伝統行事
「玲衣、御苦労だ」
「冷たっ!?」
破耶が玲衣の頬に冷たい缶ジュースをあてた。
「どうだ……広報には慣れたか?」
「まだまだ。一ヶ月前は隣に奏が居たから務まったけど、一人だと大変だよ」
「宇留田の奴も同じ様に言っていたぞ。……それだけ千景の力が良かったし、わたしも含めて頼りきっていたってことだ」
「そうなんだよね……。そういえば愛生ちゃんは?」
「新祝祭での生徒会の使用額を纏めているのだ」
「へー。しっかり恵の跡を継いでるんだ~」
「うむ。みんな、頑張っておるのだ!」
「……さっきから思ったんだけどさ、夏郷くんは一緒じゃないの?」
玲衣の言葉に破耶は眉間にシワを寄せた。
「男手が要ると言われて、行ってしまったのだ」
「何か去年も同じ様なことを聞いたな」
玲衣は思わず視線を反らした。
「まあ夏郷も生徒会の副会長になったのだ。去年の様にはいかんさ」
「まあ、そうだよね」
玲衣が生徒会室に戻ろうとする。
「玲衣。緋と七菜を見なかったか?」
「さあ……二人共、同じクラスになったから、もしかしたらクラスを手伝ってるかもね」
「そうか」
破耶は玲衣と別れて、緋と七菜の教室に向かった。
※ ※ ※
「大丈夫かよ?」
「何がだい?」
「だから……その手の豆だ」
「君は馬鹿かい。野球をしていれば豆の一つや二つ、当然だよ」
七菜がそう言いながら右手の豆を見つめる。
「ほらよ! この豆なんか潰れてるじゃねえか!?」
緋が七菜の手を掴み、まじまじと見る。
「僕は平気だ。それよりも周りの目を気にしろ」
「?」
緋が教室を見渡すと、クラスメイト達が二人を見ていた。
「お前ら、仲良いけど付き合ってるのか?」
クラスの一人が訊いてきた。
「いいや、別に」
「そうなのか……てっきり付き合ってるもんだと思ってたけどな」
クラスの一人が言うと、クラスメイト達が一斉に頷いた。
「やれやれ。同じクラスになって間もないのに、そう思われているってことは、それだけ君と行動を共にしているってことか」
「何処行くんだ?」
「……緋。君は女子トイレにまで付いてくるのか」
「女の子なら、トイレじゃなくてお手洗いだろ?」
「まったく……」
七菜はトイレに向かった。
「ちょっといいかな?」
「何?」
「紅蓮くん、本当に矢吹さんと何でもないの?」
女子が訊く。
「別に。ただの友達だけど?」
「うーん……」
女子は腕を組んで考え込む。
「……私が思うに多分……矢吹さんは紅蓮くんのことが好きなんじゃないかな?」
「それはないぜ。そんなこと、今まで言われたことないからな」
「え!?」
緋の言葉にクラスメイト全員が絶句した。
「紅蓮、お前は馬鹿か!? 告白なんて何度も言うもんじゃないだろ!」
男子が言う。
「同じ相手にしつこく言う奴もいるじゃんか」
「それは、それだけ一途ってことだ! 諦めずに何度も気持ちを伝えて相手を振り向かせるためによ」
「よく分からん」
「紅蓮くん。告白は凄く勇気が必要なことなのよ。
一度言えれば、あとは自分が納得するまで挑戦して、相手の気持ちが無ければ諦めれば良いの」
「……つまり、七菜が告白しないのは、七菜に告白する勇気が無いからってか?」
「そういうことよ」
「七菜が漢を好きだなんて思えないぜ」
「それじゃあ質問を変えるよ。紅蓮くんは、矢吹さんのこと好き?」
質問に対する緋の返答にクラスメイト全員が固唾をのんだ。
※ ※ ※
「あ……ハンカチ忘れた」
七菜が、濡れた手で洗面所に佇む。
「使うか?」
破耶がハンカチを差し出す。
「破耶先輩!?」
「ちょうど七菜たちを捜していたところだったのだ……教室の直前でトイレに喚ばれてしまったけどな」
「そうだったんですか。ハンカチ、ありがとうございました」
「……浮かない顔だな」
「はい!?」
「緋が一緒に居ないからか?」
「もしかして、破耶先輩にも僕たちが付き合っている様に見えてるんですか?」
「なんだ、クラスで噂にでもなったのか?」
「まあ……似たようなもんです」
「緋が嫌いなのか?」
「嫌いなら一緒に居ませんよ」
「……だろうな」
破耶が髪をほどく。
「綺麗な髪ですね」
七菜が自分の髪を触る。
「緋から聞いたぞ。野球部に入るために髪を切ったのだな」
「野球するのに長い髪だと邪魔になるときがあるんです。だから入部するときに切ったんです」
「勇気が要たろう」
「勇気が無ければ野球は……いえ、スポーツは出来ません」
「その勇気を自分の気持ちを探るのに使ってみる気は無いのか?」
「気持ちを……探る?」
七菜が胸に手を当てる。
「七菜が一体、誰が好きで誰が嫌いか、その気持ちがどういうことなのか……。知るも確かめるも、受け入れるも拒絶するも……お前次第なのだ」
破耶が七菜の肩に手を置く。
「破耶先輩!?」
「最もらしいことを言っておきながら……悪いが頼みが有るのだ!」
「何でしょう?」
「……高校の代表として、ゲームの大会に出てほしいのだ!」
「……はい?……」
※ ※ ※
「どうなの?」
「好きじゃなきゃ、一緒に居れないぜ?」
「そういうんじゃなくて……。緋くん、キミって天然じゃない?」
「「はあー」」
教室にクラスメイト達の溜め息が響いた。




