★第14話★ 本格化する悪魔祓い
★第14話★ 「本格化する悪魔祓い」
「さて、じゃあ次の曲でシメにしますかあ!」
今日は火曜日。
瑠璃川の家での作戦会議から3日が経っていた。
瑠璃川の提案により、今日は学校帰りに
俺と澄田と池田を含めて
4人で駅前のカラオケ店舗に来る予定になっていた・・・。
そのはずだったのだが、
昨日の時点では池田は例のパソコン部3年の不審人物、
内垣外 奏修に接触できなかったらしく、
今日はそちらの要件でカラオケには来られなかった。
・・・話を聞いた限りでは、
作戦を実行する仲間にはしづらい雰囲気ではあるのだが。
という訳で、現在は俺と女子2人で2時間歌い終わるところである。
しかし、分かりきってはいたがある問題が発生した。
当初、瑠璃川がほぼ無理やり連れてきた澄田は、
絶対に行きたくないという事をいつも通り弱々しく宣言していたはずだった。
が、強制的にカラオケ部屋に入れられ、
設定してあった大きめの薄型テレビの画面を3、4秒ほど見つめると、
澄田の例の特性が発動してしまったのである・・・。
「よぉぉし!私が最初に歌うから
その間にコーラ頼んどいてー!」
普段気さくな様子を見せる瑠璃川も、
静か、というか普通はほぼ誰とも話さない気弱そうな澄田が
大声で身振りを付けて歌っている姿を見ると、
さすがに最初の数分は驚きで言葉を失っていた。
が、すぐに慣れたようで女子たちはお互いの順番の際には
一緒になって騒ぎ始めた。
2本のマイクが互いに呼応し合い、キィィンという高音のノイズが
ものすごい頻度で発生する。
俺は聴覚が普通の人よりもかなり優れているから、
近くでうるさい音を発せられるのには異常に不快さを感じる。
これは拷問以外の何物でもない。
2人の採点の点数は、毎曲とも全国平均点を余裕で下回り、
通常ではほとんど出る事のない10点台といった
奇跡の数値を出すという快挙も成し遂げた。
一応、俺のシンギング・ウォーズのICカードをスキャンして歌わせているから
採点の点数がそのままゲーム中のポイントに変換されていくのだが、
これでは効率が悪過ぎる。
俺には天井の左右に設置されているスピーカー2台が
必死に悲鳴を上げているように感じた。
そして、俺の役目はそのスピーカーのご機嫌を取る事だった。
女子達が叫び終わった後に、俺の綺麗な音楽を定期的に流す。
俺が歌い出すと、賑やかな女子2人も黙って俺の歌を聞き、
曲が終わると、声を張り上げると共に拍手を送ってくれた。
カラオケ四天王の1人である俺に使われるカラオケの機器は
さぞかし幸福に感じている事だろう。
・・・今は浩介が抜け、和彦は亡くなったから
四天王は崩れたも同然だが。
・・・待てよ?
俺はふと気付いた。
約2週間前、カラオケ四天王の4人でカラオケに来た部屋は
ちょうどこの部屋だった・・・。
俺は瞬時にその際の4人の座り方の配置が脳裏に蘇り、
幻覚のように俺の目に2週間前の様子を映した。
が、それは懐かしさを帯びたような綺麗な思い出ではなく、
俺に奇妙な寒気を感じさせるものだったのだ。
あの時・・・四天王を抜けると宣言した浩介は
異常なまでにこの殺人事件が頻発する現状を恐れていた。
そして今思えば、俺を含めた他の四天王3人を
どうにかしてカラオケから離そうとしていたように思える。
・・・もしかすると、浩介は・・・?
「さーて!帰ろうか!」
俺がふと我に返ると、瑠璃川は白いコートを羽織い、
澄田は水色のマフラーを巻き付け、2人とも帰り支度を進めていたところだった。
いつの間にか彼女たちがしみじみと歌っていた曲は終わっていた。
「龍星、何か顔色悪いよ?」
瑠璃川が俺の様子に気付いたようだった。
先ほどまでの激しい様子とは裏腹に、優しい口調で問い掛けてきた。
余計な世話だ・・・。
「いや・・・お前らの歌があまりにも下手でな。」
どうにかごまかそうと試みる。
彼女らに余計な心配を掛けるのには気が引けるからだ。
「ちょっと!私たちの歌声のせいなワケ!?
