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第三章 リイク Scene4

「どうして駄目なの?いいじゃない」


エルティーナが口をとがらせて講義する。


「可能性があるなら少ないより、少しでも多い方が良いに決まってるわ。あなた一人じゃ基地にたどり着く事だって出来るかわからないし、このまま行かせたんじゃあたしだって後味悪いわ」


反論の余地が無かった。


一方的に結論を出されたルシルは、それでも何とか思いとどまらせようと説得してみたが時間の無駄であった。一度言い出したら聞かないのは長譲りか…頑として主張を譲らなかったのだ。


「わかったよエルティーナ。でも、危険だし…死ぬかもしれないんだよ」

「ルシル、あなたはそう思ってないんでしょ?だったら問題ないわ…ね?」


勢いに負けたルシルは最後に念を押したが、エルティーナは見事にそう切り返すとおどけて見せた。


「決まりね」


エルティーナはリイクの所に行くと、身を屈めて少年の肩に手をかける。


「心配しないでね。ルシルを送り届けたらすぐに帰ってくるから」

「ルシルは…?」


少年は微かに聞こえる声で聞いた。


「彼は自分の世界に帰るのよ。ここは彼のいるべき場所じゃないわ」


寂しげに笑ってみせる。


リイクが彼に好意を寄せているのは痛いほど理解できた。出来る事ならこのままブライムストーンにいてくれればと、エルティーナ自身も思っていた。


「帰らなきゃいけないの?」

「そうよ、リイク…じゃあ、行くわね」


リイクの頭を優しく撫でてやるとエルティーナーは立ち上がる。


「ルシル、行きましょう。今からだったら朝までには行けるわ…あとはよろしくね、リイク」


少年はこくりと頷く。


「さよなら」

「ありがとうリイク…それじゃあ」


それ以上の言葉は別れを辛くするだけだと踵を返すと、エルティーナの後に続いて歩き出す。


少年はその場に立ち尽くしたまま、二人の姿が闇に消えるまで見送っていた。


背中越しに感じる寂しげな視線に立ち止まり振り返ると、微かに認める事の出来たリイクに手を振り、エルティーナを追った。




樹々の生い茂る暗闇の道を、レインズの青い光と、星達の無数の微光が淡く照らし出していた。


夜の冷気は冷たく、吐く息を真っ白に浮かび上がらせていた。


保温性に優れたガリアの軍服を通してでさえ、寒さが体の隅々まで貫き通す。


体を小刻みに震わせるルシルは、すぐ前を歩くエルティーナがそんな微塵も見せていないのに首を傾げると、何気に声をかけた。


「エルティーナ、その格好で…その、寒くない?」


少女が身にまとう甲冑の肌の露出が多いせいで、先程からルシルは目のやり場に困っていたのだ。


動きやすさに重点を置いたためか、なめし皮で作られた甲冑は最低限の防御でしか彼女の体を隠していない。女である故の非力さを機敏な動作と瞬発力で補っているのだろうが、惜しみも無く見せ付けられた者にとっては、贅沢な道中の悩み以外何者でもなかったのだ。


エルテーナは、そんなルシルの気持ちなど気づくそぶりもなく、足に絡む蔦を長剣でなた代わりに払いのけながら答えた。


「そうね…寒くないといったら嘘になるけど。気持ちの問題かな」

「気持ち…ねぇ」

「あらルシル、どうしたの?震えているじゃない。ガリアの兵隊さんって、見かけによらずひ弱なのね」


振り向いたエルティーナが悪戯っぽくからかった。


「パイロットに要求されるのは強靭な肉体よりも、明晰な頭脳なんだ。それに一瞬の判断力」


負けずと言い返す。


「明晰な頭脳…ねぇ」

「その、俺にはあいにくと無かったのか…だからこうして、ここにいるわけで…」


少女の疑心的な眼差しに、そう補足するとルシルは相好を崩す。


少女も笑った。


二人の間に起こった暖かい笑みに、凍えそうな寒さも一瞬にして忘れてしまう。


「楽しい人ね、あなたって」


エルティーナが顔をしかめて笑いを堪えた。


「軍人にしておくのがもったいないわ。ガリアを退役したらいつでもブライムストーンに来てちょうだい。リイクの教育係があなたを待ってるから」

「無事に帰れたら一応考えておくよ。再就職先として」


軽口に終止符を打つと再び歩き始めた。


それから小一時間程黙々と足を進める。


その甲斐あって、予定より一時間ほど早く半分の行程に達する事が出来た二人は、エルティーナの提案で食事を兼ねた休息を取る事になった。


樹木を取り囲んだ小さな広場に焚き火の灯りがともると、ルシルは急いで手をかざし、熱を失って固まっていた指先を暖める。


少女は持ってきた食料から、串に刺した獣の肉を取り出すと、炎の中に放り込んだ。


脂身が弾ける音と、何とも言えない香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。


「ジグレスの一番美味しいところよ。普段はお客さんが来た時だけ食べられるご馳走なんだけど、黙って持ってきちゃった」


生唾を飲み込むルシルに片目を瞑って見せる。


「どうせ怒られるんだったら同じでしょ?」

「確かにね」

「あ、まだ駄目…焼けてないでしょ?」


焦げ目がつき始めたご馳走に手を伸ばしたルシルにぴしゃりと言いつけた。


「でも、外が焦げてるじゃないか」

「駄目なのっ、まだ中身が生なんだから。誰もあなたのぶんまで取ろうなんて思ってないわよ」

「俺、少々生でも食えるんだけどな…」


未練がましい態度に怒ったのか、エルティーナが瞬時に顔をこわばらせた。


「嘘だよ、そんなに怖い顔するなよ。ちゃんと焼けるまで待つって…」


手で制すると少女はそっと耳に手をあてた。

真剣な表情に事態を察したルシルも息を呑んで耳を澄ます。


―ガサガサガサッ ガサガサッ


音は草を掻き分けるようにして確実に近づいてきている。


―敵か?それとも…


得体の知れない恐怖にブラスターを構えると、音がする方向に狙いを定めた。

エルティーナも鞘から長剣を抜刀し、いつでも切りかかれる体制を取り身構える。







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