第12話 欠陥品になった理由(キッカケ)
「……やっぱり俺は引きずるんだな」
学生寮を出て少し歩いた場所にあるバラ園。
そこで色とりどりなバラの花を視界に入れながら、さっきの俺の態度を思い出す。
彩葉のたった一言のせいで少し気分が悪くなって、部屋を出てきたわけなのだが。少しでも自分の嫌な話になると逃げたくなるのは人間の性っていうか俺の欠点だろうな。
「でも、このままじゃ駄目なんだよな」
「……あれ、アンタは?」
花を見ながら考え事をしていると、たまたま通りかかったと思われる人から声をかけられる。
声が聞こえた方向へ視界を動かすと橙色の頭髪を携えた美少女がいた。
彼女は水色のワンピースを身に纏い、上から黒色のカーディガンを羽織っていた。
「あ、柊君だったわね」
「そうだけど……。お前は?」
「ええ、私はアイリス・スカーレット。一応、アメリカからの留学生ってことになってるわ。よろしくね」
「よろしく」
スカーレットが放った、「一応」という言葉が妙に引っかかったりしたが、聞かないことにした。……何より、スカーレットの表情が、少し暗かったような気がした。
本当だったら、ここで彼女を助けるべきなんだろうけど、俺には、彼女を助け出す力なんてない。自分の身すら守ることの出来ない人間だ。他人のことに必死になる余裕はないのだ。
「で、アンタはここで何をしてるの? 私が今からアンタの部屋に行く手筈になってたはずだけど」
あー、ってことは悠里が呼んだのはスカーレットだったのか。
「……まったく、アタシは別に柊君に用事なんてないのに」
「あれ? 俺はお前が俺に質問があるって聞いたんだが」
「ないわよ。ったく、何が目的かわからないけど、人を使うのはやめなさいっての」
つーことはあれか。擬似的に俺と彩葉が二人で話せる空間を作られたってことなのか。悠里はスカーレットを呼ぶと言って電話しに行き、修史は修史で朱音さんを遠ざけ、会話が聞こえないようにする。
すると俺と彩葉だけで会話が出来る空間が作られることになる。
「……あいつら。どうでもいいことに頭を使いやがって」
「ホントよね。でも、それだけ大切なことがあったんじゃないかしら?」
「どういうことだ」
「悠里が嘘をつくことなんて滅多にないのよ。合ったとしても、それは人のためになる嘘だけ。本当に善人みたいな人なのよ」
人のためになる嘘ばかりしかついたことがない、ねぇ。
信じがたいことではあるが、本人が言ってるわけではないし、信憑性はあるのかな。本人が自分の口で言ったことはあまり信用する気にはならないけども、他人が言った評価や真実ってのは信用出来る気がしたりするのは当然のことだ。
「そのくせ、自分のことになると超がつくほど疎いから駄目なのよねぇ」
……呆れたかのように溜め息をつきながら言うスカーレットであったが、顔は笑顔のままだった。まるで、好きな人に対して文句を言いながらも世話をし続ける可愛げのある女の子みたい。
「――もしかして、スカーレットは悠里のことが好きなのか?」
「えっ!?」
「……あれ、違った? なんか妙に悠里のことを話すときだけテンションが上がってるなって思ったんだけど」
「ば、バカっ! そ、そんなわけないでしょ!!」
頬を赤く染めながら言っても説得力がまるでないよ。と、スカーレットに注意しておこうかなと思ったりもしたんだが、このまま話を終わらせて俺の中で留めておいたほうがいいなと思ったため言わないでおくことにした。
純真な女の子の気持ちを弄ぶようなことをしたら駄目だよね。
「……まぁ、それは置いといて」
「置いておくなら口に出すことなく心の中で締まっておいてよ!」
それは同感だな。
「必要な嘘ね。……あいつら様子のおかしい彩葉と俺をわざとくっつけやがったな。話をさせるために」
「それについてはあまり知らないんだけど、アンタ、彩葉に何かしたの?」
予想はしていたが、やっぱり彩葉とも顔馴染みだったんだな。悠里にだけ会ってて彩葉に会っていないなんてこと存在しないとは思ってたけど。
「あー、ちょっとな」
「……それとも、あの子が“柊君が欠陥魔術士”だってことを知っちゃったのかしらね」
「っ!?」
何故、彩葉といいこいつといい俺の秘密を知っているんだ?
