相変わらず爽やかな笑顔で、久志にお決まりの挨拶をされる。莉津もいつもと変わらぬ笑みを浮かべ、「おはよー」とツインテールにしている髪を揺らしながら近寄って来た。
「ん? ……あははっ!! 何だよ、それ!?」
久志は僕の顔を目にした途端、腹を抱えながら爆笑し始めた。「失礼な奴だ」と少し腹立たしく感じながらも、きっと、この手形のせいだろうという事は分かる。未だヒリヒリとする頬は、恐らく一日中消える事は無いだろう。それ程の衝撃は味わった。莉津も「えぇ!? どうしたの?」と、大きな目を余計に丸くさせていた。
「いや、実は……」と、ちらりと原因の一端……否、ほとんどを担った人物を一瞥する。
「え……?」
すると、何故か隣の彼女は、今まで以上に顔を真っ赤にさせて俯いていたのだ。
そして、「ああ、そういう事か」と察する。
僕はこれまで幾度となく、同じようなシチュエーションに出くわしている。爽やかイケメンな上に、サッカー部のエースストライカーともなれば、熱い視線を向ける女子たちがわんさかいるのだ。無情にも、よく行動を共にしている僕へと向けられるものは皆無であった。自分で思い返して悲しくなってくる。
彼女は、久志が好きなのだ。
「ん……? この子は? 何となーく見た事あるような……」
タイミングが良いのか悪いのか。久志は、既に茹蛸のようになっている彼女に気付いてしまった。それから、腰を屈め真っ赤な顔を覗き込む。
「あっ……!? え、と……あの……」
両こぶしをぎゅっと強く握り、視線をあちこちに彷徨わせながら狼狽えている彼女は、ついさっき僕に平手を食らわせた子と同一人物とは思えない。これが、「恋する乙女」というものなのか。
「あれ……? 隣のクラスの木下さんだよね?」
初めに彼女の正体に気が付いたのは、莉津だった。
「莉津知ってるのか?」
「体育の授業が一緒なの。ほら、隣のクラスと合同でしょ?」
久志の疑問に莉津が答えた。僕も、「そう言う事か」と納得する。だから余計に見覚えがあったのだ。
「へえ。で、その木下サンがどうして朝っぱらから光太郎と一緒にいるわけ? しかも、その手形……。なーんか怪しー」
そう言って、久志はニヤリとした嫌な笑みを浮かべた。「あぁ、これは話がややこしくなりそうだ」と、僕は冷静に分析していた。
久志が莉津の事を好きなのは明らかだ。この二年半を彼らと共にして確信している。この親友は、莉津が試合の応援に来ると必ずゴールを決める男なのだ。そのお蔭もあり、エースストライカーの座を守り続けたまま、この夏引退した。つまり、彼が女子たちの注目を浴びる理由の一端は、皮肉にもこの幼馴染みにもあると言って良い。
「なーんか訳ありっぽいな。俺たちは先に教室に行ってるから、ごゆっくりー!」
「あっ、ちょっと久志!?」
再度ニシシと嫌らしい笑顔をつくった久志は、莉津の手を引き校舎へと向かって行った。
「はぁ……」と一息つきながら、「あれは確実に誤解しているな」と思う。しかも、とてつもなくおかしな方向へと行ってしまったようだ。
「え、と……木下さん」
「……マイ」
「え?」
「舞よ。あたしの名前」
それは、下の名前で呼べという事なのだろうか。とにかく、自分も名乗っておいた方が良いだろう。
「僕は……」
「知ってる。コウタロウ、でしょ?」
けれど、その直前、小柄な彼女から上目遣いで問われた。
「あ、ああ……そう。知ってたんだ」
「……」
先刻、久志が僕をそう呼んでいたから分かったのか。もしかしたら、彼の友人である為に知っていたのかもしれない。
「あのさ、舞……さんは、僕というよりも久志に用があったんじゃないの?」
僕は、思い切って直球ストレートを彼女に投げ付けてみた。
すると――
「なっ、ちがっ……!! う~~~」
案の定、舞さんは再び茹蛸になってしまった。それを見て「やっぱりな」と確信する。告白するのを手伝ってほしいとか、だいたいそんなところだろう。
こちらから本題を切り出そうとした時、キーンコーン……とホームルームの始まる鐘が鳴ってしまった。また舞さんと”打ち合わせ”するのも面倒だったのだが、仕方が無い。それに、いくら僕が彼女の為にその場を用意したとしても、答えは既に決まってしまっている。僕に出来る事は、不毛な彼女の恋心が、少しでも穏やかに薄れていってくれるのを願うだけだ。
