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第三章 リイク Scene5

二人が声を殺して見守る中、音はついに目の前の茂みまでやって来た。

それと同時に、鋭い気声と共にエルティーナが跳躍し、茂みの中に長剣の切っ先を突きつけていた。


「誰なのっ?おとなしく出てきなさい」


が、次の瞬間それは驚きの声へと変わる。


「リイクじゃない?どうして?」


草の間から浮かび上がったのは、紛れも無くリイクであった。

エルティーナは長剣を鞘に収めリイクに歩み寄る。


「馬鹿っ…なんで来ちゃったのよ?家にいなさいって言ったでしょ」


エルティーナに詰め寄られ、リイクは泣き出しそうになった。


「ごめんなさい…」

「馬鹿…こんな所まで一人で…何かあったらどうするのよ…」


叱りつけようとしたものの、怯えきった瞳を見せられてその気力も萎えてたのか、エルティーナは少年をそっと抱き寄せていた。


「ごめんなさい…でも、僕…」


少女の腕の中で、リイクは精一杯気持ちを言葉にしようとする。


「あんなふうにさよならするのは嫌だったんだ…だから、だから…」

「もういいの、わかったから…」


少女は優しげにリイクの頭を撫でると、顔だけをルシルのほうに向ける。


「見ての通りよ。今からこの子を返しに戻ったら間に合わないわ…」


その言葉の通り、選択の余地は無かった。


ルシルはため息をつくと、仕方ないと言ったふうに結論を出した。


「だったら一緒に行こう」


結局、ルシルの胃袋に入るはずだったジクレスの肉は、新し加わったリイクのものとなっってしまった。


美味しそうに焼けた肉をむしゃぶりつくリイクを眺めながら、あの時多少生でも先に食べてしまえばよかったと後悔する。


「ルシル、そんな目で見ないの。ほら、あたしのと半分こ」


さすがに悪い事をしたと思ったのか、エルティーナが自分の分を二等分すると、ルシルに差し出した。


空腹の絶頂だったルシルはすぐさまそれにかぶりつく。


香ばしい肉汁が口の中に溶け込み、柔らかな歯ざわりのジグレスの肉は、ルシルの胃袋を満足させるのには十分だった。


「うまい」


思わず口に出すとすっかり気分を良くしていた。


「単純ね、男の人って…」


呆れかえったように少女は言い、豪快な食べっぷりを眺めた。


それを見ておかしそうにリイクが笑った。


空腹が満たされ心地の良い眠気に誘われだしたルシルは、それを紛らわせるために色んな話に花を咲かせた。


生い立ち、少年時代の夢、そして何より熱が入ったのは初めて宇宙を飛んだ時の話だった。


ルシルの口から出る様々な異文化の話題に、少年と少女は目を輝かせていた。


「ガリア…俺の生まれ故郷はレキングラムから二百光年、光の速さで二百年かかる所にあるんだ。ほら、あそこに光っている、あれ」


満天に輝く星達のひとつをルシルが指差した。


「今あそこに見えている星は、俺が生まれるよりずっと前の姿なんだ。だから俺が生まれた時輝いた星を見ようと思ったら、百八十歳まで生きなければ見れないって訳さ」

「ずいぶんと遠いのね…」


エルティーナが空を見上げたまま小さく呟いた。


星の海を見上げている少女の顔は何よりも純粋で美しかった。


それを見ていると急に切ない気持ちになり、ルシルは何も言えなくなってしまう。


今こうしてエルティーナ達と過ごしている一瞬の時が、このまま終わらないでずっと続いて欲しいと願っていた。


自分と少女を隔てている二百光年の距離…立場の違い、背負ってきた過去…その全てを捨ててしまえば、このかけがえの無い安らかな時がずっと続くのだろうか…


…でも、全てを捨ててしまう事など出来はしない…そんな勇気も…


「行こう、エルティーナ」


少女の横顔を忘れないようしっかりと目に焼き付けると、ルシルは未練を振り払うように立ち上がる。


…その刹那


ずっと沈黙していたルシルが声を上げた。


「何か来るよ」






一瞬にして戦慄が駆け抜けた。


和やかだった晩餐に終止符が打たれ、同時に緊張が張り詰める。


ルシルが素早くブラスターを構えると、エルティーナに目配せした。


少女はわかったとばかりに頷くと、リイクを自分の方に引き寄せ抜刀する。


「リイク、どっちの方角だ?」


声をひそめて問い掛ける。


「わからない、でも、いっぱいこの回りにいるんだ」


怯えた声で答えると周囲をぐるりと指差した。


「どうやら囲まれたみたいね…長居し過ぎたかしら」

「それにしては手際が良すぎる」

「じゃあ…」


少女が問い掛けた時、それまでの沈黙を破るように一斉にブラスターの閃光が轟いた。


「伏せてっ!」


夜と朝が入れ替わったのかと思えるほどの視野が眩くなり、何条もの光条が地面にはいつくばったルシル達の頭上を切り裂いていく。


尽きる事の無い光線があたり一面の樹木を焼き、地面を焦がすとルシル達のすぐ側をかすめた。


動きが取れないルシルはめくらにブラスターを打ち込むものの、まるで効果が無かった。エルティーナにいたってはそれさえも出来ずに、リイクを庇ったまま地面にひれ伏しているだけであった。


「どうなってるの?」


少女が悲鳴に近い叫びを上げた。


「このままじゃやられちゃうよ、何とかならないの?」

「駄目だ、数が多すぎる…奴等、俺達をいたぶって楽しんでやがる」

「それって、どういう事よ?」

「殺す気が無いって事だよ。生け捕りにするよう命令されてるんだろ」


これほどの一斉射撃を受け致命傷らしい一撃を受けないのは、抵抗する気力を萎えさせ投降するのを待つつもりなのだろう。


が、投降したとしてルシルはともかく、無関係であるエルティーナやリイクの命の保障を考えると、どちらにしても分が悪い事には変わりない。


ルシルは歯噛みした。


エルティーナやルシルを巻き込んでしまった事に後悔する。


その時…


異変が起きた。


「どうしたの?リイク」


少女の腕の中で震えていたリイクが急に苦しそうにうめきを漏らし始めたのだ。


苦痛に顔を歪める少年に何度も呼びかけるが、リイクはなおも身をよじり鋭い悲鳴を搾り出した。


驚いたルシルが目をやる。


苦しげにのた打ち回るリイクと困惑した瞳のエルティーナに、危惧していた状況が現実のものとなったと痛感し舌打ちした。


「やられたのか?」


張り上げた声に気づいたエルティーナは困り果てた表情で首を振る。


「わからないの。急に苦しみだして…あっ!」


一瞬の隙を突いてリイクは少女の腕から抜け出した。


「リイクっ!」

「何してるのっ、リイク」


引き戻そうと手を伸ばしたエルティーナの顔が蒼白になる。


少女の目の前にいるのはリイクではなく、全く異質の生物だったのだ。







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