そんな思いを込めながらスカーレットの紅い瞳を真剣に見つめる。嘘偽りなく真実だけを吐けという思いも込めながら。
「アタシが知ったのは、彩葉と有紗先生の二人が話していた内容を盗み聞きしていただけよ」
盗み聞きって……。というか、彩葉が知っている理由って有紗先生から聞いたからなのかよ。
だが、あの先生が身勝手に言うとは思えなかった。つまり、言い逃れが出来ないような証拠を何個かあげられて言うしかなかったってことかな。
戦いの最中、俺が一切魔術を使わなかったことなど魔術士にとっては不可解な疑問を何個もあげられたりね。
そういう状態になったら、確かに言うしかなくなるよね。
「……なるほどね。先生経由だったのか」
なら、仕方ないかな。
「どうせお前もこの情報を勝手に広めたりはしないんだろ?」
「ええ、アタシはなんで魔術を使わないのか気になっただけだから言いふらすつもりはないわ」
彩葉も言うつもりはなさそうだしな。
ま、言動を見ている限りだから、本当に言うつもりがないかどうかはまだわからないけど。
「ところで、彩葉はどこにいるの?」
「彩葉達だったら、俺の部屋でくつろいでるよ」
「……くつろいでるって、どういうこと?」
どういうことって言われてもな。くつろいでるとしか説明しようがない。
「まぁ、見てもらったらわかるよ」
上手く説明が出来なかったので、ご自分の目で見てもらおうと思い、バラ園から学生寮まで向かうことにした。
「うわっ、なにこれ……」
自室――というか、正確に言えば自室前の玄関辺りでの反応がこれだ。
俺が学院長に無理を言って、部屋の間取りを広くしてもらったわけではないのだが、軽く落ち込む。
なにこれ……って、ドン引きしたかのような雰囲気で言われてもな。俺だって、こんなことになってるなんて知る由もなかったし、親が学院長と実は繋がっていて、こんな一学生のためにしても良いのかと思えるぐらい無茶なお願いを出来る関係にいることも知らなかった。
「この広さを独り占め出来るのって、なんかずるいわね」
「あ、いや。朱音さんがいるけど……」
「朱音さん?」
「ウチのメイドだよ。親が俺に寄越したんだ」
ああ、そうだった……。
こいつらが親しみをもって話しかけてくるから、昔から一緒にいる仲のような感じで話してしまったけども、実際は今日が初見だったんだ。すっかり忘れてしまっていた。
「メイドって……柊君って、実は金持ち?」
「うーん、金持ちか。と聞かれると、答えは、はいになるんだけど」
あの財産は親が頑張って稼いだお金だから、俺が金持ちと言うのとは、何か違うような気が……。
あんな親でも、頑張ってお金を稼いでいたのは事実だ。そこは否定しようがないし、する気もない。俺のためではないけども、エリートで将来性のある妹に十分な生活をさせるために汗水垂らして稼いだお金なんだ。俺が威張るための金じゃない。
「あ、隼人君。さっきはごめんなさい。私、あんまり考えずに言っちゃって……」
「いや、もう気にしてないから大丈夫だ」
部屋に入った瞬間、玄関から俺達の声が聞こえたからだろう。リビングから彩葉が姿を現した。
あれからずっと反省していたらしく、目尻には涙の後がついていた。
(……ったく、そんな顔をさせるために出てったんじゃないっての)
「だから、もうそんな顔をすんなよ」
彩葉の元まで歩みを進め、彼女の頭を優しく撫でる。
彼女の髪は、まるで自分のこと以上に他人のことを考え行動する彼女の心優しい性格を現しているかのようにサラサラとした髪質だった。
「……うん」
「俺があいつに怒られちまうしな」
笑顔でそう告げると、彩葉はその光景を思い浮かべてしまったのか、ちょっと困った顔をしながら微笑んだ。
「あのー、お二人さん? 他に人がいるのに事情を説明しないでいちゃつくのはやめてもらってもいいかしら?」
「「あっ……」」
とてもこの場にいずらそうな、本当にいてもいいのかなという雰囲気を発しながら言うスカーレットであった。
その証拠に俺達に忠告するのはいいんだが、私は見てませんよーと言わんばかりに顔は背けたままだ。
