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第3話 自己紹介


「私が入ってきて、って言うまでここで待っといてもらっていいかな?」

「あ、はい。わかりました」

 これも俺が名付けたオリジナルのモノだが、有紗先生による『地獄の案内』を終えてから五分後、これから自分の通うことになる教室前の廊下の壁にもたれながら立っていた。

 待つときの姿勢や態度が明らかに悪くなっているの俺に対して、叱るなんてことなく有紗先生は優しく一言かけてから教室内に入っていく。

 もしかしたら案内でくたくたになっていたことがわかったのかもしれない。それが原因で少し申し訳なさそうな、俺の顔色を窺っているような表情で話しかけてきたのではないだろうか。と勝手ながら予想し、自分で出した意見に納得しながら学院に来てからのこと……。

 主に有紗先生の案内について思い返しているとこれから入ることになる教室から声が漏れてきた。盗み聞きするワケではないが、家の事情のため入学するのが遅れてしまった転入生のことをどう思っているのか気になるところではあったので中の声が聞こえる距離まで歩き耳を傾けてみる。

『あ、有紗先生。転入生は来ましたか?』

『はい、来ましたよ。今、廊下で待ってもらっています』

 有紗先生の言葉を聞いた生徒達だろうか、数名の生徒達がおおっ、という歓声じみた声をあげていた。それと共に教室内の熱気が高まったように感じだ。転入生という噂がすでに流れていたか、事前に担任の口から一人遅れて入学してくるやつがいるという話を聞かされていたはずだ。なのに、この騒々しさ――隣のクラスに迷惑じゃなかろうか?

 壁を一枚隔てている場所にいるにも関わらず、歓声が普通に聞こえてくるんだ。他所のクラスにも普通にこの声が聞こえているだろうな。俺なんかのために騒がせてしまって申し訳ない。

 そんな過大な期待をされましてもね。期待に応えられるような男じゃありませんし。

『先生、転入生は男なんですか? それとも女?』

 いかにも活発なイメージを持つことが出来る女の子の声が聞こえてきた。

 彼女の言葉から予想するに、誰かが転入してくることは既に周知されているのだろうが。名前や性別などといった詳しいパーソナルデータは知らされてないらしいな。

『転入生は男だ。それもかなりイケメンだぞ』

 ここまで会ったことのない男に対して、殺意というものが生まれたのは初めてだ。振りが無茶振りすぎるんだよ。

 俺はイケメンでもないし、そんなカッコイイ性格じゃないんだよ。

 それはそうと、今の声は誰の声なのだろうか……。

 少なくとも俺が知っている唯一の先生、有紗先生の声では無かった。有紗先生は自分のことを副担任と言っていたから、つまりは正担任だろうか。

 おそらく正担任だと思われる人物の答えに女子達がわー、きゃーと色めき立っている声を上げる。その反面、男子生徒達はどこか不満げに唸っているようだった。入ってからの反応が本気で怖くなってきた。

 アンタらの期待に応えられるような容姿や優しい性格なんてものは存在しないんだ。

『さて、そろそろ入ってもらいましょうか。柊君、入ってきて』

「もう、お呼ばれか。覚悟を決める時間が欲しかったんだけどな」

 ――仕方ねぇ。

 これからクラスメイトとなる人達に愚痴の内容が聞かれないように最大限の気を使い小さな声音で呟く。

(……お前に幸せになる資格はないんだよ)

 教室に入るため扉に手を伸ばすが、後一歩ってところで手を引いてしまう。

 あいつが、あのムカつく野朗が言ってきた言葉が本当だったらどうしよう。俺は本当に誰にも認められないし、誰にも迎え入れてもらえない。

 それどころか幸せになることも出来ないんじゃないか……。

『……柊君?』

「なーんて、アタリマエすぎることだよな」

 欠陥魔術士の俺が魔術士の人達に迎え入れられることも、認められることも絶対にないんだ。今までそうだったじゃないかよ、柊隼人。

 欠陥品の俺が幸せになるなんて、夢のまた夢の話なんだよ。

 どうせ今回も今までと同じような感じになる、今回だけ特別に変わったなんて夢みたいなことないからな。

 夢の無い極めて現実的な話だが、こんな風に思ってしまうのは癖みたいなモノだろうね。だが、そのおかげで目が覚めた。

「失礼します」

 俺の気持ちをわかってくれる物珍しいやつなんていないし、わかってくれたとしても俺の肩書きを聞いた途端に態度を変えるだろうな。そう考えると、気楽に前に進むことが出来た。

