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第5話 過去と勉強会



 柊家――世界で最大規模の財力を持っている五大家系、その内一つの家系。

 俺はその柊家の長男だった。

 名誉ある世界最大規模の五大家系の長男として、立派な魔術士に成れと幼い頃から余計なプレッシャーを懸けられ、出来損ないの息子を生まれさせたくはないという勝手な親のプライド。ただそのだけにために色々と勉強させられた。

 一切の自由も許してくれない自我を表面に出すことすら奪われた日常。

 柊家に生まれた以上、避けては通れない道。どうやっても解決しない問題だから諦めてしまえば問題はない。そう決めつけて自分の気持ちを出すことをやめた。

 そんな退屈な日々を過ごしている内に自分の中で、別の感情が芽生え始めていた。

 “自由になりたい”と。

 親のプライドなんてくだらないモノに縛られるのは嫌だし、親の言うことを黙って聞くだけの操り人形じゃない。

「……こんなことになるんだったら、魔術士の才能なんて無かったらよかった」

 家柄に縛られるのには慣れていたのだが、ふとしたキッカケでそう思ってしまった。それが駄目だったのだろうな。

 運命の日――。

 自分の魔力の波長と合っている魔術器と契約をする儀式のある日。魔術士になる可能性のある人達が一同に集められ、自分に合った魔術器と契約をするこの日のことを人は『運命の日』と呼んだ。

 理由は簡単。

 本当に自分に合った魔術器が見つかるかどうか。魔術士に成れるか、成れないかが決まるのだ。それを運命の分かれ道と言わずになんと言うのだろうか。

 その運命の日に事件は起こった。

 大量に運び込まれた魔術器の中にたった一つだけ『呪われた魔術器』が存在してたのだ。

 簡単に呪われた魔術器について説明してしまうと、これを持った者はこれからどの魔術器と契約を結ぼうとしても拒絶され、魔術士に成れないことになる。まさに魔術士からすると天敵のような存在。

 大人達は呪われた魔術器に気づくことなく契約の儀式を始めていった。

 一人、また一人と契約を成立させていくうちにやっと俺の出番になり、大量に運び込まれていた魔術器の中から適当に一つの魔術器を選び儀式の間に向かう。

 今、思えば、どうしてあのときにちゃんと考えて選ばなかったのか。すべての魔術器を見て選べばよかったと後悔した。

 だけども、当時の俺はそんなことはどうでもいいと思っていたんだ。周囲の人間からは、柊家の長男なのだから魔術士に成るのは決定だな。あの子だから完璧でしょう。といった人を勝手に天才扱いする発現の数々。本当はそんな天才でもなくて、影でこそこそ練習した結果だっていうのに。

 あいつらはそんな人の気を知ることなく称えあげる。

 何事に置いてもトップレベルの知識を持ち、何でもかんでも成し遂げることが出来る完璧超人っていう偽りの柊隼人を周囲の人間の手で勝手に創りあげられてしまう。

「……では、契約を始めます」

 契約の儀式を始めるために手にしたのは、今の柊隼人を作るキッカケになり、俺の人生を滅茶苦茶にしやがった魔術器――。

 “呪われた魔術器”

 それを持ち契約に挑んだ俺がどうなったかは明白だろう。

 呪われた魔術器以外の魔術器と契約を結ぼうとすると拒絶され、呪われた魔術器に触っても何も起こらない。反動を受けるどころか魔術の発動すら出来なかった。

 魔術の発動が出来なくなったやつの末路がどうなるかも理解出来るはずだ。

 これまでは未来に期待され、大人達の注目を浴びていたが、未来に期待出来なくなった途端に手に平返しだ。

 身勝手にあの家のご子息だから天才に決まっていると期待していたクセに、大人達のミスで運びだされた呪われた魔術器に誤って手を出してしまって魔術が使用不可になったらゴミのように扱う。

 これをキッカケに、俺は……魔術士としての未来も、家族も、友達すらも失った。

(そんなときだったかな……。やつに会ったのは)

『ねぇ、どうしてそんなに苦しんでるの?』

 小さく存在しているブランコで遊んでいると、話しかけてくる声があった。だが、小さかった俺は何も聞いていなかったように無視する。

 当時から友達や肉親に裏切られることを知っているのだ。ましてや他人との関わりを持っても、どうせ裏切られるだけだとわかっていたから。裏切られるだけなら話すこともいらない。孤独の道を歩くとそう決心していた。

