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最強の相棒

(楽しい時間程、経つのが早く感じる)


 七菜は緋達と別れ、一人、帰り道を歩いていた。


(やれやれ……。一で居ると考え込んでしまうな)


 七菜は野球帽を取る。


(この帽子を被ってから、それだけ時間が経っているということか)


「そこの」


(ん?)


「もしや、矢吹七菜?」


(僕を知っている?)


「あらだ。お忘れになって? ……ちっ!」


(あああああ!?)


 七菜の顔が強張る。


「その表情かお、いい気味ね。恐怖を思い出して震えちゃって」


 金髪巻き髪の少女は、扇子を片手に笑みを浮かべる。


(!)


 七菜は走って去ろうとする。


「……ゴミが逃げるの?……」


(!?)


 七菜が立ち止まってしまう。


「妙に色気付いちゃって……塵は着飾っても塵なのよ」


 少女は扇子で七菜の帽子を叩き落とす。


(なんで……こんな)


「塵が塵を落とす……滑稽だわ」


 少女は扇子を畳むと、七菜の胸元に扇子を押しあて、路地裏に連れ込む。


(何をする気だ)


「ふーん。塵の分際で身体は女なのね?」


 少女が指を鳴らすと、スーツの男達がやって来る。


「この頃、御付き達が欲求不満なの。最近じゃメイド相手では満足出来ないらしいから相手をしてよ」


(な……何を!?)


 七菜の身体が激しく震える。


「あらら? 嬉しくて泣いているの? 塵にも役割を与えたのだから感謝してくださる?」


 少女は畳んだ扇子で七菜の顔を叩く。


「痛!」


「ようやく言葉を発しましたわね。いつまで黙りを貫くつもりかと思っていたのよ?」


 扇子が七菜の顔を往復する。


「うっ……」


「そんなに頬を染めちゃって……。恥ずかしいのは最初だけだわ」


 少女が指を鳴らすと、男達が七菜を囲む。


「……僕を……どうする気だ!?」


「僕? 一人称を変えたの? 塵が無駄な足掻きを。塵は、どう変わろうとも塵なのよ」


 少女は扇子で七菜の身体を強く突いていく。


「ああっ!!」


「痛いのかしら? 身体を温めてあげてるのだから感謝しなさいな」


 少女が男達への合図代わりに扇子を七菜へ投げ捨てた。


「その女は滅茶苦茶にしても構わないわよ。気の済むまで楽しみなさい」


 少女は路地裏を出ていく。


「僕を犯す気か」


 七菜は自分を囲む男達の間をすり抜けた。


「うっ!?」


 七菜を後ろから男が羽交い締めにする。


(こんな、こんな訳の分からない連中に……僕は……)


 七菜が必死に抵抗するものの、男達は怯まない。


(嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だあああああ!!)


「いやあああああ!!!!……」


 七菜は気絶した。


※ ※ ※


(…………)


(これ……は?)


 七菜の視界に有るのは中学校の校舎。


(何故、僕は中学に……)


 なにもかもがフワッと浮いている感覚が七菜を気付かせる。


(これは……夢?)


 場面は外から中へ。教室では生徒達が騒がしくしている。


(なんでこんな夢を見ているんだ)


(皆さん、おはようですわ)


(……!?)


 フワッとしていた七菜の心に、ズシリと重い感覚が抉りこんでくる。


(あら、おはよう。今日も髪が綺麗ね)


(……遠流路えんりゅうじ……綺姫ジュリエ……)


(綺麗な髪よ? 触っていると気持ち良いけれど、切り心地も良さそうだわね?)


 綺姫ジュリエの表情がみるみる豹変していく。


(なんで……こんな……思い出したくもない記憶が夢に出る!?)


(御嬢様の私より綺麗な髪だなんて許しませんわ! 貴女みたいな庶民……ゴミには勿体ない代物ですもの……切り刻んでやりますわ!)


(うわああああ!!)


 視界が真っ暗になる。光が照らされたとき、七菜の夢は地獄を見せていた。


(どんどん綺姫ジュリエの支配に学級クラスが堕ちていく)


 七菜の周りから人が離れていく。


(綺姫ジュリエには、学校も教師も逆らえない。それだけ遠流路の力が強いということだ)


(庶民の暮らしを見てみたくて、こんなショボい中学に入ったけれど、大して面白くもない。庶民なんて所詮は、上流の太鼓持ちがお似合いだわ)


 綺姫ジュリエが遠ざかっていく。


(綺姫ジュリエが居た一年間は、地獄以外の何物でもなかった。散々な中学二年生だった)


 場面は変わり、中学三年生の教室は輝いていた。


(綺姫ジュリエが去ってからは安泰の毎日だった。けれど、多くの生徒が心に傷を負ってしまった)


 七菜は掌に有る傷を見る。


(抱えていたストレスが溢れた結果……。記憶がフラッシュバックして髪を伸ばすことも出来なかった)


 クラスメイトが消えていく。


(学校提携の心療も甲斐なく、三年生の何人かは自ら命を絶ってしまった。綺姫ジュリエは知るよしもない)


 場面が卒業式に移る。


(綺姫ジュリエは、他クラスも牛耳っていた。だから、三年生に無傷で進級出来た生徒はいなかった。一命は取り留めたが、結果的に一年間を棒に振り、卒業式に参加できなかった卒業生は半数を占めた)


 遺影を手にする保護者が数人座っている。


(こんな悲しい出来事にも関わらず、世間に公にされなかったのは、遠流路の圧力に他ならない)


(僕は野球が好きだった。好きな事に逃げたんだ。女子野球部が在る柊高に……)


 七菜の目の前に、赤髪の少年が立っている。


(緋!!)


