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第4話 馴れ初め

ごめんなさい。

キリの良いところまでとなると、かなり長くなってしまいました。


「柊君で合ってるよね?」

「あ、ああ」

 玲也(せんせい)から指された自分の席についた瞬間、うまくタイミングを見計らっていたのだろうか、本当に席についてすぐに隣の席の女子が話しかけてきた。

 それに過剰なまでにビックリしてしまったのは、彼女が月みたいな性格だなという先入観を持ってしまっていたからなのだろうな。

 彼女にはどうやってもクールな印象しか持てなかったんだよ。

 なのに、意外にも関わりやすいし話しかけやすいやつだったとは……っていう話だ。

「あ、いきなりでごめんね。 私、『水城彩葉(みずきいろは)』っていうの。 これからよろしくね」

「こちらこそよろしく」

 俺の名前はさっき教卓前で言ったので、別に改めて名乗る意味もないな。

 おそらく玲也先生がこの人に任せたのだから、このクラスでかなり偉い位置にいるのだろう。だからこそ、転入生という立場の俺を安心して彼女に任せきったって感じかな。

「では、柊の自己紹介も終わったことだし、真面目に授業でも……」

「冗談じゃないですよ!!」

 授業を始めようとする玲也先生に愚痴を言う男子生徒。

 背中まで届くと思われるほど、長い漆黒の髪の毛を後ろで一つに束ねている。

 髪型が髪型なだけあって、少女とも思えるが、制服が男限定のスラックスだったので男なのだろう。

「何で実力が未知数で……。そう、こんな見るからにモヤシみたいなやつと勉強しないといけないんですか!?」

「もやっ……」

 肉をいくら食っても体型が変わらないモヤシで悪かったな。

 これのせいでどんなにウチの使用人におちょくられたかわかんのか?

『隼人様は細身ですから女装したら似合いそうですね』とか、悪気のない満面の笑みで言われたんだぞ。

 アレは、本当に身震いしたね。女装なんて男がしたくないものベスト三に入っているぞ。

 とにかく、ずいぶんと気にしてる身体的特徴を言われ、いきなりキレるようなことはなかった。

 自分でもわかるぐらい額に血が上ってるし、歯を食いしばって我慢してることは、クラス全員にバレているだろうな。

「しかも、こんな男か女かわからないようなやつ……」

「はぁ、どうしてこう、人を馬鹿にするやつが多いんだろうな」

 女みたいな面や髪という特徴を持ってる男の理不尽な言いがかりを聞いていると、イライラが我慢出来なくなった。

 出来る限り我慢していたのだが、理由が理不尽すぎたため限界点を突破した。

 その明けに出てきた言葉が溜め息交じりの呆れた声だ。

 何でこんなモヤシみたいなやつと一緒に勉強しないといけないんですか。って……理不尽過ぎんだろ。俺だってな、なりたくてモヤシになったわけじゃないんだよ。

「何だと!!」

「ああ、バカの頭では一回で理解できないか」

「テメェ……」

「文句しか言わない犬は黙ってろって言ってんだよ!」

 屈辱と思うであろう台詞を聞いた男子生徒はこの世界に無数にある光の粒子――魔力の欠片の一部をその手に集め、魔術器を展開させる。

「テメェはここで殺す!!」

 ついさっき発現させたばかりの魔術器。男子生徒(こいつ)は剣型の魔術器に選ばれたのだろう。白銀煌めく刃と頑丈な柄がある剣で俺に切りかかってくる。

(……ったくよ。状況を考えて魔術や武器は手に持てよ)

 こんなところで魔術器を発動させたらどんなことになるか、魔術士ではない俺でさえ、わかってるのに……。

 同時に女子達の悲鳴や、男子達の絶叫が教室中に響く。

 魔術器とは持ち主の潜在的な魔力や魔力吸収力によって威力が変わる。

 魔力がよくても魔力吸収力が小さければ、魔力がすぐに底をつき弱いという話はザラにある。対して、魔力は弱いが魔力吸収力が強ければ強いということもある。自身に残っている魔力が無くっても吸収すれば魔力が尽きることが無いからだ。

 つまり、魔術器に強弱をつけることは不可能だ。

 実際には使い手の潜在能力によって左右されるのだから。魔術器にランクというのはつけられていない、それに対し、魔術士にはランクがつけられている。最初はこの意味がわからなかったけども、魔術についてちょっと勉強したら身につけることが出来た知識だ。