 ――後ろ向きな考えで、前に進める。

 人としてちょっとおかしな気もするが、そんな変わった人間もいるということで納得は出来る。

 教室に足を踏み入れた瞬間から、ざわめきと自分に集まる視線を感じる。クラスメイト達の視線によって全身に妙な圧力が掛かったかのように思えたが振り切り声を発する。

「柊隼人といいます。家の事情で色々とあり世間のことはあまり知らない未熟者ですが、よろしくお願いします」

「はいはい。とまぁ、柊は複雑な家庭の事情でこちらに転入してきたってわけだ。それにこいつは極度の箱入り娘ならぬ箱入り息子だ。困ってたら助けてやってくれ」

 正担任と思われる男教師の言葉に“はい”と返事を返す生徒達。

(本当にわかってるのかよ……)

 もはや俺とマイナス思考は一心同体のようなモノらしい。どの発言を聞いてもプラスに転じることなくマイナスの道を突っ走って行ってしまう。

「あ、そういやお前にはまだ、俺の名前を言ってなかったな」

 隣で俺の自己紹介が終わるのを待っていた男教師が言い出した。

 彼の容姿は極めて一般的ということはなかった。彼の外見でもっとも特徴的なのは、低い身長だろうな。学生真っ盛りの俺ですら、彼の身長を抜かしているからな。

 要するにザックリとした答えを出すとするならば、この担任はチビってわけだ。

「俺の名前は(くれない) 玲也(れいや)だ。有紗もいるから俺のことは玲也でよろしく頼む」

「はっ? く、紅……?」

 俺よりも身長が低いことは事実でどうにも出来ないことだけども仮にも担任なのだから失礼の無いようにしようと思っていたのだが、担任の一言によって口に出さないでおこうと決めていたタメ口の一部が出てしまった。

「ああ、そうだ」

「え、だって……えっ?」

「転入生君」

「は、はいっ!?」

 予想外の事実に焦っていると目に付きやすい一番前の席に座っている。天真爛漫、その四字熟語が似合いそうなイメージが持たれる女の子に呼ばれる。

 元々がクセっ毛なためか、所々の髪の毛がはねていて動物の耳のようになっていた。それがまた、彼女自身の元気さを現しているようだ。

「大丈夫、ここにいるみんなもそんな感じの反応だったから」

「あ、そうなんですか」

「そうそう。それと、反応が硬いよ~。もっとリラックスして」

 苗字が同じって時点でなんとなく予想ついてたといえ、いざ、言われるとビックリするもんだな。

 反応が硬いって件については黙ってろ。俺もどうにかしたいって思ってるけど、こればかりはどうにもならない。慣れてきたらいけるかも知れないが、今は無理だ。

「まぁ、努力します。それにしても姉弟(きょうだい)揃って教師だなんて珍しいですね」

 親族と一緒の職場で働く気持ちや一緒の学校に通う気持ちなんてものは一人っ子……ではないけども、ほとんど一人っ子のような立場の俺には理解することすら出来ないな。

 しかもこの二人の場合、一緒のクラスなんだろ……?

 ここまで一緒にされてるとアレだよね、なんか仕組まれてる感じがして嫌になってくるのは俺だけだろうか。上の連中が裏で何か細工をしているんじゃないのか、何か企んでいるんじゃないか。そんな風に相手を信じることなく考えてしまうのは、俺が異常なだけなのだろうな。

「転入生君。今、“きょうだい”って漢字をどう考えた?」

「そりゃあ、姉に弟って書いて姉弟だけど……」

「ぷっ……。だってさ、転入生にそんな感じに思われてるけどいいの?」

 満開に咲く花のような笑みを浮かべ、相手をからかっているような言い草の女子生徒を見ていると、彼女がある一点を見ていることに気がついた。

 彼女の視線の先に視界を動かしていくと、肩をプルプルと震わせている玲也先生の姿があり、その隣では口元を抑えながら必死に笑いを堪えようとする有紗先生の姿があった。

 ――あれ、変なことを口走ったか?

「あ、あー。なるほどわかりました」

 確かにこれは怒るね、俺が玲也先生の立場だったとしても確実に怒ってるよ。

「玲也先生は、弟じゃなくて兄なんですね。本当は兄なのに身長のせいで弟扱いされて怒ってるんですね。わかりました」

 言葉を発した直後、空気が凍ったように感じた。

 話のネタになっている玲也先生はさきほどから何かに耐えているように体を震わせ、有紗先生や生徒達に至っては笑いを耐えることなく盛大に笑い。教室内は爆笑に包まれていた。

「はははは……。柊、お前、最高だぜ!」

「オレ達に出来なかったことをやってくれやがる」

「これで自覚がないんだから、すごいよね」

「――ひ、柊」

「はい、なんでしょうか?」

「俺は弟でも兄でもねぇ。正真正銘、有紗の夫だ――!」

 え、この人何て言った……夫?

