第7話 決闘
「……二時間連続で戦えとか、鬼畜ですか」
これから体を動かすに至って、激しい運動にも体がついていけるように適度な準備運動をしつつ、俺は文句を言いまくっていた。
とりあえず文句を言っている相手は水城弟と玲也先生に対してだ。ついさっき彩葉と戦ったばっかだってのに、何でまた戦わないといけないんだよ。
「何かごめんね」
またしても弟のことで謝る彩葉にデジャヴを感じる俺であった。
今日一日で二回も謝ってるな。ったく、あいつはどれだけお姉さんに迷惑をかけるつもりだ。
姉に世話をかけまくる弟はいらないぞって言われてもおかしくないからな。
これを機に少し、お仕置きしてもいいかもね。
誰にでも戦闘を仕掛ける戦闘狂でも、お姉さんに迷惑をかける愚弟でもなくなるように。
「もう気にすんなって、それに今回の場合は玲也先生のせいでもあるんだし」
「そういってくれるとありがたいんだけど」
ま、こんなことになったとどめの一撃ってのは、彩葉の余計な一言なんだけどな。なんて言いかけたが、口を堅く閉ざすことによって止める。
そんなことを言ったら、またしても彼女は謝り始めるだろうな。それがわかっているから、俺は言わないことにしたんだ。
とにかく今はさっきも来た訓練所に来ており、水城弟と俺は準備運動や武器の調整などをしていたはずなのだが、さっきと同じ訓練所かどうかは俺にはわからない。……というのも、さっき彩葉との戦闘でついたはずの傷が一つもなく、新品のようになっていたからだ。
「なぁ、ここって俺達がさっきまで戦ってた場所だよな?」
来た道がまったく一緒だったので、同じだとは思うんだけど、さっきの戦いでついていたはずの傷がなくて怪しかったので聞いてみる。
「うん。そうだけど、どうしたの?」
「ちょっとな、傷がまったくなくなってるからどういうことなのかなってさ」
「ああ、たしかに初めは気になるよね。でも、仕組みとしては簡単なんだよ。この訓練所全面に魔力を通す回路があるのよ。で、その回路を使って魔力を流すの。すると、この訓練所は元のように綺麗になるって原理らしいよ」
――おおっ、さすが魔術専門学校。ハイテクな仕掛けだな。
「準備は出来たか?」
律義に俺のところまで確認に来る玲也先生。
(――それぐらい律義なら、授業をしましょうよ)
既に戦うことが決定している今となっては淡い希望。言ったところで意味はないだろう。
「まぁ、用意は出来てますよ。あとはあいつ次第ですね」
「おう、そうか。なら、もう少しだけ待っててくれ。水城弟の用意が出来次第、試合を開始する」
「りょうかーい」
背伸びをし、体をほぐしながら準備完了の報告をする。
準備完了という報告を聞いた玲也先生は水城弟の方へ向かい、同時に彩葉も訓練所の端っこで固まっているクラスメイト達のところに戻っていく。
「彩葉!」
「ん、何?」
「悪いけど、お前の弟には勝たせてもらうぞ。今回は本気で楽しみたいからな」
満面の笑み――とは、言えないだろうけど今の自分に出来る精一杯の笑顔で言う。
「うん、楽しみにしてるよ」
「おう、絶対に勝ってやるさ」
これを聞いてある人からの殺気は増え、あるグループは騒がしくなった。
まぁ、誰を指してるかをいうと、あるグループとはクラスメイト達である。ある人とは……言わなくてもわかるよね。
「さて、両者の用意が済んだので、試合を始めたいと思う」
模擬戦闘とはいえ、試合は試合なので緊張する。
さっき彩葉に勝ってくると言ったから、さらに緊張してきた。
(でも、言ったことに後悔はしてない)
目を瞑って深呼吸をし、集中力を高める。
戦いの前にしておけ、と昔から何回も耳が腐るほど言われ続けていた言葉だ。
「……始めっ!」
「≪ガーディアン≫!!」
開始の合図――それと共に水城弟は、魔術器を展開しつつ俺に向かって突っ込んできた。
「ったく、絶対にそう来ると思ったよ」
