★第8話★ 強敵との対戦
★第8話★ 「強敵との対戦」
いつものようにシンギング・ウォーズをソロプレイで進めていた俺の前に、
思わぬ対戦者が現れた。
・・・それは3人パーティだった。
紹介した通り、
シンギング・ウォーズでは最大4人までのパーティによる戦闘が可能。
ただし、各アバターのステータスは、
そのパーティの構成員数に比例して性能が全体的に低下する。
だから俺のようなソロプレイヤーにしか
アバターの性能を100%引き出す事は出来ない。
俺がソロを貫く理由はそこにもあるんだ。
俺の持論ではこのゲームはソロプレイが有利なゲームだ。
・・・が、しかし、
相手のパーティを構成するアバターのプレイヤー全員が、
ステータス低下が気にならないレベルまでゲームをやり込んでいる場合、
当然の事ながら、彼らにはパーティを組むこと自体が「長所」にしかなり得ない。
すなわち、アバターが異常なハイレベルに達している場合、
パーティを組んでも、そのアバターは相対的に弱体化せずに済むという事だ。
ちなみに、運悪くも今回の対戦相手である3人パーティは
シンギング・ウォーズ中の最強クラスのパーティと言われている
『ロックハンド』というチーム・・・。
・・・PC画面に対戦相手のステータスが表示される。
アバターネーム:モガナ
アーマー:銃暴
メインウェポン:アトモストダズラー
HP:LV50
耐久力:LV45
スピード:LV7
アバターネーム:ダニスラ
アーマー:ガードオブエレガンス
メインウェポン:ジエンドストライカー
HP:LV22
耐久力:LV20
スピード:LV55
アバターネーム:アナカシコ
アーマー:タブーフォームX
メインウェポン:禁忌金剣
HP:LV27
耐久力:LV36
スピード:LV35
シンギング・ウォーズでは、公式サイトにおいて
優秀なプレイヤー及びアバターが紹介されている。
それはシンギング・ウォーズの運営側が
全国のプレイヤーの戦績などをチェックし、
1週間ごとにその週の上位20組のパーティ、
もしくはソロプレイヤーを更新しているのだが、
「ロックハンド」というパーティは上下はするものの、
毎週のようにベスト20には入っている。
ネット上では、彼らはたぶん初期プレイヤーで、
もしかするとそのランクインの頻度から
シンギング・ウォーズ公式の宣伝用プレイヤーなのではないか、
と噂されている。
・・・要するに、俺は今、
とんでもない相手に戦闘を申し込まれたという事だ。
しかし、あまりにも有名なだけに
彼らの戦略、装備がそのパーティ名と共に公になっている現状では、
少しはこちらも有利になるはずだ。
運良く、俺も彼らの戦い方を参考にしようと研究していた一人だ。
試す価値は十分にある。
アバターネーム:クリエイター・ノヴァ
アーマー:ガンマンスタイル
メインウェポン:ガストブラスター
HP:LV7
耐久力:LV7
スピード:LV14
《BATTLE START》
ゲーム開始の表示がPC画面から消えると同時に、
フィールドの向こう側から、
非常にゴツいシルエットのアバターがこちらに向かってきた。
近距離戦装備の「アナカシコ」だ。
装備のタブーフォームXは、金と銀のラインが、
身体全体を覆うゴツゴツした黒いアーマーのあちこちに入っている不気味な防具。
頭は恐ろしい鬼のようなマスクで覆われている。
その重量感とは裏腹に、かなりのスピードで
俺のアバター、クリエイター・ノヴァに迫ってくる。
ノヴァはまだ何も動作を開始しない。
すると、距離を詰めたアナカシコがその「金色の剣」を振るってきた。
加速の勢いを乗せた上方向からの斬撃だ。
ノヴァは素早く右斜め前へと転がる。
アナカシコの禁忌金剣が土の地面を切り裂き、
同時に、空気を切り裂くような斬撃音が3秒ほど鳴り続ける。
ノヴァは素早くアナカシコの背後に回り、
二丁銃ガストブラスターの両方の銃口をその背中に押し付ける。
と、そのままトリガーを引いた。
銃声と共にアナカシコの背中からは2つ白煙が上がり、
アナカシコは前へとよろめく。
・・・アナカシコの禁忌金剣は、
“衝撃波”を伴った斬撃が可能。
剣で切り裂いた軌跡に、3秒ほど追加の衝撃波が
使用したアバターの動きとは別に自動で走るのだ。
ネットの情報だとこの衝撃波は、すべて命中すれば
威力が本体の斬撃並に高いらしい。
