★第11話★ 不穏な影
★第11話★ 「不穏な影」
・・・澄田 麗華から真実を聞いた次の日、
俺は池田 和也に頼み、
彼が自作している武器とやらを見せてもらう事になった。
ちょうど彼の工作は、澄田から頼まれた依頼を果たすのに有益な情報だった。
その際、不信感を抱いた池田には、澄田から聞いた事を全て話しておいた。
勿論、澄田には既に許可を取ってあった。
・・・なぜ、この誰が敵なのか分からない状況で池田に詳細を語れたかと言うと、
ヤツの先日の昼休み中の取り乱し方は、
彼がエクソルチスムスの構成員ではない事を十分に示していたからだ。
ちなみに、澄田は北川高校のエクソルチスムスのメンバーについて、
手塚のことだけは同学年である故に知っていたが、それ以外は不明だと言う事だった。
・・・そして今は、その更に翌日にあたる。
今日は土曜日で学校は休みだから、直接池田の家へと訪ねる事になっていた。
学校のすぐ近くに埋められた手塚と和彦の死体については、
未だ何も情報は流れていない。
見つかれば俺も立派な容疑者だが・・・。
「・・・お邪魔します。」
俺は最寄駅から電車で15分ほどの池田宅に招かれていた。
彼の家は3階建ての一軒家で、広大な庭が家の周辺に広がっている。
池や、ベンチや、花壇などがきれいに配置された庭は、
何だか、池田のキザな性格を体現しているようだ。
チャイムを鳴らし、池田が玄関のドアノブを握って開けたところで
一般的な挨拶をする。
「両親は共に職場ですから、まぁどうぞ。」
池田は目も合わさずにボサッと呟いた。
見た感じ、池田は何だか俺の事が気に入らないような雰囲気を出している。
・・・それもそうだろうな。
いきなり一昨日とは180度気が変わって、
池田を利用する事になったのは俺も自覚している。
池田の部屋に案内されると、
12畳ほどの巨大な部屋に大きめの木製の机があり、
その上にはデスクトップ型PCと、
ノートPCがきれいに整頓されて置いてあった。
「お前の家も随分と裕福なんだな。」
俺はとりあえず池田の機嫌を伺って声を掛ける事にした。
「そうですか・・・そこに座って待っててください。」
池田はぶっきらぼうにフローリングの座布団を指差してそう言うと、
すぐに部屋を出ていった。
やはり不機嫌なのは確かなようだ。
・・・しかし、池田自作の武器とはいったい何なんだろう。
昨日、学校で聞いてみたところ、詳しくは教えてもらえなかった。
おそらく実験がどうのこうのとか言ってたから、
池田も俺を渋々利用するつもりなんだろう。
それならば互いの利害関係は一致しているから、むしろ好都合だ。
4,5分してようやく池田が戻ってきたが、
彼はなぜか何も持たない様子で戻ってきた。
「おい、例のものはどうしたんだ?」
「いや・・・都合上、屋上の設備に案内しようかと。」
まさか屋上まであるとは・・・。
俺は立ち上がり、再び池田の後を付いていく。
池田が廊下に並ぶ複数の木製のドアのうち
1つだけ明るい黄一色で塗られた派手なもののドアノブに手を掛けると、
そのドアが開いた。
中は薄暗く、長い螺旋階段が続いていた。
池田は無言のままその階段を昇っていくから、
俺もその後に続いた。
やがて上へ昇っていくと、再び黄色のドアがあり、
池田は静かにそのドアを開けた。
薄暗い螺旋階段に一気に外からの太陽光が差し込む。
屋上には、16畳ほどの平らなスペースが広がっていた。
だが、俺がまず目を奪われたものは屋上の広さではなく、
出るとすぐ目の前にあるまるで”掃除機”を少し大きくしたような機械だった。
「これが、そうだな?」
俺はその機械を見据えて訊く。
「それ以外考えられますか?」
池田はいつも通り、メガネのフレームを中指でクイッと上げる。
その掃除機は、4本足の四角いボディから
消防車のホースのようなものが4mほどうねりながら伸びていて、
その先端にはガソリンスタンドの給油機のようなものが付いている。
ハンドル部分はかろうじて銃に見えなくもないが、
総合的に判断したらどう見ても武器じゃない。
「これは、どうやって武器として使うんだ?」