「……なるほどね。だから、アタシを使って仲違いを治そうとしたわけね?」
「あ、ああ、そうなんだ」
スカーレットと共にリビングに入り、今までに起こったことを時系列通りに話していた。
話している間、スカーレットは朱音さんに淹れてもらった紅茶を口に含みながらずっと話を聞いてくれていた。
所々、俺一人では話すのが難しかったため、修史や彩葉にも手伝ってもらったりしたが、スカーレットに順番通りに説明することが出来た。
とりあえずスカーレットは事情を把握することが出来たのか、自分を呼んだ張本人に確認を取っていた。
「……はぁ、別に頼ってくれるのは嬉しいけど、ちゃんと事前に連絡をしてよね。いきなりはビックリするんだから」
「お、おう……。これからは気をつけるよ」
俺達の目前で繰り広げられている光景を見て、微笑ましい光景だなと思った。
なんていうか、手間のかかる男のフォローをさりげなくする世話焼きな女の子みたいだ。いや、普通のことを言っただけだな。
悠里は手間のかかるやつだし、スカーレットは会ったばかりであまりわからないけども、これを見る限り世話焼きなのだろう。
「……前途多難ですね」
「そうだね」
その微笑ましい二人を見ながら、彩葉と修史の二人はそんなことを言っていた。
この光景を見て、前途多難?
普通に仲が良さそうな印象を受ける二人なのに?
「では、そろそろ話を進めましょうか」
「――話?」
「ええ、“隼人が欠陥魔術士”だって話です」
修史の口から紡がれた台詞は、既に何回も言われたことのある言葉だった。
「だと思った。彩葉から聞いたのか?」
深い溜め息をつき、一度たりとも口をつけていなかった紅茶を手に取る。
「いえ、まぁ、真実は彩葉の口からですが、僕達も異変は感じてましたから」
「そうだぞ。オレとの戦いで一度だって魔術を使わなかったら気づくに決まってる」
「アタシだって知ったのは彩葉と有紗先生の会話だけど、異変は感じていたしね」
ここまで気づかれていたとはビックリだ。
もしかしたらクラスメイト全員にバレていたとかいうオチはないですよね。ここにいるメンバーが頭良すぎて真実を知ってしまっただけだよね。
「……悠里に対して舐めてかかっていたとか」
「ないな」
「ないですね」
「残念ながらないですよ」
「常識的に考えてないわよ」
「隼人様に限ってそれはないです」
「一斉にツッコムなよ……」
舐めてかかっていたかも知れないじゃないか。と言おうとしたのだが、言い切るまでもなく全員から総ツッコミを入れられてしまった。
しかも、模擬戦闘を見てないはずの朱音さんにもツッコミを入れられるなんてね。
「大体、彩葉に勝利宣言してたのに力をセーブするバカがどこにいるってのよ」
「うぐっ」
スカーレットの冷静な分析によって俺のHPは0になった。
確かにそうだった……。
彩葉の目の前で“お前の弟に絶対に勝つ”みたいな宣言をしていたな。結果的には負けてしまったけども、勝利予告していたのに全力を出さないやつはいないよね。
「まぁ、気づいてるのはここにいるメンバーだけだから良かったじゃない。クラスメイトからの印象を聞いてみたら、『魔術を使っていないのに水城さんと同格なんてすごい』だったから」
クラスメイト全員に知られていないのは良いことかな。
こいつらだけでなく、クラスメイト――ましては学院全生徒になんて知られてしまったら学院に行くことすら嫌になるところだった。
「隼人。一つばかり聞いてもいいですか?」
「ああ、どうした?」
「あなたはどうして欠陥魔術士になってしまったんですか?」
俺が欠陥魔術士になった理由か。
そんなものを聞いて意味があるのかと思ったりもしたが、無下にしても得なんて一つもないので真面目に答えてやることにする。
修史の“あなたは何者なんですか”という問いにも答えないといけないしな。
「俺が欠陥魔術士になった理由……? そんなの簡単さ」
頭の中を横切るのは、身勝手な大人達の態度や言動。それらを思い返す度に腸が煮えくり返り、怒りで我を忘れそうになる。
「大人の職務怠慢のせいで契約が出来なくなっただけだよ。お前らも知ってるだろ。まだ魔術器と契約していない魔術士の卵の天敵『悪魔の魔術器』」
