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シンキング・ウォーズ  作者: まるマル太
第2章 見えざる世界変革者の出現
11/36

★第9話★ 裏切りの末に

★第9話★ 「裏切りの末に」





―――――俺がロックハンド3人組と対戦した翌日―――――




俺は昨日と同じように、朝7時前に家を出た。

道路にはまだ交通量が少なく、非常に静かな朝。




結局、昨晩のロックハンドとの対戦を踏まえ、これまでの方針を変え、

「装備の強化」を進める事にした。

ちなみに、防具や武器は

各フィールドエリア内の指定ショップで購入する事が可能。




・・・そして昨夜、俺がシンギング・ウォーズをプレイしていた頃に

アブソリュート・アーツ社の

シンギング・ウォーズ開発・運営部門第一責任者である

伊集院いじゅういん 雷人らいと氏がタクシーで帰宅中に

謎の黒服男2人組に襲われたというニュースを見た。


現場にはタクシーの運転手と黒服男1人の死体、

もう一人の黒服男1人が気絶した状態で残されていて、

伊集院氏の供述だと、黒服男2人がタクシーの運転手を殺害した後に、

誤ってお互いを攻撃し合い片方が死亡した、との事だった。

現場検証では伊集院氏が使った武器などは見つかっておらず、

彼の信憑性が高いということだ。


さらには、伊集院氏は黒服男達が「エクソルチスムス」という

組織ぐるみで動いているという事を、本人達から聞いたらしい。


・・・やっぱり、シンギング・ウォーズプレイヤーを殺害し、

ゲームを潰そうとしている組織は存在していた、という事だ。


おそらくこれからの調査で詳しく分かってくるだろうけど、

早く組織ごと潰してほしい。




俺の予想が正しければ、

おそらく組織の狙いはシンギング・ウォーズを排除する事。


シンギング・ウォーズプレイヤーを狙って殺害すれば、

だんだんとプレイヤーがゲームから離れていく。


そうなれば、カラオケの中毒者が減り、

現在問題視されている社会問題は解決される事になるだろうけど、

そんな事をされたら俺がプレイヤーの一人として被害を受ける。

シンギング・ウォーズは全国のプレイヤーと対戦することが

メインのネットゲームであるから、

プレイヤーがいなくなっては面白さが半減してしまう・・・。






・・・俺は学校に到着後、いつものように教室に入る。

と、すぐに今日は俺が一番乗りだということに気付いた。

普段なら俺よりも先に隣の席の澄田すみだが来て席についている。


・・・でも、今日はまだ来ていないようだ。

昨日から俺が普段よりも特別早く来るようになった、

というのもあるだろうけど。




背負ってきたリュックから市販の数学問題集を取り出す。

これは一応、旧帝大を見据えたレベルの問題集。

俺は将来のためにいくらでも出来る努力がしたいから

大学もせめて良いところには行きたいと考えている。


付箋を辿って、昨晩解けなかった数学の問題を頭から読み始める。

一度、絶対にこれは解けないと感じても、

時や場所を変えて再度見てみるとあっさりと解けるのはよくある事だ。


・・・昨晩はシグマ計算をまとめるのをミスったという自覚があったけど、

そこはすでに訂正してある。

でも、それは模範解答の答とは合わなかった。

どこか違う箇所に誤りがあるに違いない。

続けてリュックから白紙のA4用紙を3枚ほど取り出し、重ね、

問題の最初から解答を書き始めた。


すると、ちょうどその時、

普段通り、朝早い教室に澄田すみだが入ってきた。

青っぽい肩下げカバンのショルダーベルトに

両手を掛けて、俯きながら俺の隣の席へと向かってくる。


俺はチラッとそれを確認した後、すぐに手元に視線を戻し、

数学の解答を続けた。


澄田はすぐに席につき、机の上に自分のカバンを降ろした。

その時、カバンの底と木製の机の表面がぶつかり、

カツーンという固そうな音が2人しかいない教室へと響き渡った。

何やら、金属製のパーツがカバンの底に入っているようだ。

女子で金属製品と言えば、鏡や筆箱や弁当箱か・・・?