「この本体部分には、後方のマイク部分から入れた音を
規則的な定常波に変換する機能があります。
それをガン部分から発射する事で相手の鼓膜を定常波によって刺激し、
激しい耳鳴り及びめまい、吐き気等を引き起こさせる事が出来ます。
僕もまだ実験した事はないのでシミュレーションの段階なのですが。」
・・・思ったよりも本格的じゃないか・・・。
敵のめまいなどはいずれも戦況を変え得る武器となる。
ただの『音』だけでこのような武器を作りあげた事を考えると、
勉強がほとんど駄目な池田でも頭の中は侮れないという事だ。
しかし、問題がひとつあるように思えるけど・・・。
「説明を聞いた限りだと、これは自動で撃てるものじゃなさそうだが、
使用者の耳は無事なのか?」
これを使う人間にもめまいがくるのでは
武器としては全く使えない。
「音は場所によって聞こえ方が異なります。
このガンの銃口の真正面に立つ相手への効果が最も大きい。
確かに使用者の耳にも定常波は届きますが、
使用者にはノイズキャンセリングヘッドフォンを装着させる予定です。」
「なるほどな。
だが、使用者がヘッドフォンを装着するとなると、
使用者自身の周囲の状況把握が難しくなるんじゃないのか?」
周りの音が聞こえにくくなるというのは、
敵を目前にして使う武器だということを考慮すると非常に危険にも思える。
「そんな事は分かっていますよ。
でも、ちょうど僕の方でサーモグラフィを搭載した
暗視ゴーグルをコイツと同時進行で作っていたんです。
あくまでも趣味のつもりでしたけど、
澄田さんの件を聞いて使えそうだと考えていました。」
「サーモグラフィを仕込んだゴーグルというのは、
いったい何に使えるんだ?」
俺が訊くと、池田は一瞬驚いたような顔を見せた。
すぐに真顔に戻り、メガネをいじる。
「岡本さんから聞いた話を元に作戦当日の状況を想定してみれば、
おそらく実行は夜中でしょう?
つまり辺りが暗いという事を考えると、無理に聴覚を確保しなくても
暗視ゴーグルさえあれば周囲の状況が視覚で掴めるんですよ。」
・・・そうは言っても、耳を塞いでいたら
いくら目の前がハッキリ見えても危険じゃないか?
「・・・まぁ岡本さんが何を言いたいかは分かります。
ヘッドフォンに無線を通す事ぐらいは容易いので、
小型センサーとマイクなどを取り付ければ潜入用資材としては十分ですよ。
つまり、分かりやすく言えば、
誰かが使用者の周囲を何らかの手段で把握して
リアルタイムでナビゲートするという事です。」
そんな本格的な装置がコイツは作れるとでも言うのか?
ならばエクソルチスムスの団員よりも
池田の方がよほど警戒すべき人物だろうな。
「お前は、その技術をどこで学んできたんだ・・・?」
「僕の父親が物理学科を卒業した後、企業で材料関係の研究職についているので、
素材はいくらでも手に入るのです。
材料が手に入れば、後はある程度の知識があれば自動的に完成します。
・・・欲を言えば自身にプログラミングの技術が欲しいのですがね。
そうすれば自立可動式ロボットとかも作れるんで・・・。」
「・・・お前、そんな頭があるなら勉強に精を出せよ。」
「昔から僕は興味が出ないと何事にも集中出来ないんですよ。
・・・ちょっと喋り過ぎました。
話を戻しますが、あの機械の使用者は岡本さんで良いですよね?」
・・・そこであらためて、
俺はこれから自分の命を掛けた戦いが始まるのだと自覚した。
再度、大きな掃除機のような機械を見下ろす。
不恰好な代物だが、これを利用しない限り
どう足掻いても殺人組織に立ち向かう事など出来る訳がない。
これは間違いなく、俺たちの希望だ。
「・・・あぁ。俺の”特殊な声”なら効果が上がるかもしれないからな。」
前にも話したが、
俺は喉から2種類の異なる波長の音を同時に出す
”うなり式ビブラート”という技を持っている。
これが定常波を作り出して相手の鼓膜を刺激するものならば、
その刺激は単純に2倍になる。
どうやって使うのかイマイチ分からない機械だが、
俺ならば少しは使いこなせるような気がした。