酷いでしょ!」
「俺は一般人よりも耳が良いんだ。
お前らよりも騒音には敏感なんでな。」
「騒音ってオイ・・。
麗華ちゃんも何か言ってやってよ!」
澄田は帰り支度を済ませ、広告の流れているテレビ画面を眺めていた。
瑠璃川に呼ばれて視線を移す。
「あ、うん・・・もう時間だから早く出ようか。」
澄田はテレビ画面を見ていたから
確実に例の凶暴モードだったはずなのだが、
普段通りの小さめの声で催促してきた。
「えっと・・・確かに追加料金取られたらヤバいもんね。
ほら、さっさと準備しなさいよ!」
若干、不機嫌になっている瑠璃川に指摘され、
俺は急いで自分の黒いリュックに荷物を詰めた。
受付で料金を支払い、カラオケ店を出ると、
外はもうすっかり暗くなっていた。
今日はもう11月。とっくに日は短くなっているから
現在の6時半を少し回った時刻だとその明るさは夜中とそう変わらない。
「私たちは駅だけど、龍星は?」
瑠璃川が訊いてくる。
「俺は市内生だから、方向は違うな。
今日はさよならだ。」
俺はそう言い、並び立っている彼女らに背中を向けて歩き出す。
「また行こうねー!」
おそらく背後で瑠璃川は手を振っている。
そんな気がしたが、今の俺には振り返す暇はない。
彼女たちから死角になる角まで来ると、俺は急いで走り出した。
目的地はもちろんのこと北川高校だ。
浩介はサッカー部に所属しているが、サッカー部はなかなか厳しい部活だから
冬場でも毎日7時まではグラウンドで活動をしていたはずだ。
あらかじめエクソルチスムスのメンバーだという事が分かっていれば・・・。
俺にはヤツが過ちを犯す前に何か出来る事があるかもしれない。
駅前から学校までは2kmちょっと。
俺は一応体力にはある程度の自信があるから、
この距離ならば全力疾走しても問題ない。
暗い通りをひたすらに走る。
帰りのサラリーマンなど数人が隣を通り過ぎていく。
・・・間に合ってくれ。
というよりは俺の思い違いであってくれ、と願うべきか。
11月に入り冷たさを増す風が俺の顔を勢い良く撫でていく。
すると、俺が追い越した歩行人の中に見覚えのある横顔が一瞬移った。
俺はふと立ち止まり、チラッと後ろを見る。
「おぉ!誰かと思えば龍星じゃねぇか!」
中学まで同じ学校だった漆原 浩一だった。
暖かそうな分厚いベンチコートを着て手袋を着けている。
おそらく帰り際であろう。
「悪いな、今は急いでいるんだ。」
「あぁ、だろうな!またな!」
浩一が笑いながら手を振っている。
俺は軽く手を振り返し、すぐに再び学校へと急いだ。
―――――その頃、龍星と別れた女子2人は―――――
2人は電車通学のために、帰りは駅を利用する。
が、2人は駅の入り口前で立ち止まり、何やら話し込んでいた。
「瑠璃川さん、今、なんて言いましたか・・・?」
澄田は先ほどのカラオケでの様子とは一変して大人しくなっていた。
が、瑠璃川の言葉に驚いたらしく、再び声のボリュームを上げた。
「いや、だから、麗華ちゃんのお兄さんなんでしょ?
私は・・・人を殺すってのは
どんな場合でも駄目だと思うんだ・・・。」
瑠璃川が気まずそうに視線を下げながら言う。
「やっぱり・・・お兄さんは自分の犯した罪を償うべきだよ。
ちゃんと警察に申し出て。
もしも私たちが本当に殺しちゃえば、お兄さんには償う機会がなくなる。
それに・・・麗華ちゃんは自分で殺害の責任を負うって言ってたけど、
この間ウチで細かく立てた計画だと麗華ちゃんが捕まる事になるんでしょ?