『どうしてそんなに辛そうなの?』

「……アンタに何がわかるっていうんだよ」

 まるで自分のことを知っているような台詞を言われたためか、もしくは心の中でずっと思っていた事を言われたからだろう。声の主に対して刺のある言葉を放ってしまう。

『――わかるよ。あなたの気持ち』

「えっ?」

 ブランコに乗りながら縮こまっていた俺に向けての言葉。それは、幼少のころの俺を驚かせる言葉だった。

 励ますような言葉をかけられたことに驚いた俺は声が聞こえた場所に視線を動かす。するとそこにはまるで、天使の生まれ変わり、あるいは天使の末裔と思われるぐらい真っ白な衣を纏った女性がいた。

(そいつは妖精のようなやつだった。いや、もしかしたら妖精だったのかも知れない。今、冷静に思えばあいつの体は光っていてあまり実体化してなかったような気もした)

『世界に見放されて苦しいんだよね、悲しいんだよね』

「っ!?」

 心の底で何度も思ったこと。

 自由にはなりたいと願ってはいたけども、こんなのは嫌だ。子供のわがままかもだけど、自由の代償が力を無くすことなら俺はいらなかった。力が無かったら何も出来ないし、もし大切な人が出来たとしても守りきれないじゃないか。

 それをあたかも知っているように言われてしまったので、俺は思わず涙を流してしまう。

「ずっと、寂しかった……」

『でも、大丈夫。これからは私が護ってあげるから』

 ブランコに深く座り込みながら泣いていた俺を優しく包み込むように抱き締める。

 同時に俺の胸の中で空っぽだったところに何かが満たされていく気がした。それから女性は約束通り、何度も会いに来てくれて俺を守ってくれていた。

 そいつは前にどうしても抜けられない用事があるからと言って、俺の元からはいなくなったけども。いずれはまた会えるようになると思っている。

『……また会えるよ。近いうちにね』

「えっ?」

「柊君、どうしたの?」

「声が……。声が聞こえたんだ」

 どん底に沈み、この世に生きる意味すらもなくし、自暴自棄になっていたときに俺を必要だと言ってくれた一人の女性の声が。

「声? 私には聞こえなかったんだけど」

「まぁ、そうだろうな。あいつに会ったことがあるのは、昔の俺ぐらいだろうから」

「そう……。もしかしたら、その人は柊君のことが心配だったのかもね」

 そう、だったらいいんだけどな。頑張って生きている、今この現状をあいつに見せてやりたいし。

 彼女がいなくなってからも色んなことを経験した。

 魔術が使えない反面、身体能力は基準よりも高くしたいと思い体を鍛え続けたり。

 たとえ魔術士として生きていけなくても、魔物の相手をまともに出来る能力を身に着けたい。そう思い頑張って訓練をしていた。

 才能のないやつにそんなことが出来るものかと周囲の大人達からは蔑まれ、自分と同じぐらいの子供にも苛められ続けていた。

「――色々と話が脱線しちゃったけど、そろそろ始めよっか? これ以上、時間をかけてたら先生に怒られちゃう」

「ああ、それもそうだな」

「それじゃあ行くよ。今度はちゃんと魔術器を使うからね」

 今、手に持っている拳銃に例の弾丸が何発も入っている特殊なマガジンをセットする。

 こんな訓練ではあまり使いたくない類の銃弾なため、使わないように頑張っていたんだが、よく考えたら威力とかどんな感じに魔術を破壊するってのか。何もかもわからないまま敵と会ったら戦えないなと自分の中で答えを出し、今回の訓練で『対魔術士用マガジン』を使うことを決断したのだ。

「≪アクアブライト≫!」

 魔術器の名前を言った直後、水城姉の手に雲一つない青空のように蒼白な光の粒子が集う。その光の粒子は手に触れてる部分から形成されていき、双方に刃がついている双刃剣のような形に収まった。

