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TEAM

「口に入れた瞬間、蕎麦の香りが広がり噛み締めるたびに更に蕎麦の香りが増して鼻から抜けていく……最後の喉越しまで言うことない」


 七菜が、食べた蕎麦の感想を言った。


「蕎麦の専門家か? クール」


「僕の感想なんて、この蕎麦にとってプラスにならない。それと緋、ゲーム以外では七菜で構わない」


「分かったぜ、七菜。それと感想には堂々と胸を張っていいんじゃね? オレは上手いって思ったぜ?」


「感想を誉めてくれたのは有難い。けど前半の言葉は喧嘩を売っているのか」


「なにがだ?」


「僕には……堂々と張れる程の胸は無い!」


 七菜が緋の足を踏んだ。


「!?……そういう意味で言ったわけじゃない……」


 緋が、踏まれた足を擦った。


「店主、蕎麦湯を」


「おっ! お嬢ちゃん、いい趣味してるねえ!」


「蕎麦湯は、蕎麦への礼儀です」


「言ってくれるねえ! すぐ用意するよ」


「七菜。蕎麦湯って何だ?」


「高一にもなって、蕎麦湯を知らないのか!? 君は」


「蕎麦を茹でた湯と蕎麦つゆを合わせたのが蕎麦湯なのだ。美味しいぞ?」


「へえ~、じゃあオレも頼む!」


「ノリが良いねえ! お前の友達は良い奴らばかりだな、破耶!」


「破耶さんは常連客か?」


 緋が訊く。


「ここは、わたしの両親の店だぞ」


「そうだったんスカアアア!?」


「五月蝿い、緋。折角の蕎麦湯が味わえない」


 蕎麦湯を飲みながら七菜が注意した。


「……そういえば今日は夏郷かざと君は一緒じゃないの?」


「流石に年中一緒に居るわけではないよ、母さん」


「誰なんスカ?」


「わたしの彼氏だ」


「エエエエエ!?」


「五月蝿い、緋。折角の蕎麦湯の余韻に浸れない」


「今、父さん新しいメニューを考えてるんだが、良い案が浮かばなくてな~。今度、夏郷君を連れてきてくれないか?」


「うむ。構わんのだ」


「……蕎麦湯、美味しかったです。お会計をお願いします」


 七菜が財布を取り出す。


「破耶の友達からは、相手が成人するまでは代金を貰わない主義なんだ。気持ちだけ受け取っておくよ」


「御言葉に甘えさせてもらいます」


「ヤッタ! 無料タダ!? ラッキー!」


「五月蝿い、緋。折角の蕎麦屋の雰囲気が台無しだ」


「……ゲーム以外ならクールじゃないんだろ? 七菜らしくしたらどうだ」


「100%僕の意見だ」


「なら良かったぜ」


「え?」


「自分を圧し殺して誰か……オレなんかにも気を使ってるなら嫌だなって思っただけだ」


「君なんかに気を使ってどうする」


「そうかもだ」


 緋が、はにかんだ。


「うん? この音は、ゲームのお知らせメールの着信音なのだ!」


 破耶がケータイを見る。


「……お!?……ゲームのバージョンアップのお知らせだ。……バージョン1.6から2.0になるにしたがい、新システム〈TEAM〉が追加になるようだぞ!」


「チーム?」


 緋が反応する。


「最大三人までのチームが組める。チームを組めば同じチームのメンバーが戦闘によって経験値を得た場合、他のメンバーも戦闘に参加してなくても戦闘したメンバーが得た経験値の10%を得ることができる。らしいぞ」


「ということは、破耶さんが戦闘で勝って経験値を300得たら、チームを組んでるメンバーは極端な話、ゲームをしてなくても経験値を30得れるってことか!」


 緋が感激している。


「レベル上げを面倒と感じているプレイヤーにとってはかなりの救済になる」


 七菜も感心する。


「……緋、七菜。二人さえ良ければ、わたしと組まないか?」


オレなんかで良ければ喜んで!」


「……僕は遠慮する」


「わたしとは嫌なのか?」


「違います」


オレが嫌か?」


「そうじゃない」


「じゃあ……何故なのだ?」


「僕は団体行動が苦手だ。いつも一人だったから。チームワークを求められるときに、そんな僕が居たら駄目だ」


「……初めっから完璧なチームなんか無え。チームは色んな事を乗り越えて完成すんだ! オレが言えたギリじゃないけど、もしもの時のオレのストッパーは七菜だけだ!」


「……緋」


「一緒にやろう!」


 緋が七菜に右手を差し出す。


「僕を引き込んだこと、責任をとってくれさ」


 七菜が右手を差し出し、緋と握手した。


「うむ。よろしくな。緋、七菜」


 破耶が二人の握手の上から両手を置いた。


※ ※ ※


「今日は楽しかったのだ!」


「こちらこそ楽しかったです!」


「破耶先輩、今日はありがとうございました」


 七菜が頭を下げた。


「かしこまるな、友達なのだからな」


「はい」


「それではな!」


 破耶が歩いていった。


「まさか蕎麦屋のあとでボウリングに行くことになるとはな……。おかげでいい腹ごなしになったぜエエ」


「君は壊滅的に下手だったけど」


オレは球技が苦手なんだよ!」


「知らない」


「そういや……お前どうして髪を伸ばさないんだ?」


「女は髪を伸ばさなければならないのか」


「いや、ただ……似合うんじゃないかって思ったからよ」


「……部活のこともあって切った」


「何部だよ?」


「女子野球部だ」


「野球好きなのか?」


「好きじゃなければ髪を切ってまで入部しない」


「まあ、そうだよな」


 緋の視界にスポーツ用品店が入った。


「七菜、ちょっと待ってろ」


 緋が店に入っていく。


「いままで、人を待ったことなどなかった。待つ相手が居なかったから」


※ ※ ※


 十分後、緋が戻ってくる。


「これやるぜ」


野球帽キャップにボール?」


「グローブは使ってるのが有るだろうし、スパイクだって履いてるのが有るだろうけど、帽子は普段でも被れるやつだし、ボールはいくつあっても困らないだろ?」


「何故買ったんだ?」


「こうして実際に会えたのも何かの縁かも知れないからな。記念にだ」


「しかし」


「要らないなら捨ててくれて構わない。あとは七菜の自由だぜ」


 二人は再び、帰り道を歩いていく。


「僕は真っ直ぐだ」


オレは右折だ」


 緋が右折して歩いていく。


「緋。礼を言う」


 七菜の声に緋が振り向いてニカッと笑った。


「またなアアア」


 緋の姿が見えなくなるまで七菜は立っていた。


「現実でも変わった奴だった」


 七菜が帽子を被る。


「だが、良い奴だ」


 夕陽を遮るように七菜は帽子を深く被った。

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