俺は気にせずそのまま問題を解き続けた。

そしてついに、昨晩、躓いた所へと辿りついた。

ここからが今日の勝負だ。

でも、次の瞬間、

ある出来事が俺の集中を削ぐ事になるとは予想できなかった。




「・・・リュウセイ・・さん・・・」

その声は、紛れもない、澄田の声だった。

いつもよりボリュームが若干大きかった。

隣を向くと、席についた澄田の顔がこちらをしっかりと向いていた。

肝心の視線は俺の机の上に向いているけど・・・。


「・・・。」

突然の出来事に俺は反応できない。

あの澄田がついに俺に話し掛けてきたんだ。

当然のこと、驚く。

驚いて、身動きが取れない。


「今日の帰り道・・・気を付けて帰ってください・・・。

 でも・・・警察を呼ぶ必要はありません・・・。」

澄田は小さい声でそれだけ言い残し、

彼女の手元の本に目を素早く移した。




・・・今のは、何だったんだ!?

俺は一体、何に気を付ければ良い?

まさか・・・例の組織の件についてなのか?


でも、俺は聞き返すような気にはなれなかった。


まず、突然俺に言葉を投げてきたのも衝撃だけど、

すぐ横に座っている彼女には、

何だか聞けないような雰囲気が漂っている気がする。

気のせいだろうが、さっきの短時間のうちに、

彼女の発言の裏には「何か」があると感じた。

これ以上、何も話してはいけない。話せない。


と言うか、話の内容よりも

今、目の前で起こった出来事が頭に染み付き、

その事実だけが頭を回り始める。

俺は気分が悪くなり、持っていたシャーペンを置いて椅子から立ち上がり、

廊下の隅に設置してあるウォータークーラーへと急いだ。


・・・俺は席から立つと同時に、

澄田が何を言っていたかを忘れてしまっていた。




























―――――約2時間後、アブソリュート・アーツ社内では―――――




伊集院いじゅういん君、無事だったのか!?

