第四章 希望への旅立ち Scene5
「時間の問題だな…」
確実に数を減らしていく兵達にルシルが呟いた。
事実、そう言っている矢先にも一人の兵が無残な最期を遂げる。
「複雑な心境ね」
望ましくないリイクの変貌が、結果的に現状打破の糸口になった事にエルティーナは何とも言えない溜息をついた。
「とにかくリイクを何とかしなきゃ」
少女の傷口に応急処置を施しながらルシルが唇を噛む。ブラスターの生々しい傷口をキットの消毒液が覆い始めると、エルティーナは染み込む痛さに息をあげた。
「一生傷になっちゃうわね…お嫁に行けなくなっちゃう。ただでさえお爺ちゃんがうるさいのに…」
明るくおどけて見せるが、傷はかなりの重症であり痛みも相当なものであるはずだった。が、いらぬ心配をかけたくないと威勢を張る少女の健気さと精神力の強さにルシルは改めて驚きを感じていた。
「大丈夫だよ…リイクは俺が連れ戻す、絶対に…それに」
「それに…?」
少女に見つめられ、ルシルは思わず言い淀む。
最悪の場合自分が『嫁にもらってやる』と軽口を叩こうとしたが、その気持ちが偽りではなく、あまりにも正直なものだと気付いたのだ。
「いや、何でもない…すべてが終わって、落ち着いたらまた話すよ…」
だったら今この場で言うべきではない…ルシルはそう判断する。
「変なの…」
エルティーナは不思議そうに首を傾げた。
ルシルが恥ずかしげに少女から視線を外すと、再びリイクに目をやった。
しかし研究所の中にはリイクの姿は見当たらなかった。
「リイク…」
ルシルは研究所内に目を凝らす。
研究所は不気味に思えるほどの静寂した空気が流れ、全滅に追い込まれたフリーシア兵と技術者の屍が至る場所に散乱している。
「リイクは何処へ…」
心配げに問うエルティーナに、ルシルが二階層に開け放たれた扉を指差した。
戦う相手がいなくなったのだろう。血に飢えたリイクは新たな獲物を求めるべく、基地内を徘徊し始めたのだ。
「もう、戻ってこないつもりかしら…」
「そうかもしれない…でも」
医療キットを取り出し、少女の傷に応急的な処置を施しながらルシルは断言した。
「俺が絶対に連れ戻す」
傷口の止血を終えたルシルは、少女を抱きかかえシューターの場所まで行くと、シューターのシートに寝かせてやった。少女は何かを言葉にしようとしたが、ルシルは手でそれを制すると首を振った。
「怪我人はおとなしく待ってなさい。ちゃんと坊やは連れ戻してあげるから」
「ルシル…」
心配するなと笑ってみせるルシルに、少女はコクリと頷く。
「絶対に戻ってきてね…約束よ」
「ああ、任せて。約束する」
ルシルは大きく盾に首を振ると踵を返した。
研究所を出て、長い廊下を失踪する。
廊下の所々に倒れているフリーシア兵とその血痕が道標となり、リイクの足取りは容易に掴める事が出来た。遠くで銃声が鳴り止まないのはリイクが健全な証拠であろう。
―まあ、リイクがやられる事はないにしても…
問題はその後であった。エルティーナを心配ささせまいと胸を叩いて見せたものの、化け物と化したリイクを相手に、どう渡り合えばいいか考えてもいなかったのだ。
ルシルは無意識のうちに絶命しているフリーシア兵を横目で見る。
無残に引き裂かれた死体に自らの姿を重ねると身震いしたが、慌てて首を振って否定するとリイクを追った。
それから何度も曲がり角を曲がり足を進めると、リイクの痕跡である血痕が大きな扉の前で途切れていた。
―この中か…
ルシルはカードを取り出し扉に差し込んだ。
扉は何の躊躇いもなくスッと開き、ルシルは注意深く扉の陰に隠れると、そっと中を覗き込む。
「ここは…」
ルシルは目の前の戦闘機を見上げ、思わず声を上げた。
格納庫と思われる広い敷地内には全部で七機のVトールが一列に並んでおり、そのどれもがいつでも離陸可能だと言わんばかりにルシルを誘惑していたのだ。