 でも、魔術器に関して、これだけ言えることがある。

 ――魔術器はどれだけ弱かったとしても破壊力は抜群ということだ。

 たとえ弱い魔術器だったとしても、暴走すれば建築物を一つ破壊する。強い魔術器だったとすれば、それの倍。街を破壊することが可能だろう。

「殺せるもんなら殺してみろ……」

 危険に対する意識があまりにも低いことに関して、密かに眠る怒りを抑え、極めて冷静に腰のベルトに着けているホルダーから拳銃を取りだし、それで魔術器を受け止める。

 拳銃だけでその剣を受け止められたことが彼にとっては本当に驚くべき事実なのか、バカな男子生徒は驚愕の表情を浮かべる。

「なーんだ。この程度なのかよ。これだったら、肉食動物の方が強いぜっ!」

 鍔競り合い状態になっている拳銃に全力を注ぎ、相手を剣ごと吹き飛ばす。

 きちんと誰もいないことは把握している無人のスペースに、だ。事前に位置関係は覚えていたので、生徒がいないところに吹っ飛ばすことなんて造作も無い。

 俺はこんなバカと違って、ちゃんと邪魔や障害にならないように戦うさ。

(まぁ、それはいいとしてだ……)

 衝撃がかなり重かったせいだろうか、手が未だに痺れていた。

 もしかしたら片手で受け止めてしまったからかも知れない。受けた後に後悔しても遅いだろうが、あれはきっと両手で防ぎきるモノだったはずだ。あいつの重い攻撃を片手で受けてしまったんだ。そりゃあ右手が痺れてしまっても仕方ない。

 一気に重い衝撃を受け止めると神経がイカれて、体の組織が一時的に動かなくなると聞いたことがある。

 それをこいつは目の前でやってのけやがったんだ。この見るからに俺と変わらない体格のひ弱な男が。

 俺とあまりにも大きすぎる差なんて無いはず。

 攻撃を受けたときにも思ったが、そんなに重い攻撃じゃなかったんだ。普通の学生でも衝撃まで込みで受け止めきれる代物だったはずなんだ。

「ほらほら、どうした。さっきみたいに受け止めてみろ」

「……っつ!」

 苦痛という感情を表に出さないようにしてるが、隠し通すのも限界に近い。

 時間が長ければ長いほどじりじりと、後ろに押されているのがわかるし、やつの攻撃のトリックがわからない以上、無暗に拳銃でガードするとバカを見ることになりそうということで、ガードを禁止したので当たらないように避けることしか出来ないってことだ。

 俺は周りに被害を被害を出さないよう、最大限の気を遣っている。それに対して、やつは場所を考えず何度も剣を振るう。

 ……こんな自己中ばっかりだから、魔術士はめんどくせーし関わりたくねぇんだよ。

(うん? 魔術士?)

 自分の言っていた台詞なのだが、その部分に妙に引っかかりを感じた。

 本当に力任せに腕を麻痺させたなら魔術士なんて関係ないよな。ただの剣士でもそんなことは出来る。

 ……だが、これはただ単に力じゃなくて魔力で筋力を補強していたとするならば?

「貰ったーー!!」

「……ったく、シンキングタイムぐらいくれっての」

 手の色が変色するぐらい、力強く握り締めている拳銃に更に力を入れ持ち直す。

 自分の中に存在しているすべての力を引き出すような感触だ。

 俺の中に無限の可能性があるわけではない。魔術士と違って未来に希望があるわけでも、無尽蔵に世界から魔力を吸収することが出来るわけでもない。

 だけどさ、どうしてだろうな。こんなにも、こいつには負けたくないと思ってしまうのは。

「アンタの攻撃のタネはわかった。もう、その攻撃は通用しないぜ」

「口ではなんとでも言える……。通用しないってんなら実践してみろ!」

 先ほどと同じ動きで同じ攻撃を放ってくる男子生徒。

 勝手な予想だが、この攻撃の原理は魔力による力の増強だ。元から持っている自身の筋力に勢いと魔力による増強をセットにして攻撃する。

 ただこれだけだと神経がイカれる理由がわからない。体を鍛えているやつには効かないはずだからだ。こんな力技、そんな体を鍛えまくっているやつに効くわけがない。そこで俺が考えに考え、脳内に浮かび上がってきたのは、相手の体に魔力を流して神経を鈍らせているのではないだろうかというのだ。

 ――何故、そういうことが出来ると言い切れるんだ?

 なんて、聞かれると答えられる保障はない。けれどもさ、それしか出来損ないの脳では考えることが出来なかった。

 まぁ、考えて立ち止まるより、考えるのを放棄して動いてやるさ。

『……この拳銃は、対魔術士用を想定して作らせた。拳銃のボディには魔力を弾く能力が備え付けられていて、特殊な拳銃の弾を使えば対魔物用の武器になるってわけだ』

 戦っている最中、家を出ると決めたときに餞別代わりに持たされた拳銃の存在を思い出す。今、使っているのは普通の拳銃で、本当はもう一つ持っていた。

 左側のホルダーにその特殊な拳銃が入っている。残念ながらすぐに魔物と戦うことは想定してなかったから入っている弾なんてないけどな。

 だから弾を撃つことが出来ない玩具の拳銃なのだが、一か八か試してみますかね。親父(やつ)の言葉を信じきっているわけではないけどな。試してみる価値はあるだろ。

 違和感を持たれないように持っていた拳銃を右側のホルダーにしまい、左側から似たような形状の拳銃を取り出す。

(……これ、いつも使ってる拳銃と同じモデルじゃねぇかよ。まったく、あのクソ親父は余計なことをしてくれやがるな)