 今日ぐらい休んで良いのに、よく来てくれたな。」

タクシーでアブソリュート・アーツ社に着いた私を玄関で迎えたのは

社長の園原そのはら 紫苑しおんであった。

黒スーツに淡青色のワイシャツ、紺色のネクタイを着こなし、

左腕には高そうな金色のブレスレット、

右腕には高級ブランドの銀色の腕時計を付けている。

体格はガッチリとしていて顔が丸く、

いかにも大手会社の社長、といった雰囲気が滲み出ている。



昨晩の襲撃の直後、社長には電話を入れていたが、

事件後、直接顔を合わせたのは今が初だった。


「取り調べは全て終りました。

 睡眠はなかなか取れていませんが、外傷はありません。」

実際、敵はただナイフを持っていただけであり、

私にとっては苦戦するような相手ではなかった。


「それは良かった。

 このアブソリュート・アーツ社の重要な戦力である君を

 失う訳にはいかないからね。」

園原そのはらは手で招くような仕草を取り、

伊集院はそのまま社内へと入った。


「しかし、ヤツらは組織として、

 私の重要なシステムを潰しに来ている事が分かりました。

 警察も動き出すと思いますが、いきなり手を出してきた事から察すると、

 手荒な連中だと予想されます。」

伊集院は社内の廊下を隣に並んで歩く園原そのはらを見据え、

何事もなかったかのような落ち着いた様子で状況を伝える。


私の見解では、おそらくエクソルチスムスという組織の、

我々の行動パターンの把握状況を見るに、

このアブソリュート・アーツ社内にヤツらの肩を持つ人間が

少なくとも1人はいるはずなのだが、

ここでは敢えて黙っている事にした。

会社内を物騒な状況に陥らせて、

シンギング・ウォーズの運営に影響が出れば、それは私の不利益になる。



「あぁ、そうだな。

 警察には早く手をうってもらおう。

 我が社の巨大プロジェクトの1つである

 シンギング・ウォーズ及びEXTREMEを潰させる訳にはいかないからな。」

園原は歩きながら右の拳を自身の胸の前に出して、握り潰した。


・・・この人間の経営能力が高いのは事実だ。

私がここに来る前には、玩具や機械製品で

市場のある程度のシェアを握っていた。

聞くと、補佐役は数人いても、

ほぼ社長が単独で全ての経営方針を固めているらしい。

それでこの大会社が成り立っていると言っても過言ではない。


このような人間の場合、

あからさまに成功しそうなプロジェクトを発見すると、

躊躇わずにすぐさま飛び付いてくる。

そして、交渉が成立すれば莫大な予算を注ぎ込む。


私がシンギング・ウォーズとEXTREMEのシステムを

この会社に持ち込んだのは正解だった。

会社の規模が非常に大きいため、

数ヶ月でEXTREMEを全国に広げることが可能となり、

ネットゲームの運営も比較的スムーズに進んでいる。


お陰で、この会社には何の利益も無い、「私の計画」を進めるための

絶好の土壌となってくれている。

当然、園原は私の計画には気付きもしないだろうが。



「ところで、最近シンギング・ウォーズに関して

 あまり良くない噂を聞いたのだが。」

エレベーターを待って立ち止まっていると、背後の園原が何やら切り出す。


「ゲーム内で不正に強力なアイテムを取得し、

 ポイントを荒稼ぎしているパーティがあるのだとか、聞いたのだが。」

園原はスーツの胸ポケットからスマホを出し、

一般のネットユーザーが集う大規模掲示板の該当スレッドを見せてきた。


「それは私の耳にも入っていました。

 最初はサーバーへの不正アクセス、及び設定パラメーターの不正変更

 だと考えていたのですが、

 サーバーの履歴を調査してみたところ、特に不審な点は見当たりませんでした。

 ヤツらがどこでゲーム内の特殊アイテムを取得しているのかは

 まだはっきりしていません。」


と、私はサラッとそのスレッドに目を通して答えてみたが、

あらかた検討は付いていた。


シンギング・ウォーズは私一人で運営している訳ではない。

当社の研究・運営チームは総計100人にも達する。

当初、私は単独でこの企画を進める事を望んだのだが、

園原が大量の人材をほぼ強制的に派遣してきたがために、

現状となってしまった。


その中の第一責任者は元々の開発者である私であるが、

突然この会社に入り、その独自の開発を社長の園原に認められ、

まさに新生の如くチームのおさとなってしまった私を、

面白く思わない会社の人間は、当然の事、いるだろう。


この大会社は、社員一人一人に対しての給与は

一定の水準以上には与えられているはずではあるが、

立場、要は名誉といった意味で不満を抱く者がいても不思議ではない。

どうにかしてゲームを潰してプロジェクトを失敗に終らせる事は出来ないのか。

私が他者の場合、そう感じるのも分かる。



・・・いずれにせよ、私の計画の邪魔をするような人間は

必要に応じて対抗策を練る。

場合によっては消えてもらわねばならない事もある。

―――その計画の達成により、私のアイデンティティーは確立される。―――

失敗は許されない。




エレベーターの箱の到着を示す音が鳴り、扉が両側へとゆっくり開く。

中からは身長が180cmほどの天然パーマの若者が

