ゼリーノイドの歪曲
ゼリーが食べたい。
そう思い立ってからの私の行動は早かった。
ママからお金をもらい、駆け足で最寄りのコンビニへと向かう。
「いらっしゃいませー」
まず私がまっさきに向かったのはゼリーが並んでいる棚。
最近のゼリーは味も多彩だ。
オレンジ、ぶどう、りんご、何が良いだろう、私のお腹はどちらをより欲しているだろう。
……いや、果たしてそれで良いのだろうか。
ゼリーとだけ向き合え。
私は、自分に言い聞かせる。
ゼリーだけを食べたいのだ、私は。余計な味付けなど無粋。純粋なランデヴーではない。
――じゃあ、ゼラチンか?
ゼリーの主成分はゼラチン、それを望んでいると言うのか。
――いや、それはない。
ゼラチンはまさに粉。口内で唾液と結合した瞬間にジェル状となる感触に、私は酷い不快感を覚えるのだ。
では、私の欲求を満たすゼリーは、果たしてこの世に存在するのだろうか。
これは困った。
私のお腹は、実に傲慢だ。
「ありがとうございましたー」
店を出た私は、右手に持つレジ袋の重みに罪悪感を抱いていた。
あれほど否定していても、結局味のついたゼリーを買ってしまったのだ。
それも、3つ。ゼリーの中でオレンジの果実が静かに眠っている。
ママはなんと言うだろうか、叱るだろうか。
俯きながら自宅に帰ると、玄関でママが待っていた。
「お帰りなさい、けいちゃん。ちゃんと一人でお買い物できた?」
「うん、大丈夫だった」
いつもどおり心配してくれるママの気遣いが、私を締め上げる。
ああ、そんな目でみないでくれ。
「ゼリーは何味を買ったの?」
その質問、しないでくれ。
「ママにも見せてよ」
愚鈍に感じるほどのママの笑顔は、狂気を隠す悪魔の如く。
ママの右手が、私の右手に、レジ袋へと伸びる。
僕は、その時、決意した。
このゼリーを、食べると。
今、食べると。
私は左手で母の手を払いのけ、そのまま母に背を向ける。
いくら私のゼリーを食すスピードが速くても、目の前で食べてしまってはばれる。
だから、母の死角でこれを食す!!
腹の前で、レジ袋をひっくり返すと、3個のゼリーが姿を現す。
落下、そのひとつを掴む。
このタイプの容器のフタの粘着力は、通常のプリン等と比べるとやや強い。
開封作業には、全力で以て望む必要がある。
しかし普通に開けるのでは時間が足りない。
右手でフタを引っ張りながら、なおかつ左手で容器を手前に引いてやるのだ。
べりべりと接着剤が鳴く。
さぁ、姿を現した。
私の目は血走っている、きっと。
あれほどまでに渇望したゼリーさんだ、ゼリーさんだ!!
容器に口を近付ける。
流す。
ジュルルと、吸い込まれる。
この食感がたまらない。
口の中に全ての悩みを吹き飛ばすような冷たさが広がっていく。
この清涼感がたまらない。
口の中に、ぶどうの風味が広がっていく。
ぶどうはただのぶどうだ。
ひとつめ、ご馳走様。
私のお腹にすとんと、ゼリーが滑り込んでいった。
「――ふぅ」
正解だった。
このゼリーを買って、3つ買って。
私は2つ目を食べようとする。
しかし。
「あらぁ、ダメよぉ。ゼリーは一個だけって言ったのに」
残る2つはママが、あの悪魔が、食していた。
「は、は、母上!! それはあまりにも外道!! 人の道を、親が子にしてよい所業ではござりませぬ!!」
この早業はママから教わったもの。
たかが8年しか生きていない私なんかが、彼女に敵うはずがなかった。
「あらあらぁ、ふふふ……。ちゃんと手を洗ってうがいをしなさいね~」
私の言葉には答えず、ママはそういうと台所に消えていった。
「……くそぅ」
私は悔しくて顔を伏してしまう。
靴紐が解けていた。
しかし私は結び方を知らない。