★第16話★ 自己の喪失感
★第16話★ 「自己の喪失感」
・・・今日は浩介の騒ぎがあった翌日。
彼はもう病院に着いた時には手遅れの状態であったらしく、
俺が駆け付けた時には既に息を引き取っていた。
和彦に続き
カラオケ四天王がまた1人、いなくなったという事だ。
そして昨日のカラオケ後、俺が澄田と瑠璃川と別れ、
学校へと駆け付けた直後に
彼女らは駅前でエクソルチスムス団員の襲撃を受けたらしい。
澄田でも倒せない強敵であったようだが、
数宝 日向という
シンギング・ウォーズの上級プレイヤーが偶然にも駆け付け、
団員を圧倒してしまったらしい。
・・・シンギング・ウォーズの上級プレイヤーは
なぜ変人ばかりなんだろうか・・・。
まぁそれは置いておくとして、今朝の教室にはいつもと違う光景があった。
河瀬 荘司という、
ここ2週間ほど原因不明の引きこもりを貫いていた男子がいたのだが、
今朝は至って普通な様子で朝のクラスに現れたのだった。
俺は元々話した事のない生徒だったからその姿を見るだけに留めたが、
3時間目後の休憩時間に遅刻してきた瑠璃川が彼に気付き、
色々と話をしていたのが聞こえてきた。
どうやら、やはり例のシンギング・ウォーズに熱中し過ぎて
学校を長い間さぼっていたらしいが、
エクソルチスムスの活動が全国で活発化してきた事に危機感を覚え、
いい加減学校に来た、といった感じだった。
組織の暗殺対象がどのようにして選ばれているのかは分からない以上、
シンギング・ウォーズに手を付けないのが即効の解決策、
という主張は分からなくもない。
河瀬は瑠璃川に対して
安心してゲームができない旨を当り散らしていたが、
見方を変えればそのせいで河瀬は学校に渋々来た。
つまりは、あの暗殺組織のおかげで河瀬は
高校生がいるべき現実世界のフィールドへと返ってくる事ができたのだった。
犯罪組織は俺にとっては邪魔な存在だけど、
河瀬の例だと、犯罪組織があったからこそ自己的な復帰ができた。
カラオケの敵としては俺にとって憎い連中ではあるけど、
今回ばかりはヤツらの目論見が成功したという他ない。
・・・俺は今、迷っている。
エクソルチスムスの存在というのもあるけど、
昨日の夕方、3年の内垣外 奏修に言われた言葉が
今日も頭の中に残っている。
『その女の私情でお前らは膨大な危険を冒して敵の巣窟に入り込むのか?』
・・・少し考えてみれば、
これから自分たちが実行しようとしている計画が
どれほどの危険な行為なのかはすぐに分かる。
でも無意識にその選択をしたわけではない。
意識的に、澄田に受けた借りを返すために、
またカラオケ四天王の和彦が目の前で殺害されたのを見て、
俺の中の危機感を鈍らせていたんだろう。
自分で鈍らせたのにも関わらず、
今になってそれを元に戻そうと必死になっている・・・。
俺は・・・何をやっているんだ?
というか・・・俺は何をしたいんだ・・・?
『まぁ、まずは大前提として兄を殺して本当にその兄は幸せなのかねぇ?』
・・・そうだ。
そもそも澄田の判断は正しいのか?
澄田に協力して、俺はどうなるんだ・・・?