グレーのスーツ姿で出てきた。


「伊集院さんじゃないですか、よくご無事で!」

シンギング・ウォーズ運営チームの第二責任者である蔭山かげやまだ。

私とは違って、彼自身はPCでの直接のサーバー管理には向き合わず、

ゲーム内のイベントやアバター装備等の考案を担当している。

故に、私のデスクがある当社3階の研究室Aにはなかなか顔を出さない人間だ。

が、彼の企画力というものにはこの私も驚かされる。

聞いたところによると、高学歴な上に頭の回転が異常に早いせいか、

次々と新たな案を練り、私に許可を求める用紙を回してくる。

営業日は、ほぼ毎日のように新案を考え出してくるのだ。


ただ、欠点としては、口数が少ない事。

最低限の会話は交わすが表情が常に無表情で、社交性に欠ける。

何かと近づき辛いオーラを纏っている。

そのせいで彼の原案は他者を排除して彼のみで決定される事になり、

その企画には独特の雰囲気が滲み出ている。


しかし、私のシンギング・ウォーズを順調に育成しているのは

蔭山かげやまだと言っても過言ではない。

それは間違いなく、全国のプレイヤーにしっかりと受け入れられている。



「私のような立場になってしまうと、危険が常に付きものだな。」

私は作り笑いを蔭山かげやまに向ける。

普段は無愛想な彼だが、私や社長に対しては妙に態度が良かった。

無表情は貫き通すが、口数が多くなり、本音を打ち明け始める。

力無き者を容赦なく踏み台にし、自分より優れた者に黙って従う。

要は自己利益のために行動する人間であるが、

これこそがまさに人間の本性だ。

「ゴミ」とは違う、何も飾らない普通の人間。

何の罪も無い。


しかも、こういう人間は非常に扱いやすいものでもある。

一定の権力さえ示せば黙って忠誠を誓い、強者に従う。

そういう事を踏まえて、

彼は今回の件に関しては間違いなく「シロ」だろう。


会社に、内部の裏切り者の存在を示してしまえば、

蔭山のような、いかにも怪しげな雰囲気を纏う、

私にとっての便利な駒が会社から排除されかねない。

そういう意味でも、裏切り者の存在は示唆しない事にした。


「やはり実力者は大変なようですね。」

蔭山は、表情は暗いがちゃんと伊集院の目を見据えてそう言った。


「伊集院君は我が社の期待の星だ。

 我々の将来のためにも、何かあったときには頼むよ、蔭山君。」

伊集院の背後にいた園原が胸を張り、笑いながら言う。


「はい、もちろんです。

 では、私は用事があるので失礼します。」

蔭山は伊集院にエレベーターへの通り道を譲り、伊集院と園原に一礼ずつして

私たちが歩いてきた廊下をさっさと歩いていった。


「では、今日も宜しく頼んだよ。

 今日はさすがの君でも、早めにあがりなさい。」

社長が自身の後ろに両手を組みニコニコした顔で

エレベーターに入った伊集院を見据える。


「はい、ありがとうございます。」

ドアが閉まり、箱が上の階へと上昇し始める。




























―――――龍星は、学校で昼休みを迎えていた―――――




「ちょっと和也かずや、昨日言ってた例のモノは完成したの?」

教室では色々なグループで集まって各自昼食を食べている。

一番クラスでうるさい女子6人グループのうちの1人が

病弱を装っている瑠璃川るりかわだ。


瑠璃川るりかわは既に昼食を食べ終え、

一人でスマホをいじりながら弁当を食べている

池田いけだの机の横に立っていた。


「・・・モノ自体は完成に近付いていると思うのですが、

 テストプレイが難しいのですよ。

 下手したら凶器になりますし・・・。

 とにかく、加減がイマイチ分からないのです。」

列の二つ後ろの席で話す声は、俺の耳に届いている。

昨日から今日の朝に話していた情報と合わせると、

何やら池田が夜もあまり寝ないで工作をしているというような話だ。


・・・凶器?

ヤツは一体何を作って遊んでいるんだ?


もし本物の武器を作っていたりしたら銃刀法違反で捕まる。

たまに未成年のバカが銃などを自作して捕まるニュースを見るけど、

こんな学校の教室という開けた場所で

自作武器の話をするほど池田はバカだったのか?




「おい、今のは何の話だ?」

俺は無意識のうちに席を立って2つ後ろの席に出向いていた。


・・・朝の澄田の件のせいで、今日は何だか調子が悪いような気がする。

こんな無意識に身体が動くなんて普段なら有り得ない。


・・・待てよ、昨日の朝、

学校の玄関にいた澄田にベラベラと口を滑らせたのは誰だ?

俺は・・・昨日からアイツに操られているような気分だ。


俺はどうしたんだ・・・?

まるで、昨日までの俺がどこかに消えてしまったような・・・そんな感じがする。




「・・・珍しいわね、龍星君から話し掛けてくるの。」

瑠璃川るりかわはすぐ池田の方に目を映し、

彼の机を平手で軽く叩いた。


「・・・まぁ、岡本さんがテストプレイに協力してくれるのなら、

 詳細を教えても構わないんですけど・・・。」

俺が昨日断った件の事か。

確か、俺の歌を何かに使いたいとか何とか言っていた。


「・・・俺の歌と、例の『凶器』は何か関係があるのか?」

素朴な疑問だった。

なぜ俺の歌がテストプレイに必要なんだ?