「とにかく、また後で」
「あっ、ちょっと! 待ちなさいよ!!」
待てと言われ、「はい、待ちます」と言える程の仲では無い。後方から聞こえる舞さんの焦りの混じった怒鳴り声を耳にしながら、校舎へと向かった。
お昼休み。僕は今、屋上にいる。
いつもは久志と共に教室で昼食をとる僕だが、またしても、いつもの日常は”彼女”によって崩された。四時間目の終了直後、わざわざ僕を尋ねにやって来たのだ。そうして現在、舞さんと二人きりの昼食を迎えているわけだ。
でも、自分はこの状況に少し安心していた。
何故ならば、目下、久志の機嫌がすこぶる悪いのである。その為、おかしな誤解をされたであろう舞さんが現れても、彼は勝手に弁当を広げ、特に僕たちの動向を気にする素振りも見せなかった。
久志のイライラの元凶――それは、もちろん莉津絡みの事だった。
朝、教室へと入った時から二人の違和感は感じていたのだ。けれども直ぐにホームルームが始まり、そのまま授業へと進んでしまった為、その原因は分からず仕舞いだった。その間も久志の眉間には深い皺が刻み込まれ、誰が見ても不機嫌なのは一目瞭然だった。久志のファンである女子たちでさえ、彼から醸し出される負のオーラに恐怖していたくらいだ。
それが判明したのは、二時間目の授業が終了した後だった。
僕は久志ではなく、莉津へとその訳を尋ねてみた。軽々しく久志に話し掛けようものなら、猛獣のように噛み付かれそうな雰囲気さえ感じたからだ。すると、その理由は直ぐに判明した。
「これが下駄箱に入ってて。そしたら、久志が急に不機嫌になっちゃって……。それから、ずっと避けられてるの。どうして……」
そう震えた声で言う莉津の瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいた。それから、彼女の言う”これ”を目にする。僕は莉津の手に握られている一通の便箋を見て、直ぐに事情を理解した。それは、いわゆる”ラブレター”というやつだ。
「あぁ、なるほどね」と思いながら、ちらりと久志の方を覗き込む。未だに彼はイライラと貧乏揺すりを重ね、不機嫌オーラを撒き散らしていた。
莉津は、友人という贔屓目を抜きにしてもカワイイ。けれど、常に傍に久志という同性から見てもカッコいい人物がいる為、彼女に好意を寄せる男たちは近付く事さえ難しいのだ。
第三者的な目線でものを見てしまう癖がいけないのだろうか。何故か当人たちを差し置いて、そういう事に気が付いてしまうのだった。
けど、今日この時、その高すぎる牙城を崩しに来た猛者が現れたのだ。彼らと知り合って二年半。こんな事は初めてだった。
「……っと……ちょっとってば! ねぇ、聞いてるの!?」
「え?」
僕は、直ぐ隣に舞さんがいたのも忘れ、ボーっと友人たちの事を考えていた。こんな自分でも、一応心配はしているのだ。ハッとすると同時に、未だヒリヒリとする頬を思い出して少し苛立ってしまう。
「だから、放課後、真下君と二人きりにしてほしいって言ってるの!!」
彼女は反応の鈍い僕に幾らかイライラしながら、吐き捨てるように言い切った。これが人にものを頼む態度だろうか。
……まぁ、それは良いとしてもだ。
もう、あと半年の高校生活。僕は、久志や莉津のお蔭で多くの思い出を作らせてもらった。やはり自分としてはあの二人にうまくいって欲しいし、何より他の者が間に入れるとも思えない。
それ程の絆を久志と莉津から感じているのだ。
「ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事してて。で、簡単に言えば、久志に告白したいって話だよね?」
「えっ!? ま、まぁ、そういう事よ……」
舞さんはカーッと顔を赤くさせるのと反比例して、だんだんと声が小さくなっていった。彼女は気が強い割に、恋愛ごとに関しては異常に弱いみたいだ。そのまま俯いてしまった。
「じゃあ、一つ教えて欲しい?どうして久志なんだい?」