お兄さんにも、麗華ちゃんにとっても不都合な作戦だと思うよ・・・。」
いつもは元気な瑠璃川も、今は様子がおかしい。
「・・・そうなれば兄は苦しむだけです。
残り少ない余命を言い渡された今、兄は罪を償う時間なんてない。
私はいくらでも早く楽にしてあげたいんです。」
夕方で大勢の学生や会社員が通る駅前だから2人の声は掻き消されているが、
警察が駆け付けるレベルの話題である。
「瑠璃川さん、すみませんでした・・・。
何もあなたを無理に危険に合わせようとは思っていません。
すぐ私たちの作戦チームから抜けてください。」
「そういう問題じゃない!
もし、仮にお兄さんを殺したとして、その後に後悔しても遅いんだよ。
私は・・・麗華ちゃんの行動に対して納得できない。
もしも麗華ちゃん達がそのまま作戦を実行するっていうなら・・・」
瑠璃川は突然、澄田の目に視線を向ける。
「麗華ちゃんのお兄さんの事、警察に通報する。」
瑠璃川は目を細めて澄田を睨んだ。
澄田は驚いて素早く視線を逸らす。
「・・・駄目だよ、そんな簡単に人を殺すのは・・・」
瑠璃川が独り言のように呟くが、澄田は何も答えない。
「・・・いきなりごめん・・・ね。
でも私はお兄さんもだけど、麗華ちゃんも許せないかなって思ったから。」
瑠璃川が表情を和らげて澄田を見据えるが、
澄田は下を向いたまま動かない。
それを見て瑠璃川は澄田に近付き、両肩に手を乗せた。
・・・と、そのときだった。
突然、人が行き交う駅前に広範囲の閃光が走った。
下を向いていた澄田はそれに素早く反応し、
しゃがんで瑠璃川に身体ごと覆い被さる。
先ほどから賑やかだった駅前は、更に騒がしくなっていた。
大半の人は目を両手で押さえ、膝を付いて倒れている。
「邪魔だ!どけ!」
叫び声や悲鳴の隙間から男性の太い声が聞こえた。
澄田は顔を上げ、その声が聞こえた方向を見る。
彼女は閃光が光る直前に目を閉じていたために、
それによる視覚への干渉はなかった。
「きゃっ!」
「がっ!!」
視覚を奪われた通行人たちを蹴り飛ばしながら、
一人の人影が澄田へと近付いてくる。
澄田はそれを見て、覆っていた瑠璃川から離れ、立ち上がった。
そして急いで制服のポケットからスマホを出してその電源を入れる。
すぐに画面が点灯し、彼女はそのロック画面を見つめ始めた。
迫る男の人影は澄田と5mほどの距離を取り、止まった。
「お前が澄田 麗華か。
俺はエクソルチスムスの上級幹部、神無月 暦。」
澄田はスマホから目を離し、神無月の全体を見据える。
神無月は180cm越えの高身長なために
これまで見てきたエクソルチスムスのメンバーとは迫力が違った。
肩から足まで黒いローブで身体部分を隠しているのも
不気味さを増大させている。
「上級幹部だかがここに来たって事は、
私に用があるんだろうなぁ?」
澄田はスマホを制服の元のポケットへと閉まい、
瑠璃川との立ち話の際に横のベンチへと置いていた肩下げカバンから
例の強力スタンガン、”デス・コンビクション”を取り出した。
すかさず、右前腕へと装着する。
「鏡夜様から伝言だ。
お前を今後苦しませる訳にはいかない。
よってこの場で神無月によって処刑させる、との事だ。」
澄田は一瞬、身体を震わせた。
自分の兄が、自身が計画していた事と同じような事を計画しているとは
思ってもみなかったのだ。
「・・・あぁ。
伝言はちゃんと受け取ったよ。
だが、処刑を実行できるか否かは分からないけどな!」
澄田は大サイズのスタンガンで隠れた右手で、そのトリガーを引いた。
バチバチッと電気が通っているような音が鳴る。
「フッ、お前の攻撃方法はそれか。
エクソルチスムスの団員に密かに調査させていたんだが、
お前と戦闘してちゃんと帰ってきたヤツはいなかったからな。
やっと本物を見る事ができたぜ。」
神無月と名乗る長身の男が素早くローブから出した右手には、
団員がよく扱っているバタフライナイフが握られていた。
「って事は、私の相手をする準備はちゃんとは整っていないという訳か。
残念だったな。」
澄田は彼のナイフを見て、流線型のスタンガンを前に突き出す。
「準備なんか必要ない。
その場その場で目の前の状況に対応できる策を練るだけだ。」
「それだと私には勝てないと思うけど、大丈夫かい?」
澄田の武器は高圧スタンガンである。
命中すると電撃が標的の体中を走り、自由を奪う。
当然ながら、命中してから策を練っては遅過ぎるというものだ。
「だいたいこんな街中、よりにもよって駅前で戦闘挑んでくるとか、
馬鹿なのか?