―――――その日の夕方、アブソリュート・アーツ社では―――――
『・・・どうも伊集院さん、数宝です。
昨日、岩手に出向いて例のターゲットに接触してきました。』
電話の相手は数宝 日向である。
私は普段のように、研究室の固定電話から連絡をしていた。
「澄田 麗華だな。
エクソルチスムスのリーダー格の男、鏡夜の妹だという。」
アブソリュート・アーツ社に潜り込んでいたネズミを捕えた結果、
警察の許可を得て彼の所有物を色々と調べてみたところ、
ヤツらの情報を幾分か入手する事に成功した。
白鳥のスマートフォンには、
直接そのリーダーと連絡を取ったメールが残されていた。
殺害計画のリストも残っており、そこから
次の暗殺対象になっていたうちの1人である彼女を特定した。
偶然にもロックハンドの内垣外が
通っている高校の学生だったため、
彼に任せようかとも試案したが、
標的の彼女はターゲットとしての属性がこれまでとは違う。
故に、いくら相手の組織が不利な状況にあるとは言え
戦力を増強させるという事も考えられたので
福島在住の数宝にも頼んでおいた、という訳だ。
・・・私の判断はやはり正しかったようだ。
『ところで、アブソリュート・アーツ社へと潜り込んでいたヤツから
得られた情報は他にどんなものがあったのですか?』
電話の向こうの数宝が訊く。
「主な情報源は白鳥のスマートフォンのみなのだが、
他の有益な情報はほとんど手に入っていない。」
「ヤツらはいずれこうなる事を予測して・・・?」
「私もそう考えたのだが・・・。
しかしそうなるとメールが残っていた事は不自然だ。
それに加え、
捕えた直後の白鳥の様子が変だったのも気になる。」
あの夜、彼は一切抵抗することなく警察へと引き渡され去っていった。
まるで、他の策があるかの如く・・・。
『・・・つまりは、その白鳥っていうヤツを捕えさせたのは
エクソルチスムスの策略という事ですか?』
「その程度は計算に含めなければならない、かもしれないな。
話を戻すが、白鳥のスマートフォンからは他に
ヤツらの本拠地らしきものへと至るための手がかりが見つかった。」
本拠地の所在が明確に記してあったのではないが、
過去のメールの履歴を見る限り、
都内の指定エリア圏内というところまで特定が進んでいる。
現在、警察が大規模で調査を進めているところだ。
当然の事、メディアや無関係者には公表できない情報であるが。
『数日前にも言いましたが、
あの澄田 麗華っていう女に聞く方が早いのでは?』
「今回、彼女が暗殺の標的にされていた、という件から、
彼女は組織と協力関係にあるとは考えにくい。
確かに彼女を問い詰めれば答えは出てくるであろうが、
主犯は兄の方だ。
家族の事を無理やり吐かせるような精神的に追い詰める行為を、
無実の人間に仕掛けるのには気が引ける。」
いくら暗殺者の妹とは言えども、無実の人間に手は出せない。
「まぁ、気になる動きは多少あるが、ヤツらの最期は近い。
後は警察の方で居場所を突き止められればどうにかなる。」
ヤツらが消えれば・・・私の計画は進度を上げて
進行させる事ができる。
ついに・・・私の計画が本格的に動き始めるのだ・・・。
『そう言えば、今朝、サイバーセイバーという
例のゲーム荒らしと戦闘がありました。
これで2回目になりますが。
そこでちょっと驚くべき事が・・・。』
「驚くべき事・・・?」
『はい・・・そのサイバーセイバーっていうヤツの戦闘方法なんですが、
ビーム砲を逆噴射して自身の移動に使うという、
ロックハンドのモガナと酷似した技を使っていました。』
あいつと同じ技を使うだと?
『もちろん、ロックハンドのモガナほどキレはありませんでしたが、
あれは常人にできる技じゃありません。
無理ゲーレベルのコマンドが必要ですよね?