 俺目掛けて振り降ろされた剣を親父(やつ)がくれた拳銃で受け止める。受け止めたことに対し、男子生徒はニヤリと口角を上げ勝ち誇ったような表情を浮かべるが意味のないものになった。

「これで終わりか? こちとらまだまだ行けっぞ」

 普通の拳銃で受け止めたら違和感を感じていたことだろう。しかし、今の俺にそんな違和感らしい違和感がなかった。

 腕がきちんと動くか手を握ったり開いたりして確認するも腕は動くし、神経が麻痺して使い物にならないなんてことなかった。

「なっ!?」

 クラスメイト達も驚いていたところを見ると、この攻撃のタネはみんな知っているってことか。大方、この学校は良い意味でも悪い意味でも有名すぎるからな。誰でも入学出来ないように入学試験みたいなものがあって、そこで知っているのか。あるいは俺よりも入学が一週間だけ早かった。その一週間の間に相手の技や戦闘スタイルを知ることの出来る機会があったのかも。

 まぁ、それはそうと、自慢の剣を欠陥品に防がれたんだ。彼にはかなりのダメージを与えられだろ。外面的なダメージは無い。だが、内面的のダメージはどうだろう。

 自身の技をガードされたんだ、ガード絶対不可の攻撃を……。

 そんな攻撃を突破されたら普通はどういう反応になるか、なんてのは考えなくてもわかるはずだ。

 敵に攻略された攻撃が自分の自信のある攻撃だったら、尚更。

「……本当に見破ったってのか」

「ほら、どうした。お得意の技を見破られたら、戦えないのか?」

 こっちはまだ戦えるけど、そろそろやめておかないと不味いな。転入してから俺は目立ちすぎてる。さっき教室に入ってきたばっかなのに、もうこんな面倒事に巻き込まれてしまっているのだから。

「なんだとっ!?」

「ま、俺はもう戦う気がねぇけどな」

「ふざけるな! 挑発しておいて逃げる気か」

 ――んなわけないだろ。本当なら俺だって全力で戦いたい。

 本心を曝け出すとするならば、それしかない。けどさ、周りの被害を考えたら自分の気持ちを抑えることが大切だ。

「……俺なら別に傷をつけても構わない。だけどな、ここで下手に戦った場合、水城にも被害が行くって可能性を少しでも考えたのか」

 出来る限り周囲に危険が及ばないように頑張って戦っていたけども、下手すれば周りの人間に被害が及ぶかも知れない。

 だからこそ、俺はこいつに一発ぶちかましてやりたいが我慢しているんだ。

「水城、剣を直せ」

「……………」

 担任の命令にわかりやすい不服の表情を浮かべる。命令に逆らっても得はないと実感したのか、脱力して剣を降ろすや剣先から光の粒子となって消滅していく。

「柊もだ」

「はい」

 ここで逆っても大して意味がないので玲也先生の指示に従い拳銃を大人しくベルトに差し直す。

 正直に言って、先生方が止めることなく、あのまま戦ってたら力押しで負けていたかもしれなかった。力の源になる魔力を無尽蔵に吸収することの出来る人と、それが出来ない欠陥品の戦いの結果なんて目に見えてる。玲也先生が止めてくれてホッとした部分もある。

(それにしてもさっきのバカの苗字、水城って言うのか。――紛らわしいな)

 初対面の人とでも礼儀正しく話せる少女――水城彩葉と、人の話を聞こうとしない上に喧嘩っ早いバカの水城がいるからな。喧嘩っ早いことについては俺が言える言葉ではないけども。

 今はわかりやすいように名前を言うけども、彩葉と苗字が一緒ってことは、こいつら親戚か何かなのか?

(いや、違うな。彩葉と水城男で頭髪の色とか色々と違うんだから、親戚だろう)

 まぁ、それはどうでもいいとして、こいつらの呼び方をちゃんと変えるべきだろうか。水城ってだとどっちの水城のことを指し言っているのかわからないから、水城彩葉のことを水城って呼んで、水城男のことをバカと呼んでもいいかも。曲がりなりにもきちんとわかりやすく区別をつけてるのだから文句はないはずだ。

「お前ら、戦うなら後で戦え」

 戦うなって、言わないんだな。

 生徒の気持ちを尊重してるという意味で取れば、良いように取ることも可能だけど。悪く取るのであれば、けっこう放任主義だよな。

 俺のところは元々、放任主義だったため別に気にしないんだけどね。

「さて、今度こそ授業を始めるぞ」

 こうして無事に授業を始めることが出来たわけだが――。

(わからねぇ……)

 とりあえず付け焼き刃程度だが、魔力についてや魔術について基本的なことは覚えた。と勝手に俺は思っていたんだけどな。まだまだ基本的な授業だってのに、全然わからないってどういうことだよ。