お前はこのまま警察行きになるぞ。」
澄田は不自然な笑みを浮かべながらそう言った。
「我々の行動はだいぶ警察の方でも把握されてきているようでな。
最近は妙に同志が捕まっているんだ。
しかも、アブソリュート・アーツ社に潜らせていた団員は
3日前に連絡が突然途切れた。
・・・もうエクソルチスムスの寿命はそう長くはない。
それを受けて鏡夜様は急いでおられるのだ。
もはや自分たちの行動を隠しているような暇はない。
いや、今や隠す必要はなくなった、と言えば良いだろうか。」
澄田は神無月の言葉を訊き驚いた。
エクソルチスムスのメンバーが
警察に捕えられたというようなニュースは、報道されていなかったはずだ。
・・・なるほど。
この緊急事態だから政府が意図的に情報を管理しているのか。
そういう事なら、私も急がないと・・・。
「さて、来ないなら・・・こっちから行くぞ!」
神無月は右手のナイフを構え、突如、地を蹴った。
澄田との距離を縮めていく。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
・・・ヤツの言う事が事実であれば、現在組織は国によって追い詰められている。
と、なれば強者を私のもとに回してくるというのはおかしい話ではないから、
今目の前にいるヤツは自称上級幹部、とは言えど油断はできないか。
私は右手を覆うように装着されたスタンガンのトリガーを思いきり引き、
迫ってくる神無月の身体正面へと突き出した。
ちょうど彼の腹部に命中する位置である。
・・・普通ならば相手はこれを見れば左右いずれかに避けようとする。
だからその避けた相手の顔を目掛けて右腕を振り上げれば
相手の顔の皮膚へスタンガンが接触し電撃が走る。
この電撃により少なくとも相手は俊敏性が落ちる。
「食らえ!!」
「・・・おっと!」
神無月は私の考えた通り、その突き出されたスタンガンを見て、
一瞬怯んだ。
が、すぐに視線を上げ、
そのまま身体の向きを変えずに突っ込んできたのだった。
「・・・なに?」
ヤツがこのまま腹部に電撃を浴びれば
服越しとは言えど電撃を食らう事になる。
・・・何を考えているんだ。
「フンッ!!」
神無月の腹部にスタンガンの先端が当たった。
と、同時に私は神無月の追突による自らの右腕へのダメージを抑えるために
後方へバックステップを切った。
コンクリートの上に両足で着地する。
神無月はスタンガンが命中した直後、その場で素立ちのまま静止している。
「・・・。」
神無月は自分の腹の感覚を確かめるように腹をさする。
まるで何事も無かったような様子だ。
「お前、スタンガンが命中しなかったのか?」
いや、確かに当たる感覚はあった。
では、なぜヤツは平然としている・・・?