 一般に双刃剣(そうはけん)と言われている珍しい剣の種類だ。

 俺自身も目にしたのは今回が初めてだし、これからそれの持ち手に会うこともないだろう。

 双刃剣自体が珍しい剣種というのもあるが、それ以上に珍しいのは双刃剣型の魔術器がこの世に存在していることだ。

 双刃剣の歴史は予想しているよりも深いモノではない。一つの事件をキッカケに開発が進められ、そして終わりもまた事件によって終わらされてしまった。

 双刃剣の事件――。

 これは私情だが、この事件もまた俺が欠陥魔術士になった事件とも関わりを持っていた。家の権限を使って国立の図書館に入り、この情報について調べていたんだ。

 さすが国立の図書館と言うだけのことはあったよ。ちょっとした豆知識並みの情報から大事件と言うランクの情報まで、様々な情報が一つの図書館に集中していた。情報の量が多すぎて探すのに手間を取ったが、普通なら入室することも出来ない機密事項ばかりが集められている特殊なスペースに置かれていた。

 一般人なら入ることの出来ないスペースだったが、俺には柊家っていうとてつもなく大きな後ろ盾があるからね。今回は遠慮なく使わせていただきましたよ。

 調べた結果わかったこと。それは――。

(双刃剣を作った本人が、自分の作った武器を抹消していく……)

 そいつの名までその資料には書かれていた。国から指名手配を受けている極悪な殺人鬼、『藤堂(とうどう) (かおる)』ってな。

 彼が何故、指名手配を受けているのか気になったりもしたが、一般人が入れない場所に何時間もいられるとそこの警備をしている人が困るんだってさ。だから、流し見した程度なのだけども。

 事件によって始まりと終わりを迎えた。

 これが双刃剣が浅い歴史と言われた理由と使用者が少ないという理由だ。

「それがお前の魔術器か」

「ええ、私専用の魔術器です」

 アクアブライト――刀身に蒼い水を纏わせている剣。その剣を見るだけで、やっぱり水城姉専用の魔術器なんだとわかる。

 潜在的に水の魔力を持っている水城姉がアクアブライトなんていう名前からして水の魔術器を持っていたら強いに決まってる。

 多かれ少なかれ、どんな人にも魔力が存在している。欠陥魔術士と言われている俺にも、微弱ながら魔力はある。その潜在的な魔力の属性と魔術器の属性が一致すると、更に魔術が強化されるという得点がある。

 魔術の基本に関することはあまり知らないが、戦闘に関係することに限ってはまったくの正反対だ。魔術士と戦うことになったらこのことに注意しなさい。と、ある人に言われたからな。

「さて、そろそろ良いですか?」

「ああ、そっちこそ非殺傷の設定は済んだか?」

「大丈夫です。魔術器は主人の気持ちが攻撃に反映しますから。私があなたを殺したい、って思わなければ大丈夫なんですよ」

 つまりお前が俺を殺したいって思えば、いつでも殺せるってわけだよな。

 こんな危ない物だったんだな、魔術器は使い方を間違えてしまうと、殺戮の武器となる。と契約の儀式に行くまでの仲がよかった時期の父親から聞いたことがあるな。

『――人殺しの武器か人を守る武器。どちらになるかはその人自身の心の強さで変わる。お前はそんな失敗をしないでくれ』

 珍しく真剣な表情で言ってくるから、俺もふざけるなんてことはしないで真面目に聞いていたんだよな。

 ま、それはともあれ、魔術器はちょっと使い方や心の持ち方を変えるだけで全部変わってしまうからね。

「まぁ、私がそこまで殺したいって思う相手はいないから大丈夫ですよ」

「それなら良いんだけど……」

 ちょっと待て、ってことはこいつの弟と戦うときマズイんじゃないか?

 たぶんだけども、あいつは本気で俺を殺そうとするぞ。あんな啖呵を切ったんだ。怒ってないとおかしいぞ。

 いずれ起きるであろうあいつとの戦いを不安に思いながらも、今は水城姉との戦いに集中することにした。

「行くよ」

「ふっ……」

 グリップを強く握り締めながら水城姉の様子を伺っていたのだが、何とも優等生っぽい外見からは予想も出来ないような大胆な戦法に出てきた。

 遠距離戦がメインとなる俺に対して、真正面から突撃してきたのだ。

 途中でステップをして狙いを定めさせない動きをするわけでもなく、本当に突撃したきた。良く言えば特攻。悪く言えばイノシシだな。

「おいおい、真正面からだと俺の範囲内だぜ」

 水城姉の武器に狙いを定め撃ち抜く。

 魔術を破壊する銃弾なら、術者を狙うよりも魔力・魔術を狙ったほうがいいかもと思ったからだ。決して水城姉に攻撃を当てられないから逃げたわけではない。

「そんなの甘いよ」

 アクアブライトを使用することなく一発の銃弾を避ける。素人のような避け方ではなくて、いかにも訓練されたような小さな動きだった。自分で予想していた以上に少ない動きで避けられてしまったため、当初の予定であった追撃をやめることにする。

(くそ、なんでこんなに強いんだよ。訓練でもされてたのか?)

