第四章 希望への旅立ち Scene4
「エルティーナ!」
ルシルが呆然と見詰める中、悲しげに潤む瞳が何かを訴えかけようとしていた。
が、ルシルを掴もうとしていた白い腕が、不意に力なく垂れ下がったと思うとそのまま床の上に倒れ、動かなくなってしまった。
ルシルは絶叫した。
我を忘れて銃火の前に飛び出すとエルティーナを抱え、何度も少女の肩を揺さぶっていた。
「エルティーナ、しっかりしろっ!」
涙混じりに呼びかけるルシルの声をブラスターの容赦の無い攻撃が掻き消す。
「やめろッ、撃つな!」
手にしているブラスターを投げ出すと声を限りにして叫んだ。吹き抜けのホールいっぱいにルシルの声が響き渡る。
不意に銃声がやんだ。
驚くほど静まり返った空気が研究室を支配する。
フリーシア兵の中から隊長らしき男が一歩前に歩み出ると、歯噛みするルシルを嘲笑うかのように静寂を破った。
「ガリア兵、世話をかけさせてくれたな…お前の処分は後でゆっくり考えるとして、まずはその実験体をこっちに渡してもらおう」
「実験…体?」
「そう、お前の隣に立っているその子供だ」
男はリイクを指差した。
「その子は大切な研究の成果だ。それさえ手に入れれば後はどうなってもいい、こんな研究所の一つや二つ…意味の無い事だ」
吐き捨てるように言うと、リイクの方へ向かってくる。
ルシルは少年を庇うように男の前に回ると、憎しみを剥き出しにして睨みつけた。
「貴様…」
「どうするつもりだ?ガリア兵」
男は余裕の笑みを浮かべると手を上げた。それを合図にブラスターの銃口が一斉にルシルに向き、一寸違わぬ狙いを定める。
「……」
ルシルは悔しさにうなだれ力なく座り込んだ。
それに満足した男が更に近づこうとした時、ルシルの背後でエルティーナの微かな声が聞こえた。
「駄目よ…リイク」
少女の力ない呼びかけに振り向いたルシルが思わず息を呑む。
リイクの瞳が再び濁り始め、あの恐ろしげな風貌に変わりつつあったのだ。
「リイク…」
ルシルが呆然と見詰める前で少年は完全に変貌を遂げると、残された力で必死に呼びかけるエルティーナの静止を振り切る雄叫びを上げた。
「素晴らしい…」
男が感嘆の声を漏らした。
目の前に現れたリイクの変わり果てた姿こそ、まさに研究の成功を実証していたのだ。
が、殺意の宿った眼光に映っている自分が、その標的だと理解した時、男は初めて生命の危機が迫りつつあるのを感じ、瞬時に表情を凍らせる。
「まさか…」
信じられぬと言いたげに首を振る。
男は後ずさりしながら、ガクガクと震える手でブラスターを構えなおそうとする。
が、再び銃口と共に目線を上げた時、視野いっぱいに怒り狂う化け物の顔が、獰猛に牙をむき出しにしていた。
飛び散る血しぶきにエルティーナは思わず目を閉じた。
喉笛をかき切られた男が、器官から甲高い音を漏らしながら血の海に沈む。
自らの実験体に命を絶たれると言う皮肉な結末に、虚空を見詰めたままの目が無念を訴えているようであった。
リイクは二階に並んだ次なる標的を一瞥する。
恐怖に駆られた兵士の一人が発砲したのと、リイクが飛んだのはほぼ同時であった。それを皮切りに一斉に銃声が研究室に木霊する。
ルシルはエルティーナを引きずるように機材の陰に見を隠すと、少女の安否を気遣いそっと機材に持たれかけさせてやった。
「大丈夫か…?」
「ええ…何とか。でも、作戦は失敗ね」
「見事に。でも、悲観したもんじゃないさ」
リイクは人間離れした敏捷さで獲物を仕留めていく。得体の知れぬ生物を相手にしたフリーシア兵はめくらめっぽうに打ちまくるしか術が無く、中にはその流れ弾に当たって絶命するものもいた。




