第三章 リイク Scene6
エルティーナは自分の目を疑う。
目の前にいる奇怪な生き物にリイクの面影は全く無かった。
青く澄んだ瞳は飢えた獣のように獰猛な光を帯び、硬化の皮に覆われた全身が汚らわしい緑に染まり、そこから網目のような欠陥が浮き出している。
激しい息遣いを繰り返す口元には鋭敏な二本の牙が剥き出しになっており、少女が捕まえようとした手には、指と同じ程長い爪が鋭く生え揃っていた。
唯一リイクとの共通するものは衣服だけで、それが皮肉にもリイクだと認めたくない少女の願いを打ち砕く。
「リイク…」
少女は首を振り後ずさった。
変わり果てたリイクの姿に明らかに恐怖を抱いていた。
リイクは寂しげにエルティーナを見つめる。が、やがて諦めたのか唸りを上げると茂みに向かって歩き出した。
「駄目っ、行っちゃ…死んじゃうわよ」
少女は涙声で訴え後を追おうとしたが、ルシルが肩を掴みそれを止めた。
「やめろっ、今行って何が出来るんだ?」
「だってこのままじゃ、あたし…」
「誰だってそうしたさ、あんたの責任じゃない」
リイクに対して取った態度に自分を責める少女に、ルシルが強く言い聞かせる。
激しい銃声の中に甲高いリイクの雄叫びが木霊した。
それを期にリイクめがけて何本もの光線が襲い掛かる。
「リイクっ」
命中すると思った瞬間、リイクの体は敏捷に宙に舞い上がっていた。
虚しく空を切る光線の発射地点を瞬時に見つけ出し茂みに向かって飛び込んでいく。
―グエッ!
銃声が絶叫に変わっていた。
茂みから再び姿を見せたリイクの手には、たった今切り落とされたフリーシア兵の首が、恐怖に顔を引きつらせたまま掲げられていた。
「ウッ…」
エルティーナが嘔吐する。
リイクは生首を捨てると、次の獲物を仕留めるべく再び跳躍する。
リイクは完全に敵の動きを見切っていた。飛び交う光線をいとも容易くかわすと、茂みに飛び込み、第二の銃声を沈黙させた。
「凄い…」
ルシルは思わず感嘆の吐息を漏らす。
なおもリイクは跳躍を繰り返し、確実に獲物の数を減らしていった。
わずか数分間の間に、見る見るうちに息の根を止められ、最後の一人となったフリーシア兵は恐怖の叫びを上げると、武器を投げ出して茂みから飛び出した。
「た、助けて」
得体の知れない恐怖に怯えきったフリーシア兵は、本能的に同じ人間であるルシル達に救いを求めて走り出す。
「もういいわ…リイク、やめて…やめるのよ」
目の前で繰り広げられた血の惨劇に耐え切れなくなった少女が、嗚咽を詰まらせ訴えかけた。
が、エルティーナの悲痛な声は届かなかった。
一目散に向かってくるフリーシア兵があと少しの所まで来た時、不意にリイクが男の背後に現れたかと思うと、血に染まった鋭い爪を一閃させた。
「グエーッ!」
男はざっくりと裂けた背中から血しぶきをまきあげると、少女の目の前で事切れた。
燃え盛る焚き火の炎が、返り血に染まる残忍な笑みを赤々と浮かび上がらせた。
「嫌ーっ」
エルティーナが両手で耳を塞ぎうずくまる。
激しく首を振ると嗚咽した。
「やだよ、リイク…元に戻ってよ、お願いだから」
少女は何度も何度もうわ言のように繰り返し泣きじゃくる。
「リイク、それ以上近づくな」
ルシルが少女の前に立ちはだかるとブラスターを向けた。
「駄目っ、撃たないで」
「エルティーナ…」
足元に必死にしがみついて懇願する少女の姿に胸が痛み、それ以上の気力を失うと、ブラスターを放り投げた。
「リイク、お願いだ。エルティーナを悲しませないでくれ」
「エル…ティーナ…」
リイクが少女の名に反応した。
「そう、エルティーナだ。お前の事を誰よりも大切に思ってる人だ」
「エルティーナ…」
もう一度反芻すると、不意に体を震わせ始めた。
「う、うう…」
苦しげな苦悶を漏らし頭を抱えると。少女の名を聞いた事で本来のリイクが目覚めたのだろうか。激しく胸をかきむしり雄叫びを上げると、全ての力を失ったようにその場に倒れこんだ。




