プロローグ
プロローグ
「おい、どこに行く気だ?」
長い髪を後ろにひとつ結びで、なびかせながら歩いていく女に後ろから声をかける明松。煙草をくわえながら言うので、床にぽろぽろと灰が零れ落ちていく。
ゆっくりながら振り返るその女は、俗にいうくーるびゅーてぃー?というものらしい。縁なしメガネをかけ、パンツスーツをその華奢な体で着こなし、足元もささやかなヒールのパンプスをはきこなしている。
女性らしさもあるが、どちらかというと同性にもてるタイプだと同僚が言っていた。確かに奴の周りには男性の影はあまりなく、彼女より小柄な女性たちが群がっているところばかりだ。まあ、あいつが無駄に170もの身長を持っているせいでもあるが。
「別に、あんたには関係ないでしょう? それとも、どこに行くにもあなたの許可が必要だったからしら?」
「いやいらないが…。あのなあ、状況等を含めてお前が動くのはどうかと思うんだが…」
「……うっさい」
ぼそっと返された言葉はなんだ、おい。
仮にもだ。仮にも、上司に向かってなんだそれ。
「い、い、か、ら。お前はここにいろ、じゃなきゃ減俸だ!」
さすがにこれには反応したのか、びくりとその身体を震わしたが。不満そうな顔にはすぐに、笑顔がはまった。
俺からには見えにくいように自分の身体で隠しながら、奴は左手で空気をかき混ぜるように、手首ごと回していく。
一回転するたびに、ほこりが。
二回転するたびに、風が。
三回転するたびに――、あいつ自身の身体を中心にして空気が渦を巻いて行った。
「――おい。どういうつもりだ」
「うん? いやだって、話しても無駄かなって思って。だから」
「だから、-―強行手段か、おまえらしいな」
「でしょ? だから、始末書は後でお願いしますね」
なかなか見せることのない笑顔。そいつが満面な笑み、しかも本心から見せる笑顔なんて久しぶりなんて言葉じゃな足りないぐらいレアなものなのに、こんな時に見せるなんてあいつらしいといえばあいつらしい。