「今度はこっちの番ですよ……って、あれ」

 銃弾を避けた水城姉はニヤリと口角を上げて、俺が立ち止まって拳銃を撃っていた場所を見た。これから何かを仕掛けようとしていたのだろう。と俺は推測するが、そんな仕掛ける時間をくれてやるほど戦いに置いて気を抜く性格ではない。

「遅いよ」

「なっ!?」

 避けた先に回り込み、拳銃のトリガーを引く。

 今回に至っては武器を狙ったりしないで直接、胴体を狙った。

 さっきの弾は武器という小さな的を狙ってしまったがために簡単に避けられてしまった。ならば、大きな的を標的に変えてしまえば当たるのではないかという簡単な発想。

「……うん、やっぱり柊君は強いね」

 先を見据えて行動する俺をただ単純に褒め称える水城姉。

 彼女はこの弾を避けるつもりがないのか、得物から力を抜き構えも解いた。

「だけどね――」

 一発の銃弾が水城姉の体に直撃したとき、例えようのない違和感を感じた。

 もしかしたら避けれるかも知れない攻撃を避ける努力もしないで普通に受けるか?

 俺なら無理だったとしても、当たり所を少しでも良くするように悪足掻きをするはずだ。でも、あいつはそんなことをしなかった。まるで攻撃を受けることを望んでいたかのように。

 自分の中で考えが纏まらない、そんな曖昧な思考。

 地面に映る俺の瞳は猫のように真ん丸としていて、まるで動揺しているかのようだ。ポーカーフェイスには自信があったんだけども、いきなり普通ならありえない行動をされると弱いみたいだな。

(……ん、地面に映る?)

 入ってきたときにさりげなく確認してみたが、この部屋にそんな反射させる機能なんて付いていない。

 それじゃあ、なんで俺の顔が地面に映っているんだ。

 自分の顔を見る機会なんて、鏡を見るか、水面とかを見るしか……。

「水っ!」

 いつの間にか地面に広がっていたのは大きな水溜り。どこかから水が流れ込んでいるのか、その地面に広がる水は全体的に広がって行く。

 たったそれだけで俺は水城姉が考えていた作戦のすべてを理解することが出来てしまった。

 一応、確認のために水城姉の体を確認してみるが、自分が予想していた通りの結果だった。彼女の撃ち抜かれた部位からは止めどなく水が流れていた。

(やっぱりか……)

 部屋に水が入ってくるなんてことはないんだ。それじゃあ、何故この部屋に水が広がっているのか。簡単に考えてみればわかること。

 水を扱う人がこの場所にいて、そいつが水を生み出しているとしか考えられない。

「くそっ、あれが偽者だとしたらどこに……」

 ふと地面を一目見ると、その大きな水溜りには自分の真後ろに水城姉がいて剣を振りかぶっている構図が浮かび上がっていた。

「しまったっ!?」

「私は負けられないのよ」

 全力を振り絞って振ってきた剣を拳銃で受け止める。

 咄嗟のことだから反応出来ただけマシだと思いたいところだが、受け止めた体制が変だったので神経が、体の所々の部位が悲鳴をあげていた。

「ぐぅっ」

 自分で思っていた以上に剣が重い……。

 彼女の華奢な体のどこからこんな重い攻撃が繰り出せるんだ。弟の剣よりも更に上の威力だった。魔術についての応用を見ているうちに理解することが出来た、武器に魔力を上乗せして攻撃をするという方法を取っているのかと思い、神経を研ぎ澄ましてアクアブライトを目視してみるけど、魔力はまったくと言っていいほど“感じない”。