突撃してきた水城弟に、目がけて拳銃を撃ちまくる。
「甘いっ!」
銃弾を真っ二つに切り落としながら向かってくる。
突撃を確認した俺はバックステップをし、充分に距離をとる。
相手が剣なのに対して、俺の武器は中~遠距離からの攻撃に特化した拳銃だ。出来る限り距離を取りつつ戦わなければ、意味がない。
「はぁっ!」
後ろに引いた俺を追撃するように、水城弟の剣筋が舞う。
攻撃の手を辞め、当分の間は避けることに全力を注ぎ込んだ。そんなとき、水城弟の剣筋がある人の剣筋に似ていることがわかった。
(……こいつ、昔から剣を習っていたな)
頭の中で水城弟の自信に関する疑問が氷解していった。
これは俺の予想だけど、おそらく剣を習ってから一度も負けたことがないのだろう。それがキッカケで、自分が一番強いと勝手に決めつけるようになったんだ。
――自信がつくのを悪いとは思わない。けれども、過度な自信は自分の首を自分で絞めることになる。
「……俺の予想通り、やっぱりお前は弱いな」
呟きと一緒に金属と金属がぶつかりあった音が訓練所に響き渡る。
言わずとも拳銃と剣がぶつかりあって発生した音であり、通常通りの拳銃の使い方をしていれば絶対に聞こえないような音だ。
「なんだとっ!」
「水城悠里!! 根本的なところでお前は弱いんだよ」
心底、ムカつく俺からの言葉を聞き、怒りが込み上げてきているのか顔をしかめていた。
「その根本的な差で、お前は彩葉より弱いんだ」
「お前ごときが姉さんの名前を呼ぶな――っ!!」
逆上し、がむしゃらに攻撃をしてくる。まるで勢いだけで振り回しているような無茶苦茶な剣筋だった。
相手を怒らしたことによって、攻撃パターンがよりわかりやすくなった。
(今のこいつは怒りに任せて剣を振るっているだけだ。なら……)
「このっ……くそっ、ちょこまかと動くな!!」
「動かないと、喰らっちまうだろ」
「だから、さっさと喰らえって言ってるんだよっ!!」
(うわぁ、完全にキレちまってる)
やっぱり挑発をしすぎたか、もうちょいソフトな言い方をしたほうが良かったような気がした。と、後悔をする俺だったが、過ぎたことをいつまでも悔いても意味はない。さっさと切り替えて、水城弟の剣戟を避けつつ拳銃で応戦する。
「だったら……断然、お断りだ」
こいつの攻撃を喰らうぐらいなら、彩葉の落水を――受けたくはないかな。うん、アレは喰らったら死ぬ。非殺傷にしていたとしても、あれは楽に死ねる。
こう……何ていうか、精神的に。
「ああ、もう!! 何で喰らわないんだよ」
「そりゃあ、お前には覚悟が足んないからじゃないか?」
「うるさい!! お前は黙って攻撃を受けてろ」
今でも言うけどさ、こいつって横暴だな。……お前はどこかの暴君なのか?
「……ったく、話は最後まで聞けっつ―の!」
水城弟の怒濤の攻撃を軽やかに避けた――はずだったのだが次第に攻撃パターンが変わっていったため、ついていけない俺がいた。
(……あいつ、ちゃんと非殺傷設定にしてんだろうな? かなり痛いぞ)
非殺傷にしてるかしてないかを調べる方法はある。それは魔術器による攻撃を受ければいいだけの話だ。だが、それをして殺傷モードだった場合、致命傷を負うことになるのでやめておく。
今は、そんなくだらないことを考えるより、あいつの攻撃パターンについてだ。最初の方は怒っていて単調な攻撃だったのだが、次第にパターンが変わっていった。
(怒ると普通は攻撃パターンが単調になるはずだろ!)
攻撃パターンが単調から複雑なものに変わっていったため対処出来ずに地味に喰らっていったのだ。喰らったままでいれるはずがない反撃のため、拳銃を放っているが一発も当たらない。
(このままじゃ、まずい! どうにかして反撃を……)
でも、どうやったら……、この攻撃に対処出来る方法は? あいつは次にどういう攻撃をしてくる?