 これは潔く手をあげて申告するべきか。まったくと言っていいほどわからないとなると、これからの授業進行にも支障をきたすだろうし。

 だから、そのために報告しておくのは良いことなんだけどね。

 水城男(バカ)にバカにされるのが目に見えて予想出来たのでムカついた。バカにバカにされるって、意味がわからない上にわかり難い言葉だな。

 自分が放った言葉に冷静なツッコミを入れるというシュールな心境になっていた。

 ――そんなときだった。

 コンコンッ、と机を指でつついたような音が聞こえた。

「んっ?」

 音を出していたのは隣に座っていた水城だった。

 バカにするだろうと思った水城はあなたじゃなくて男版水城、つまりバカな方ですよ?

「ごめんね、柊君」

「へっ?」

 水城がいきなり謝り出したことに意表をつかれる。こいつが謝らないといけない理由なんて無いからだ。

 それにさっきのことを謝っているとしたとしてもだ。俺も熱中しすぎたし、むしろ迷惑をかけたかも知れないのはこっちだってのに。俺らが軽く戦っていた場所は、空いていた空席の近くだったが、水城彩葉(こいつ)の席が近くにあった。ってことは、こいつにもしかしたら被害が及んでいたかも知れないんだ。

「なんで謝ってんだ?」

「弟が迷惑をかけたでしょ? それで、ね」

「弟?」

 水城自身が自分の口で言った事により、今まで俺の中で可能性としか考えていなかった“IF”の話が実現した。まさかこの二人が姉弟だっていうのが、本当の話だったとはな。適当に言っただけだったりしたんだが。

「えっ、ホントに姉弟なのか?」

「うん、あんまり似ていないって言われるんだけどね」

 あ、それは言った人の気持ちが凄くわかる気がする。

 ついさっきまで苗字が偶然、一緒なだけだと思ってたし。普通、姉弟なら顔の輪郭だの髪の色とかが似てるはずなのに、この姉弟は目を疑うほど似ていない。しかし、本人達は姉弟だと言う。……これには、色々な事情があるのだろうな。

「なんで、お前が謝んだよ」

「えっ」

 予想していた答えと違っていたのか気の抜けた声を水城姉はあげるが、気にすることなく話を進める。

「アレは俺が勝手にキレたせいじゃん。アンタのせいでもねえし、弟のせいでもねぇよ」

 お前の弟の言動にムカついたっていうのが、五割あったんだが、口外しないでいた。理由としてはたった一つ。これを言ったらまたしても水城姉が謝ることになりそうだからだ。

「ふふっ、柊君って優しいんだね」

 花が綺麗に咲いたの満開の笑顔、それは今まで俺の中にあった“月”というイメージをガラッと変えた。まるでそれは漆黒の夜空に光、輝く月とは、まったく正反対の太陽のようだった。当初のイメージと真反対の笑顔を見てしまったせいか、胸の鼓動が早くなっていた。