 失礼だけどさ、この身長で一人前の夫ですか。何も知らない一般人視点で見てたら、姉についているシスコン気味の弟にしか見れないのだが。

「ははは。……マジですか?」

 玲也先生に聞いても言い出した本人であるため、嘘をつく可能性があると考え、その話に該当するもう一人の当事者でもある有紗先生に聞く。

 必死な玲也先生に対して、くすくすと笑っている様子の有紗先生がいた。

 もしかしてこの人は、玲也先生のこういうところが好きなのかも知れない。

 なんていうか、ちょっと弄るとそれに対して必死になって否定してくる人とか可愛いと思ったりすることないかな。

 俺の場合、それを人に当てはめることは出来ないが、飼っていた動物に当てはめて考えていた。動物パターンの例を挙げるとするならば、飼い犬ってさ、主人が投げた木の棒を真剣に取りに行ったりするだろう。そんな感じだ。

 その木の棒を投げるときにちょっと細工して、投げた振りをするっていうね。ただ、木の棒はずっと手に持っていておくんだけどな。

 するとどうだろうか、勘が冴えてる犬ややる気のない犬とかだったら取りに行くことすらしないが、俺が飼っていた犬はそんなこともなく必死に探していた。

 そんな必死な感じがとても可愛らしいやつなのだ。だからこそ、有紗先生の玲也先生を相手に思っているのは、カッコイイってよりも可愛いの方が適切なのかも知れない。

「ええ、本当よ」

 くすくすと微笑み、答えてくれる有紗先生。

 飼い犬の話は置いておいたとして、この担任と副担任が夫婦ってのは本当の話だったのか。

 正直に言って学生の俺より身長が低いし、成人女性よりも低いか同じぐらいなのだから、やっぱりチビじゃね?

「チビって言うな――!!」

 隣でいかにも飛びかかって来る勢いだった玲也先生の襟元を掴み、有紗先生は引き止める。その動作に無駄な点は一切なく、いかにも手馴れた様子であった。

「玲也、そろそろ話を進めなさい」

「……わかったよ」

 生意気な転入生に説教したいと思っていたのだろうが、玲也先生は有紗先生の言葉に反対することはなかった。

 目の前で起こった夫である男の権力の低さと、妻になると怖いんだなってことを実感した俺だった。

「さてと、柊の席はどこにするか?」

 彼女の言葉に毒気を抜かれたのか、最初の方のテンションになり、冷静な玲也先生となっていた。今更だけども、さっきまで見れなかった教室の全体を視界に入れてみた。自己紹介の時はテンパってたせいか、演技をすることに必死すぎてあんまり詳しくは見てないんだよ。

 教室の全体図を見た結果、後ろの方の席が何席か空席となっているんだけどさ……まさか、もうやめたってことはないよな?

 ――もし、そうだとしたらどんなに厳しい学校だよ。

「おっ、ちょうど良い席が空いてるな」

 この学院について考えている間に、どうやら最適な席を見つけたようだ。

「柊、あの席でいいか?」

 玲也先生が指し示した席は外の綺麗な景色が一望出来るだろうと思われる窓側の空いている席。

 絶対に授業を聞かずに景色ばっかり見てるだろうな。と、嘲笑する。

 おそらく俺が真面目に授業を聞くことなんて、滅多にないと言っても過言ではないだろ。

「ああ、別に構いません」

「それじゃ、柊の世話は頼んだぞ。水城姉」

 今日から俺の席になる場所から見て、右の席――とはいえ、窓側の席だから左の席があるわけでもないので、必然的に俺の横はこの大人しそうな女の子ってことになるのかな。

 外見だけの印象で言えば、彼女は真っ黒な夜空の中、一際輝く月のようだった。

「はい、わかりました」

「それじゃあ授業を始めるぞ。柊、席につけ」

 玲也先生の指示通り、さっさと指名された席について授業を受けることにした。

 この中途半端な時期に転入生ということで、みんな気になっていたのだろう。席まで行く途中、クラスメイトほぼ全員による好奇心の塊のような視線を浴びることになった。

 一人ひとりの視線程度なら受け流す術を持っている。けれども、全方向から突き刺さるような観察されてるような視線を受け流せるほど聡くない。

 ……ってか、全方向から来る視線どうやって回避しろって言うんだ。そんなもの、絶対に無理に決まっているでしょうが。


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