コイツは俺の歌を何に悪用しようと試みているのか。


「いや・・・今の日常が、日常ではなくなる時に備えて、

 身近なもので対抗する道具が欲しい・・・と言いますか・・・。」


・・・今の一言で池田には呆れた。

コイツはライトノベルの読み過ぎか何かだな。

わざわざ尋ねに来た俺の方が馬鹿だった・・・。




「フザけるな。お前の妄想には付き合ってられない。」

俺は自分の席に戻ろうと身体の向きを変えた。

すると、池田が焦った様子で椅子に座ったまま拳を握り締め、言い放った。


「全国で殺人犯が動いている、

 この現状に何とも思わないのですかッ!?」

池田は今までの彼の様子からは考えられないぐらいの大声で叫び、

そのまま拳を自分の机に勢い良く叩き付けた。

彼が食べていた途中の弁当箱が、今の衝撃で宙を舞い、

弁当箱ごと中身が床にこぼれ落ちる。

昼休みの賑やかな教室内が一瞬にして凍り付いた。

すぐ隣にいた瑠璃川もだったけど、

俺もさすがに驚きを隠せなかった。


「・・・失礼しました。

 つい、僕らしくない事を・・・。」

池田は呼吸を整えようと右手を胸に当てて、深呼吸を繰り返しているが、

落ちた自分の弁当箱にはまったく気付いていない。

よほどの興奮状態にあったんだろう。


「・・・か、和也、お弁当が・・・。」

3秒ほどの沈黙の後、机のすぐ隣に立っていた瑠璃川が

教室内の掃除用具置き場にある雑巾を取りに走っていった。


「す、すみません・・・。」

いつものようにメガネのフレームを中指でクイッと上げ直した池田は、

慌てて椅子から立ち上がり、

ポケットティッシュで落ちた中身を拾い始める。


俺は言葉を失ったまま、早歩きで教室の前の方の扉から廊下に出て、

教室の廊下側の壁に張り付き、制服のポケットからスマホを取り出した。

各クラスとも、まだ昼食を食べている人間が多いらしく、

2年生フロアの廊下にはほとんど人が見えない。

今はとても教室内にいられるような雰囲気ではない。

瑠璃川グループの女子が「大丈夫?」と声を掛けているのが壁越しに聞こえる。

それでも、まだ教室内は張り詰めた空気のままだった。




・・・殺人事件。

そうだった。

俺は、実際に犯行現場に居合わせて、ある高校生の死体を見た。

それは俺と同じシンギング・ウォーズプレイヤーだった。

当然の事ながら、俺にも危険が無いとは言えない。


この事件の事は、自分の命にも関わる重要な件であったはず。

しかし、今の俺の頭の中では、なぜかそんな事はどうでも良くなっていた。

大して重要でも無ければ、気に留める事でもなくなっていた。


俺はあらためて、身に迫る危険を認識し、我に返った。

と、同時に、今まで忘れていた今朝の澄田から聞いた事が

突然頭の中に湧き出してきた。




・・・俺にも危険が迫る。

今日の朝、澄田は小さい声で確かにそう言っていた。




突然、右腕が震え始める。

検索エンジンを開いていたスマホが手から零れ落ちる。

ハードカバーが床面と接触し、コツッという軽い音が響いた。


・・・そうだ。

俺は、命の危険に晒されているんだ。


澄田の信憑性は不明だが、自分がどれだけ怖い状況に置かれているのか、

それをわきまえる必要は十分あったんだ。


腕に留まらず、すぐに全身の震えが起こり始めた。




教室の外側の壁に背中から寄りかかったまま、何とか落ち着こうと試みる。

が、心臓の鼓動はどんどん速くなっていく。

すると、そのとき目の前を見覚えのある人影が通り過ぎた。




「龍星、お前どうしたんだ?」

カラオケ四天王の一人である八柏やがしわ 和彦かずひこだった。

クラスは離れているけど、

たまにウォータークーラーを利用するために

俺のE組の前を通る事もあった。


「顔色スゲー悪いけど、具合悪いのか・・・?

 あと、これ、たぶんお前のだろ?」

俺の足元に落ちていた黒色のスマホを拾い上げ、

俺の手に差し出してきた。

だんだんと震えが収まってきた俺は、右腕を伸ばし、

そのスマホをゆっくり握った。


「いや、何でもない・・・。」

もし、例の集団が俺を狙っているのだとすれば、

他人を巻き込むとその人間にも危険が迫る。

俺の現状を人には言えない。


「何でもなくねーだろ。

 あ、もしかして、昨日から毎朝の四天王バトル無くなって

 イライラしてんだろ。ハハハ」

和彦かずひこが笑いながら指差してきた。

そう見えるならそうでも別に構わない・・・。

むしろ今回は好都合か。


「そういえばお前、おととい武土井むどいのヤツが

 シンギング・ウォーズやめようぜって提案した時に、

 真っ先に否定したよな。しかも堂々と。

 俺さ、内心笑ってたんだぜ。

 どんだけコイツはサバサバしてんだよって。

 でも、俺はそれにつられて、

 今の殺人犯がうろついている状況に怯えるってのが

 何だかバカバカしくなった。

 お前性格悪そうだけど、そういうところは良いよな。」

和彦が笑みを浮かべながら、俺の現状の悩みを一掃するかの如く

明るい様子でそう言い放った。


俺は自分のどこを褒められたのか、正直よく分からない。

・・・でも、俺はおそらく、

自分のこの冷徹な性格で、現状に対しての不安を、

ついさっきまで打ち消していたのかもしれない。

それがカラオケ四天王にも伝染してしまったらしい。




・・・どうにかなる。

おそらく、俺は自分の中で無意識のうちにそう唱える事が多い気がする。


今回も、自分で自身の内にある不安を払拭していたんだろうか?

