第11話 密談
「やっと、終わった――!!」
それから三十分にも及ぶ作業を終え、一仕事終えた後のおっさんみたいにベッドに飛び込んで寛ぐ。ベッドに飛び込むのは疲れているおっさんじゃなくて純粋な子供か。
世界の難しいことを何一つ考えなくても良い無邪気な子供。誰もが戻れるなら戻りたいと思う時期。本当なら学生の時期ってのもあまり考えなくてもいい時期だと思うが少なくとも俺は違う。
子供の時からずっと暗い闇の中を彷徨っていたからだろうか、無邪気な時期というものが本当になかった気がする。
(……いや、ほんの少しだけだけども、無邪気な時期ってのはあったな)
「あの頃は本当に楽しかったな」
無邪気に遊んで、学んで、楽しいことだけ考えて過ごす。
あの時は世界の動きとか常識だなんて考える必要すらなかったからね。だからこそ、この世界の裏事情ってやつを知ってしまったのだから。
「隼人、どうかしましたか?」
「あー、いや、なんでもないよ。ちょっと昔のことを思い出しただけ」
昔の楽しかった頃のことを思い出していると、コンコンっと控えめなノック音が響く。
「あ、はい」
『隼人様、水城様方が来ておりますけど』
朱音さんから伝えられた伝言を聞いて俺らは視線を合わせる。水城様方ということは、二~三人いるということだ。
とりあえず来るとわかっている一人は水城悠里で合っているだろうが、後の人物がわからない。
「ああ、わかった。着替えてからすぐに行く」
『はい、わかりました』
家のことをすべて任されていた経験もある朱音さんのことだから、俺が行くのが遅くなることがわかり次第、客人を丁重に持てなすだろう。とはいえ、安心しきってゆっくりと準備をするって訳ではないけどな。
「では、僕は先にリビングに行ってますね」
「おう」
客人を待たせてる側だから少しでも早く行かないとな。クローゼットの中から、しまったばかりの服を適当に引っ張りだす。
手に持ったのは自分に似合わないとわかっている黒色のTシャツだったが仕方ない。これ以上、待たせるよりは断然マシだ。
「悪い、待たせた」
着替えを済ませ、リビングへ向かうと、すでに彩葉や悠里がソファーにリラックスして座っていて、さらに言えば朱音さんに入れてもらっていたのであろう紅茶を優雅に飲んでいた。修史はと言うと、その朱音さんの手伝いをしていた。
その光景を見ていた俺は、お前らもお金持ちの家に生まれたんだよなと思ってしまった。
紅茶を飲む仕草が一般人のやつとは違っていて、元から飲んでいたような、違和感がまったく無い飲み方だった。
「……まぁ、いいよ。お前と修史でかなり荷物整理が捗って終わらせたんだろ?」
「ま、そうだけど」
「ならいいぞ。オレらも手伝う予定だったんだが、用意で時間がかかったからな」
修史はほんの数十分で来たにも関わらず、悠里は来るのに時間がかかったらしいしな。お前は準備に時間がかかる女子かっての。
……そういえば、悠里って何かと女らしいときってあるよな。
帰りに会ったときもそうだけど。戦いがあって汗を掻いてるはずなのに、汗臭くなくて逆に良い匂いがしたりな。
「隼人様、紅茶はいつものでよろしかったですか?」
「あ、はい。それでお願いします」
「わかりました」
このやり取りを聞いて、紅茶を飲んでいた二人と手伝いをしていた一人も目を丸くしていた。
無理もない――主人がメイドに敬語を使ってるんだからな。でも、俺はそれが普通だと思っている。
偉そうなことを言える立場でもないし、朱音さんにはいつも世話になってるからだ。
「あ、そういえば隼人に言っておきたいことがあるんだった」
「俺に言いたいこと?」
「オレ達と同じクラスのやつなんだけど、お前と話してみたいんだってさ」
俺と話してみたい人ねぇ。
別に会うのはいいんだけど、なんで教室で話さなかったんだろうか。同じクラスならいくらでも話すキッカケは出来ただろうに。
「あの大群に入ることが出来なかったらしいよ」
前言撤回。いくらでも話すキッカケなんてなかった。
すべての授業を終え、放課後の時間になった瞬間。俺の机を囲むように大量のクラスメイトが来たのだ。その光景に俺は驚き、いつものように冷静に対処することが出来なくて、あたふたしていたんだけどな。
それはそうとして、質問攻めをしてきた人達の割合が、女子のほうが多かった気がするのだが、アレはどういうことなのだろうか?