 七菜が必死に追い掛ける。


(けれど! 逃げた先で僕は彼と出逢えた)


 七菜の視界に破耶達が現れる。


(破耶先輩、夏郷先輩、玲衣先輩、宇留田先輩……千景先輩、新田先輩、奏先輩!)


 七菜が手を伸ばす。


(美岬ちゃん、偵徒、海乃さん、キイラ!)


 七菜が緋の手を掴む。


(何を泣いてるんだ?)


(僕は、僕はもう緋に顔向け出来ない! 君に不釣り合いな存在にされてしまう!)


(勝手に決めんなよ)


(ぼくぅ……私は……もう……!)


 七菜は緋から手を離す。


(七菜?)


(さよならさ。こんな私を好きになってくれて感謝するよ……大好き!)


 視界が真っ暗になる。


※ ※ ※


「……」


(身体が痛い)


「……りゃ!」


(誰だろう……声がする)


「このぉ!」


(聞くと安心する声)


 七菜が目を開ける。


「……まだ、やるのか!」


 緋が傷だらけで立っていた。


「緋、どうして!?」


「七菜! 目を覚ましたか!」


 緋は七菜に背中を見せる。


「おぶってやる。帰るぜ」


「……ゴメンさ……」


 七菜が拒否する。


「どうしてだ? 歩くの辛いだろう」


「僕は乱暴をされた。僕は君に触れる権利なんてないんだ」


「よっ!」


 緋は構わず七菜をおぶった。


「君は、僕の話を聞いてないのかい!?」


「聞いてたぜ。だけど構うもんか」


「でも……!」


「……何もされちゃいない。オレが来たとき、お前は気を失って倒れていたけど、荒らされる前だった……」


「本当かい?」


「おう。じゃなければオレは、男達あいつらを殺してた」


 緋と七菜が、路地裏を出た。


「何なのよ、貴方!」


「何が」


「よくも私の御付きを!」


 綺姫ジュリエが指を鳴らすと、あちこちからスーツの男達がやって来て、緋と七菜を囲む。


「そんなゴミを助けるなんて、庶民の思考は理解に苦しむわ」


「そいつは光栄だぜ。お前みたいな奴に理解されるなんざ御免だ」


「そう。やはり庶民はゴミだわ!」


 綺姫ジュリエが合図代わりに指を鳴らした。


「緋、僕を置いて逃げるんだ!」


「嫌だ。絶対に嫌だ」


 緋がしっかりと七菜をおぶりながら、飛び蹴りを食らわす。


「馬鹿な奴等だわ」


 綺姫ジュリエが七菜の髪を掴む。


「切ってあげる。あのときみたいに」


 綺姫ジュリエがハサミを取り出した。


「!」


 緋が綺姫ジュリエの手を掴んだ。


「なんのつもり? 庶民ゴミが気安く触らないで!」


オレの女に気安く触るな!!」


「なっ」


 綺姫ジュリエが圧倒される。


「お前がどんなに偉かろうが、金持ちだろうが知ったこっちゃない! そうやって他人を見下す事しか出来ない時点で、お前は大した人間じゃないぜ!」


庶民ゴミが偉そうに!」


 綺姫ジュリエがハサミを振りかざす。


「正しき光を持って邪悪なる魂を封じる力を許可す!」


「えーっ!?」


 綺姫ジュリエの身体が金縛りにあう。


「御無事ですか?」


「灯可里ちゃん!?」


「今は私の力で動きを封じています。先輩達は行ってください」


「灯可里ちゃん、君は一体?」


「緋先輩。女の子に秘密を言えと?」


「……ありがとう、灯可里ちゃん。恩に着る」


 緋は七菜をおぶって走っていく。


「さて……遠流路の綺姫ジュリエ、貴女の行いは度が過ぎます。貴族の姫君がそれでは、遠流路家の底が知れますね」


「この力は……天道の!」


「あら、天道家を存じとは視野がお広いのですね」


「同じ貴族で在りながら、庶民ゴミの味方をする愚かな奴!」


「いえ。天道家は決して誰の味方でもありません。天道家は、皆の味方なのです」


「解きなさい!」


「構いませんよ? 金輪際、この街で騒ぎを起こさないと誓うのならば」


「な……に!?」


「どうせ今回の事も遠流路の圧力で揉み消すのでしょう。しかし、残念ながら記憶までは消せません。先輩が警察へ通報しても警察は動けない。でも、天道家にも警察上層部との太いパイプがあります。遠流路家の警察への圧力も消せるのですよ」