しかも、アバター本体の命中による「怯み(ひるみ)」が発生するため、
身体に掠りでもすると衝撃波の全命中はほぼ確定する。
彼らは既にかなり先のフィールドエリアまで進んでいるらしい事から、
一般プレイヤーが使わないような武器を使う。
もちろん、それらの性能の高さは言うまでもない。
アナカシコが背後のノヴァへの回し切りを繰り出す。
ノヴァは再び右前へと転がり、斬撃及び衝撃波の判定範囲外へと避難する。
立て膝の状態で、今度はアナカシコの足に銃を放った。
しかし、アナカシコは素早い動きで振ってきた剣でそのまま銃弾を弾き飛ばす。
同時に、衝撃波が地面にしゃがむノヴァに襲い掛かる。
ノヴァはガストブラスターを身体の前でクロスし、
衝撃波を二丁の銃で受け止めた。
が、小型の銃では衝撃を抑えられず、後方へと飛ばされた。
・・・当たり判定が出たか。
衝撃波は確実にノヴァを切り裂いており、
ノヴァのHPゲージは10%ほど減少していた。
ノヴァはかぶっているレザーハットを軽く直し、
その飛ばされた着地地点から二丁銃を連射し始めた。
しかしアナカシコは全く防ぐ様子もなく、
堂々と全身でノヴァの銃弾を受けとめながら
何事もないようにゆっくりと迫ってくる。
表示されているアナカシコのHPゲージには、
ほとんど変化がないが、
ノヴァは退行しながらひたすら銃を乱射する。
と、アナカシコは接近の途中でいきなり加速し、
前方のノヴァへと斬撃を繰り出した。
ノヴァは更に後ろにバク転し、それを避ける。
が、次の瞬間、アナカシコは着地したノヴァ目掛けて距離を詰め、
剣の先端を突き出した。
反応しきれなかったノヴァは突きをまともに腹に食らってしまった。
それと同時に追加の衝撃波が腹を襲う。
ノヴァは再び後方へと弾き飛ばされた。
背中から地面に勢い良く落下する。
ノヴァのHPゲージは6割を切っていた。
《今回も俺1人で十分のようだ。》
チャット画面に文字が流れた。
アナカシコを操るプレイヤーのようだ。
《暇だねぇ・・・足りないねぇ・・・。》
続けて「モガナ」というアバターのプレイヤーの呟きが流れる。
ロックハンドのリーダープレイヤーである。
・・・そう、彼らはまず
アナカシコを戦線に出し1人で対戦アバターと戦わせる。
そして対戦相手に力があると見込んだ場合にのみ、
残りの2人が参戦する、という戦法を取っていた。
つまり現在、アナカシコ以外の2人は
ゲーム開始地点に棒立ちになっている状態なのだ。
・・・でも、せっかくこんな強力プレイヤーと対戦できるのなら、
残りの2人のプレイングも間近で見てみたい。
そのためにはある程度、アナカシコを追い詰めなくてはならない。
・・・通用するが不明だが、例の手を使ってみるか・・・。
シンギング・ウォーズには戦闘補助アイテムが存在する。
アイテムの持込数には制限があるが、これは非公開要素であるがために
アバターのステータスのように相手プレイヤーの目に触れる事は無い。
これで相手を少しでも惑わす事が出来れば戦況は容易に変化し得る。
ノヴァは二丁銃に
これまでとは異なる特殊弾をセットするモーションを見せた。
《お、特殊弾か。何が来るのか楽しみだな。》
アナカシコのプレイヤーが素早くチャット画面で呟く。
さすが、上級プレイヤーはアイテムにも十分詳しい。
だが、俺のノヴァの装備は文字通り「特殊」だ。
ノヴァが二丁銃を構え、
すかさずアナカシコへと向けトリガーを引く。
真っ黒い大きめの弾が2発、左右から発射された。
アナカシコは警戒する様子も無く、先程と同じように
アーマーでそのまま弾を受け止めた。
が、その瞬間、
着弾点を中心に濃く黒い煙幕がガスが吹き出るように広まりだした。
《煙幕、意外だな。
実用性が無くて使用率は低いハズだが。》
・・・案の定、相手は余裕を見せている。
煙幕というのは、双方のプレイヤーの画面が黒い煙で塞がれ、
1分ほど視界が奪われるアイテムだ。
普通のプレイヤーならば行動不能に陥って待機せざるを得なくなる。
・・・普通のプレイヤーならば、な。
次の瞬間、黒煙の中で謎の銃声が響き渡った。
《ダメージ判定?》
銃声は鳴り止む事無く、
謎の銃弾は次々とアナカシコの全身を捕らえていく。
アナカシコはひたすら剣を振り回し、
被弾を避けようと試みるが、
弾は一発も外れる事無く
彼の身体へとしっかり命中していく。
《黒煙の中で視界不良を防ぐアイテムでも所持しているのか?