何故かは分からないけど、知らぬ間に

俺に立ちはだかるであろう殺人犯もどうにか倒せるだろう、と

そんな気分になってしまっていた。

ふと気付けば、心臓は元の心拍を取り戻しつつある。


すると、廊下の右方向からこちらに向かう視線を感じた。

見ると、将棋部の同級生、手塚てづか 祐介ゆうすけであった。

手塚てづかは和彦と同じB組であるため、

例のシンギング・ウォーズトークで馬が合い、たまに話す仲だと聞いている。




「お前、廊下の壁に張り付いてどうしたんだよ?」

通り掛った手塚が俺に不審そうな目を向ける。


「毎朝の四天王バトルが昨日から無くなっちゃって、

 落ち込んでたらしいよ。」

和彦かずひこがニヤニヤしながら龍星の方をチラッと見た。


「・・・まぁ、そういう事だ。」

龍星は何事もないように話を合わせる。


「ふーん。じゃあ今日の帰りはストレス解消にでも

 3人でカラオケ行きますかあ。」

手塚がマイクを口元に近づけるような素振りを見せる。


気分は随分と楽になったけど、

俺に危機が迫っている事に変わりはない。

他の二人を巻き込む訳にはいかないんだ・・・。

具体的にどのような危険があるかは分からないから、

今は対抗策も練られない。




「残念だが、それは遠慮させてもらう。」

俺は右手に視線を移し、

握っていたスマホを制服のポケットへと入れた。


「俺らはおととい行ったもんな。

 さすがに1日おきは辛いよ、ハハハ」

和彦が苦笑いする。

まぁ、それもあるだろうか。

おととい、カラオケ四天王4人で行ってきたばかりだから。




「たまには、俺も一緒に歌いたかったんだけどな・・。

 カラオケ四天王の皆さんに聞かせるような歌じゃないけど。」

手塚が苦笑いしながら不満を漏らす。


「・・・また、次の機会だ。」

俺は寄りかかっていた壁を離れ、足早に教室の前側の扉へと向かう。

と、廊下の反対側から向かってきていた人と危うくぶつかりそうになった。

・・・澄田だった。


澄田は登校時の青色ショルダーバッグを肩に掛けて、教室に入ろうとしていたが、

俺に道を譲るように静かに立ち止まった。

彼女の視線は、俺ではなく俺の背後の廊下の方向へと向けられている。


俺は遠慮せずにその開いた道をさっさと通り、教室内へと入る。

教室内は、昼休みの賑やかさを取り戻していた。

池田がこぼした弁当はキレイに片付けられ、

彼自身は落ち着いた様子で席に着いてスマホを弄っている。


自分の席についた俺は、右手のひらを見つめた。




・・・例の集団はどのようにして俺に仕掛けてくるつもりなのか。

目をつぶり、対抗できる作戦を考え始める。


すると、澄田が隣の席に着き、机の中から弁当箱を取り出した。

包みを広げ、急いで食べ始める。

もう昼休み終了まで10分しかないというのに・・・。

ショルダーバッグを抱えて戻ってきたという事は、

何かある程度の量の道具を要する用事が昼休み中にあったんだろう。


俺はそんな事を勝手に思いながら、両腕を机の上に組み、

その上に頭を垂れて対抗策を思案し始めた。































―――――そして、放課後―――――






・・・時刻は16時30分。

俺は今、学校を出ようと玄関で靴を履き替えている。


10月で日が短くなってきたとは言え、まだ明るい。

人通りが多い道を通っていれば、敵の犯行を妨げられるのは明白。


しかも俺の家は学校から10分程度でとても近い。

それに、澄田の警告が正しいという保障はどこにもないから、

俺の中では僅かではあるが心の隙間に余裕が生まれていた。


俺がリュックを背負い直し、玄関のスライド式のドアに手を掛けた時、

誰かに背後から呼び止められたのが分かった。




「おーい、俺たちも一緒に帰らせろよ!」

・・・振り向くと、昼休みの手塚と和彦だった。

2人とも急いで靴を履き替えている。


「お前さ、昼休み何だか様子が変だったから、

 俺らが家まで送ろうって話に決まったんだ。」

和彦がニコニコしながら外靴になって付いてきた。


「龍星の家ってここから近いんだろ?