「この攻撃を耐えるなんて、さすが男の子だね」

「っ、当たり前だぁっ!!」

 水城姉を双刃剣もろとも吹き飛ばすつもりで拳銃に力をいれる。全力を出した甲斐あってか、吹き飛ばされた水城だったが無事に着地していた。

 ――今の世の中、あれぐらい強くならないと生き残れないのかな。

「隙あり!」

 体制を立て直している最中の水城姉に標準を合わせ、マガジンに入っている銃弾すべてをぶちまける。

 今の俺はまさにトリガーハッピー。

 マガジンに残っていた残弾をすべてぶちまける。トリガーハッピーになってると言ったが、適当に撃っているということではない。ある程度の標準は捉えて撃った。

 このチャンスを逃したら、次にチャンスが出来るのはいつかわからない。それならいっそのこと今、勝負を決めてしまおうと本能が猛攻撃を決断したのだろうな。

「はっ、やっ!」

 着地したばかりで体勢が崩れていると仮定していたのだが、思った以上に彼女の体は柔軟で想像を絶する回避方法を取られたりもした。

 上体を後ろに倒して避けるとか、着地したばかりの体勢でよく出来たものだな。避けきれない銃弾があっても、魔術士特有の魔術器で真っ二つに切られる。

「……やっぱりあの程度だと回避されるよな」

「当然です。あまり私を舐めないでくださいね」

 さすが、先生にも一目を置かれている優等生ってところか。

 別に先生から彼女を信頼してると聞いたわけではない。だが、席がたまたま隣になっただけなのに何も知らない転入生の世話を頼むか?

 普通ならそんなことはしないはず。ましてや先生が信頼出来てない言えば悪い気がするけども、性格が歪んだ人だったとしよう。性格破綻者に何の知識もない赤ん坊みたいなやつを任せたら、それに釣られて性格がおかしくなるに決まってる。

 だからこそ、彼女は先生達から信頼されてる人なんだってことがわかった。

「それにしても、どうやってそこまで重くしたんだ」

「知りたい?」

 仕切り直しと言わんばかりに俺はリロード作業を、水城姉はまたしても突撃してくるつもりなのか、いつでも突っ込んでこれるような体勢をとっていた。

 本当に仕切り直しじゃないのは俺が一番わかっている。

 俺と水城姉。二人ともわかりやすいダメージは一発たりとも受けていない。だけども、俺自身は少なくともダメージを受けた。

 さっきの一撃を無理な体勢で受け止めた反動で、未だに腕の神経が麻痺していて力を込めることがまったくと言っていいほど出来ない。戦闘に置いて、これほどのダメージを受けるということは、おそらく負けは確実だろう。立て直す時間を最小限にしなければ戦闘も困難になるだろうし。

「ああ、知りたいな」

 少しでも腕の麻痺を解こうと必死に時間を稼ぐ。時間がたてば少しぐらいならマシになるかも知れない。

(ちょっとでも腕が動くようになれば存分に戦うことは出来るんだ)

 さっさと治ってくれよ。という願いを腕にかけながら今の攻撃を解析していく。

 今の俺でもわかることはただ一つ。

 水城姉みたいな身軽でスレンダーなやつがあんな重たい攻撃を放てるわけがないんだ。あれほど軽そうなスタイルなんだ。絶対、武器か体に細工がされているはず。さっきの水で作った体みたいに何かしらの細工をしてあるのか。魔術器に魔力を纏わせているのか。

「それじゃあ、教えてあげない!」

 双刃剣を高く振り上げ、もう一度、同じように突っ込んでくる。

「おいおい、そこまで話を振っておいて言わないなんてセコいだろ」

 重力に従って急速に落ちてくる剣先を右サイドに飛び込むことで回避する。

 あんなクソ重い攻撃をバカ正直に受け止め続けていたら、腕が悲鳴をあげ、折れることになるだろうと直感で理解したからだ。

 剣先が地面に当たった瞬間、ドゴンッ!! という物凄い轟音をたて、訓練所の床に小さなクレーターが出来た。

 訓練所ということもあって、頑丈に作られていたはずなのに……。

 いや、頑丈に建設されていたからこそ、この程度の被害で済んだのか。

「……あんなの喰らったら、確実に死ぬって」

 非殺傷にしてあるって絶対嘘だよな。

 おそるべき攻撃の威力を体験や視界に入れたせいで、自分の体を心配をする俺だった。

 それと同時に目の前に出来たクレーターを見てわかったことがある。

(地面が濡れてる? まさかな……)

 仮に、これは仮の話だが、あの剣の重さが水によって増幅されたものだとしたら?

