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素直な想い

「緋。七菜を保健室に連れていく。良いな?」


「ああ……」


「ちょっと紅蓮くん! 今のは酷いんじゃない?」


 教室から女子がやって来た。


「……説得の事か?」


「簡単に、恋人が出来ればいいだなんて、口にしちゃ駄目だわ!」


 女子は緋に本を渡す。


「これ、七菜が読んでる本だよな」


「そうよ。タイトルは〈伝えたい想い〉。この本のヒロインは周りから心を閉ざしてるの。けど、一人の男性に恋をする。恋なんてしたことがなかったヒロインは周りから情報を得ようとするのだけれど、周りに心を閉ざしていたヒロインに協力する者なんて、誰も居なくて……」


「どうしたんだ?」


「困ったヒロインは、想い人の力になりたいと色々と行動に移すのだけれど、想い人にとってヒロインは大切な友達止まりで……結局、ヒロインは移り住むことになった時に、手紙を一筆書いて想いを伝えたの」


「……返事は?」


「ヒロインは誰にも移り先を伝えられずに去ったから、想い人も返事が出来なかった。本の世界では通信機器なんて無いって説明もあるしね」


「なんだか……モヤっとする終わりだな」


「本のタイトルの〈伝えたい想い〉は、確かに想い人に伝わった。それで物語としては終わりなのよ」


「そうなのか」


「……矢吹さんは、このヒロインと自分を重ねているのかも。ほら、周りに対して距離を置いたり、想い人に協力したり、ね?」


「想い人?」


「紅蓮くん! キミのことよ。矢吹さん、キミに対しては他人ひとよりも割りとフランクでしょ?」


「友達だからな」


「それもよ! 本の想い人も、ヒロインの事を友達としか思っていないの。キミと重なる部分ね」


「うーん?」


 緋は、先程聞いた七菜の言葉を思い出す。


「とりあえず、矢吹さんに謝りなさい」


「……おう」


 緋は保健室に向かっていった。


※ ※ ※


「少しは落ち着いたか?」


「はい」


 七菜は保健室のベッドに横になっていた。


「まあ、わたしが言うのも何だが、自分の素直な想いに気付けて良かったな」


「……緋に聞かれた……きっと」


 七菜は掛け布団を顔まで被る。


「あいつのことだ……気になったなら訊きに来るのだろう」


「合わす顔がないです」


「今の七菜を見たら、流石の緋も惚れてしまうんじゃないのか?」


「はあ~」


 七菜が溜め息をついた。


「去年の今頃も、どっかの誰かさんの事で保健室ここに来たやつが居たな」


 保険医が破耶を見て言った。


「あのときは、夏郷には迷惑を掛けてしまったのだ」


「まったくだ。どいつもこいつも愛だ、恋だと。高校生が増せやがって」


 保険医が煙草に火を着ける。


「校内は禁煙なのだ」


「窓は開けている」


 煙草の煙が風に乗って流れていく。


「七菜、わたしは生徒会室に戻るのだ。緋が来たときは……素直になれば良い」


「紅」


 保険医が呼び止める。


「何なのだ?」


「校長に、また脅迫電話があったようだ。去年の今頃も騒々しかったが……用心しろよ」


「分かったのだ」


 破耶が保険室を出た。


保険医(先生)! 七菜は寝てるのか!?」


「そこで横になっている。……それと煙草が切れたから買ってくる。留守を頼んだ」


「分かったぜ!」


 保険医が保健室を出た。


「……起きてるか?」


「だったら何だ?」


 七菜がいつもの口調で言う。


「お前、さっき廊下で言った意味は何だよ?」


「……君には関係ない」


「はあ!? オレには『緋が好きなんだ』って聞こえたぜ?」


「空耳だ」


「……まあ良いや。とにかく、さっきは教室で言い過ぎた。謝る、ごめん!」


 緋が頭を下げた。


「君が頭を下げるだなんて……今日だけで二度も」


 七菜が布団から顔を覗かせる。


「ゲームの代表の事も本気だったからな」


「代表……か」


「もう無理は言わない。嫌々やってもゲームは楽しくないからな。オレ、一度は断ったけど、やっぱり承けるぜ……破耶さんの頼みだからな!」


「僕も承けても構わない。ただ条件がある」


「何だ?」


「僕とは友達を辞めること」


「冗談……だろ!?」


「冗談じゃないさ。僕と君は友達を辞める」


「そう……か」


 緋が肩を落とす。


「今日から、僕と君は……相棒だ」


「相……棒!?」


「ただの相棒じゃつまらない。人生の相棒はどうだ?」


「人生の相棒……って!?」


 女子から聞いた本の内容が、緋の頭を過った。


「返事は?」


「……オレで良いなら、お前がそれを望むなら……」


「そうか……宜しくな、相棒」


 七菜が緋の手を握る。


「こちらこそだぜ、相棒!」


 緋が握り返した。

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