「え……?」
舞さんは、「どういう意味?」という風に目を丸くした。僕も、自分で言っていて説明不足だったなと思う。
「ごめん、分かりづらかったよね。どうして久志が好きなのかって事だよ」
「なっ……どうして、そんな事あなたに言わなきゃならないのよ!?」
舞さんは僕の意図が掴めないようで、訝しそうに言い放った。確かに、そんなものを僕に話す義理など無いとは思うが、それは自分にとって重要だった。
「……はっきり言うけど、ただ単に久志の見た目が目当てだっていうのなら、僕は舞さんのお願いを断るつもりだから」
そうきっぱりと断言した。あの二人の仲に割り込もうとするつもりならば、それ相応の想いが必要だ。「どうして久志ではないとだめなのか」という理由が。
「あ……」
すると、彼女は僕の考えを多少なりとも理解したようだ。ハッとしたような面差しを向けられる。そして、ぽつりぽつりと記憶の糸をたぐりながら話し出した。
「……ちょうど二年くらい前よ。その時、すごい大雨が降ってたの。でも傘を忘れちゃって、玄関で雨が止むのを待っていたの。けど雨は止むどころか、どんどん強くなっていって……。そんな時にね、真下君が”これ”って渡してくれたの。小さな普通のビニール傘だった。でもね、あたしは”これ”って言って、笑って渡してくれた小さな傘が嬉しかった。あの時の真下君の笑顔が……眩しかったの……」
それから彼女は、久志を目で追うようになった事、それから好きだと自覚するようになった事、廊下ですれ違うたびにドキドキしていた事など、色んな想いを話してくれた。
その一つ一つをゆっくりと思い起こしながら話す舞さんの横顔は僅かに赤らんでいて、今朝、平手をお見舞いされた子と同じ女の子だなんて考えられない。
けれど、その真摯な想いを聞いた僕は後悔してしまった。聞かなければ良かったとさえ思う。こんな真っ直ぐな気持ちを話されて、手助けしないわけにいかないではないか……。
つくづく、このお節介な性格が嫌になった。
「……なるほどね。つまり舞さんは、この二年間ずっと久志が好きだったって事か」
「っ、そっそういう事よ!! いちいち言わせないでよねっ!!」
「ああ、ははは……そうだね、ごめん」
相変わらず真っ赤な顔で、舞さんは威勢よく言い放つ。これ以上、この話を蒸し返せば再びビンタが飛んでくるかもしれない。そういう趣味嗜好も無いので、「まあ、まあ」と彼女を一旦落ち着かせた。
「……とにかく、舞さんの気持ちは分かったよ。それで、だ。ちょっと僕に考えがあるんだ」
「考え……?」
舞さんは胡散臭そうに僕の顔を見た。これから手助けしようとしている人間に対して、そんな不審げな表情を向けないでもらいたいものだが、それがきっと「木下 舞」という女性なのだ。僕は「はぁ……」と自分を納得させる気持ち半分、諦めの気持ち半分の思いでため息をついた。
それから彼女へと、ある提案を語り始めた。これが成功するかどうかは五分五分だ。どう転ぶかは僕も分からない。
自分はただ、彼らの想いの行き着く先を見送るだけだ。
放課後。いつもならば、部活を引退した久志と莉津は共に家路につく時間だ。けれど、今日はそうはいかない。
相も変わらず、久志は放課後になっても不機嫌さ全開だった。それもその筈だ。莉津は放課後、あの便箋によって屋上へと呼び出されているのだから。
莉津が「行ってくる」と椅子に座ったままの久志に呟いたが、「ああ」とだけ返し、彼女を見送ろうともしなかった。彼のこんな子供っぽい一面を見るのは初めてだ。ラブレターをもらってしまったのは莉津のせいではない。もう少し理解があるとは思っていたのに、久志はむすっとした表情のまま外を眺め続けていた。
でも、これは僕のシナリオ通りだ。けれど、こんなにあっさりと、莉津を屋上に向かわせるとは思わなかったが……。
「……舞さん」
「ええ……」
顔を赤らめ、幾らか緊張気味の彼女へと声を掛ける。今、教室にはタイミング良く久志一人だ。
「じゃあ、頑張って」
「……ありがと」
舞さんは恥ずかしそうに下を向きながら、ぽつりと囁いた。始め、聞き間違えではないだろうかと思ってしまった。彼女の口から、お礼を述べられるとは思っていなかったのだ。