「取引、か」


「貴族の不祥事は貴族が片付けるのが流儀です。賢い遠流路の人間ならば、お分かりですよね」


「食えない女だ」


「御互い様でしょう」


 灯可里が金縛りを解いた。


※ ※ ※


「緋、どうして僕の居場所が分かった?」


「お前に伝えるのを忘れていてよ、すぐに引き返せば間に合うと思ってな。そしたら悲鳴が聞こえたもんで急いで駆けつけたら……ってわけだ」


「何を伝え忘れていたのさ?」


オレ、生徒会の副会長やるよって」


「副会長!?」


「決めたんだ。会長を支えるのに……一番傍で支えられるのは何だって考えた結果な」


「まったく。君は本当に突飛だ」


 いつもの分かれ道に着く。


「家まで送ってやるぜ」


「……待ってくれ!」


「どした?」


「……今日は……帰りたくない」


「どうしてだ!? もしかして喧嘩したとか」


「違うさ。僕の家族は円満良好さ」


「じゃあ何で?」


「緋に、傍に居てほしいのさ」


「……うーん……よし! なら、今日はオレん家に泊まれ。どうせ明日は休みだしな」


「緋の家にか!?」


「普通に両親も姉貴も居るけど、お前が気にならなければ構わないぜ?」


「緋、君にはお姉さんが居たのか!?」


「あれ、言ってなかったけ?」


「か、家族は僕のことを知っているのか!?」


「うん。前に姉貴が見掛けたらしくてな、訊かれたから答えたんだ」


「な、何て?」


「普通に……彼女って」


「な、な、な、なんと!」


 七菜の顔が赤くなる。


「隠す必要なんかないからな。むしろ、会いたがってるくらいだ」


「こんな制服姿で会えと!?」


「学校帰りで直行なんだ。他の格好があるか?」


「し、しかし!?」


「大丈夫だぜ、温かく迎えてくれるから」


 緋は歩き出した。


「こんな格好で印象を悪くしたら……」


「気にするなって。オレが選んだ相手なら歓迎だって両親も言ってたし」


「両親も知ってるのか!?」


「お嫁さんに来る前に会いたいって言ってたから丁度いいぜ」


「お、お嫁さん!?」


「結婚するんだろう? って訊かれて、オレが頷いたら言ってきたんだ」


「ちょっ!? ……何をさらっと!!」


「結婚するだろ?」


「きっ、君はあああ!!」


 七菜は顔を緋の背中に押し付ける。


「しないのか?」


「……まったく……君は! そんな大事なことをさらっと言って!」


 七菜が泣き出す。


「七菜!?」


「僕が……緋以外の人と……結婚するわけ……ないじゃないか」


「良かった!」


 緋が笑顔になる。


(背中を向けてのプロポーズ。しかも呆気なくアッサリとした)


「もうすぐ着くぜ」


(さっきまでの出来事が嘘のような温かい気分。僕が惚れた要因のひとつ……包み込んでくれる温かな心)


「着いたぜ」


「そうか、下ろしてくれ」


 七菜が緋の背中から下りる。


「そういえば、七菜の家に連絡しないと」


「僕が自分でするさ」


 七菜が携帯を取り出す。


『今日は緋の家に泊まるよ。メールで悪いけど心配は要らないから。明日は帰るから晩御飯お願い』


 七菜はメールを送った。


「ただいまー」


 緋が伝える。


「お帰りなさい……あら?」


「初めまして。緋君と仲良くさせていただいています、矢吹七菜と申します!」


「ご丁寧なご挨拶ありがとう。緋の母です」


「は、はい!」


 七菜が照れを隠せない。


「さあ、上がって。緋もよ」


オレの家だぞ!?」


 緋と七菜が家に入る。


「姉貴は?」


「ちょっと出掛けてるけど、すぐに帰ってくるから」


「父さんは?」


「今日は直帰だから早いはず」


「そっか。二人が帰ってきたら紹介する。それと、今日、七菜を泊めて良い?」


「良いけど……お家の方は?」


『分かったわ。七菜が決めたのなら構わないよ。そのかわり、粗相のないように礼儀よくね!』


 メールが返ってきた。


「許可は得ていますから大丈夫です。急な押しかけですみません!」


「許可を得ているのならいいわ。緋は、いつも急だから気にしないでね」


「はい! お世話になります!」


 七菜が頭を下げた。


「あんなに礼儀正しくて、その上可愛い娘と、どういう経緯なわけさ?」


「それも後で話すぜ」


(よかった。緋のお母さんもいい人だ)


「七菜ちゃん、座ってて」


「お邪魔します!」


(これ以上は望まない。緋と一緒に居られるのなら!)


「どした? ニコニコしてよ」


「嬉しいのさ。一緒に居られて」


「それはオレもだぜ」


 緋と七菜は見つめ合う。言葉は少なくとも、想いは重なっていた。

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