男は興味がないから、の一言で済むのだろうが、女子のあの行動は理解できない。
「ああ、別にいいぜ。今から呼ぶか」
「えっ、今からでもいいのか?」
「気にすんな。朱音さん、いいよな?」
「いいですけど、なんで私に聞いたのですか?」
「だってさ、紅茶を用意してもらうことになるし」
俺の勝手のせいで飲み物を用意してもらうのだから、朱音さんに聞くのが一番、良い選択だと俺は思う。勝手に決め付けては、いけないような気がするからだ。というよりも、お金持ちのお坊ちゃんは、全員、身勝手だと思われたくなかったというのもある。
「……やっぱり隼人様は優しいですね」
「ん、何か言ったか?」
「いえ、何も。あと一人分追加ですね。造作もないことです」
「そうか。……よし、朱音さんの許可が出たので呼んでくれ」
「ああ、わかった」
悠里がソファーから立ち上がり、少し離れた場所で電話をし始める。
電話先は相手の携帯にだろう。と、予想しながらソファーに深く腰掛け、今日一日だけでとってしまった疲れをとることにする。
「お疲れのようですね」
「やっぱり、朱音さんにはバレてしまいましたか」
「当然です。……だって私は、隼人様専属のメイドですので」
これから来る二人のための紅茶の用意をしつつ、笑顔で言いきった。
「何年、あなたに仕えてきたと思っているんですか。あなたの人となりは理解していますし、体調もある程度はわかるんですよ」
これだけでも、朱音さんの長所はわかってくれるだろう。
色んなことに気は利くし、器量も良い女性だということだ。
「ああ、そうだったな。今更だけど、いつもありがとな」
「……別に良いですけど。それ、死亡フラグに聞こえますよ」
「そうだな」
素直に自分の気持ちを打ち明けるのって、恥ずかしいから。茶化してくれたほうが良いんですけどね。その茶化しかたは、無いと思うんだ。
「湊さん。ちょっとこれについて質問があるのですが……」
「はい、なんでしょうか?」
台所の辺りで呼んでいる修史の下へ向かう朱音さん。
俺が行っても良いだろうが、台所は朱音さんのホームと言っても過言ではないからな。俺が行って修史にアドバイスをすることが出来ないからな。
「…………」
奇しくも今、この場にいるのは俺と彩葉の二人になってしまった。
台所も同じ部屋内にあることにはあるのだが、あまり大きな声を出さない限りは聞こえないぐらい距離が開いているので二人っきりと言ってもおかしくないぐらいの距離だ。
そんなに皆との距離が離れていて、有紗先生と帰ってきたときからずっと様子がおかしい彩葉と二人っきりという雰囲気が重かったからか、気まずい空気になってしまった。
まさかあいつら全員、それを狙って行ったわけじゃないだろうな。
「……あのさ、隼人君」
「あ、ああ、なんだ?」
「ちょっと気になったことなんだけどね。隼人君が魔術を使わないのって」
この質問で大体のことを察してしまった。
おそらく俺の秘密を知っているのだろう。誰経由で知ったのか、自分なりに考えてわかってしまったのかはわからないが。
「……彩葉、お前は俺の秘密を知ってるんだな?」
「それじゃあ、あの話は――」
「正解だ。俺は魔術を使わないんじゃない。使えないだけだ」
本当に情報源が気になる俺であったが、それと同時に終わったなという気分になった。
これで俺が欠陥魔術士だってことがクラスメイトにバレてしまった。
「……そ、そうですか」
「で、俺の秘密が知れたわけだけど、どうするつもりだ?」
「どうするってどういうことですか?」
「仮にも話題になってる転入生の失態ってか、真実だぜ? 誰かに言ってしまえば話題になること間違いなしだろ」
「そんなつもりで知ったわけじゃないよ。ただ、真実を知りたかっただけ。だから誰かに言うなんてこともしないよ」
「……へぇ」
今までずっと、俺の情報を知った人達はそれをネタにするやつばっかだったからな。
五大家系の一家系である柊家の御曹司が魔術を一切使うことの出来ない欠陥品“欠陥魔術士”だなんてネタ。一気に広まるし、広めた情報源である人に注目が行くだろうからな。
そんなふうに大人達に都合が良いように勝手に解釈され、勝手にネタにされた。
「まぁ、口で言われても信じることは出来ないけどな。……大人は皆、嘘ばっかりを言って自分達に都合が良いようにしたからな」
「隼人君……」
少し寂しそうな顔をする彩葉だったが、俺は見ない振りをして自分の心に蓋をする。
「隼人、そろそろ来るらしいぞ」
「そっか。それなら良かった」
タイミング良く電話を終えた悠里の台詞によって、俺らの話が遮られた。俺からすると、助かったからちょうど良かったんだけどね。
「まぁ、それはいいとして。隼人、姉さんを苛めたりしてないだろうな」
「……はぁ、お前は本当にそればっかりだな。苛めてないから」
「それならいいけど」
姉のことを考えるのは良いことだけど、ここまで行くと本当に駄目だぞ。シスコンも良いとこだぜ。
こいつの場合、本当に姉離れ出来るのかどうかが怪しいな。
「とりあえず俺は出かけてくるわ」
「え、もう少ししたら呼んだ人が来るんだけど」
「……ちょっと、外の空気を吸ってくるだけだっての」
リビングのソファーにかけていた黒のジャケットを手に取り、上から羽織る。
今は外の空気でも吸って、気分転換をしたい気分なんだ。
「……隼人君」
自室から出る直前、彩葉のとても辛そうな、言わなければ良かったといった後悔してる表情が視界に入った。
こんな自分の失敗を悔いて、人のことばかりを気にする人が俺の情報を好んでばら撒くようなやつとは思えないんだけどな。
体に染み付いてしまった怪しむという習性までは変えることが出来ないみたいだ。
「……ごめんな」
誰に聞かせるわけでもなく、ただ自分の気持ちを整理したいがために小さな声で彩葉に対して謝る。