「・・・やっぱりコイツは有能だ。」
神無月はふと気が付いたように自身が羽織っているローブに触れた。
それを見た瞬間、私の脳は軽い痛みを覚えた。
「これは防弾ローブだ。
が、材質にゴム素材を使用しているらしくてな。
そのせいで電気が流れづらくなっているんだろう。
ちなみに、この手袋も防弾素材になっている。」
「チッ!・・・厄介だな。」
私はすぐに理解した。
今回の相手には自身の慣れた武器であるスタンガンは通用しない。
生憎、私はスタンガン以外の武器は所持していない。
スタンガン対策をしているような敵には出会う事がなかったからだ。
・・・自慢の武器を封じられた今回は、私の応用力が試される事になる。
「残念・・・だな。
まぁ、今のステップの様子を見るとお前はだいぶ素早いから
ある程度は楽しめそうだが!」
神無月はそう言い終わるが早く、ナイフを振り下ろしてきた。
私は180cm以上の長身から放たれる斬激に反応し、
右手のスタンガンで弾いた。
・・・スタンガンでナイフに電撃を流したところで、
ヤツが装着している手袋もゴム素材だとすれば、
電流は流れにくくなる。
唯一電撃が有効な箇所は、皮膚が露出している「顔」だけだ。
どうにかそこを狙うしかない。
「油断は禁物だぜ?」
次の瞬間、右頬に痛みを感じた。
急いでバックステップを切り、敵との距離を取る。
左手で頬を軽く撫でると、指には血が付いていた。
顔には浅い切り傷が入ったらしい。
「く・・・いつの間に?」
神無月の方を見ると、その様子に思わず息を飲んだ。
彼の右手だけに握られていたはずのナイフは、左手にも握られている。
更には両手のバタフライナイフを指先でスムーズに回転させ、
余裕を見せている。
「俺がなぜ上級幹部なのか、考えた方が良いぜ?」
神無月は再び距離を縮めてくる。
―――――その頃、岡本 龍星は―――――
学校が見えるくらいまで走ってきたとき、
俺の目に最初に入ってきたのは赤い光だった。
それは、パトカーの赤いテールランプ。
すっかり日が暮れた住宅街を明るく照らすその光は
当然の如く俺を焦らせたのだった。
どうか、浩介には・・・無縁の用であってほしい。
そう願いながら辿り着いた北川高校の校門入り口。
まず確認できたのは、先ほどの赤い光は
パトカー2台から発せられるものであったという事。
・・・だがまだ、俺の悪い予感が的中したという確証はない。
「あぁ、岡本さんじゃないですか。」
学校の敷地内部から校門へと近付いてきたのは池田だった。
今日は例の用事があって学校に残っていたという訳だろう。
「浩介・・・なのか!?」
俺は軽く息を切らしながら池田に尋ねる。
第一声がその質問なのには池田も驚いた様子で返答に応じた。
「えっ・・・何故、それを?」
「そうか・・・。
ふと思い出したんだ、浩介の気になる言動を・・・。
あのうるさい女子らと歌っていた時にな。」
「確か・・・彼はカラオケ四天王、でしたよね?
大事な友達だったんですかね・・・?」
池田の言葉を聞いた直後、俺の脳内から無意識に言葉が出てきて、
それはほぼ自動的に口から吐き出された。
「ふ・・・フザけるなよ!!」
大事な友達・・・だと?
そんな人間は俺にはいない!!
友達だと思うから失ったときに苦しむ事になるんだ。
だから俺は友達という言葉には敏感だ。
そう簡単に容易くその言葉を使いたくはないし聞きたくもない。
「・・・岡本さん?」
気が付くと、俺は呼吸を乱していた。
ここまで走ってきたせいだというのもあるが、
到着してから息がさらに上がっている。
「あぁ・・・・今のは・・・・気にするな。
浩介のヤツは今、どこに?」
「え、ええと、警官に囲まれて校庭の入り口に・・・・」
「あれぇ・・・?」
そのとき、池田の背後の方から突然声が聞こえてきた。
見るとテールランプに照らされて人影が近付いてきている。
池田も気付き、後ろを振り返る。
「う、内垣外さん!」
その内垣外と呼ばれた人間は立ち止まり、
俺の方をジッと眺め始めた。
身長はおそらく170cm後半で、細身の体型だ。
髪は短髪で、ワックスか何かでトップ周辺を立てている。
目付きが少し悪く、なぜか奇妙な笑みを浮かべている。
「へぇ、この人が例の岡本 龍星君か。
2年生が自分たちで名乗っている
カラオケ四天王とかのメンバーだっけかねぇ・・・。」
内垣外はポケットに両手を入れて背筋を伸ばし、
俺を見下ろして言った。
「悪いけど、武土井君って人は俺が仕留めさせてもらったよ。
急に刃物持って襲い掛かってきたんだ。正当防衛だよねぇ?」
・・・この人が、武土井を倒したのか?