「ん、どうしたの?」

「あ、いや、何でもない」

 思わず彩葉の笑顔に見とれてしまっていた。なんて、口が裂けても言えないな。

「そう? なら、その件は良いんだけど」

 ほっ、と短く一息つく。

 深くまで詮索され思い至ったことを知られてしまったら、恥ずかしさで簡単に死ねる。

「それじゃあ次の質問だけど……」

 次の質問ってことは、まだ聞きたいことがあるんだね。その件はいいよ。って言ったことから、まだまだ質問はあると思ってたけども。本当にあったとは。

「なんで、あんなに唸っていたというか、考え事をしていたの?」

「……俺、そんなに口に出てた?」

「うん、小さな声だったけどね。席が近かったから聞こえたんだよ」

 周りに聞こえるぐらい大きな声を出したつもりはないんだけどな。

「で、どうしたの?」

「えぇっとな」

 これは言っても良いのかな? ってか、言うべきなのかな。

 別にいうのは良いんだけど、何というか情けない気がするんだよな。

「気にしないで、どんな悩みでも笑わずに聞いてあげるから」

「じゃあ言うけどさ」

「うんうん」

 絶対に笑わない。宣言した水城姉の台詞を信頼して、恥ずかしいと思って口に出すのを躊躇われた一言を彩葉に言ってみようと決心する。

「全然、授業内容がわからないっす」

「…………」

 俺の回答が予想を遥に超えていたのか、少しの間無言になる。

 時間が経つと頭が理解出来るようになったので軽く吹き出した。

 ついさっき笑わないって言ったばかりなのに、すぐに笑ってしまっていた水城姉に少しだけむっとしてしまう。俺はこいつの笑わないって発言を信じて言ったのに……。

 すぐに裏切られてしまった。

 この程度なら期待なんてモノはしてなかったから、ショックなんて受けなかったけども、どこ行っても笑われる運命なのかなと思うと凹んでくる。

「――笑わないっていったろ」

「ごめんごめん。あまりにもバカバカしいところで唸っていたんだなって」

「……悪かったな。小さなことでも気にするバカで。男にはプライドってものがあるんだよ」

「本当にごめんってば。で、迷っていたのは全部だったっけ?」

 肯定の意味を指すように頭を縦にふる。これもしょうもないプライドだけど、肯定するのにも言葉を出したくなかったというものだ。

 だってさ、口に出すのと黙って首を縦に振るのでは全然違うんだぞ。口に出して言うとなんか負けたという屈辱感があるけど、黙ってるとあんまり気にならないからな。

 水城姉は教科書の初めの方を眺めつつ、悩ましげな表情をしていたので困った様子というのがわかった。

「急にごめん。迷惑になるんだったら」

「いや、迷惑ではないよ。ただ教室の中では話せないかな」

 簡単に教えてもらえればいいな。と、思っていたのだが、そういうわけにはいかないらしい。

 自分の席からすっと立ち上がり、水城姉は今回の授業の担当でもある玲也先生に話しかける。奇しくも玲也先生も急に席を立った水城姉の様子が気になっていたのだろう。これから言うであろう水城姉の言葉を待っている様子だった。

「先生――」

「ん、どうした、水城姉」

「柊君に今までに習った勉強の内容を教えたいので、別室に移動してもいいでしょうか?」

 水城姉がそういうと玲也先生は、深く大きな溜め息をつき、呆れきっていた。

 ――その呆れた態度は、確実に俺に対してだろうな。

 水城姉が不真面目ってわけはなさそうだし、まぁ、理由として妥当なのは魔術の基本も知らねぇのか。って、感じかな。

「はぁ……、仕方ない。二人の外出を許可する」

 それにしても、水城姉は外見のイメージ通り。優しいということを実感した。

 今までに教えた範囲を教えたいので、ってことは、つまり常識的なレベルの知識から今までに習っていた知識ということだ。基礎から俺に教えてくれるつもりらしい。

 ただの厄介者になるはずなんだけどな。自己紹介のときに玲也先生が口ずさんでいた通り、常識すらも知らない箱入り息子なんだし。世間の動きすらも教えてもらっていない常識力不足の人間に、良く教えようという気になれたな。そんな奴が近くにいて、そいつが教えて欲しいと言っても、俺は教えるかどうかわからないぞ。

「ありがとうございます」

「あ、ちょっと……」

 教卓前で立派な教鞭を揮っている玲也先生の許可を無事に得た水城姉は、椅子に座って頬ずりをしていた俺の腕を手に取り、教室と廊下に出入りするための扉に向かっていく。

 本当に俺のことばかりに気を使って、自分は大丈夫なのか。そんなことばかりを気にしていたためか、水城姉の大胆かつ積極的に反応が遅れてしまう。

「有紗先生が言ってたでしょ。このクラスの人は全員、家族なんだって」

「……そんな話、聞いてないんだけど」

 今年、入学してきたばっかりの一年生の教室が揃っている一年生エリアを早足で通り抜ける。その間にも、水城姉は俺の手を掴んだままだった。

 逃げないようにか迷わないようにか、真実を俺が知る訳ないし、なんでこんな行動をとったのかなんて、そんなことは当人しかわからない。だけど、一つだけわかることはある。

 女の子に手を引っ張られて連れられていくのって、かなり恥ずかしいんだなってことが改めてわかった。

 授業中に廊下から声が聞こえ、その声を出している人達が気になったのだろうな。通りかかった教室内からも好奇な視線を複数感じていた。

「あれ……。あ、そっか。柊君は聞いてないんだったね。入学式が終わった後に放った台詞を」

「へぇ、そんな台詞を言ったんだ」

「そうそう。だから、クラスメイトが困ってたら、助けないとダメってこと」

 他の教室の前を通る瞬間、奇妙なモノを見るような視線に晒されたが気にしない。水城姉の台詞が気がかりになって、周囲から寄せられる視線の意味を気にすることが出来なかった。

「水城、どこまで行くんだよ」

「あの部屋」

 どこまで歩くのか、わからなくなった俺は正直に水城姉に聞いてみる。すると、水城姉は真正面に存在しているドアを指差す。

(……この棟だけ、雰囲気が違う気がするのは、俺だけなのだろうか)

 歩いてきた道の間に床のデザインや素材が急に変わる場所があった。床のデザインが変わった所がもしかしたら教室棟と魔術棟の境目だったのかも知れないな。

 そんなくだらないことを考えていると、俺の手を引っ張っている水城姉が躊躇することなく、扉をガラッと勢い良く開ける。俺達はその扉の中へ入っていく。

「おおっ、すげぇ」

 その部屋に入ってすぐ、目に入ったのはこの部屋の景色だった。

 この部屋について説明を求められても、“すげぇ”という一言しか言えない、そんな部屋の構造になっていた。説明っていうか、詳しく話すことが出来ないという感じだ。床はともかくとして、壁が真っ白で異質なモノとなっていた。強いて言うのであれば、まさしくトレーニングルームのようなモノだな。部屋の面積がとてつもなく広いし、壁などにも特殊な細工がされてそうだ。それだけでなく、ここは訓練につかう専用の施設ですよ~的な雰囲気がプンプンする。