 気にすんなって!俺ら暇だからよ。」

手塚もノリノリだ。

・・・正直、今日はやめてほしかった。


どうしようか・・・。

今日の朝、澄田から聞いた事を、コイツらに教えておくべきか・・・?

あの後、水を飲んで落ち着くと、

彼女の言葉が再び頭の中に蘇ったのは良いけど、

それも断片的で、正確な事は覚えていない。

そもそもそこまでの情報量は含まれていなかった気もするけど、

『俺の身に危険が迫っているかもしれない』、

というのだけはしっかりと思い出していた。


だから、今日はどうにかして2人を引き離したい。

コイツらが危険な目に遭ったら、必然的に全て俺の責任だ。

・・・止むを得ないだろう。




「ちょっと、話したい事がある。

 黙って俺に付いてこい。」

2人は最初、不思議そうな顔を浮かべたが、

俺の真剣そうな目付きに圧倒されたのか、俺の後に黙って続いてきた。




俺はそのまま、校門付近へと足早に行き、

校門を出てすぐの、枝分かれした複数の街路を臨む通路へと出た。


その街路のうち、左側へ200mほど進むとちょっとした林がある。

林への道のりは交通量が少なく、道も狭ければ民家も少ない。

しかも道は塀で囲まれていて、少し曲がりくねっているため、

その道で俺が秘密話をしても、第三者へと漏れる心配は無いだろう。

あまり進むと、今度は逆に絶好の犯行現場となるから油断は出来ないが・・・。




俺はその狭い通路を100mほど進んだ道路上で2人を止め、

断片的に俺が今朝澄田から得た情報を教えた。

背後にはまだ学校が見えるから、

こんなところで組織の回し者は襲ってこないだろう。




「・・・マジかよ。

 俺らが標的にされても、別におかしくはないからな・・・。」

和彦は昼間のような笑みは一切浮かべずに、険しい表情で龍星を見据える。


「何と言うか、怖い世の中になったもんだよな・・・・。

 でも、そういう事なら俺、良いモノを持ってるぜ!」

手塚はそう言うと、自分のリュックをコンクリートの上に

勢い良く降ろし、そのチャックを開け始めた。

なぜか、妙に手塚のテンションが高いような気がする。

良い物とは、何だろう?




俺は自分達が歩いてきた学校への道を見た。

まだ、見える範囲では誰一人としてこちらには向かってきていない。

この先の林の中にはちゃんと道が通ってて、

その先の住宅街の住民もいるから

ここの道が使われていない訳ではないけど。


俺はさっさと学校の校門へと戻りたかった。

澄田の情報がある以上、いつまでもここにいるのは気が引ける。

特に誰かに尾行されているという感じは無いが、万が一というのもある。




「ぐあッ!!」

突然、背後で呻き声が聞こえた。

俺が後ろへ振り向こうとしたその時、

俺は反射的に身体を右回りにくねらせ地面へと転がった。


コンクリートへの受身を取り、衝撃を抑えた後、

その場に素早く立ち上がる。


見ると、そこには信じられない光景が広がっていた。




「本当に、物騒だよなぁ・・・?」

手塚が、血が付着した刃渡り10cmほどのバタフライナイフを握り、

こちらに突き出してきたのだった。

彼の足元には和彦が胸部を押さえて転がっている。

彼の制服、特に胸部分は血まみれで、

コンクリートに血痕がどんどん広がっていく。


・・・すぐに状況は理解できた。

でも、できれば、理解したくはなかった・・・。




「手塚・・・お前も奴らの仲間なんだな?」

俺は手塚の手に握られたナイフから視線を逸らさずに、

背負っていたリュックを背後へと投げ捨てた。

両手を握り、片足を後ろに引いてファイティングポーズを取る。

顎を引き、手塚を見上げるように睨み付けた。




――――――――――――――――――――――――――――――――




「ゴメンな、龍星。

 あの方には・・・逆らえないからなあッ!!」

手塚てづかは踏み出し、

再び龍星りゅうせいの胸部目掛けてバタフライナイフを突き出す。

龍星りゅうせいはステップを切り、その切っ先を交わし、

手塚のナイフを握る手へと両腕でしがみついた。




「フザけた真似はやめろ!