「・・・僕には何の事だか分かりませんが良いでしょう。
ナビゲーターは僕が務める事になるかと思います。
それと、僕はもう少し対抗メンバーを増やすべきだと思うのですが、
どうでしょうか?」
確かに、この2人と澄田だけでは、死にに行くようなもんだ。
相手は全国じゅうに散らばっている凶悪組織。
俺ら3人でその大首領を殺すには幾らなんでも無理がある。
ただ、だからと言って人を増やし過ぎればヤツらの耳に情報が入りかねない。
そうなれば作戦は即失敗となってしまう。
「ヤツらの仲間じゃない、と確実に証明できる人間なら問題無いけど・・・。」
自分でそう言ってみたが、裏切り者であった将棋部の手塚も、
特に変わった様子は見せていなかった。
当然の事だが、自分の正体を隠すような態度を取っていたように思える。
「・・・同じクラスの瑠璃川さんはたぶん大丈夫ですよ。
彼女はそもそも学校と家を毎日タクシーで行き来していて、
自宅のセキュリティも万全ですからね。
変な組織が付け入る隙は無いと思います。」
「そう言えば、お前はなぜ瑠璃川と仲が良いんだ?」
「小学校から高校までずっと同じ学校なんですよ。
家もここから15分ほどですし。
それに彼女はゲームが大好きなので話もよく合いました。」
すると、以前ヤツの手に触れた際に感じた”謎の冷たさ”が手に蘇った。
普段の明るい、というよりうるさい様子とは正反対の感情を帯びたような手。
あれは何だったんだろうか。
「アイツは・・・本当に病弱なヤツなのか?」
前々からの疑問点を池田に訊いてみる。
「・・・余計な事はこの際良いでしょう。お互いに。
とにかく、彼女にも澄田さんの件を相談してみようと思うのですが、
良いですね?」
「・・・あぁ、分かった。」
俺はここでふと気付いた。
池田は昨日、澄田の事を話してから俺たちに協力的だ。
今日の態度は始終不機嫌そうだが、
仮にも、今回は自分の命が掛かっている話だ。
そう易々と受け入れ、話を進めていくのは何故なんだろうか。
池田のイメージだと即行で断りそうなものだったが。
「それより、今日の本題です。
この機械の実験をしなくてはなりません。」
そうだった。
俺がわざわざ池田の家に足を運んだ理由は、
目の前の特殊な武器のテストプレイだった。
「お前、まさかこんな住宅街で実験するんじゃないだろうな?」
もし例の定常波の影響が住民に出たら、それこそ警察が駆け付けてくる。
少なくとも、民家の屋上で怪しげな音を出せば何かしらの通報が寄せられるだろう。
「もちろんですよ。
だから、瑠璃川さんの土地を借りる約束になっています。
詳しくは、彼女の家が所有している山です。」
金持ちは自分達の山までも持ってるのか・・・。
「瑠璃川さん本人は来ないと思いますが、許可を取ってありますから、
今からこれをその山に運んで実験をします。」
「・・・コンセントに繋がっているみたいだが、大丈夫か?」
「内臓バッテリーに充電しながら使用しているので、
20分程度なら電源無しでも可動しますよ。」
そう言うと、池田は屋上の屋外用コンセントから例の機械から伸びるプラグを抜き、
専用の大きめのバッグらしきものに機材一式を収納した。
その外見は至って普通のバッグになった。
ちょっと膨れ上がっているが、不自然な点はない。
俺たちは池田の家を出て、徒歩で30分ほどの山へと向かった。
―――――その頃、アブソリュート・アーツ社内では―――――
「もしもし、こちら伊集院だが、
例の音楽祭の件はどうなっている?」
伊集院は、シンギング・ウォーズ運営チームのデスクに備え付けの電話を使い、
ある人物と話をしていた。
今日は土曜日ではあるが、研究室内には沢山の研究員がPCを目前にして
忙しそうにキーボードを叩いている。
『ご心配なさらずに。企画自体は整ってきています。
ですが、やはりあの事件の影響でまだ表には出せませんねぇ・・・。
学校側に伝えても即却下ですよ・・・。
まったく、足りないねぇ・・・。』
電話の向こうの相手は、いかにも気だるそうに応答している。
「本当に、迷惑な連中だ。
ところで、北川高校内に潜伏している例の団員は何人ほどいるのだ?」
