柊を巣立つ者
「ついに本日、卒業式を無事に迎えることが出来ました。外は満開の桜が咲き誇り、時折、風に吹かれて舞い散っております。桜が散るのは、あっという間のように、皆さんとの三年間も、あっという間でした」
体育館のステージで校長が話をしている。
「ここに居る卒業生には特に苦労をかけてしまったと痛感しております。しかしながら皆さんは、こんな校長である私を見捨てぬどころか、むしろ背中を押してくださいました。私がここに立って話をできるのも皆さんの支えがあったからです。この場を借りて御礼を申し上げます。そして保護者の方々に対しましては感謝の意を、この場をお借りして申し上げます」
校長が一礼をして壇上を降りた。
「続きまして、卒業生代表の言葉。飯沼夏郷さん、お願いします」
名前を呼ばれて夏郷が壇上に上がる。
「卒業生代表、飯沼夏郷。私にとって柊高での三年間は、凄く濃い三年間でした。いまこうして卒業生代表としてお話をさせていただいておりますが、私自身は決して模範生なのではありませんでした」
夏郷は宇留田に書いてもらった文を読む。
「しかし、先生方の支えや先輩方の教え、後輩達の応援が私を変えてくれました。同級生の皆さんとは喜怒哀楽が絶えない日々を共に過ごせ、とても充実した三年間の高校生活を満喫できました。この場を借りて感謝致します」
(あれ? 思ったよりも早く読み終わった。なんとか時間を稼がないと)
夏郷は読み終わった紙を畳む。
「……それと私……俺が個人的に言葉を述べたい人達がいます」
夏郷は深呼吸をすると、視線を移動する。
「宇留田達也」
(ご指名とは珍しい)
宇留田は立ち上がる。
「特別何かを言うのは照れ臭いが言わせてくれ。宇留田、こんな俺の為に手を貸してくれてありがとう。お前が友達で本当に良かった」
(それはこっちの方だ)
宇留田は着席した。
「三田怜衣」
(えっ、マジ!?)
怜衣が驚きつつも立ち上がる。
「驚かせてごめん。怜衣には色々と面倒をかけた気がするんだけど、俺よりも破耶のほうがかけたかな? いずれにせよ本当に助かった、ありがとう」
(どーもだよ)
怜衣は着席した。
「加藤愛生」
(呼ばれちゃった!)
愛生が立ち上がる。
「愛生ちゃんには入学して直ぐに生徒会に来てもらっちゃって凄く悪いことをしてしまったな~って思ってて。きっと辛い毎日を過ごさせてしまったと後悔してるんだ。今更だけどごめんね」
(そんなことないです! とっても毎日が楽しいです!)
愛生が着席した。
「紅蓮緋」
(漢!?)
緋が立ち上がる。
「緋には色々と刺激を受けたし、大切な事を気付かされた。緋から相談を受けたときなんか実は嬉しくもあったんだ。後輩から頼られていると、そのとき初めて実感できたんだ。こんな先輩を頼ってくれてありがとう」
(夏郷さんこそ、漢の先輩でいてくれて、ありがとうございます)
緋が着席した。
「矢吹七菜」
(僕もかい!?)
七菜が立ち上がる。
「七菜ちゃんにも色々と迷惑を掛けてしまって悪かったね。先輩として至らなくて申し訳なかった。それと破耶の支えになってくれてありがとう。女性同士、生徒会長として背負い込んでいた破耶が、七菜ちゃんと想いを共有出来て気持ちが軽くなったと言っていたのを覚えてる。本当にありがとう」
(僕の方こそ、破耶先輩がオフ会を提案していなかったら、僕は緋と巡り会うことも生徒会に入ることもなかった。今の僕が在るのは先輩達のお陰です)
七菜が着席した。
「紅破耶」
(わたしもか!)
破耶が立ち上がる。
「昨日、言わなかった事を今日言うから、いつもの場所で待ってるよ」
(何故、今じゃないのだ?)