考えることが多すぎて混乱してきた。どうやっても負ける、そういう未来予想図が出来てるわけでも、そう思っているわけではない。だけど、攻撃のタイミングや方法が思いつかないのだ。
(……こいつ、普通に強いな。こいつと戦う前に批判ばっかりしていた自分を殴りたくなってきた)
水城弟の攻撃を何回も受け、後悔した。
俺自身も人の中身を見ることなく、外見だけで判断していたからだ。こいつは、バカだから勝つのは当然、そう決め付けていた。――本当のバカは俺だったな。相手を見定めることを怠っていたから。
(あとで謝らないとな。本当に間違っていたのは俺だったって。だけど……)
これだけはこいつに伝えておきたい。
気づくか気づかないかで、かなり変わってくる。人の本質的な部分の強さのことを……。
「だけど、お前は本当に弱い」
「お前、まだそんなことを……」
「正直に言って、現に押されていた俺が言える言葉じゃないことは確かだ。だけどな、本当だったら俺なんて瞬殺できるぐらいの力を“お前ら”は持ってるはずなんだ!俺は魔術器を使ってなくてコレなんだ。だったら、もっと俺を圧倒させてみろよ。……今のお前らは、ただ覚悟がないのに武器を振り回してるだけだ。そんな、魂のこもっていない攻撃が当たっても痛いも何ともないんだよ!!」
この言葉を聞いて水城弟は顔を俯かせ、体はぷるぷると震え出していた。
「……ふざけんなよ。お前にオレを生んだ親に捨てられた、オレの気持ちがわかんのか!?幸せなんてほとんど味わったことのないオレに、そんなわかったような口を聞くなっ!!」
「くっ」
全身全霊をかけたような一撃が俺を襲う。
全力の一撃で崩れそうになるが、これで崩れたら駄目だ。ここで崩れてしまったら、何かが壊れそうな気がする。
その決心があったためか、崩れることなく水城弟の一撃を受け止める。
「わっかんねぇな……。俺はそんな人の心を読めるやつじゃないからな。それでも、これだけは言える」
深く息を吸い込み、ずっと思っていた言葉をいう。
「悲劇の主人公顔してんじゃねぇ!!」
手と手に持っていた拳銃に精一杯の力をいれ、水城弟の剣を弾き返す。
「なっ……」
「何が幸せを味わったことがないだ。ふざけてんのか。じゃあお前は――親に存在を否定されたり、拒絶されたことがあるのか。誰一人、頼ることの出来ないそんな運命を歩いてきたのか? ……違うだろ!!」
心の中でずっと存在していた感情をぶつけるかのように、俺は叫ぶ。
小さいころから思っていた“幸せが欲しかった”という感情をだ。
「お前は、そこらへんに転がってる石ころに躓いたぐらいなんだよ。お前よりもな、辛い運命を生きてきたやつもいるんだ。間違ってもそんなランクで幸せを味わったことがないなんて、言えるのか!!」
「……っ」
「それにな、……お前は幸せだろうが」
戦いの最中だっていうのに、拳銃を降ろし親しみをもって話しかける。
「えっ?」
「お前には、心優しいお姉さんがいる。お前はそんなお姉さんが好きなんだろ?だから、そのお姉さんを害するかも知れない俺を嫌っているんだろ」
「あ、ああ……」
チラッと彩葉の方を見て、恥ずかしげに呟いた。
そのさっきまでの叫び合いの雰囲気から、一気に変わった俺達を見て、クラスメイト達も絶句する。
「なら、良いじゃないか。少なくとも水城は今、幸せなんだろ?」
「……そうだな」
「俺がさっき言ったやつはな、未だに幸せを実感できてないんだよ。そんなやつからすると、お前の受けた傷なんて優しいものだろ?」
「ああ、そうだな。オレは、ただ石ころに躓いただけなのか……」
自分自身に問いかけるように、水城弟は呟く。
「……さてと、そろそろ戦いを再開しようか。そうじゃないと、玲也先生に怒られちまう。それじゃ、こっちから行くぜ」
「柊!!」
勝手に拳銃を構え、戦闘を再開しようとしたのだが、名前を水城弟に呼ばれたので拳銃を降ろす。
「ん、どうした?」
「オレのことは悠里って呼んでくれ」
「良いのか……? あんなに嫌ってた相手だろ」
「ああ、良いんだ。お前のおかげでオレは、覚悟を決めることが出来た。だから、そのお礼だ」
ああ、俺の言葉によって悠里も覚悟を決めることが出来たのか。
……で、その礼が名前をね。俺もこの勝負に望む覚悟を決めるか。
「悠里、俺のことも隼人でいいぞ」
「おう。……なら、行くぜ。隼人!!」
「来いっ!!」
最初と同じような突進――。
だが、最初とは違い動きにキレが増していた。さっきまでなくて、今はあるもの――それは、覚悟だ。悠里は覚悟を決め、戦いに挑んだ結果、こんなに強くなったんだ。
(さっきまでの力押しで、負けていたんだ。悠里が覚悟を決めたら、こうなるとはわかっていた)
――でも、やっぱり羨ましいな。
俺はこれ以上、強くなることも出来ないからな。本当に羨ましいよ。
「ぐっ、やっぱりさっきまでとは違うな」
「そりゃそうでしょ。隼人のおかげで、オレは決心することが出来たんだから」
俺のおかげって言ってもらえるとありがたいな。
これで負けても、悠里を強くしちゃったからな。とか、言い訳をすることも出来るしな。
……まぁ、元から言い訳をするつもりはないけどね!!