『俺が見つけた限りでは、現在、校内で4人ほどですかねぇ。
全員、警察に引き渡しておきましたよ。フフフフ・・・』
自然と漏れたような不気味な笑い声が聞こえる。
「4人・・・妥当なところか。
しかし都心から離れている岩手県にも団員がいるとは、不自然ではあるが。」
これまでの被害を考えると、
関東から東北までをターゲットにして動いているように思えるが、
範囲が広い事を考えるとかなりの大きさの組織である事は間違いない。
『いやぁ、俺の予想ではあと全学年に合計10人ほどはいます。
見分け方は簡単ですがねぇ・・・。
最初、紛れ込んでいる団員を見つけた時、
ヤツらの長の事を適当に貶しまくったら
まるで我を忘れたかのように襲ってきたんですよ。
勿論の事、ヤツらは長についての情報は漏らしませんでしたけど。
その時の慌てようと言ったら思い出すだけで面白いですねぇ。
しかも4人とも、武器は使い慣れていないナイフのみで、
足りなかったですがねぇ・・・。』
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長を貶すと・・・取り乱す、と。
つまりは、組織のリーダーが強大な実権を握っているという事か。
ならば少しは厄介だな。
裏切り者が次々と出るような組織であれば、
一つ一つのピースを確実に外していけば、やがて一枚の絵は綺麗に消え去る。
が、既に絵が完成した後に表面が接着剤で固められていれば、
そのジグソーパズルを壊し尽くすのには少々手間が掛かるものだ。
・・・しかし、その結束を利用し、
固まったパズルの額縁ごと燃やしてしまえば、
組織は簡単に根絶やしになる。
「・・・捕らえたヤツらから情報は何か聞き出せたのか?」
『どうしてでも口を割らないらしく、
警察も困っているらしいですねぇ・・・。
よほど組織の統率力が高いと思われます。』
やはり、そうか。
「分かった。以後も気を付けろ。」
『了解です。
あと、シンギング・ウォーズの不正ユーザーの件はどうなりましたかねぇ?』
「それが、いくら調査しても、
サーバーにハッキングの痕跡が見当たらないのだよ。
そればかりか、プレイヤーファイルさえも不明の状況だ。
シンギング・ウォーズではプレイヤーファイル無しでのプレイングは
不可能になっているのだがな。」
ここ最近シンギング・ウォーズ上で、不正に強い装備で、
公式サイトに表彰されている上級プレイヤーばかりを狙う厄介者が現れた。
ただ強いだけなのなら問題は無いが、対戦経験者の証言では
装備が異常なくらい強力なのだ。
それに加え、突然戦闘を挑んできては勝利と共に行方をくらますため、
その実態は謎に包まれている。
『それっておかしいですよねぇ?
開発側が個人のファイルを特定できないとなると、
ファイル自体を不正に作成し、
一度使った限りでプレイヤーデータを削除していると言う事ですか?』
「それは私も考えたが、カラオケ店舗で売られているICカードが無ければ、
そもそもファイル自体を作成する事が出来ない。
そこでカラオケ店舗の人間がIDを不正取得しているのだと思ったのだが、
ICカードから登録すると同時に、こちらのサーバー側に
そのプレイヤーのデータが登録されるシステムになっている。
だが、そのプレイヤーのデータが存在しないとなると、
別の手段を使っていると考えられるのだが・・・。」
私が今電話しているここは運営チームの部屋なので、
周囲に社内の人間が沢山いる。
勿論の事、内部に裏切り者がいるという事も十分考慮している。
もし裏切り者が私のすぐそばにいるという場合も考えて、
今はあまり深いところまでは話せない。
犯人の警戒を招き、事態の収束が長引いてしまう。
『とりあえず、俺はエクソルチスムスの人間の始末を進めますので、
伊集院さんはゲーム側のゴタゴタを早く収めてくださいよ・・・。』
「あぁ頼んだぞ、ロックハンドの内垣外 奏修。」
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★第11話★ 「不穏な影」 完結