破耶が着席した。
「長々と話してしまいましたが、私からの言葉は以上になります。ご静聴、有り難う御座いました」
夏郷が一礼して卒業生席に戻った。
「職員からの御言葉」
卒業式は何事もなく進んでいく。
「卒業生の皆さんの益々の御成長と御活躍を願っております。本日は、御卒業おめでとうございます」
理事長の言葉で卒業式が終了した。
「ありゃ……夏郷さん居ないぜ」
「何を必死に捜しているんだ。あとでも会えるじゃないか」
「いーや! 今日じゃなきゃ駄目なんだ。絶対にボタンを貰うぜ」
「ボタン? 普通は下級生で異性の生徒が貰いにいく筈さ。同性の君が夏郷先輩にボタンを貰いにいくのは違うんじゃないか?」
「漢は夏郷さんのような男になりたいんだ。憧れの先輩から貰うって点じゃ同じだぜ」
「まったく。それじゃあ僕も破耶先輩から貰いたくなるじゃないか」
「流石は七菜。物分かりが良くて助かるぜ」
「それ、誉めてないさ」
七菜は緋のペースに飲まれていた。
※ ※ ※
「それで、わたしに言いたい事とは何なのだ?」
「そうだね。言わないと伝わらない」
夏郷と破耶は屋上に居た。
「紅破耶さん」
「な、何なのだ!? 改まって」
「俺、いつかは言わなきゃいけない事だから、そのタイミングを待ってたんだ」
「そんなに大事なことなのか!?」
(何なのだ!? 夏郷が待っていた?)
「やっぱり、言うなら破耶と出逢うキッカケとなった屋上だと思ったんだ」
「何なのだ、勿体ぶらないでほしいのだ!」
「……紅破耶さん。俺、飯沼夏郷にとって貴女は唯一無二の存在です……。これまでも、これからも」
(夏郷!?)
破耶の心臓が高鳴る。
「だから。こんな俺なんかで良かったら……人生を共に歩んでほしい! 俺と結婚してください!」
「な……な……な!?」
破耶は自分の身体が熱くなっているのを感じていた。それと同時に感情が一気に溢れていることも。
「……破耶……」
「ばっ……バカなのだ! そんなことを……面と向かって言われて……嬉しくない訳がないのだ」
破耶が夏郷の胸に飛び込んだ。
「破耶?」
「わたしだって夏郷が、飯沼夏郷しか居ないのだ! 添い遂げる相手は夏郷以外、有り得ないのだ!」
破耶が顔を上げる。
「ありがとう。嬉しいよ」
「大好きなのだ!!」
破耶が夏郷にキスをした。
(破耶、大好きだ)
夏郷は破耶を抱き締めた。
※ ※ ※
「遅いな~」
ごった返す正門の前で、緋と七菜は待っていた。
「僕達が勝手に待っているだけさ。遅いとか、お門違いだ」
「だってよー!」
桜の花びらが緋達に舞い落ちる。
「ほら、桜も落ち着けと言っているぞ?」
「しょうがないぜ」
「二人共、もしかして待っていたのか!?」
夏郷と破耶が正門に来た。
「夏郷さん!」
緋が手を差し出す。
「ん? 何か渡す予定だったっけ」
「いえ! 夏郷さんのボタンが欲しいんです!」
「俺のボタンを? 別に構わないけど」
夏郷はボタンを緋に渡した。
「よっし!」
「騒ぎすぎさ」
七菜は冷静を装う。
「七菜は要らないのか?」
破耶が訊く。
「夏郷先輩が異性にボタンをあげても構わないんですか? 僕は破耶先輩のボタンを頂きたいです」
「流石に七菜が相手でも夏郷のボタンが異性に渡るのは少し妬いてしまうのだ。だが、わたしのボタンで良ければ喜んであげるのだ!」
破耶が七菜にボタンを渡した。
「あ、ありがとうです!」
七菜が静かに喜んだ。
「さてと……名残惜しいけど、そろそろ巣立たないといけないな」
「この桜が新しい旅への合図なのだ!」
夏郷と七菜は静かに正門を眺める。
「さらば」
「お世話になったのだ」
夏郷と破耶は一礼した。
「応援してるぜ」
「頑張ってください」
緋と七菜の瞳が潤んでいる。
「行ってくる」
夏郷は緋の頭を撫でると、高校を去っていく。
「あとは頼んだのだ」
破耶は七菜の頭を撫でると、夏郷の後を付いていく。
「「いってらっしゃい」」
緋と七菜が涙を流しながら言葉を重ねた。
「次は漢達が支えなきゃだぜ」
「大丈夫さ。愛生ちゃんもいる。それに僕達の相性は最強なのだろう?」
七菜が緋の手を握る。
「おう! 漢とお前は最強だぜ!」
緋が七菜の手を握り返した。