武土井は体格が良く、野球部で鍛えているから力も強いはずだ。
しかも、例によってナイフを持って襲ってきたとなると、
どう見てもこんな細身の人間が勝てる相手だとは思えないが・・・。
「はい・・・まぁ・・・。」
俺が抱く内垣外の第一印象としては、不気味な顔よりも”声”だった。
低いわけではなく、かと言って高くはないが
よく響いて聞き取りやすい声質である。
「先輩は・・・何かスポーツをやっていたのですか?」
背はそこまで巨大ではないが、足が一般人よりは長いように見える。
しかし、池田と同じくヒョロッとした体型だから、
明らかに誰かと素手で戦闘するようには見えないのだが・・・。
「お前、いきなりスポーツトークかよ。
俺はスポーツは基本好きじゃないねぇ・・・。
ゲームは大好きだけど。」
内垣外は笑いをこぼしながら答える。
「ゲーム、というと
シンギング・ウォーズはもちろんプレイされていますよね。」
俺はそう聞き返して、ふと気付いた。
この変な口調のプレイヤーは、どこかで見た事があるような気がする。
間違いなくシンギング・ウォーズ中だった。
「それは当然だねぇ・・・。
俺はゲーム中の上級ランクプレイヤーだから。」
「えっ、そうだったんですか?」
池田が横から首を突っ込む。
同じパソコン部の池田も
今年の春の内に部を引退した内垣外の事情はあまり知らなかったようだ。
「もしかして・・・ロックハンドのリーダー、ですか?」
俺には突然記憶が蘇った。
シンギング・ウォーズの公式サイトで紹介されている
上位20位に毎週のように入っている上級パーティ。
俺は以前、そいつらと戦ったのだった。
「よく分かったねぇ。
って事は、君は俺らと戦った事があったのかねぇ?
アバターの名前は?」
「クリエイター・ノヴァ・・・です。」
まさか、あんなゲーム上の有名人物が同じ高校の先輩にいたとはな。
「知らないねぇ・・・。
俺らみたいになると、上級者同士でだいたい面が割れるから、
まぁお前がそこまで強くないのは分かったよ。」
内垣外は少しガッカリしたような様子を見せる。
コイツは、初対面で他人の事を堂々と貶すのか・・・。
しかし、ヤツの実力はその自信通りのものだと言っても過言ではない。
全国には学校に行かずに
シンギング・ウォーズを極めているプレイヤーがいるというのに、
この進学校に通いながら全国ランキング上位に食い込むほどの腕だ。
俺を見下すのも無理はないだろう。
「そう言えば、和也から例の作戦について色々聞いたんだけ」
内垣外がそう言い掛けた時だった。
俺は校門の外側の方、つまり俺の背後から人影が近付いてくるのが分かった。
池田と内垣外も気付いたようで、彼の話は途切れた。
「武土井 浩介は・・・どこだ?」
その人影は俺らの10mほど手前で立ち止まった。
パトカーのランプに照らされ、その容姿がくっきりと浮かび上がる。
相手は男性、北川高校の制服を着ているが、
俺にはその顔に見覚えはない。
おそらく、1年か3年生だろう。
「悪いけど、俺が捕まえて警察にあげちゃったよ・・・。
まぁ、お前もすぐにそうしてやるから安心しろ。」
内垣外が俺と和也をかき分け、前に出てきた。
「そうか。ならば俺も戦う理由があるってもんだ。」
その男子生徒は背負っていた大きめのリュックを下すと、
チャックをゆっくりと開けた。
すぐにその中へと手を入れ、内部から収容物を取り出したとき、
俺は思わず固まってしまった。
そのシルエットは、伐採用電動チェーンソーの持ち手だった。
「俺の名は、師走 玲人。
まだ高3だが、エクソルチスムスの上級幹部に指定されているんだ。
今までお前らはナイフを持った団員としか出逢った事はないだろうが、
俺はそれらとは少し違うぞ?」
師走と名乗った北川高校の男性は
チェーンソーの左右に折り畳んでいた刃を
ボディのフロント部分へとスライドさせた。
そして手際良くその回転刃へとチェーンをかける。
市販のチェーンソーとは形状が違い、
殺害用に作られた武器だということが安易に予想できる。
持ち運び用バッテリー搭載の折り畳みチェーンソーなんか見た事がない。
「お前、それで勝ったつもりか・・・。
はぁ・・・足りないねぇ。」
