第8話 秘密
「さぁ、彩葉ちゃんも帰ろうか」
隼人と悠里の模擬戦が終わったあとの訓練所。そこには悠里の姉である彩葉と、副担任の紅有紗の二人だけがいた。
一日の終わりのSHRがあるので、他の生徒や紅玲也は教室に戻っていった。のだが、彩葉はずっと何かを悩んでいたのかまだ残っていた。 そんな彼女に有紗は帰るように声をかけた。
「彩葉ちゃん?」
声をかけたのだが、反応がなかったので近くまで向かいもう一度声をかける。
「……有紗先生、気になったことがあるので聞いてもいいですか?」
「うん? 何かな」
「隼人君のことです」
「隼人君がどうしたの?」
柊隼人の名前が出たことによって、有紗の顔に焦りが生じる。
それもこれも有紗や玲也、教師陣は隼人の家での事情やどんな立場にいるかわかっているからだ。
「何で隼人君は魔術を使わないんですか?」
やっぱり来たか。内心、聡明な彼女のことだ、絶対に来る。と思っていたのかこの質問にあんまり驚いた様子はなかった。
「色々とおかしいんですよ。私達との戦闘で魔術を使っていないことや、魔術器を持っていないことも」
悠里との戦闘はともかく私との戦いでは魔術を使ったら楽に勝てたのに、と真剣な表情で彩葉は呟く。
「教えてください。隼人君は何者なんですか?」
「……正直、私の口からは言えないわ」
「先生っ!!」
「あの子が抱えてるものはとてつもなく大きいものよ。興味範囲で聞くのはやめておいた方が、あなたにとっても得策よ」
隼人が抱えている問題の多くを聞くことが出来て、彼の心境を理解してやれるつもりでいる有紗。
彼女は彼の暗く黒い過去話を聞いたことがあるため、興味本位で聞くものではないと彩葉に忠告をする。
元を辿れば有紗も彼の過去をただの好奇心で聞いてしまったのだ。
それまで隼人の過去を知っている人物はたった一人、学院にいるまたは学院に入ってくる生徒達の情報を頭の中に入れている学院の長だけ。
その学院長に必死に頼み込んだ結果、やっと教えてもらったという感じであった。
それぐらい柊隼人の過去の話というのは、秘密裏にしておきたいものだそうだ。
「それでも、ここまで知ってしまったら後には引けません」
「あの子の過去があなたのトラウマを引き摺りだされるかも知れないとしても?」
「……どういうことですか」
「いいわ、教えてあげる。あの子は『欠陥魔術士』よ」
「え、隼人君が欠陥魔術士」
真実を聞いた彩葉は表情を驚愕一色に染め上げる。
彼女にとって、それは裏切りのようなものに感じてしまったからだ。会って間もない人だけども、自分の想像通りにごく普通の魔術士だと思っていた。
それなのに事実は魔術士の欠陥品と称されている欠陥魔術士。
「ええ、あの子は正真正銘『ゼファー・ミレニアム』以降、存在しなかったと言われている欠陥魔術士よ」
「……だから、魔術を使わなかったんですね」
今までの隼人の行動に納得したのか、彩葉は満足した表情で呟く。
だが、彼女の表情は晴れることがなくずっと曇ったままだった。彼女は知っていたのだ。史実的に言えばゼファー・ミレニアム以降、欠陥魔術士が存在しなかったと言われているが、彩葉はゼファー以外に欠陥魔術士が存在したことをわかっていた。
だからこそ、彼女は自らの感情を押し殺すかのように曇った表情をしていた。
「まぁ、そういうことね」
衝撃の事実というやつを聞いてしまった彩葉は何も言うことが出来ず、口を閉ざしていた。
何かしらの事情はあると理解はしていたけども、ここまで自分の予想が外れているとは微塵も思わなかったのだ。
「……だから言ったでしょ。あの子は特別な子で、あなたのトラウマを引き摺り出してしまうって」
「後悔はしてませんよ。ただ、ちょっと接し方が変わってしまうかも知れないと恐怖はしてますが」
「それはよかったわ。あなたが柊君を大切に思ってるからこその感情だからね」
(有紗先生、それは違いますよ……)
「さ、みんなが待ってるわ。行きましょ」
「そうですね」
訓練所から出る時、点灯させていた電気をすべて消し、真っ暗な状態にしてから訓練所を出る。
教室までの道程を歩いている間、彩葉は声に出すわけでもなく心の中で静かに思った。
(私は……私が幸せになることだけを考えている自己中心的な魔術士ですよ)