第1話 クラリア魔術学院
「隼人様、目的地につきましたよ」
「……んんっ。もう、ついたのか」
最初に学院の関係者に聞いた情報や予定などで考えると大体二~三時間はかかるはずだったんだけどな。いつの間にか目的地についていた。
自分が体感した時間の経過では、着くはずのないかなり少ない時間だった。ざっと一時間ぐらいしか経っていないと思っていたよ。
「それは隼人様が途中で寝てたからですよ」
俺個人としては、うたた寝程度のつもりだったのだが、うたた寝っていうレベルじゃなくて普通に寝てしまっていたらしい。
「ここが今日から通うことになる『クラリア魔術学院』か」
車から一歩、二歩と降り、目前にそびえ立つとてつもなく大きく立派な校門を見上げながら呟く。俺の周囲には誰一人として生徒はいない。むしろ、ただの通行人の姿すらも視界に入ることはなかった。
「それにしても、大きな門だな」
(こんなに門を大きくする意味ってあるのか?)
およそ身長一七五センチぐらいある俺でも、四分の一もいかないぐらいだから少なくとも五メートル以上はある。門の段階でここまで大きいってことになると、学院内は更に大きいのだろう。
門の外側から中の様子を見るために背伸びやらをして視界に入れようとしているのだが、侵入者対策がバッチリと施してあるのだろう。校舎内の光景を見ることは叶わなかった。
「まぁ、門の大きさはこの際、放っておこう。でさ……」
学院に遅れてきた場合はどうやって校舎内――ってか、学院内に入ればいいんだろうか?
クラリア魔術学院は全校生徒が無事に入りきれる数の学生寮が無数に存在しており、基本的には学院から外へ勝手に出入りできない仕様になっている。
実践という形式での依頼などを受けた場合は、学院から外出許可がでるのだけども事前にこの学院に来ていたわけでもないので、この校門の通り方がわからないということだ。
俺の場合、家の都合で遅れて入学することになると事前に報告を入れておいたんだけど、学院側から何の指令も連絡もきてないんだよね。普通ならこうやってくださいとか言われるはずなんだけどな。
「これって、どうしたら良いんだろうか?」
――これってツンだ、デレないの?
ふざけたことを思いながら大きな門から視界をちらりと動かすと、その大きな校門の横に校門と比べるとかなり小さく感じるような門を見つけた。とは言っても、人がやっと入れるっていうようなサイズの門ではなくて、このままでも普通に校門と言えるんじゃないのかってサイズだ。
(公立の学校の門って、こんなサイズだったよなぁ)
なんていうことを勝手に思いながら、さっきから話題にしている門を調べにかかる俺。
その門には運良く鍵がついていなかったからだ。
うまく行けば、ここの門から侵入出来そうだなと思いながらも鍵を付け忘れるなんて無用心だなと思っていた。
あ、いや、今回ばかりはその無用心差に感謝してるんだけどな。
(こっから入れそうだな……)
「今日から通うことになってる柊君?」
「うひゃあ!?」
見方によっては不法侵入者のようにも見えると自分自身で認識していたので不意に後ろから聞こえた声に対して素っ頓狂な声をあげてしまった。
いきなり聞こえてきた声に驚きつつ振り向くと、そこにはまるで宝石のように紅く輝く瞳が特徴的なお姉さんがいた。
俺は決してご機嫌を取るつもりでお姉さんと言ったわけじゃない。見た感じだけだが、歳は若く、とても綺麗な方だった。なので、自分の感性を信じて、綺麗なお姉さんと表現したというわけだ。
「えぇっと、柊君ですよね?」
「あ、はい、そうです」
「申し遅れました。私、このクラリア魔術学院一年A組副担任の『紅 有紗』です。あなたを迎えに来ました」
一年A組か……。
これから所属することになるクラスのことを頭に浮かべると、ちょっと憂鬱な気分になってきてしまう。
俺は何故、紅先生がたった一人の生徒を迎えに来たのかわかってしまった。
家から学院への道程二~三時間かかるということはすでに学院に報告済みだ。それがただの生徒が来るからといって迎えに来た理由なのだろうな。
そして迎えに来た先生が副担任という立場の紅先生だったのかという件の話だが……。
これについてもおおよその予想はついている。
家の事情によって入学式の日に来ることが出来なくて、転入という形で学校に来ることになった生徒のところまで別のクラスの副担任が迎えに来ると思うか?
俺の予想としては、紅先生が受け持っている一年A組がこれから所属することになるクラスということ……だと、勝手に思っている。
「ごめんなさいね。私達、教師の伝達ミスでちょっと混乱させてしまいましたね」
「あ、いえ。大丈夫ですよ」
「……それならいいのですが、これからよろしくお願いしますね」
「よろしくお願いします」
これまで人と話したことなんて滅多になかったからなのだろうか。一人の女性を相手に話すだけだというのに、妙に揚がってしまっていた。
今までの人生と言ってもいいだろう――たった十数年の軌跡を振り返ってみても、人と喋っていた記憶がほとんどなかったことに驚きを隠せない。
目の前にいて現在進行形で自分と話している、俺の予想ではこれから魔術について教えてくれることになるであろう副担任が今も俺の後ろで控えてくれている朱音さん並みに美人だったからかも知れない。だからこそ、体に余計な力が入りすぎてガチガチに緊張してるのかも……。
「あ、私のほかにも紅っていう教師がいるから、私のことは有紗先生って呼んでね」
「は、はい……。わかりました」
「――ちょっと緊張してる?」
「ああ、まぁ、そうですかね。みんなより入学するのが遅れてしまったので上手く馴染めるのかなって思ってしまって」
車から出て学院に向かって、ちょっと足を進めただけなんだけどな。
足を踏み出した瞬間から、未だにずっと鼓動が鳴り止まないからね。自分でもここまでガチガチに緊張してしまっているのがわからないぐらいだ。さっきから後ろで俺の様子を見て、くすくすと笑っている朱音さんがずっと気になって仕方が無い。
こんなこと、いつも冷静で何考えてるのかわからない。と色んな人から言われ続けている俺からすると珍しい出来事だ。
「大丈夫ですよ。みんな、優しい子達ですから」
(有紗先生。残念だけど、そういう意味で言ったんじゃないんだよ)
心の中で全教師には伝えられているはずの事を頭に思い浮かべながら、瞳を閉じる。
不安を表情に出すなよ、色んな人に心配をかけたくないんだからさ。
「ええ、それなら嬉しいです」
思い込むことによって人の心って変わるんだな。
現にさっきまでこれからの生活を最悪なモノになると勝手に思い描いてしまって、それだけは阻止しないとっていう身勝手にしてしまった緊張のせいで震えていたのに対し。今は、“これからの生活が楽しいことになるぞ”と思い込むことにした。そう思った途端、全身に入っていた妙な緊張や余計な力が吹っ飛び、気分がかなり楽になった。
「さぁ、どうぞ」
有紗先生はそういって学院へと続く門を開け、学院内に入っていく。
俺もそれに倣い、後ろに控えていた朱音さんから鞄を受け取り、先に学院内に入っていった有紗先生の後姿を足早に追いかける形になったが、なんとか無事に学院内に入ることが出来た。
「行ってらっしゃいませ、隼人様」
本当はここで“行ってきます”なんていうアタリマエの言葉を返せたらいいのだろうが、今の俺には到底出来ないし、これからも出来るような気がまったくと言っていいぐらいしない。かと言って、ここで反応がないと絶対に寂しくなる。
そう思った俺は振り向くことはなかったけど、後ろ手に振っておく。決して口に出すことはなかったけども、“行ってきます”という思いを込めて――。