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第三章 リイク Scene7

「ふう…」


最悪の状況を覚悟していたルシルは胸を撫で下ろすと、腰砕けみたいに崩れ安堵の息を吐き出した。


エルティーナに抱き起こされたリイクは紛れも無く元のリイクに戻っていた。


穏やかに目を閉じている少年の寝顔には一片の邪悪さも感じられず、今しがたの出来事が全て夢の中で起こったのでは…と思えるほどであった。


「何故こんな事に…」


少年の頭を撫でていたエルティーナがぽつりと呟く。


少女が今まで生きてきた常識の範疇では、まったく理解できない現象であった。


その問いかけに答えるべきかを逡巡していたルシルが、座り込んだまま疲れ果てた声で言った。


「生物兵器さ…」

「生物…兵器?」


エルティーナはオウム返しに問う。


「そう、人体を形成する染色体…まあ体の設計図って所かな、その並びを変えて、どんな状況にも対応できるように体ごと改造する。つまりまったく異なった生物に創り上げるって事さ」

「そんな…じゃあリイクは…」

「奴等、リイクを実験に使いやがったんだ。糞っ…条約で禁止されているはずなのに、どうして…」


ルシルは地面を叩くと唇を噛み締めた。


遺伝子工学に基づいた生物兵器の開発は、神への冒涜と言う道徳的、信仰的理由によって、随分と前から凍結する方向で条約が取り決められていた。


ガリアとフリーシアの長年に渡る戦いの中でも生物兵器が使用された記録は無く、お互いがどんなに形成不利になろうとも、それだけは守られ続けてきたのだ。


故に、一方的に条約を破棄したフリーシアが腹立たしかった。


ルシルは絶命した兵士の側に行くと、衣服の襟元を覗き込む。


「やっぱり…通信基地なんて嘘だ…カモフラージュに過ぎなかったんだ」


特殊任務を遂行する者にだけ与えられる階級章を確認すると、ルシルは吐き捨てるように断定した。


―数分後


少女の上での中でリイクが意識を取り戻した。


「気がついたのね」


リイクはエルティーナを見るなり無我夢中でしがみつき、激しく体を振るわせた。


「エルティーナ…怖いよ、僕…」

「もう大丈夫。何も怖くない…怖くないから」


エルティーナは優しくなだめると、怯えきったリイクを強く抱きしめてやる。抱きしめた腕を通して少年の震えが伝わってくると、なおもその腕に力を込めた。


「父さんは僕を守ろうとしたんだ…自分達が死んでも、僕だけが助かるようにって」


少女の胸に顔をうずめたままリイクが吐露する。


「あの時、追い詰められた父さんは僕の首にカプセルを打ち込んで言ったんだ。どんな事をしても生き延びろって。だから、だから…」

「もういいの、リイク…」


エルティーナはそれ以上言わせなかった。


「たとえ、どんな事があってもリイクの事嫌いになったりしないから…ずっと側にいる」

「本当…?」

「約束する。これまでもそうだったし、これからもずっと」


不安げに見上げる少年に、エルティーナは偽りのいない決意を誓った。


「俺も約束する。ずっと友達だ」


遅ればせながらにルシルも宣言し、照れ臭そうに笑ってみせる。


リイクは感極まってしばらく何も言えなかったが、涙でいっぱいになった顔で笑顔を作ると感謝に満ちた声を振るわせた。


「ありがとう…」




「あたしも行くわ」


エルティーナが新たなる決意を噛み締めルシルに言った。


「あの化け物をリイクから追い出してやりたいの」

「エルティーナ…」

「だって、このままじゃあの子がかわいそうよ。次にあんな姿になったら戻れるかどうかもわからないのよ」


先程の事を思い出したのか、エルティーナは瞳を落とすと首を振った。


「生きていけないよ、このままじゃ…」


再びルシルを見上げた瞳が悲しみを湛えて潤んでいた。


その瞳に応えてやりたい…


心の底から湧き上がった感情を抑えきれずに、ルシルはそっと少女の肩を抱き寄せる。


ルシルの時もそうであったように、何も顧みずに他人のために尽くす少女の一途な純粋さが、とてもいとおしく思い始めていたのだ。


「ルシル…」


予期せぬ成り行きに少女は戸惑いの声を漏らす。


ルシルはそんな少女を抱き寄せ言った。


「少しでも可能性があるなら多いほうが良いに決まってる。そう言ったね…?」

「じゃあ…」


エルティーナの目が大きく見開く。


「一緒に行こう。リイクを元に戻すんだ」


少女は大きく頷くと、ルシルの胸に飛び込んでいた。


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