第一章 悲劇のパイロット Scene1
嫌になる程、目に染みる青さだった。
惑星レキングラムの空から見る恒星ライマは、ルシルのゴーグル越しに見ても、その美しい青さを誇示して輝きに満ちていた。
時が時でなければ故郷の恋人でも連れてきて、一緒に肩を寄せ合い、沈んでいく青い夕焼けに甘い台詞を囁いていただろう。
が、パラシュートひとつで刻一刻と敵地に落ちてゆくルシルにとって、それは現実逃避意外の何者でもない。数分後に訪れる絶望的な状況にどう対処しようなどとは気落ちした今の彼には考える気力さえも沸かなかった。
「まったく…」
ルシルは遥か上空で繰り広げられているラムジェット同士のドッグファイトをぼんやりと眺め、深いため息をついた。
つい五分前までルシルもあのバトルの真っ只中にいたのだ。
だが、彼の機上する最新鋭戦闘機TX‐75は、敵機のミサイルの直撃を受け、大空の藻屑と化してしまった。
緊急脱出システムのお陰で一命は取り留めたものの、それは一時的な延命に過ぎず、ミサイルで木っ端微塵に吹っ飛ぶか、敵地に降り立った後、捕らえられて拷問のうちに処刑されるか、どちらにしても悲劇的結末しか待っていなかった。
それならば生き恥を晒した上に苦しんで死ぬより、いっそパイロットらしく愛機と運命を共にした方が良かったのでは…と後悔したが時既に遅く、かと言って今さらパラシュートのロープを切る勇気も持ち合わせていない…
「打つ手なし…か」
ルシルはあまりにも惨めな自分の有様に苦笑すると、もう二度と舞い上がる事が出来ないだろう大空を見上げていた。
「初めてだったんだぜ…なのに…」
悔しさをぶつけようにもその矛先が見つからず、唇を噛み締める。
地上はすぐ足元まで迫ってきている。
眼下に広がる景色は不幸中の幸いと言おうか、比較的なだらかな緑の丘であった。着地地点としては問題ないであろう。
あと数十秒の後、敵しか存在しない大地を踏みしめる事になるのだ。
ルシルはその後に待っている運命に恐怖を感じ、体を震わせた。
―でも、ただではやられない…
どうせ死ぬのであれば、一人でも多く道ずれにしてやるつもりだ。ルシルは覚悟を決めると腰のホルスターからブラスターを抜き取り、セフティーロックを解除する。
―着地
思ったより少ないショックでタッチダウンする事が出来た。レキングラムが地球の重力よの八割程と考えると当然の事であろう。
ルシルは素早くパラシュートのロープを外すと、ブラスターを構え周囲を見渡した。
彼が降り立った所は陸の中腹のあたりで、丘の先には暮れ行く青い空との境界線…振り返った方向には丘を下りきった向こうに、うっそうと茂る大きな森が広がっていた。
ルシルはとりあえず丘の頂きに向かって歩き出した、その刹那…
丘の向こう側から機動キャリアのエンジン音が響くと、その鼻先が丘の頂点を乗り越え全景をあらわにした。
「来やがった…」
ルシルは苦虫を噛み潰すと、そばの岩の背に身を隠す。
深い緑色に包まれた十トン級のキャリアには、重武装を施した一小隊の兵士達が乗っており、そのうち一人でもいれば、ルシル十人を相手にしてもお釣りが来るだろう連中であった。
キャリアは、ルシルの前方約百メートルの位置で止まると、一斉に兵を下ろす。
「そこにいるガリア兵に告ぐ。武器を捨てておとなしく出て来い。我々は君が抵抗しない限り攻撃はしない、命も保障する…」
お決まりの降伏勧告であった。
「三分だけ待ってやろう。ただし、それまでに出てこなかったら、こっちから攻撃をかける事になる。いいか?三分だぞ…」
キャリアのスピーカーはルシルにそう告げると沈黙する。回りの兵達も不動の体制で銃口だけをルシルに向けた。
水を打ったような静けさが訪れた。
ルシルは残された僅かな時間の間に状況の打開策を考える…が、どう見てもさいの目が良い方向に転がる事はなさそうであった。
「これまで…か」
自身の不幸を呪い、覚悟を決める。
ルシルは勢いよく岩陰から身を乗り出すと、やけくその如くブラスターを乱射した。もちろん敵に当たるかなどは度外視、とにかくキャリアの方向めがけ無茶苦茶にトリガーを絞っていた。
―バシッ!
偶然にも二百万度の光電子プラズマが一人の兵士の胸を貫いた。兵士は突然の激痛に対処する間も無く絶息のうめきを漏らしながら息絶えた。
ルシルは自分より運の無いその兵士に哀れみを感じるも、感傷に浸る暇など与えてくはくれない。すぐにその数十倍もの銃光を認めたかと思うと、彼の顔付近の岩がポップコーンのように弾け飛ぶ。
痛ッ…!
そのかけらが頬を直撃し一瞬怯む…が、間髪を入れずに再び引き金を引いた。
―クソっ、やっと戦闘機に乗る事が出来たのに、こんな無様な最後を遂げなければならないなんて…
やりきれない悔しさを剥き出しにしてルシルは撃ち続けた。そうする事で死への恐怖を忘れてしまいたかったのかもしれない…
ルシルの怒りの一撃が二人目を仕留めた。不幸にも頭を撃ち抜かれた兵士はもんどりうって前につんのめり絶命する。
ルシルはとりつかれたように撃ち続ける。ブラスターのエネルギーの残量を示すレベルゲージが新しいエネルギーパックを求めて点灯し始めていた。
それでもなお手を緩めようとはしない…
―糞ッ、糞ッ、糞ッ…
完全に常気を逸し狂戦士と化すルシル…だが次の瞬間、一人の兵士の放った光状がルシルの肩を貫き、彼は紙くずのように後方へと吹っ飛んだ。
真空に放り出されたみたいに全ての音が消え、地面に叩きつけられると同時に戻ってきた。
「痛ぇ…」
倒れたまま激痛が走る傷口を押さえる。その手を見ると、おびただしい程の鮮血がべっとりとまとわりついていた。
驚愕する。
同時に高揚していた気持ちが急に熱を失い、今まで我慢していた死への恐怖が鎌首を持ち上げて全身を駆け巡った。
「い、いやだ…」
死にたくない…冷静を取り戻したルシルは震える手で何とか上体を起こすと、撃たれた時に手放したブラスターの行方を捜した。
が、それは無駄な行為に終わった。ブラスターを求めるルシルの視野に入ってきたのは、こちらに向かって押し寄せてくる大勢の敵の姿だった。たとえブラスターを見つけたとしても、それ一丁では、もうどうする事も出来ない…
ルシルは窮地に立たされた。
敵は刻一刻と自分との距離を詰めてくる…捕まれば間違いなく死が待っている。
と言って抵抗する手段は何一つ残されていない…
―ならば…
ルシルは立ち上がると、脱兎の如く駆け出した。目指すは敵と反対方向に位置する森の中…生への執着心がはじき出した最後の賭けであった。