内垣外は通常時の不気味な笑みを増大させ、
相手の右手に握られた凶器を見つめる。
「う、内垣外さん、まさかアレと素手でやり合うつもりなんですか!?」
池田が内垣外の背後から驚いたように訊く。
「だって武器っぽい武器持ってないもんねぇ。
仕方がないよ。」
・・・コイツ、一般人とは感覚が明らかに違う。
見た目通りの不審者だ。
「じ、じゃあ僕は向こうにいる警察を急いで呼んできます!」
「いや、怪我人出したくないからねぇ。
俺だけで相手してやるよ。」
考えれば、今は学校内に警官が数名いる。
彼らに対してチェーンソーを振り回しでもすれば
普通に拳銃を発砲されて終わりだろう。
「・・・どうか、時間稼ぎを宜しくお願いします!」
池田はそう言って急いで校舎の方へと走っていった。
「あーあ・・・。俺の楽しみが。」
「お前は本当のバカだろ?こっちはチェーンソーだぞ?
武器なしで勝てるとか頭狂ってんだろ。
殺してやるよ!!ハッハッハッ!!」
師走が高らかに笑い出した。
「だって狂ってる方が、毎日、面白いからねぇ・・・。
ほら、来いよ?」
俺は目の前の異常な出来事に集中し過ぎて身動きができなくなり、
その場に立ち尽くすしかなかった。
―――――その頃、澄田 麗華たちは―――――
「・・・くっ!」
澄田は右肩を押さえて膝立ちの状態になっていた。
神無月の2本のナイフさばきはテクニカルで動きが読みづらい。
澄田は防御できなかった分の切り傷を身体に次々と負っていた。
「お前弱いな。
瞬発力と防御法には長けているが、他は全然だ・・・。
力という面で男性に劣るという理由で
相手を騙すような戦法を考えたのは褒めてやるが、俺には効かない。
まぁ女子だから仕方がない、か。」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
・・・私は性格を凶暴化させる事ができるという特徴を持っているけど、
あくまでも身体能力が増幅する訳じゃない。
筋力とかは女子のまま。
これまでは、加速を付けたり、素早い不意打ちを繰り出したりする事で
敵が男性でも互角以上に戦う事ができていたけど、
今回は相手が相手だけに通用しないという事に気付いた。
神無月は戦い慣れしている。
となると、こちらの不意打ちはだいたい読まれてしまう。
このままだと・・・。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「いったい・・・どうすれば・・・」
澄田は神無月に聞こえない程度の声量でそう呟く。
「ほら、鏡夜様は
お前の事を思って俺を回してきたんだ。
黙って殺されれば、お兄さんも喜ぶぜ?」
「私が・・・。」
「何だって?」
「私が・・・先に楽になる訳にはいかないんだよ!!」
澄田は突然立ち上がり、神無月に向かって走り出した。
「やけになったか・・・。」
神無月は軽くファイティングポーズを取る。
「おらあッ!!」
澄田は突如右腕のスタンガンを抜き取り、左手でそれを神無月の顔面へと投げ付けた。
神無月は少し意外な様子を見せたが、
何事もないようにナイフでそれを弾いた。
「それで、終わりか?」
ナイフを振り終わった神無月が油断したその瞬間、
勢いを付けてきた澄田の右足裏が神無月の腹部へと食い込んだ。
神無月は思わず目を剥く。
「ぐはっ・・・!?」
神無月が腹を押さえて前のめりになる。
澄田はすぐにスタンガンが弾かれた後の着地点を目掛けて転がった。
「・・・フザけんな!」
地面へと着地しそうなスタンガンを右手で掴んだ澄田の顔には、
すぐ前に神無月のつま先が迫っていた。
そのまま、神無月の蹴りを顔面に食らう。
「がっ!!」
澄田は手に掴んだスタンガンを咄嗟に離し、地面へと転がった。
うつぶせになったまま顔を両手で押さえる。
「この野郎・・・。
女子だからって油断したぜ・・・。」
神無月は倒れた澄田へとゆっくりと近付く。
「・・・終わりだ。」
神無月がうつ伏せの澄田の背中へとナイフを投げ付けようとすると、
突如、ナイフを握っていた右手を押さえ付けられた。
「何だお前?」
神無月の手を押さえたのは瑠璃川 琥珀であった。
冷めた顔で神無月の顔を睨んでいた。
「・・・やめてください!