俺でも知らないアイテムがあるとは驚きだな。》
アナカシコの操作プレイヤーは戸惑っているが、
これはアイテムの効果ではない。
強いて言えば、俺専用の非常に有用なアイテムだろう。
この間の池田というネトゲオタク戦の時にも使った技だが、
俺はただ歌う事が好きなだけではなく”聴覚”に長けている。
PCのスピーカーから聞こえる
相手アバターから発せられる足音、動作音などから
「音だけ」でアバターの位置、及び姿勢を探る事が可能。
つまり、相手の状態を知る事だけで言えば
画面が表示されているかどうかなんて戦闘には無関係なんだよ。
ノヴァは急接近し、
アナカシコの鬼のようなマスクに回し蹴りを繰り出すと、
黒煙の中で身動きを封じられたアナカシコへそのまま命中した。
・・・アナカシコがよろめく。
さらに腹に銃を突き付け、トリガーを続けて引く。
黒煙の中で銃声が繰り返し響き渡る。
アナカシコはさらに姿勢を崩し、
身体の前方に剣を振り下ろすが、
それを読んでいたノヴァは、詰めた距離を利用し、
その剣を握る手を銃で叩き上げた。
アナカシコ愛用の禁忌金剣が彼の手から零れ落ちる。
ノヴァは隙を作らずに今度は顔を目掛けて銃を乱射。
ついにアナカシコはバランスを崩して顔を押さえながら
自らの背後へと倒れた。
それでもまだノヴァは銃を外す事無く撃ちまくるが、
そこから10秒ほどで黒煙が画面上から消え去った。
・・・アナカシコのHPゲージは残り7割ほどになっていた。
《コイツ、ちょっとはやりやがる。
ガストブラスターは単発の攻撃力は低いが、
それを全弾命中させてアドバンテージにするとは。》
アナカシコはやおら立ち上がり、剣を手に、立ち上がる。
《これは・・・ちょっと面白いかもねぇ。》
アナカシコの背後で俺らの戦闘を傍観していた
モガナのプレイヤーがチャットで発言すると同時に、
モガナが前方へと歩を進める。
アナカシコよりも更にゴツいアーマーを装備した「モガナ」が起動した。
先ほど述べたように、俺の実力が
ある程度はロックハンドに認められたという事だ。
《さて、アナカシコはちょっと下がってもらおう。
俺が戦ってみたいからねぇ・・・。》
モガナは、全身が緑色と灰色を基調とした迷彩柄のアーマー、
銃暴で覆われており、
胸部前後が特に分厚く黒いアーマーで固められている。
何よりも特徴的なのは、両肩から伸びる2本の”ガトリング砲”だ。
黒色の光沢を放つ2本の銃口は、
目標に選択の自由を与えない威圧感を覚えさせる。
そして、このガトリング砲は
防具である銃暴に付属しているものであり、
シンギング・ウォーズ中では珍しく、
「防具にあらかじめ搭載されたウェポン」となっている。
あくまでもこれは防具の一部であるため、
ガトリング以外にもメインウェポンを設定し
装備することが出来るという、全身兵器のアバター。
まさに、ネット上で勝手に付けられた
「起動要塞」の名、
及びロックハンドのリーダー格に相応しいと言える。
《お前、なかなか強いねぇ。
アバターのステータスは高くないのに操作性、戦略で
それらの欠点をカバーしてる。》
《そりゃ、どうも》
《あ、それとさっきの技、あれ、耳で聞き分けてるんだよねぇ?