それを考えると、セイバーのプレイヤーは
操作テクニックも高いと考えた方が良いです。』
なるほど・・・。
正体も掴めず、プレイングも上等と考えると、
なかなか手強い相手だ。
「了解した。
近々、操作プレイヤーの特定が可能となるシステムを導入する予定だ。
それによってどうにかこちら側でも身元の特定を急ごう。」
現在、不正プレイヤーが
私の計画の邪魔になるような事は仕掛けてきていないが、
いつ排除対象になるか分からない。
それに正体が分からない、という状況も気持ちが悪い。
今までは泳がせてしまっていたが、
ようやくその正体を知る事ができそうだ。
―――――その頃、龍星は―――――
「おい・・・澄田。」
今日の授業は終わり、既に教室からは人が減っていた。
俺は帰り支度を始めようとする隣の席の澄田の事を
隙を見て呼び止める。
澄田は驚いた様子でこちらを見た。
打ち解けたかに思えた澄田とは
相変わらず普段の教室では話す機会がなかった。
知り合う以前と大して変わらない状況だ。
だから、こういう状況に澄田が驚くのも無理はない。
・・・一日中、例の作戦について考え続けていた。
俺の身に降りかかる危険、澄田の気持ち、
そして、この作戦を実行する意味・・・。
それらを全て考慮し、俺は選択をする。
「俺は・・・お前の作戦について少し疑問を持っていた。」
隣の席の澄田の表情が突然曇る。
が、俺はそれを確認し、言葉を続ける。
「お前は・・・この解決策を好んで選んだのか・・・?」
「私は・・・。」
澄田は言葉に詰まり、視線を落とした。
「兄さんを殺害したいっていうのは、
せめて兄さんの気持ちだけでも助けたい、という現れだろ。
警察に捕まって、死ぬまでその稀な病気で苦しむよりは、
楽に殺されれば良い、という判断だったな。
だったら・・・。」
少しの間、沈黙が続いた。
すると澄田がふと視線を上げ、その瞬間に俺もそれに目を合わせる。
「助けよう。鏡夜さんの身も、気持ちも。」
俺はまっすぐに澄田を見据え、諭すように言った。
だが、彼女の顔は不安な表情のままだ。
「助けるって・・・どうやるんですか?」
「鏡夜さんの事を・・・説得すれば良い。
そうして最後まで生きてもらうんだよ。」
「説得って・・・そんな事が出来れば苦労していませんよ・・・。」
彼女が呆れたような顔を見せる。
「昨日、お前の事を殺しに来たヤツがいたんだろ?
話を聞けば鏡夜さんもお前を楽にしようと思って
刺客を送ってきたそうだな。
その時お前はどう思った?
殺されるのは・・・お前も嫌なはずだ。
それに、兄を殺すのにも抵抗があるんじゃないのか。」
俺は澄田の目から視線を逸らさずに続けた。
少し考えれば、一番の解決策は戦わずして済ませる事だ。
俺が単独で交渉に行くのには無理があるが、
実の妹である澄田を連れていけば、多少なりとも希望はあるはず。
「殺される・・・殺すのは・・・。」
すると突然、ただでさえ小さい澄田の声がさらに小さくなった。
俺は黙って耳を澄ます。
「すいません・・・私は・・・」
声は俺でも聞き取りづらいほどにまで小さくなり、
澄田が俯き沈黙が続いた。
ふと教室内を見回すと、他の生徒は既に消えている。
残っているのは俺と澄田だけだった。
「私は・・・」
10秒ほど経過しただろうか。
澄田が再び俯いたまま口を開いた。
「どうした?」
あまりにも澄田の様子が変わってきたために、
俺は一度声を掛けた。
無理もない。
兄と殺し合うような関係になる事など一般人にはあり得ない。
澄田が少し普通とは違う人間だとしても、
彼女が現在感じている辛さは計り知れない。
すると彼女は素早く道具をまとめ、肩下げカバンを持って椅子を立った。
「龍星さん・・・作戦は私一人でも実行します。
嫌なら無理に参加する必要はありません。
でも・・・1つだけお願いがあります。」
澄田は背中をこちらに向けたまま続ける。
「作戦実行の前日、今度は和也さんも入れて
4人でカラオケに行きませんか・・・?」
★第16話★ 「自己の喪失感」 完結