 布が水を吸うと重さが増えるという現象と同じように、剣にも水をまとわせて重くしたのであればどうだ。

 ――女の子なのに、あの攻撃の重さってのが説明出来る。

「そういうことか」

 謎を解いてしまえば簡単だった、その事実に思わず顔がニヤけてしまう。

「何、笑っているの……」

「いや、ただ単にお前がしてきた、さっきの攻撃のタネがわかっただけの話だ」

 言わばマジシャンのマジックのタネのようなものだった。

 知ってしまえば面白くない、ただ単純なものだったって感じだな。まぁ、これが本当にあっているのかどうかはまだわからないけどね。十中八九、俺の推測通りだと思うけどな。まだ、確証は得てないからわからないや。

「へぇ、本当に見抜いたのならすごいよ」

「だから、見抜いたんだって」

「……だったら、言葉なんかじゃなくて私の前で実際に証明してみなさい」

 どうせ口で言っても意味ないと思って、元からそのつもりでいたっての。

 双刃剣を構え、まるで巻き戻しして再生したかのようにまったく同じフォームをしてくる水城姉。たださっきと少し違うのは、単純に高さが違っていた。

 さっきは高く振り上げただけだったのに対し、今は少しだけだが体を浮かせている。つまりちょっとだけ威力が増すってことだ。簡単に考えてしまえばね。

「だけども、それのタネを明かしてしまえば簡単だったぜ」

 俺の考え通りに水城姉が行動したのだろう、ある一点を通り過ぎた直後、急速に落ちてきた剣先を片目に見ながら呟く。

「はぁ――!!」

 アクアブライトを最初と同じように拳銃を使って受け止める。

 予想通り、とてつもなく重い衝撃が俺の全身を襲う。すぐにでもギブアップと言いたいぐらい重い。このまま耐え切ろうとしても潰れてしまいそうだ。

 その重みを体を上手く使って耐え切ってみせる。

 最初の一撃と違って無理な体勢で受けさえしなければ、ちょっと高さや重力が増え、攻撃力が増幅させたぐらいなら余裕で耐えれる。

「……これは俺の予想だが、アンタはこの剣に水を纏わせているんだろ。ただ、それがバレてしまったら意味がないから、その水の魔力を圧縮して視界に入らないようにしてな」

「正解よ。見破ったって言ってたのは本当だったみたいね」

 ここまで言い切ってて、外れてたらだいぶ恥ずかしかったけども、予想が当たってよかったぜ。とはいえ、この状態からだと体を少し動かすだけでも苦しいな。

 体を支えている足という支点が空中へと浮いてしまったらどうなるかなんて頭を使えばわかるはずだ。

 片足だけだってとしても、今の状況で動かしてしまえば、そちら側から体勢が崩されてしまい大ダメージを受けてしまうな。

「だけど、ここからどうするつもり? 自分でいうのも何だけど、今の状況でも結構ギリギリなんじゃないの」

「正解」

 女性にこういうことを言うのはダメだって、とある人から言われた教えなんだけどさ。水で増しているから別に言っても構わないよな。

 ――重いっ!!

 どうしようもないぐらい重い。

 弱音を吐いてもいいなら、ずっと弱音を吐き続けたい。

(だけど……)

 脳内に思い出すのは、今までの記憶という名の軌跡――。

 死ぬ直前に見る走馬灯というやつに似ているかも知れないが、そんなちゃちなものではないはずだ。走馬灯のいうのは幸せだった記憶を思い出すことだと俺は思っているからだ。

 対して俺が思い出したのは受けてきた迫害の数々。

(あんな無力な俺はごめんだ。俺は強くなりたい、今度こそ大切なものを見つけたいんだ)

