キャッチボール
「おー。よく晴れているよ、紅!」
海乃がカーテンを開けると、暖かい日差しが窓いっぱいに照らされていた。
「うむ。最高の目覚ましなのだ!」
破耶が伸びをする。
「……あ、起きたんですね。破耶先輩、海乃さん」
先に起きていた七菜が部屋に戻ってきた。
「なんだ? 七菜。もう少し寝ていてもよかったのに」
「いえ。もう習慣なんで」
「もしかして、走ってきたのか? 矢吹」
Tシャツ姿で、タオルを首に掛けている七菜の姿を見て海乃が言った。
「はい。走れるときは走っておきたくて」
「良い心掛けなのだ、七菜。それで……替えのTシャツは持っているのか?」
汗で下着が透けていた七菜に訊く。
「大丈夫ですよ。すぐに乾きますし」
「しかしなあ~、その格好で緋に会えるのか?」
「……へっ……!?」
白いTシャツとは対照的に七菜の顔が赤くなる。
「矢吹はすぐに表情にでるな。ははは!」
「仕方ないのだ。乾燥機で乾かそう」
「ということは……そのあいだ僕は!?」
「出血大サービスってやつだね!」
「ふぇっ!?」
海乃の言葉に、七菜は言葉を失う。
「なーに、心配要らないのだ。五分も廻せば乾くのだ」
「安心した……」
七菜は安堵した。
※ ※ ※
「どうしよう~!?」
「起きてから、一体どうしたんだ?」
「美岬ちゃんに告白しちゃったよ~」
テーブルに偵徒が伏している。
「あー、昨日も言ってたな。でも両想いだったんだろ? 何を悩んでんだよ?」
「だって……キスもしちゃったし~!」
「両想いなんだし、しても不思議じゃないぜ?」
緋も昨日の記憶が甦り少し照れる。
「恥ずかしい~!」
「ほれ! 女子たちと合流するぜ?」
「……うん~」
緋と偵徒が部屋を出た。
※ ※ ※
「……」
「そこまでして隠すことはないんじゃないか?」
体育座りをしている七菜に海乃が言う。
「だって緋が入ってきたら!?」
「だから私が残っているんだよ」
「海乃さん。お願いします」
「任せなよ」
海乃が部屋を出た。
「あれ、海乃さん。どうしたんですか? 扉の前で」
緋が訊く。
「矢吹が部屋の中で下着姿で居るから、紅蓮と青山が入らないように見張っていたんだよ」
「なんで下着で?」
「汗を欠いたからだよ」
「そうなんだ」
「あの~、美岬ちゃんは?」
「……そういえば見てないね。お手洗いかもよ?」
「そうですかあ~」
※ ※ ※
「……そんな格好でどうしたのだ?」
「破耶ちゃん……!?」
洗濯機と洗濯機の間に隠れるように、美岬が座っていた。
「汗でも欠いたのか?」
「朝、起きたらグッショリでさ。着替えなんかないから乾かそうと思って。けどね、下着姿で洗濯室を出る勇気がなくて」
「成る程……まあ、わたし達外は誰も居ないからな」
「偵徒が来たらどうしようかと思ったわ」
美岬が汗を拭う。
「偵徒が、か」
破耶は、乾いたTシャツを取り出す。
「ウチのも乾いてる!」
美岬は乾いた服を着た。
「では行こう。七菜が待ってるのだ」
破耶と美岬は洗濯室から出ると、七菜の元に向かった。
「待たせたのだ」
破耶が七菜にTシャツを渡した。
「ありがとうございます! 破耶さん!」
七菜はTシャツを着ると、部屋から出た。
「おはよう」
「おはよう、緋」
「美岬ちゃん~」
「朝からナヨットしないの! 堂々としてなさい、彼氏なら」
美岬がうつ向きながら言った。
「さて。矢吹、これからどうする? 昨日の分まで遊ぶのもよいが、イベントは中止だよ」
「この辺には、仮面英雄伝は無いの?」
美岬が訊く。
「というか、ゲーセンそのものが無い」
七菜が答えた。
「漢、身体を動かしたいぜ!」
「ほう。それはいいかもだよ。昨日は室内での卓球だけだったから、屋外が良いかな!」
「わたしも海乃と同意見なのだ。是非とも外で運動したいのだ」
「ウチも構わないわよ。ただ……運動は苦手なのよね」
「大丈夫だよ~! 美岬ちゃん、僕よりも動けるから!」
「運動か……緋、何がしたい?」
「強いて言うなら、お前のしたい事だな!」
「とりあえず、スタジアム前まで戻るのだ」
六人は宿を出た。
※ ※ ※
「また一時間も歩かなきゃいけないのか」
「いい運動になるのだ、美岬」
「破耶ちゃんは元気だよね。何か運動してるの?」
「特にしていないのだ。一途に恋はしてるがな」
「恋!? 破耶ちゃんは好きな人がいるの?」
「おかげ様で付き合えているのだ」
「いいなー。恋が実ったのね!」
「美岬も偵徒と実ったのだろう?」
「……へっ!? ……どうして!!!?」
「すまんな。さっき話していたのが聞こえたのだ」
「ウチが素直に馴れなかったのがいけなかったのよ。偵徒に対しての気持ちを素直に認めてれば良かったのに、変に意地張っちゃってね」
「それでも偵徒はずっと付いてきたのだ。大事にしないといけないぞ?」
「……うん!」
美岬が嬉しそうに返事をした。
「誰かー!!」
「ん? なんだ」
海乃が声のする方向に走る。
「どうかしました?」