意外だと感じながら、舞さんの横を通り過ぎた。
その後僕は、莉津を追って屋上へと足を運んだ。そこへと向かう階段を上っていると、キィと扉の開く音がする。そちらの方を見上げると、既に莉津が複雑そうな面持ちをさせながら、こちらへと歩いてきていた。
「莉津」
「光太郎……」
彼女は今にも泣きだしそうな顔で、僕を見下ろした。
「どうした? いつも元気な莉津らしくないぞ?」
「……」
何から話せば良いのか迷っているらしく、莉津は無言のままホールに立つ僕の前まで歩いて来る。その間も、目線はウロウロと彷徨っていた。
「あのね、一年の時からあたしのことが好きだったって……。あと半年で終わっちゃうから伝えたかったって、そう言ってたの。でも、好きな人がいるからごめんなさいって……伝えたの。そしたらね、”分かってるよ”って……。”断られるの分かってたけど、知って欲しかった”って。どうして、そんなに……強くいられるの……?」
震える声で必死に思いを伝えようとしている莉津は、話し終えると同時に「うわあぁぁん!」と泣き出してしまった。
「莉津……」
僕はポンポンと頭を撫でてやって、彼女が泣き止むまでしばらく隣で見守っていた。
暫くしてから、落ち着きをみせた莉津と共に久志の待つ教室へと戻った。あちら側の方も済んだ頃だろう。もうそろそろ戻っても大丈夫な筈だ。でも、結果は分かり切ってしまっている。それは、今日の久志の態度からも明らかだ。
けれど、教室へと入ろうとした僕たちが見たものは――
「え……?」
久志と舞さんが抱き合っている場面だった。久志は、しっかりと舞さんをその腕に包んでいる。僕は、あまりの驚きで地に足がくっついたかのように、ぴたりと歩を進める事が出来なくなってしまった。
「あり得ない」と思った。「どうして?」とも。
けど、この目は事実をまざまざと映している。それは、彼らが「うまくいった」という証拠に他ならなかった。
「ひさ、し……」
僕は直ぐ隣から発せられた声に、ハッと思考を現実に戻す。否、現実にいた事は間違い無いのだが、それを「事実」として受け止める事が出来なかったのだ。
震えた声で久志の名を呼ぶ莉津の目は、再び涙を溢れさせていた。彼女の瞳には今、どんな彼らの姿が映っているのだろうか。カタカタと小刻みに身を震わせ、呆然と目の前の光景を見つめていた。
「最悪だ」と思う。こんな筈じゃ無かった。こんなもの、シナリオに存在しなかった。
「……ぃや……」
「……? 莉津?」
「いやああぁぁぁ!!」
莉津はぽろぽろと大粒の涙を流し、逃げるように走り去ってしまった。
「莉津ーーー!!」
反射的に彼女を呼び止めようと叫んだ直後、「しまった!」と思う。ふいと教室へ顔を向けると、バチリと久志と目が合ってしまった。
「あ……」
彼は今、何を考えているのだろうか。舞さんを抱きとめながらも、大きく目を見開いて言葉を失ったように固まっている。けれど一言「莉津……」と呟き、彼女をその腕からそっと放した。
「ごめん、木下さん。俺、好きなやつがいるんだ。そいつの事が誰よりも大切なんだ。だから……ごめん……」
苦しそうな面持ちを浮かべながら、久志は舞さんへと真っ直ぐな瞳を向ける。彼の目は、揺るぎない想いをそのまま映しているように強い眼差しだった。
どういう事なのか。久志と舞さんの間に何があったのだろうか。
「知ってるよ」
「え?」
「え?」
僕と久志は、同時に声を上げてしまう。けれども、舞さんは僕たちの事など気にも留めていないかのようにくるりと踵を返し、久志へと背を向けた。
「知ってたよ、そんなの。あたし、二年間真下君が好きだったんだよ。気付くに決まってるでしょう?」
そう言って振り向いた彼女の顔は、”笑顔”だった。
「だから、早く行ってあげて。きっと誤解してる。……ね?」
「……っ……ごめん!!」
ガバっと腰を折り曲げた久志は、顔を上げると直ぐに教室を飛び出す。その瞬間、再び彼と目が合った。
「中庭の方に走って行った。頑張れよ」
「サンキュ!」