ルシルは無意識のうちに格納庫に足を踏み入れると、目の前のVトールの翼に上がり、キャノピーが開いたままのコックピットに手を伸ばす。
コンソールに彼の手が触れた途端、それを待っていたかのように計器類に明かりがともり、Vトールは息を吹き返してパイロットを歓迎した。
ルシルはコックピットに飛び乗ると深々とシートに身を沈める。
この機会を逃したらもう二度と飛ぶ事は出来ない…そんな焦燥に駆られたルシルは我を忘れてコンソールに指を走らせると離陸準備を急いだ。
―ALL GREEN
待ちわびたシグナルがモニター画面に表示されると、それまで天井だった部分が大きく左右に開き、真っ青な朝の輝きにルシルは思わず目を細めた。
ルシルは操縦桿を手に取り、エンジンに火を入れようとパネルに手を伸ばす…が、不意にエルティーナの顔が脳裏を過ぎると一瞬動きが止まる。
―絶対に戻ってきてね…約束よ…
何よりも純粋な少女の瞳を裏切る事は出来なかった。
ルシルはしばらく逡巡していたが、ため息と共に操縦桿から手を離すと、コックピットから降りていた。
「約束…じゃあ仕方ないな」
二度も約束を破るわけにはいかない。ルシルは自身に言い聞かせるように呟くと、格納庫を突っ切って再びリイクを追いかける。
「惜しい事したかなぁ…」
未練がましく格納庫を振り返るルシルの耳に銃声が飛び込んできた。
「リイク!」
一つ先のフロアにリイクの存在を確認すると、ルシルは歩みを緩め静かに近づいて行き、廊下の突き当たりにある大きな扉に耳を当てた。
閉ざされた扉の向こうでは激しい闘いが繰り広げられていた。幾重にも重なった銃声が響き、それを嘲笑うかのようにリイクが吠える。最初こそ多勢に聞こえた銃声も次第にその数を減らされていく。
ついにそれも聞こえなくなったのを確認すると、ルシルはゆっくりと扉を開けた。
「司令室…」
ルシルが足を踏み入れたフロアは、どうやら基地の中心区と言える場所らしかった。
フロアの奥にある壁にはホワイトアウトしたままのスクリーンが三面に並んでおり、その前の計器類からはちぎれたコード類が煙を立てて燻っていた。今や基地の中枢系統は完全に破壊されつくし機能しておらず、実質的な壊滅状態であった。
リイク…」
激しく肩で呼吸する化け物が振り向くと、次なる攻撃目標に唸りを上げる。
「俺だ、わかるか…?」
化け物の奥に閉じ込められたリイクに直接訴えるように、ルシルは穏やかな声で呼びかけた。
化け物の鋭い眼光が一瞬弱まり戸惑いの表情になる。怪訝にルシルを見る瞳が、リイクであった時の澄んだ青色に変化していた。
「エルティーナが待ってる。だから、一緒に帰ろう…」
まともにやり合えば結末は目に見えている。化け物と対峙したルシルに残された術は、リイクの記憶を呼び戻し覚醒させるしか残されていなかったのだ。
ルシルは手にしたブラスターを床に放り投げると、ゆっくりとリイクに近づいていく。
少年の意識が蘇りつつある事で、化け物は本能的に危機を察し焦っていた。
自分の存在を脅かす男さえいなくなれば…化け物の防衛本能が的確な指示を下ろすと、リイクを振り切るように怒りに吼え、ルシルに鋭い爪を一閃させた。
―痛ッ
ルシルは激痛に顔をゆがめる。
ジャケットの胸元が裂け、五本の傷から血が滴り落ちていた。
だが、ルシルは負けずに化け物を睨みつける。
不思議な事に死への恐怖は全く無かった。それどころか今までに感じた事の無い充実感に全身が満たされ、尽きる事の無い力が漲ってくるようであった。
ルシルは不適に笑うと化け物ににじり寄った。
微塵の恐怖も見せない男に化け物は困惑するが、すぐに次の攻撃態勢を整えると鋭敏な牙を剥き出しにして方向を上げた。
「さあ来いッ、化け物!」
叫ぶと同時に化け物に飛び掛っていた。