このままじゃ麗華ちゃんが死ぬでしょ!」
「だから今は殺すための戦いをしていたんだろうが!
お前はバカか。」
神無月は容赦なく瑠璃川の腹部を蹴り上げた。
瑠璃川の身体が一瞬宙に浮いた後、背中から地面へと落ちる。
「うわ、痛ッ!!
女の子に暴力振るうとか最悪!」
瑠璃川は上半身を押さえて背中をさすり始める。
「コイツも威勢が良いな・・・。
まぁ、その余裕もすぐに消えるだろう。
目の前で友人を殺されればな!」
神無月は再びナイフを振り上げると、
瑠璃川の顔が瞬時に凍り付いた。
「・・・ん?」
神無月は異変に気付いた。
ナイフが握られた手にはまた誰かの手がくっついている。
神無月はふと背後を見た。
と、次の瞬間、彼は自身の左頬に激しい痛みが走る。
飛んできた拳のあまりの威力に顔の骨が軋む。
「何・・・だと?」
神無月は視界が揺れ、そのままコンクリートの地面へと頭から倒れ込んだ。
が、すぐに立ち上がり、その背後の気配との距離を取る。
「・・・はい計算ミス。」
そこには、青の皮ジャケットに黒いジーパンを身に付け、
髪を片方の目が隠れきるぐらいまで伸ばした、
少し猫背気味の男が、左手にカバンの持ち手を握って立っていた。
猫背なのもあり、あまり背は高くないように見える。
ジッと高身長の神無月を見上げている。
「何だ、お前!?」
「・・・邪魔なんだよ。僕の前に立ちやがって。
ただでさえお前のせいで乗っていた電車が止まり、
線路の上を歩いてきたから疲れてるというのに。」
猫背の男は不機嫌そうに喋り始めた。
「まぁ、たぶん今見た感じエクソルチスムスの団員だろ?
だったら僕の獲物だ。
時間を割いて相手をしても良い。」
そういうと、男は左手に持っていた黒いカバンに手を突っ込んだ。
神無月の視線はその男のカバンに釘付けになる。
先ほど思いの他、顔への強力な打撃を食らったせいなのか、
明らかに動揺している。
男の右手がカバンから出てくると、神無月が声を上げた。
「じ、銃だと!?」
神無月が驚く。
男の手には、黒い光沢を放つ銃が握られていたのだった。
5mほど離れて様子を見ていた瑠璃川も驚きで叫び声をあげた。
「いや、これは僕のエアガンだ。
実銃なんか持ってたらすぐ捕まるからな。」
男は笑みひとつこぼさずに、自らの銃に視線を向ける。
「驚かせるな!
おもちゃかよ・・・フザけやがって。
俺をからかってくれた礼にお前から殺してやるわ!
名前を教えろ。」
神無月は両手にナイフを持ち、構えた。
「僕の名前は・・・数宝 日向だ。
シンギング・ウォーズの上級パーティ、
マスマティクスのリーダーでもある。」
★第14話★ 「本格化する悪魔祓い」 完結