世界を駆ける英雄
「……うっ!?」
緋はコーヒーの苦さに絶句して水を飲み干す。
「かれこれ二時間。まだ会議は白熱してるんだな」
緋のケータイには、キイラからのメールが届いている。
『ムービー製作部とグラフィック製作部が絶賛ぶつかり中。容量を寄越せと互いに譲らない。少し、街を探索してたら?』
「探索ねぇ」
緋は辺りを窺う。
「……チクショ。喋れないばかりか読めもしない……気軽に探索もできねえや」
「Sorry」
「えー……what?」
「Drink refill?」
(は?なんて言ってんだ)
「……Drink refill?」
店員が緋のコーヒーカップを指しながら言う。
「……Yes。Please!」
「O.K.」
店員がコーヒーを注ぐ。
(危なかったぜ……おかわりだったんだ)
「Sugar、Milk please」
「O.K.」
店員は角砂糖とミルクを置いていった。
「さて……どうするか」
緋は同時通訳機を見る。
「踏み出してみるか」
緋はコーヒーを飲み干すと、会計をした。
(通じた! ちゃんと伝わったぜ!)
緋はカフェを出ると道なりに歩き出した。
※ ※ ※
「このゲームの売りをどっちにするかで大きく流れが変わるのよ」
キイラは同時通訳機を片手に熱弁する。
「ムービーを売りにすれば、疎遠しているライト層を取り込める!」
「いいえ! グラフィックが大事に決まってるわ。なにせ動かせるのはグラフィックだもの!」
「ちょっといいか?」
札哉が話に割り込む。
「ミスター札哉?」
「悪いがボクは、ゲームに大事なのは何よりもユーザーだと思っている。いままでにワープ社に届いている意見を可能な限り実現させるのが優先じゃないか?」
「しかし、そうは言っても全ての意見を実現するのは不可能では!?」
「違う。全てじゃない。あくまでも可能な限りだ。製作にかかる費用を予め計算し、そこから、どれだけの事が可能なのか考えればいいだろう」
「……妥協しろと?」
ムービー製作部がテーブルを叩く。
「気に入らないか。そうだろう。そうなれば理想のムービーは作れないからな」
「……そうです!」
「そうか。キミなら最高のムービーを生み出してくれるだろうと、ムービー部のリーダーに選んだのだがな」
「それでしたら! ムービー部に予算を振ってください! 必ず最高の映像を生み出します!」
「ボクは。予算さえ有れば最高の物が作れるなんて思わないんだ。……当たり前だから、つまらないだろ」
「それは!?」
「昔のゲームが現在も愛されているのは何故だと思う? ……楽しいからさ」
「……今のゲームだって楽しいですよ! ううん、今のほうが楽しい筈です!」
「いいや。残念だが断言できないよ。感性は人それぞれだからね。それにゲームの進化は、もう終わっていると思うんだ」
「何言ってるんです!? まだまだムービーもグラフィックも……ゲームは進化出来ます!」
「……ムービーの進化もグラフィックの進化も……あくまでゲームの表現の進化だ。ゲームの核心の筈の遊びの進化は終わっている。当の昔に完成しているからだ」
「……どういう意味です!?」
グラフィック製作部が訊く。
「アクション、アドベンチャー、シューティング、ロールプレイング、シミュレーション……様々なジャンルは在るものの、今に至るまでに劇的に遊びに変化は見られなかった。変わっていったのは表現力とコンピューターだけだ」
「そんな!!」
「残念だが、ボク達は劇的に遊びを変えることはできないだろう。それでも支えてくれているユーザーが望むなら、それを実現することが製作社の役目じゃないか?」
札哉は言うだけ言うと、事務所を出た。
「大事なのは……」
「……ユーザーか」
「ま、そういうことよ」
キイラも事務所を出た。
※ ※ ※
「賑やかだとは思ったが」
緋はゲーセンに来ていた。
「これは!?」
緋の前に、一人用のマシンが五台並んでいる。
「……仮面英雄伝……!?」
「違う。それは、トライアルズだ」
「……ってうわ!?」
「すまない。脅かす気はなかった」
札哉がジュースを差し出す。
「あれ? 会議はいいのか」
「ボクの意見は伝えてきたさ。流石に二時間も籠っていたら息が詰まってしまったからな」
「……それよりもトライアルズって?」
「ワープ社が仮面英雄伝プロジェクトに参加する前に開発した作品だ。現在は仮面英雄伝のアメリカ版として稼働している。ちなみに仮面英雄伝とはリンクしてるから日本のサーバーに行けるぞ」
「マジで!? ……てーことは……」
緋はマシンに手を伸ばす。
「……どうした。やらないのか?」
「……やっぱ止めとく。行ったら戻ってくる自信がないや……」
「渡米したのを後悔してるか?」
「違うぜ。行ったらできなくなっちまうからな」
「何をだ?」
「漢の目的……ワープ社のスペシャルアドバイザーをだぜ!」
「そういうことか。だが、やりたくなったら楽しんでくれ。ワープ社からの御案内だ」
「社長ご子息直々とあっちゃあ楽しまないわけにはいかないぜ。その時は楽しむぜ!」
緋は笑顔を浮かべる。
(そうだ。キミのように楽しんでくれるユーザーがいるからボク達は頑張れる)
「電話だ……どうしたキイラ?」
【会議が一段落したから、ランチでもって思ったんだけど、何処が良い?】
「さて……何処が良いか……緋、何か食べたいものはないか?」
「うーん。たまには日本食がいいな。蕎麦とか」
「蕎麦だと言ってるが」
【……いまどき蕎麦屋なんか当たり前よ。いいわ、行きましょ!】
キイラは電話を切った。
「事務所でキイラと合流しよう。蕎麦屋が待っている」
「ヨッシャ!」
緋と札哉は事務所へと歩いていく。
「知ってるか? 蕎麦湯」
「蕎麦湯くらい知ってる」
「なんだ知ってたのかよ! んじゃ、キイラはどうかな?」
「知ってるんじゃないか」
「そうかな?」
そうこうしていると、二人は事務所に着く。
「良い蕎麦屋が見つかったわよ。早く行きましょ!」
「なあキイラ。蕎麦湯を知ってるか?」
「ワタシを馬鹿にしてるわけ? 知ってるわよ!」
「んーだ……キイラも知ってたかあ」
緋が残念がる。
「七菜ちゃんは凄いわね。緋君と付き合えて」
「褒めんなよー!」
「褒めてないわよ!」
「ほらほら。蕎麦屋行くんだろ」
三人は談笑しながら蕎麦屋に向かった。