「どう、ここなら遠慮なく教えることが出来るでしょ?」

「こんな何もないところでどうやって教えてくれるんだ? 書くものとかないぞ」

 黒板だけにも関わらず机とか、そういう勉強するような道具すら――。

「なっ!?」

 周囲を見回すために顔を背けた一瞬の隙を狙い、水城姉は魔術を使用してきた。

 いきなり過ぎる攻撃だったのにも関わらず、魔術(それ)をギリギリの線で避けることが出来たのだが、正直に言うと、体に支障をきたすような強引な避け方をしたせいで全身が痛い。体の痛みは事実だが、それよりも今は気になったことがあった。

(なんで、こいつはノーモーションで魔術を放てるんだよ)

 魔術の使用条件は簡単に分けると二つの方法に分けられている。

 一つ目は魔術を使う人なら誰もが知っている《詠唱》パターンだ。基本的に広まっているスタンダードの方法をあげるとするならばこれだろう。これは俺の勝手な想像なんだが、魔術学院の生徒達はおそらく全員がこっちの方法を使っているはずだ。

 二つ目はちょっと変わっている方法だが、これに至ってもノーモーションで魔術を発動出来るってわけではない。二つ目の方法ってのは、詠唱は必要ないが魔術(それ)と同等の対価が必要な等価交換パターンだ。簡単に説明すると、宝石などを使って魔術を発動するが、最初に術式を宝石の中に組み込んでおかなければいけないってわけ。それに宝石の大きさによって発動出来る魔術の力の強さも変わってくる。

 今、あげた二つの方法があるけども、水城姉が仕掛けてきた攻撃はどちらも違っていた。

 詠唱の(ことば)も聞こえなかったし、等価交換ってパターンでもないはずなんだ。後者のパターンの人は希少種……って言うと、ちょっと人聞きが悪いかも知れないが、あまり存在しないのだ。

「くっ、いきなり何をしやがる!!」

「魔術はね。魔術器を通してのみ放つことの出来る魔力の塊みたいなモノって言われているけど、魔術を極めると魔術器を通さなくても攻撃が出来るようになるのよ。……こんなふうに、ね!!」

 長ったらしい説明をし終えた水城姉は、蒼く光った手のひらをこちらに向けてくる。こいつの場合、詠唱がなくても魔術を発動出来る。その意味はこの手が光る現象に真相が関わっているとなんとなく予想は出来ているのだが、考えを纏める暇がない。

(この感じだと、攻撃のパターンはあれしかないな)

 手をこちらに向けているんだ、目標(ターゲット)に向かって直線で来る魔術だろう。と、高を括り攻撃に対応出来る構えを取る。

「喰らいなさいっ!」

 水城姉の手のひらが一段と蒼く輝く、それを俺は魔術発動の合図と取った。勢いよく渦を巻きながら向かってくる水流を見ることになった。

 その水流はまるで、とぐろを巻く龍のように(エモノ)へと向かって来る。

「おいおい、そんなのありかよっと」

 ある程度、予測していた攻撃だったので驚くことなく対処する。

 素早く真後ろに引くステップ――バックステップを使って水流から距離をとり、ベルトにつけている拳銃を手に持つ。ちなみに言っておくが、拳銃のマガジンに入っている弾はゴム弾となっている。模擬戦とはいえ怪我でもしたら危ないからな。

 勿論、魔物とかと戦う場合はゴム弾なんて使う意味もないだろう。魔物を倒し、世界を守るって大層なことをするのが魔術士の使命なんだからさ。

「喰らいなっ!」

 拳銃から一発の銃弾が放たれる。

 銃口から放たれた銃弾(それ)は見事な軌道を描き水流に直撃する。魔力が通っているであろう水流にはそれで効果があったのだろう、水流を逸らすことに成功する。

 その水流が自然に出現した水流なら効果は成さなかったはずだ。ただの波に銃弾を撃っても意味がないからな。

 だけど、今回は自身の魔力を使って意図的に行なったモノだ。

 俺の持っている特殊な改造をされている拳銃とそれようの銃弾を持ってすれば余裕で撃ち砕ける。

「……なるほど、戦闘のセンスはあるみたいね」

「質問に答えろ」

 問いかけを無視しようとしていた水城姉の額に目掛けて銃口を向ける。最初の不意打ちもまぁ、正直に言ってしまえば許せないモノだが、許そうと思えば許せるランクだった。いきなりとはいえ、油断をしていたのはこっちなのだから。だけど、いくらなんでもあの水流はやりすぎだ。

 術者の魔力に比例して魔術の力も上がっていくとは理解していたけども、水城姉の魔術を直視してやっとその意味がわかった気がする。同時に水城姉が膨大な魔力を所持しているのもわかってしまった。