 生涯ずっと向き合う事になるぞ、お前が犯した犯罪と!」

ナイフは手塚の手から零れ落ちた。

刃がアスファルトへと当たり、金属音が響く。


「龍星、俺には・・・もうこれしかねぇんだよ!!

 何でも出来るお前とは違ってなぁ!!」

手塚は空いている左手を自身の脇ポケットへと入れる。

そこから出てきた手には、先ほどのよりも小型のバタフライナイフが握られていた。

その刃を手首を振って勢い良く出し、右手にしがみ付く龍星の左脇腹へと突き刺した。


「ぐっ!」

龍星は慌てて手を離し、再びコンクリートを転がり、

彼の制服のポケットからスマホがこぼれた。

落下の衝撃で刺さったナイフはすぐに抜けたが、

傷口から血が溢れ出てくる。




―――――――――――――――――――――――――――――――――




・・・おそらく臓器の損傷はないが、この痛みはまずいな・・・。

必死にアスファルトに仰向けになり、手塚の方に視線を向けると、

手塚は最初に零れ落ちた長い方のナイフを既に拾い上げていた。

・・・またすぐに次の攻撃が来る!


俺は急いで起き上がろうと右手の平で道路を叩いた。

が、先ほど刺された左脇腹の痛さにそのまま倒れ込む。

くっ、今は立つ事すらできないのか・・・。




「・・・友達を裏切るのは俺も辛い。

 だが、作戦は作戦だ。実行しなければ逆に俺の立場が無いんだよ!」

手塚は喋りながらナイフを構え、

動けないで仰向けになる龍星との距離をじわじわと詰めていく。


「フッ・・・お前なんか友達じゃねぇよ・・・。

 そもそも俺には・・・友達が一人もいないんだから・・・な。」

俺は必死に笑みを作り、そう呟いた。

脇腹からの流血は止まらない。


「・・・それは幸運だ。

 何の気兼ねもなくお前を殺せるって事だよなあッ!!」

手塚が地を蹴る。

前傾姿勢になり、俺の胸部目掛けて切っ先を突き出す。




・・・俺の17年の人生も酷いもんだったな。

もう少し、慎重になるべきだった・・・。


最後はどうでも良いヤツに無様に殺されるらしい。


・・・何か、未練は・・・あるのかな?


俺は黙って目を閉じた。

俺の脳内には一瞬、クラスで隣の席の澄田すみだ 麗華れいか

横顔が浮かび上がったような気がした。

でも、それをじっくりと確かめる術は無かった。




「うがッ!!」

目をつぶった次の瞬間、

なぜなのか、手塚の呻き声が聞こえたかと思うと、

俺が横たわっているアスファルトに

手塚の身体による落下の衝撃が響き渡った。

本当に、一瞬の出来事だった。


「くそっ!誰だよ、こんな忙しい時に!!」

手塚は頭を強打したらしく、

後頭部を右手で抑えながら力なく立ち上がる。


・・・誰かが俺を助けてくれた。

それは間違いなかった。

しかし・・・俺はその光景を見て、息を呑んでしまう。




「お前らの自由にはさせねぇよ。ったく・・・。」

俺の横には、あの澄田が、ちゃんとした本物の澄田が

膝立ちで居たのだった。


しかも彼女の様子は、いつもとまるで違う。

声質はいつも通りだが、声量と言葉に恐ろしいほどの違和感を覚える。

まるでとある声優が、別の作品の登場人物を演じているような気がした。


しかも彼女の右腕には、

白を基調としたブルーの細いラインが入った謎の機械染みたパーツが、

前腕を覆うような形で装着されていた。

それも澄田の雰囲気にはそぐわない、大きな流線型のユニット。




「お前は、E組で龍星りゅうせいの隣の、スゲー静かなヤツ!?

 今のはお前がやったって言うのか!?」

手塚はかなり痛そうな後頭部をなでながら、問う。


「ゴチャゴチャうるさいんだよ。すぐに殺してやる。」

澄田はそう言いながら

俺の背中を支えてコンクリートからゆっくりと起こし、

背後の塀に俺の背中をもたれさせた。


「・・・大丈夫かい?」

俺の方を一瞬見て無表情で囁いた澄田は、

やはり普段の教室で生活している時とは違う、

どこか、たくましい表情をしていた。









★第9話★ 「裏切りの末に」 完結



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