未知の領域
「思ってたよりも立派な建物だぜ」
緋が、グランドスタジアムの前で立っている。
「そこに立っていても中には入れないぞ」
七菜が後ろから声を掛ける。
「いやー、ついついな。見とれちまったぜ」
「まったく。君はここに何をしに来たんだ?」
「最新のゲームを先行体験しに来たんだぜ!」
「だったら尚更、早く列ばないと、入るのが遅くなって人気のゲームが出来なくなる」
「分かってる!」
緋は気合いを入れると、七菜の手を取って走り出した。
「おい!? 緋、引っ張るのはよせ! 余計に君が疲れるし、周りの目もあるだろ!」
「……このほうが二人で早く列べる! 周りの目なんか知ったもんか。カップルが手を繋いで走ってるだけだろ?」
緋は恥ずかしがる様子もなく行列へと向かっていった。
「まったく……君は!」
七菜の顔が紅くなる。
「どうした? 顔が赤いけど疲れたか?」
行列に列んだ緋が七菜を見て言う。
「……準備もなしに走ったから疲れただけさ」
「この様子なら三十分くらいで入れるな!」
「それにしても破耶先輩の姿が見当たらない。先に列んでてと言っていたけど……」
「破耶さんの事だ、大丈夫だぜ! 漢たちは行列に居ればいいんだよ」
「……それは分かった。ところで……君はいつまで僕の手を握っている?」
「あ……」
「まったく」
七菜は緋の手を握り返した。
※ ※ ※
「ねむい~」
「だらしないわね! 男ならシャキッとしなさい」
ロンTにジーパンとスニーカーというラフな格好でありながら、栗色に染められた腰まで伸びた髪がグッと彼女の存在を引き立てる。
「もう開場しちゃってるよ~。人気のブースは埋まってるよ~」
水色のYシャツに黒のパンツという格好だが、首に掛けてあるネックレスが彼の控えめな性格を表している。
「とにかく中に入らないと話にならないでしょ!」
「分かったよ~」
二人は入口へと急ぐ。
「ちょっと良いか?」
「はい!?」
突然、声を掛けられて体制を崩す。
「すまない! 人を捜しているのだが、あいにく名前を知らなくてな……」
「名前を知らない人と会うんですか?」
「トマトちゃん、フルーツマンで通じる筈なのだが……」
「えと……それ、ウチ等のコードネームです」
「!?……良かったのだ! ようやく会えたのだ」
「どちらさんで?~」
「わたしは紅破耶。コードネームはクレナイなのだ」
「ク……クレナイ!! なんか想像よりもカワイイだけど!」
「気を使わなくてもいいのだ。……コードネームで呼んだほう良いか?」
「あ……。ウチは美岬、神谷美岬。よろしく!」
美岬は緊張した面持ちで言った。
「僕は青山 偵徒。美岬とは幼なじみなんだ……よろしくね~」
偵徒は控えめに名乗った。
「美岬に偵徒だな。これからよろしくなのだ。……あとは皇帝だな」
「とにかく中に入らない? もしかしたら先に中に居るかもしれないよ~」
偵徒が言う。
「そうだな。どこかで会えるかもしれないのだ」
破耶、美岬、偵徒はグランドスタジアムの中に入った。
※ ※ ※
「凄い人の数! いろんなゲームがいっぱいだわ! これは見てるだけでも満足かも」
美岬が目を輝かせる。
「どうする? このまま真っ直ぐ目的のブースに行くか?」
破耶が訊く。
「僕は賛成だよ。更に人が増えて身動きがとれなくなったら意味がないから~」
偵徒が言う。
「あんたにしては正論だわ。破耶ちゃん、前進あるのみよ!」
「あはは……元気がいいな、美岬は。よし! それじゃあ行くのだ!」
破耶たちは目的のブースに向かった。
※ ※ ※
「スゲー人の数だぜ……流石は人気コンテンツ」
緋の目の前に巨大なモニターが在る。
【この夏、仮面英雄伝は……仮面英雄伝 闘に進化する!!】
「闘? 今までも戦いは有ったぞ。何が変わるんだ?」
七菜は首を傾げる。
【遂に仮想は現実を超える】
「いまのPVと謳い文句じゃ、ピンとこないぜ」
緋もモヤモヤしている。
「やれやれ。仮面英雄伝を開発する会社も、売る会社も……今は各々の作品に力を入れているみたいだから、夏っていうのはアテになるかな?」
視線が緋と七菜にいく。
「……話し方と雰囲気……二人が生み出す独特の空気……。間違えなければ、レッドとクールだよね?」
「……誰だ!? スゲー勘だし!」
「現実では初めまして。皇帝こと、寺崎 海乃だよ。これでも高三、ヨロシク!」
「えーーー!? 女子で年上、更に高えー!」
「失礼しました!? ……僕は矢吹七菜です! 隣は紅蓮緋です! 二人共、高二です。あの~……」
珍しく七菜がテンパっている。
「ゲームと同じで良いよ。紅蓮が驚くのも無理ないしね。なんせ、皇帝の正体が女なんだからね」
身長が165cmを越えている海乃は、女性の身長の中でも高く、格好もTシャツに革ジャン、デニムのハーフパンツにより強調される彼女の脚の長さが、スタイルの良さを感じさせている。
「……次元が違う」
同じショートカットでも、圧倒的なスタイルの差が七菜の自信を喪失させる。
「それはコッチの台詞だよ、矢吹」
海乃は七菜の手元を見て笑みを浮かべる。
「……あ、緋あああ!? …… 君は人前で何を!?」
「人が増えてきたからな。はぐれないように手を繋いでるんだが……嫌だったか?」
緋は自然でいる。
「……緋こそ、はぐれないでくれよ!」
七菜の顔が紅くなった。
「緋! 七菜! 待たせたのだ!」
破耶たちが合流した。
「一緒に居るの誰?」
緋は破耶に訊く。
「トマトちゃんこと美岬と、フルーツマンこと偵徒なのだ」
破耶は答えた。
「僕たちも今さっき会ったんだけど、皇帝こと海乃さんです」
七菜が紹介した。
「女の人だったのー!?」
美岬は驚く。
「ということは、これで待ち合わせていた全員と合流出来たのだな」
「それにしても人が増えてきたね。これからどうしようか?」
海乃が訊く。
「わたしにとっては未知の領域なのだ。ほかにも見てまわりたいのだ!」
「破耶ちゃんにさーんせーい!」
「そんじゃ巡ろうぜ!」
緋達は、グランドスタジアム内を歩き出した。