名前の通りだが、こいつは本当に悪魔のような物だ。まるで悪魔が使っていて呪われたかのような魔術器。人が一度でも触れれば、勝手に契約が成立され、それ以外の魔術器を扱うことが出来なくなるだろう。
「……それを俺は握らされた」
まぁ、大量の魔術器の中でそれを偶然にも当ててしまった俺自身のせいでもあるんだけどな。
元を辿れば悪魔の魔術器を普通の魔術器と一緒に置いておく方が悪いんだ。よって、俺は悪くない大人が悪い。
「たったそれだけのことだよ」
「それじゃあ、隼人が欠陥魔術士になったのって……」
「間接的にだけど、大人のせいってことになるな」
「隼人君……」
「もう大丈夫だから心配するな」
さっきみたいに精神が安定しないこともあるけど、普段はあんまり気にしない程度には吹っ切れてるからな。
「でも、欠陥魔術士となった途端、たった一つだけ気をつけないといけないことがあった」
「それは?」
「これに関しては絶対に言えない。けど、知っておいてくれ。いざという時使えるかもだからさ」
そう、欠陥魔術士になったからには課せられる義務や運命がある。
普通の魔術士からすれば欠陥魔術士は特別な存在だ。そんな希少人種に責務が課せられないなんてことはない。魔術士とは比べものにならないぐらい重い運命を背負わされたよ。
「いざという時って?」
「……国の上層部が動き出す運命の分岐点とかな」
生憎と俺の情報は上層部まで回っていない。虐めなどに遭っていて、意外と知れ渡っていると思うかも知れないが、両親が頑張ってくれたおかげで上層部まで回ってないのだ。
だからこそ、俺は正体を隠し続ける必要もあるのだがな。
国は実験体として、欠陥魔術士を欲しがると思うから――。
「ま、俺もそんなときは来て欲しくない。だが、覚悟ぐらいはしておいてもいいはずだ」
「わかりました」
「……本当にアンタは色々と背負ってるみたいね」
修史の了承の言葉に続くはスカーレットの溜め息混じりの言葉。
まだまだ若く人生の半分も生きていないってのに、どうしてこんなに経験豊富なのだろうな。
「まぁ、そんなわけで色々と抱えてる俺だけども、これからよろしくな」
最初、皆のことを疑って関わっていた俺が言える言葉じゃないかもだし、これから信じて行動出来るかもわからないけども。俺だって仲良くしたいんだよ。だけど、いつ裏切られるかもと思うと怖くなるんだ。だから、俺は人を信用することすらしなくなったんだろうな。
内心暗いことを考えながら言ったのだが、こいつらは――。
「元からそのつもりですよ」
「そうだぞ。オレはお前と仲良くするつもりだったし」
「アンタと関わっていたら退屈しないでしょうしね」
悠里に修史。さっき会ったばかりのスカーレットにも仲良くしようと思われていた。
「隼人君」
「ん?」
「すぐに私達を信用して、なんて言えないけどもこれだけは言わせてね」
深呼吸をするために一拍、間を空け。
「あなたは一人じゃないから」
幼少期にも言われたことのあるその台詞。
信用出来る証拠など、一切あるわけがない。ましてや会ったばかりのこいつらを信じることが出来るのは疑うことを知らない馬鹿ぐらいだろう。
こんな証拠のない言葉を信じる意味なんてないし、裏切られたら凹むのは俺だ。だから、こいつらの決意を踏み躙る行為かも知れないが、その言葉を鵜呑みにしたと思わせて実は信じないというのが一番ベストな選択肢だと思う。
(けど、なんでだろうな。こいつらの顔を見てると、信用してもいい気がするんだ。絶対にこいつらは裏切らない、そんな気持ちで一杯になる)
「ああ、それじゃあ改めて……これからよろしく!」
このときの俺は自己紹介の際、浮かべた作り笑顔よりも断然良い笑顔を浮かべていたと後に修史の口から聞くことになった。
――こうして、俺の物語は序章を迎えたのだ。
こいつらは信頼しても絶対に裏切らない、そう思える仲間達と出会ったことで。
これにて転入編は終了となります。
続きは機会があれば書きます。そして、ここで連載させていただきますので、その際はよろしくお願いします。