「そう――」
悠里の舞うような剣筋を見切り、剣を拳銃で弾く。その攻撃によって一瞬の隙ができ、その隙に一直線に突撃する。これは迷った末に結論としてでた究極の作戦だった。というか、ただ単に突撃するだけだなんて既に作戦ですらない。
「なっ!?」
「負けたくないんだ!!」
それでも、負けたくない。その一心で拳銃を強く構え、半ば勢いのまま叫びながら水城に向かって拳銃を撃ちながら走り出す。
銃弾を避けるのに必死だったためか、悠里は俺が直接攻撃できる範囲まで近づいていたのに気づいていない、俺の接近に気づいた悠里は急いで体制を立て直すが間に合わない。そう確信し、銃口を向けた。
「…………」
――のだが、どうやら神様は俺を勝たせる気がなかったようだ。
「あぁ、俺の負けか」
俺の喉元に悠里の剣先があったのに対して、拳銃の標準は悠里にあっていなかったからだ。
「勝者、水城悠里!」
訓練所に玲也先生の大声が響く。それを聞いてクラスメイト達は騒ぎ出すが、俺達はそんなことを聞いちゃいない。
それどころか悠里に至ってはさっきから動くこともなかった。そんな悠里を見ながら拳銃をベルトに直す。
「……え、オレ、勝ったのか?」
「ああ、悔しいけどお前の勝ちだよ」
放心状態の悠里に声をかける。
あ―、本当に悔しいな。あの状況じゃあ、もう勝ったと思ってたのに、あんなに立て直すのが早いとか。どんな状況でも絶対に油断はするなってことだな。今回のことを反省してもっと強くならないとな。
「悠里、悪かったな」
「えっ」
勝てたことに余程嬉しかったからか興奮している悠里に謝る。
反省して謝ったのだが、悠里からすると、なぜ謝ってるのかわかってないのか、キョトンとした顔で気の抜けた声をあげた。
「ほら、なんだ……。お前のことあんま知らないのに、偉そうなこと言ってたろ」
「あ―、そんなこと言うんだったらオレのほうこそ悪いよ。ごめん」
「だから、仲直りっていうか。まぁ、これから仲良くしていこうぜって意味で、な」
仲直りの言葉をいうこと事態が妙に照れくさかったので、顔を背け手を差し出しながら言う。こんな台詞、顔を見つめながらなんて言えないからな。もしかしたら言えるかも知れないけど、顔が真っ赤になるのは確かだ。
「おう、これからよろしくな。隼人」
と、差し出した手を強く握り締め、悠里は言ってきた。
「ああ、これからよろしくな。悠里」
それに返事するように、俺も続いて言う。こうして俺は転入初日から2人の友達を作ったのであった。
――あ、そうだ。これだけは言っておかないと。
「悠里」
「ん、なんだ?」
「次は負けないからな」
今回は負けたけど、また勝負しようぜ。
そういう意味を込めて悠里を指をさし笑顔で言う。
密かに込めた意味を汲み取ったのか、悠里は「おうっ」と短い返事をした。