「何しやがるって、そりゃあ勉強よ」

「勉強?」

 想像もしなかった回答が飛んできたため、疑心暗鬼になる。

 事前に連絡も何もしなかった攻撃から勉強になることってあるのか。普通に考えたら不意打ちに対する冷静な対応ぐらいしか勉強にならない気がするんだけども。

(――いや、魔術の勉強にも一応はなるのかな。術者の魔力量によって魔術の威力やら範囲が比例して上がっていくものだって身を持って理解出来たしな)

「ええ、勉強。 あなたは何となく体で覚えるタイプっぽいからね。こっちのほうが簡単かなって」

 それなら事前に言っておいてくれよ、攻撃を仕掛けるちょっと前でも良いから合図をください。今回は冷静に対処出来たと自負してるけども、本当はかなり焦ってたんだからな。感情を表に出すのが苦手なため、顔に焦りを出してなかったから冷静に対応されたと思ってるのかどうかわからないけどさ。

「それにね。あの子と……悠里と戦うことが確定してるんだから。一夜漬けより酷いかも知れないけれど、少しぐらいは強くならないとね」

 彼女の言葉を聞いていてわかったことを纏めると、俺の勝手な予想だが、悠里ってのは水城姉の弟のことだろうな。

 彼女の口調からして、ほんの少し自慢げな口ぶりだったしな。

 名前で呼ばれてもわからなかったよ。まぁ、自己紹介してないからだろうけどさ。

 あのバカの名前はどうでも良いとしてだ。この姉弟はあれなのか、二人してちょっとしたクセを持っているってことか。特徴の無い人よりはだいぶマシなんだけどさ、特徴が濃すぎたら絡み難いよね。

 こいつらの場合、弟は喧嘩っ早く。姉はちょっとブラコン気質ってことなのかな。

 ――あれ、意外にしっくりといけてるなと思うのは俺だけだろうか。

「まぁ、そうだな。お前の弟は強いよ」

「へっ? いや――」

 ちょっとした手合わせレベルの戦いをしただけだが、あいつの強さは身を持って体感した。あいつは自身に秘めている魔力量が半端なく大きい。だからこそ、一つ一つの攻撃が重く圧し掛かってきたのだろうと俺は推測する。

 おそらくあいつはクラストップレベルの蓄積魔力量があるはずだ。それも姉である彩葉を超える……あるいは超えている可能性すらある。

「おーい、もしもし?」

「どうした?」

 思考を一度止め、目の前で話しかけて来ていた水城姉に顔を向ける。

「あー、やっぱり聞いてなかったんだね。さっきからずっと話しかけていたのに」

「ごめんごめん。ちょっと悠里だっけ。あいつの強さについて考えてた」

「……へぇ。案外、負けず嫌いなんだね」

 そうは見えないけどな、と俺を見ながら言う水城姉。

 普通に見たってそう思う人が大量にいるはず、今までに会った人全員に負けず嫌いとか色々と言われていたからな。近所のお兄さんと一緒にゲーセンに行ったことを軽く語ったことがあるだろうが、そのときだって負けず嫌い精神を全開していた。

 でもって、どうやってでも勝とうとしている俺を見て、お兄さんは手を抜いたこともあった。けれども、俺がそれで納得するわけなく。何度も付き合わせてしまったこともあったな。