俺には分かったよ。》
・・・チッ、バレていたか。
となると、モガナのプレイヤーは・・・。
《よく分かったな。》
《俺も黒煙の中のお前のアバターの動きを耳で聞いててねぇ・・・。
明らかに音を頼った挙動だったからさ。
音に反応してアバターが動いていたのはすぐに分かった。》
やっぱり、ヤツは俺並みの聴力の持ち主だったか・・・。
《さて、じゃあ、耳の良さの次には応用力を見せてもらおう。
・・・行くからねぇ?準備しろ。》
すると、ゲーム画面のモガナが足を広げ、
戦闘態勢へと移った。
機械の起動音が聞こえ、見ると、
モガナの両肩から前へと伸びているガトリングが両方とも回転を始めている。
ノヴァもガストブラスターを構え、
ガトリング弾の被弾を防ごうと試みる。
次の瞬間、連続する発砲音と共にガトリング砲が発射された。
凄まじい量の銃弾が次々と銃口から飛び出し、
ノヴァへと迫ってくる。
向かってくる弾を打ち落とそうとしていたノヴァは、
その余りの多さに、避けようと斜め左方向へと転がるが、
ガトリング砲はすぐにノヴァの方に傾き、
しゃがんだ姿勢のノヴァへと多量の弾が襲い掛かった。
ノヴァは正面から弾を受け止めてしまい、
被弾により身体を震わせながら衝撃で後方へと飛ばされた。
・・・ヤバい威力だ・・・。
しかもあんなに簡単に弾の軌道を変えられるのか?
《はぁ、ガトリングも攻略できないのかよ。
・・・足りないねぇ・・・。》
ノヴァが地面へと力なく落ちると同時に、
目にするだけでイライラさせられるアイコンが表示される。
《YOU ARE LOSER》
元々勝てるとは思っていなかったけど、
正直もう少し戦えるとは思った。
でも、あの高級装備を実際に見てみてその考えは変わった・・・。
俺の予想よりも
シンギング・ウォーズの廃人プレイヤーは強力だという事だ。
しかし・・・あの有名なロックハンド3人組のうち、
2人と実際の戦闘が出来たのは良かった。
まだ俺以外にも聴力を頼りにしたプレイングをするプレイヤーが
いるという事を知れたのも大きい。
・・・さて、諦めて次の対戦相手を探そうか。
―――――その頃―――――
「鏡夜様、どうやら我々の意向に従わず
勝手に行動した愚か者2名が
伊集院 雷人の殺害に失敗したようです。
ヤツらは突然殺害計画を私どもにメールで提示し、
成功し次第連絡を入れるとの事でしたが、
その後は連絡が取れません。
・・・自業自得でしょう。」
エクソルチスムス本部となっている薄暗い会議室のような部屋で、
黒スーツ男が首領の鏡夜へと報告する。
「了解した。
・・・それよりも、次の計画はどうなっている?
実行日が迫っているが?」
鏡夜はその黒スーツ男を
鋭い視線と共に睨み付ける。
男は焦りながら言葉を吐き出した。
「え、えぇと、その件なのですが、
例の方から連絡が入っていまして・・・。」
男は自分のスーツの内ポケットから
既に封を切ってある封筒を取り出し、
そのまま鏡夜へと手渡した。
鏡夜は静かに封筒を受け取り、丁寧に中の紙を取り出す。
中には2つ折りにされたA4用紙が1枚入っていた。
すぐに紙を開き、目を通す。
「・・・アイツか。
私の考えが理解できないとは、残念だ。
・・・構わん、計画を続けろ。」
鏡夜は目を大きく見開き、
目の前の男を見据えた。
「は、は、はいッ!!」
スーツ男は今にも殺されるような様子で返事をし、
深く頭を下げ、小走りで会議室を後にした。
鏡夜は紙を元通りにたたみ、
静かに封筒へと戻して机に置いた。
そのまま椅子に深く腰掛けて脚を組み、指を重ねた。
天井を見上げ、ため息をつく。
「・・・私は、身を削ってこの日本を救おうとしているのだ。
分かってくれないか、麗華。」
鏡夜が封筒を置いた机の上には、
次に彼らが殺害を計画している
全国のシンギング・ウォーズプレイヤーの
リストを記載した紙が置かれていた。
そのリストアップされた10人ほどの中には、
岩手県の高校生、
岡本 龍星の名前が刻まれていた・・・。
★第8話★ 「強敵との対戦」 完結