「だからこそ、負けられねぇんだ!」

 俺の想いに応えるようにアクアブライトを受け止めていた拳銃が光りだす。

 家を出る直前、親父の手によって渡された特殊な細工をされているたった一つの拳銃が。

「なっ!?」

 目前で起きた不思議な現象により水城姉に僅かな隙が出来た。それに俺の勘違いかも知れないが、押し切ろうとする力も弱くなって来ていた。

 ここがチャンスだと思った俺はすかさず持っていた拳銃から手を離し、その場から一時離脱を図る。

 水城姉は勢いを殺すことが出来ず、そのまま拳銃と共に地面に激突してしまう。

 そして――。

「チェックメイト、だ」

 敵である俺を巻き込めなかったことを水城姉は即座に理解し、その場から退こうとしたが、時既に遅しってやつだ。

 拳銃を持ち、水城姉の額に銃口が当てていたからだ。

 戦闘中に自身の額に銃口が当てられるということは、並外れた反射神経を持っていない限り負けを意味する。

「……参りました」

 アクアブライトが空色に光ったかと思えば、光の粒子となって虚空へと消えていった。武器を捨てるという行為は参りましたを現すのだから、水城姉の言葉は本当みたいだな。

 ともあれ、こうして初戦闘は俺の白星で終わることが出来た。

「ほらよ」

「あ、ありがと」

 持っていた拳銃をホルダーへ直し、地面に衝突した衝撃を受け、未だに立ち上がっていない水城姉に手を差し出す。

 その親切心で差し出した手を握った水城姉を引っ張り上げる。

 ――何故か、頬が赤らんでる気がするのは俺の気のせいなのだろうな。

「さて、帰るか。そろそろ戻らないと先生に怒られる」

「……そうだね。でも、その前に聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「ん、なんだ?」

「最後の攻撃をどうやって避けたの? じ、じゃなくて、拳銃を拾う隙なんて与えてなかったと思うんだけど」

 確かにあの場で拳銃を拾っていたらこの勝負、確実に俺の負けで終わっていたな。

 まぁ、そのまえに拾う隙すら与えてくれなかったがな。

「そりゃあ拾ってないからな」

「えっ」

「その証拠にまだあそこに転がってるだろ」

 最後の一撃で出来てしまった新たなクレーターの中心部に無残に転がっている拳銃を拾いに向かう。

 あんな悪魔による全力全開の一撃を直で受けたんだ。どこか痛んでいても文句は言えないぞ。壊れてしまっていたらどうしようか。あいつらに言って修理してもらうのが一番、最良なんだけど確実に怒られそうだしな。「転入初日から何、壊してんだ」ってね。

「ほっ、良かった。無事みたい」

 地面に転がっている拳銃を拾い、全体を見回してみるが傷一つない。内部の方に損傷は出ていないか確認するために何発か撃ってみる。

 いつも通りに銃弾は発射されるし、命中精度が落ちてるわけでもない。極めて正常だった。

「え、つまり、拳銃は二つあったってこと?」

「まぁ、そういうことだ」

 ――残念だったな。とまったく悪びれる様子もなく、言い放ってみる。

 当初から俺は拳銃を一つしか持ってないとは言ってなかったし。これは許容範囲でしょ。卑怯ではあるけど、これぐらいしないと欠陥魔術士は魔術士に勝てないってことで勘弁してくれ。

「ちなみに途中で拳銃をすり替えていたんだぜ?」

「うそっ?」

「ホントだって……。これなんだけどさ、この二つでちょっと違う点があるんだ」

 さっきホルダーに直した拳銃と、拾った拳銃を同時に見せてみる。

 ちなみに俺が愛用している拳銃は、『ベレッタM92』だ。

 俺みたいな一般人が何故、こんなきちんとした拳銃を持っているのかは機密事項です。だが、一つだけ言っておくとするならば、この世界でいう上層部の連中の許可ならすでに取ってある。

 だから、バンバン使いまくっても大丈夫ってわけだ。

 それに親父が言うには、このベレッタの方が対魔術士や魔物用の細工――言わば改造だな。その改造がしやすかったとは聞いた。

「……そんな手でくるとは、ね。全然予想もつかなかったよ」

「今回は俺の勝ちだね」

「あーあ、本当に予想もしない戦法を取ってくるね」

「あ、水城。あのさ……」

 ――今、ふと思ったんだけど勉強はしなくていいのか?

 続きの台詞を言おうとしたのだが、発言することが出来ずに、続きの言葉はどこかへ消え去っていった。

 俺が話さなくなった原因は、水城姉が俺の口元を細く真っ白な指で押さえるように差し出してきたから何も言えなくなっていたのだ。

「……彩葉って呼んで。水城だと悠里と重なってわからなくなるから」

「あ、ああ、わかった。その代わり、俺のことも隼人って呼んでくれよ。彩葉」

「うん、わかったよ。隼人君」

 そういえば友達の名前を呼んだのって、これが初めてだな。……というかその友達すら出来なかったし、出来る状況じゃなかったから仕方ないんだけどな。

「でさ、さっき言おうとしたことなんだけど」

「うんうん」

「勉強はしなくてもいいのか?」

「あっ……」

 ――彩葉、完全に勉強のことを忘れて戦ってたよな。

 戦いに集中して、勝つことに必死になってた俺が言えたことではないけども。


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