「当然だ。負けて悔しくない人間なんているわけないだろ?」

「それはそうね」

 頑張って、作戦を考えて、それで負けたのなら納得は出来る。

 納得は出来るけども、悔しくないわけじゃないだろう。負けて悔しくないことなんてこの世にあるわけがないんだ。

「で、どうやって勉強するんだ」

「えっと、それは……柊君は魔術器を持ってるかな?」

「持ってないな」

「えっ?」

 ――あ、しまった。

 魔術器を持ってないなんて、普通に考えておかしいじゃないか。

 ここは魔術学院だってのに、魔術を使う上で絶対必要条件である魔力を溜めて置くことの出来る器が無いってのは。

「あ、いや、ほら……魔術関係のことを知らないんだぜ? 魔術器だけ持ってるっておかしくないか」

 咄嗟に思いついた嘘を言ってみる。この台詞だけ聞いているとありがちな理由だと思うが、ちゃんと聞いていると支離滅裂な話だ。

 魔術関係の知識がまったくなかったとしても、魔術器は持ってるってやつがいるかも知れないのにそれを否定したのだからね。

 ――欠陥魔術士は本当にめんどくさいな。

 自分が魔術を使えないことを相手に悟られてはいけないからな。もしかしたら悟られても大丈夫かも知れないけどもさ、弱点となりうるモノは出来るだけ教えないでおきたい。         

 クラスの人達には言ってもいいのかな。ただ、そう思うには一つの条件があるけどな。それが満たされていないやつに対して話す理由は適当かつ信憑性のある嘘をつけばいいや。

「で、持ってなかった場合はどうしたらいいんだ?」

「うーんとね、魔術器じゃない武器って持ってる?」

「ああ、それならあるぜ。というかさっき、使ったじゃん」

 魔術器を持っていないことに対して疑惑の表情を向けてくる水城姉に武器を見せるため、ベルトにつけてあるホルダーから拳銃を抜く。

 やっぱり水城姉は常人よりも頭の回転が速いのだろうな。他の人ならここまで疑われることすらないぞ。クラスメイトの前で言っても、ここまで疑われることもないはずだ。

 この姉弟も特徴がわかった気がする。

 姉は弟思いで魔力はかなりあるけども使い道がしっかりしてるというか頭をフル回転させて、魔力をセーブしてる感じだ。だから、ここが一番大事だと思った時は力をセーブすることなく攻撃に使ってくる。

 それに対して弟は喧嘩っ早くて姉に迷惑ばかりをかけているけども、戦闘に置いては姉

である彩葉にも一目置かれている。その実力は姉よりも上で、姉が頭を使って戦う頭脳派だとしたら彼は考えるより行動っていう肉体派なのだろう。

 さすが姉弟と言ったところだろうか。

 お互いをカバーし合える能力を持っていることに驚きを隠せない俺がいた。

「今、持ってるのはいつでも持ち運び可能な拳銃だけだけどな」

 寮の自室に運ばれているであろう鞄の中には、もっと他にもマシンガンやらショットガンなどといった特徴的な銃とかも入っているんだけどな。

 ちなみに全部の銃に特殊な細工はされている。魔物によって与えられる衝撃を抑えきれる細工や拳銃のボディと呼ばれる部分には魔術を弾く細工などが施されている。

「ちょっと見せてもらってもいい?」

「おう」

 唯一の武器と言っても過言ではないので、壊すなよと一言だけかけて水城姉に拳銃を渡す。

 何に置いても真面目な水城のことだから他人の物を壊すようなことは絶対に無いと言い切れるが、念のために釘をさしていても大丈夫なはず。備えあれば憂いなしってやつだ。

 俺から拳銃を受け取った水城姉はどこか驚いたような表情を浮かべていた。

 じっくりと拳銃を見たわけではなく、俺から拳銃を受け取った瞬間に表情が変わったところを見る限り、この拳銃に何か細工がされていることは間違いないのだろうな。

 水城姉はかなりのキレ者であるし、並びに魔術士でもある。

 拳銃の異変というか、特殊な細工の正体がわかってもおかしくはないかな。

「……これ、どこで手に入れたの?」

「そうだな。“父親”から貰ったとしか言いようがないな。護衛のために持っていきなさいって言って、学院に来る直前の日に渡された」

 そう、そして先に寮に送ってもらったと言ったマシンガンやショットガンなどの武器もすべて親父からの選別らしい。

 最初に持っていた拳銃を除いて、これらの武器に共通する点は一つ。

 先ほども言った通り、魔物や魔術士対策が完全に出来ている武器ということだ。

 魔物によって与えられる衝撃を吸収し、使用者にあまり負担をかけない構造になっており、更に言えば魔術を弾く効果なども付けてくれている。

 今、あげていった拳銃。それに寮に送っている武器に入れる銃弾にも特殊な細工がされていることもわかった。

 これらの銃弾には魔物を打ち砕く効果以外に、魔術を破壊する術式が込められている。

 まぁ、対魔物用の銃弾と対魔術士用の銃弾があると思ってくれたら嬉しい。ザックリと説明するとそんな感じになってしまうからな。

 ちなみに水城姉の魔術に対して撃った銃弾は魔物用の銃弾だ。

 魔術を破壊する銃弾に変えて置こうと思っていたのだが、奇襲からの戦闘だから銃弾を変える暇がなかったんだ。

 おまけに魔術士と戦うなんて考えもしなかったからね。最初から中に入っている対魔物用の銃弾を撃ってしまった。

「なるほどね……。柊君の父親は柊君のことをかなり心配してるね」

「はっ?」

 あの人が俺の心配?

 有り得ない。この世界から魔術がなくなるぐらい有り得ない話だ。

「だから、これを渡した柊君のお父さんは柊君のことをかなり心配してるって」

「それはねぇよ」

「えっ?」

 急に俺の口調が刺々しいものに変わったからか、驚愕の声をあげる水城。

 あいつは俺を蔑んだやつらの一人なんだから。実の父親なのに、なんでこんなことになってしまったんだろうなとも思うが、あの事件があったせいで人を信じられなくなった。たとえそれが肉親であったり、血の繋がった人物であっても。

(いや、違うな)

 一人、たった一人だけ俺が心から信用出来たやつがいたな。

 今の俺を形成するには絶対不可欠になり、とても信頼していた一人の女性。

 そいつを語るには、時間をかなり遡らなければならない。


 ――俺が欠陥魔術士になるよりも少し前に。 


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