久志は無理矢理に笑顔を浮かべていたが、必死そうな、辛そうな面持ちを隠し切る事は出来ていなかった。莉津を追いかけ走り去る久志の背を、僕は暫く見送っていた。
この場は、シーンと静まり返っていた。久志と舞さんは、何故抱き合っていたのだろうか。気にはなっているが、ただの野次馬のように思われるのも嫌だった。
「気になってるんでしょ?」
「え……?」
そんな折、彼女の方から僕に声を掛けてきた。驚いたが、正直有り難かった。自分から聞く勇気が無かったのだ。良く見ると、舞さんの目は薄っすらと膜が張られて赤くなっている。
彼女は一度「ふふっ」と、瞳を閉じて微笑んだ。
「ありきたりな話よ。真下君に自分の気持ちを伝えた後にね、勝手にあたしが泣いたの。気持ちのコントロールが出来なくなっちゃって……。そしたら真下君が”ごめん、でもありがとう”って言って頭をくしゃって撫でてくれたのよ。それで、あたし……っ……」
それ以上は言葉にならないらしく、両こぶしをぎゅっと握っている。その様子から、舞さんが涙を堪えているのが分かった。久志は優しい奴だから、きっと彼女を拒めなかったんだろう。
舞さんの姿を見ているのが居たたまれなくなった僕は、ゆっくりと彼女へと近付く。それから莉津へとやったみたいに、ぽんぽんと頭を撫でた。さらさらな髪が、自分の手に馴染む気がする。
「……あ……」
僕の存在に気付いた舞さんは、ふいと顔を上げる。すると、上目遣いに僕を見上げる彼女と、真っ直ぐに視線が合わさった。
「何よ……光太郎の癖に」
「ん? どういう意味かな?」
舞さんに「光太郎」と名を呼ばれ、全く違和感の無い自分に驚く。けれど、この期に及んでまで悪態を付かれるとは思わなかった。
でも、僕はもう気付いてる。彼女の強がりは、寂しさの裏返しなんだってコト。
「真下君が、香田さんの事を好きだなんて、直ぐに気付いたわ。でもね、好きだったの……」
「うん」
震えた声で、舞さんは続ける。
「好き、だったの……。だから、”好き”をやめるなんて……無理だったの。でも、伝えたかった。あたしの気持ちを、聞いて欲しかった……」
「うん」
彼女の瞳からは、ぽろぽろと止めどなく涙が溢れて来た。それを、親指の腹でぐっと拭ってやる。
「好きだったの、二年間。ずっと、ずっと……好きだったのぉ!!」
そう思いの丈を吐き出した舞さんは、「わああぁっ!!」と僕の胸に飛び込んできた。そして、ぐっと僕の制服を掴んだまま涙を流している。
舞さんは本気で、真っ直ぐな想いで久志が好きだったんだ。なのに今日の僕は、ひどく残酷な事をしてしまったのだと、ちくりと胸が痛んだ。
そして不意に思う。久志と莉津は、どうしただろうと。けれども直後、「いや、きっと大丈夫だ」と、明日、彼らが手を繋いでやって来る姿が目に浮かんだ。
僕もいつか、こんなにも人を好きになれる日が来るのだろうか。
こんなにも、欲しいと思える人に出会えるのだろうか。
そんな事を考えながら、舞さんの背にそっと腕を回した。今はただ、彼女の傷付いた心が、少しでも和らいでくれるのを願うだけ。
それから僕たちは、暫くの間二人きりの教室で抱き合っていた。それは決して、恋人同士の熱い抱擁などでは無いけれど……。
今日も、いつもの日常がやって来る筈だった。変わらない毎日が、過ぎて行くだけだと思ってた。
なのに、たった今、僕の腕の中で泣いてる子がいる。悲しい、辛いと、全身全霊で主張している小さな女の子がいる。
明日になっても、久志と莉津との関係は変わらないだろう。きっと、ずっと友人であり続ける。
じゃあ、舞さんとの関係は……?
今はまだ、分からないから――
だから、さっき視線がぶつかった時、ドキっとして「カワイイ」なんて思った事は、とりあえず今は、秘密にしとく。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました。舞ちゃんは、ツンツンな女子になっていたでしょうか?ちょっと不安……。
企画の後半作品ですが、こちらもまた難しかったです。絵師様のイラストの世界観を崩さずに小説を書くのって、思った以上に大変でした。でも、とても良い経験が出来たと思っています。
ももちゃん様、改めてありがとうございました!