「ワタシのバッグが! バッグが盗られたの!」
女性が混乱する。
「顔は見ましたか?」
海乃は訊くが、女性は首を横に振る。
「男でしたか?」
女性は首を縦に振る。
「服装は見ましたか?」
女性は首を横に振る。
「相手は武器を持ってましたか?」
女性は首を横に振る。
「そうですか……分かりましたよ」
「海乃!」
破耶たちが追い付く。
「この人のバッグがスられた。すまないが、紅蓮と青山は私と来てくれ」
「わたしもいくぞ、海乃」
「いや。紅と矢吹と神谷は、ここに居てくれ」
「……分かったのだ」
「頼んだ」
海乃がスリを追う。
「海乃さん待って~!」
「逃がさないぜ!」
偵徒と緋も後を追う。
※ ※ ※
「うまくいったな!」
「……何がだい?」
「誰だ!」
「通りすがりの皇帝だよ」
「馬鹿にしてるのか!!」
「スリが偉そうに」
「小娘が!!」
スリが拳銃を取り出す。
「海乃さん!」
「やっと追い付いた~」
「次から次に……誰だ!!」
「正義の味方、紅蓮緋だぜ!」
緋は胸を張りながら言った。
「拳銃を向けられていながら、随分と余裕だな?」
「おおおりゃあああ!!」
緋が突っ込む。
「……馬鹿な野郎だ!」
「……!!!?」
緋は立ち止まる。
「ぐうっ!!」
スリの手にボールが当たり、スリが拳銃を落とした。
「大丈夫か!! 緋、海乃さん!」
「助かったぜ、七菜!! ナイスコントロール!!」
「……矢吹。あの女性の指示かい?」
「海乃さん、気付いてたんですか!?」
「どういうこと? 漢にも説明してくれ」
「簡潔に言うとだ…………ってことさ」
七菜が緋に説明した。
「離しやがれ!!」
スリは女性と破耶に捕まっていた。
「悪いがワタシは刑事でね。貴様には数百件にのぼるスリの容疑がある。貴様を連行するのにワタシ自身が囮になったの!」
女性はスリに警察手帳を見せた。
「刑事さんは、私たちが犯人を追ったのが予定外だったはず。それでも止めなかったのは何故?」
海乃が訊く。
「……気付いてたんじゃなくて? だから全員ではなくて、男性二人を連れていったのよね?」
「流石は刑事さん。……女の子が一緒にいると、犯人に漬け込まれる可能性がある。なら二班に分けて男子を連れていこうと思ったんだよ」
「どこで気付いたの? ワタシが刑事だって」
「最初に私が質問したとき、顔も服装も見ていないのに男だと反応してたので、引っ掛かりましてね」
「もう捕まえる相手は分かっていたから……ついね。凄いわよ? とっさにあんな質問をできるなんて」
「……いや、言いにくいですが……見えちゃいまして……手錠が……」
海乃が小声で言った。
「あら。気を付けていたのに」
刑事がウインクした。
「んじゃ……用が済んだから歩くぜ」
「ご協力、感謝します!」
刑事が敬礼した。
※※※
一時間後。
「うわあ!?」
「ヘタクソ!! ウチのボールくらい捕りなさいよ」
「無理だよ~!」
偵徒がボールを海乃に投げる。
「投げるのは案外いい線だね、青山」
ボールを受け取ると、海乃は破耶に投げる。
「うむ。こうして皆でキャッチボールするのも悪くないのだ」
破耶はボールを七菜に投げた。
「はっ……! 破耶先輩、いい投球ですよ!」
七菜は緋に投げた。
「よっ! ……やっぱり野球部の球は違うぜ」
緋は七菜に投げ返した。
「……君も悪くない、緋」
しばらくの間、六人はキャッチボールを楽しんだ。
「寂しくなるなあー! まだ一緒にいたいわよ!」
「大袈裟だよ、美岬ちゃん。会おうと思えば会えるでしょ~」
「美岬、偵徒。今回はとっても楽しかったのだ」
「また遊ぼうぜ!」
「またさ」
「達者で」
破耶、緋、七菜、海乃に見送られ美岬と偵徒が帰っていった。
「じゃあ私もいくよ」
「生徒会長として、お互い頑張ろう」
「ああ、頑張ろう」
海乃が帰っていった。
「わたしたちも帰ろうか」
「そうですね」
「楽しかったぜ」
緋達も帰路を辿る。
「なんだかあっという間だったのだ」
「同意見だぜ」
緋と七菜は破耶と別れる。
「キャッチボールのお陰で、いい肩慣らしになった。これで予選も乗りきれる」
「予選?」
「女子野球部の夏の大会の予選さ。今年が三年にとっての最後のチャンスだから、頑張らないといけないんだ」
「頑張るのもいいけど、力みすぎても駄目だぜ? 適度に、いつもの七菜の調子でやれば間違いないぜ」
「アドバイス、ありがとう。力が湧いてきた」
「大会は応援しに行くからな!」
「それなら尚更、頑張らないといけないね」
七菜は笑顔になった。
「じゃ、漢いくな」
「待ってくれ!」
七菜は緋に小袋を渡す。
「なんだこれ?」
「開けてからのお楽しみさ」
そういって七菜は帰っていった。
「うーん」
緋は袋を開けた。
「……こいつは……仮面英雄伝のイベント限定グッズの!?」
緋はケータイに付けた。
「フフーン♪ フフーンフーン♪」
緋は、ケータイに付けたヒーロータイプのストラップを嬉しそうに見つめながら歩いていった。




