第三章 リイク Scene3
ブライムストーンに来て二日目。
長と交わした約束の期限を明日に迎えた夜、エルティーナ達が寝静まるのを待って、ルシルはベッドの中で目を開けてゆっくりと体を起こした。
多少の痛みは残っていたが、毒が大方抜けた事もあって気分は悪くない。
大きく伸びをしてベッドから抜け出ると、折りたたまれているガリアのジャケットに久々に腕を通した。
そして手馴れた手つきで全ての装備を身にまとうと、エルティーナが渡してくれた地図をポケットの中に差し込んだ。
「ここから北に向かって一昼夜程歩いた所にフリーシアの基地があるわ。
少女の言葉が正しければ、明日の朝には目的地にたどり着けるだろう。
黙って出ていく事に罪悪感を感じたが、明日になればエルティーナとの別れがいっそう辛くなってしまう…
招かれざる客ならば、早く忘れられるに越したことは無い。
それに、自分のせいでエルティーナと長との間に口論が絶えずに、家族の間に溝が出来ていくのは見るに耐えられなかったのだ。
「さて…と」
足音を忍ばせると戸口に向かった。
細心の注意を払い廊下を抜け、誰にも見つからずに外に出る事が出来たルシルは、ひんやりとしたレキングラムの空気を胸いっぱい吸い込み、大きく吐き出す。
「さよなら、エルティーナ」
後ろ髪を引かれる思いで少女の眠る部屋を振り返ると、ルシルは未練を断ち切るように別れを告げ、踵を返したその刹那…
「行っちゃうの?」
不意にかけられた背中越しの声に、ルシルの動きが止まる。
肩越しに振り向くと、青い瞳が見つめていた。
「リイク…」
初めて彼の前で言葉を発した事に驚き、少年を見つめる。
ルシルの戸惑いをよそに少年の口が再び開く。
「もう、戻ってこないの…?」
不安げなリイクの声に、ルシルは何も答えられない…
澄み切ったリイクの瞳の前では、肯定する事も否定する事も、どちらを選んでも罪になると思えたからだ。
「ルシル…」
「帰ってこないつもりよ、そうでしょ?ルシル」
沈黙したままのルシルに変わって、エルティナが彼の心を代弁した。
「エルティーナ」
少女は家の隣に立つ樹木の陰から顔を出すと、呆れきった風情で吐息をつき、ルシルの方へ歩いてくる。ルシルが最初に見た時の同じ甲冑をまとっていた。
「そんな事だろうと思ったわ。あなたって本当に馬鹿な人ね…どうやって一人で行くつもりだったの?」
「ごめん…」
返す言葉が無かった。
エルティーナはルシルのポケットから地図を抜き取ると、それを彼の目の前でおもむろに引き裂き、悪戯っぽく微笑んだ。
「この地図じゃ基地にはたどり着けないわよ、永遠に」
「へ?」
「こんなでたらめな地図じゃ、基地なんかには行けないって事」
「それじゃあ…」
「当たりっ、これはあたしが適当に書いたんだ」
エルティーナが当然とばかりに言うと、片目を瞑って見せた。
ルシルは絶句する。
目の前で少女には彼の浅はかな計画など全てお見通しだったのだ。たかだか少女と思って侮っていた事に後悔するも、後の祭だった。
「エルティーナ…勝手に行こうとした事は謝るよ…すまない。でも、どのみち僕はこの村にはいられないし、それに少しでも可能性があるなら…」
「わかってる。あなたの立場じゃそうするしかなかった事…だから、止めようなんて思ってないわ」
ルシルの気持ちを慮ってか、少女は責めようとはしなかった。
「でも、一つだけ条件があるの」
「条件?」
オウム返しに問うルシルに、エルティーナは瞳を輝かせて言った。
「あたしも一緒に行くわ」




