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第10話 寮生活の始まり



「はぁ、やっと初日が終わった――!」

 思いっきり体を伸ばし、学生寮までの道のりを歩く。

 二回にわたる戦闘と授業での疲れが今になって出てきた。それにしても濃い一日だったな、と今日一日を振り返って思う。

「お疲れだな」

 そんな疲れた様子の俺に声をかけてきたのは、戦ってからかなり話すことになった悠里だ。

 戦闘前までの喧嘩腰な態度が見る影もない。

「おう、本当に疲れたぜ。帰りしなも大量の質問攻めにあったしな」

 好きなタイプはとか、得意な魔術は? とか聞かれても知らないし。

 特に後ろのほうは答えられないし、前の質問はまぁ、別の意味で答えられないな。

「ホント、大変だな」

「うるさいよ」

 笑いながら言ってくる悠里に少しトゲのある言い方をするが、友達同士の会話ではこんなもんだろ、と思う。

「あ、そうだ。あのとき、お前はどんな覚悟をしたんだ?」

 模擬戦闘のときに俺が少し助言をしただけで、あんなにも強くなったんだ。

 どんな理由があって急激に力が強くなったのか、ただ単純に興味があった。助言をした俺ですら、あそこまで強力になるとは予想もしなかったし、想像もつかなかった。

 それに覚悟を決める時間も比較的短かったように思える。

 もしかしたら最初から覚悟みたいなものは決まっていたのかも知れない。

 背中を押してくれる存在が今までいなかったから覚悟を決めることが出来なかった。たったそれだけのことかも。

「まぁ、そうだな。オレに欠けてたものを教えてくれた隼人だから言うよ。……オレは姉さんを護りたいんだ」

「彩葉を?」

「ああ、姉さんは昔、親に捨てられて生きていく価値がなくなったときに救ってくれたんだ」

 悠里の言葉を真面目に受け取って、状況を整理するとすれば、まず最初に彩葉の両親と悠里の両親は違うってことだな。そんでもって悠里は親に捨てられ、生きる希望を失って死のうかなって思っていたときに彩葉に拾われ、ここまで育てられたと。

 俺がこいつの立場だったら、それもわかる気がする。

 ただでさえ、俺もとある女性に助けられて、その人の恩返しがしたい気分で一杯なのに。ずっと一緒っていう関係の姉弟なら、姉を……自分を救ってくれた姉をどんな手を使ってでも幸せにしたいよな。

「そっか、それならどんな手段を使っても、護りたくなるよな」

「……ああ、だからオレはお義母さんから姉さんの護衛を受けたんだ。姉さんを護りたいという気持ちはオレにもあったから」

 ――そうだったのか。

 あのときにした覚悟がそんな強い思いからだったなんてな。

 そりゃあ、俺が負けるわけだよ。ここまで覚悟に差があったとは思わなかった。

 俺の覚悟なんて、そんな大層なものじゃない。

 欠陥魔術士っていう曖昧な立場の俺自身が不自由のない生活を送れるために、頑張って生きていかないといけないんだ。そのためなら何でもしてやる。っていう自己満足のための覚悟なんだから。

(こんな俺でも、こいつみたいに人のことを思ったり出来るのかな……)

「お疲れ様です、隼人様」

「おわっ!?」

 考え事をしている間に、いきなり話しかけられビックリする。

 目の前にいきなりメイドが現れたのだから驚いても仕方ないだろう。それも帰ったと思っていた見知った顔のメイドがね。それに服装も送ってもらったときと違ってメイド服になってるし。

「……って、何でまだいるんだよ」

「え、誰? 知り合い?」

 いつもと同じような話し方をしてしまったせいだろうか、知り合いかと悠里に聞かれる。

(知り合いと言えば、知り合いに入るんだろうけども……。メイドについてはあまり話したくない話題だったんだけどな)

 ここで話さないってのもありかもだけど、やっぱり話しておくほうがすっきりするよな。

「ん、ああ、そんな感じだ。で、仕事は?」

「お母様から何も聞いてなかったのですか?」

「聞いてねえよ」

 さっきよりもトゲのある言い方になってしまうのも仕方ない。なんせあいつらは俺を家に閉じ込めたやつらなんだからな。それに母さん以外のやつは俺のことを嫌ってるんだし。

 だから当初、親父から貰った拳銃すらも信用する気にはなかなかった。

 俺のことを嫌っているやつから渡された物を信頼して使う気になるかって話だ。絶対に下手な細工がされていて、俺を痛めつけるか殺すことが出来るような細工がされているんだろ。と疑ってかかったことがあったのもちょっと懐かしい思い出だ。

 家から出る際に試し撃ちを済ませていたからね。

 でまぁ、話を戻すが、母さんが俺を閉じ込めた理由は親切な理由からだったんだよね。だから嫌っているってわけではないんだけど、閉じ込めるはないと俺は思う。

 まだ小さい子供なのに、監禁生活ですかって話だ。

 そんなときから家にずっと居続けるようにされて、すぐに人を信用しろ、魔術について答えろ。って言われてもわかるはずがないんだよ。

「では、このお手紙をご覧ください」

 手渡されたものは手紙らしいものだった。裏には丁寧な楷書で【朱音ちゃんへ】と書かれていた。

 そんなにも気合を入れて書くのであれば名前もきちんとしたフルネームにして、“ちゃん”じゃなくて“様”って付けるべきだと思うのだが。

 これが普通の関係ではなくて、主従関係といった特有のものだろうね。

 使用人に対してそんな敬称を付ける必要すらない。それが通常の主従関係だろうけども、本当に家の関係ってのが複雑なのだろうな。

 有名な五大家系だってのに、そこの息子が欠陥品であったりな。

 まぁ、俺の名前なんてあたかも無かったかのように扱われていて、後継者には妹の名前が挙がっているから大丈夫だろうけど。あいつは俺と違って完璧なのだから。

「悠里も見てみるか?」

「え、いいの?」

「ああ、いいぜ」

 聞いてみただけだったのだが、妙にわくわくしているような声音が聞こえてきたような感じがしたので今更ノーとは言えなかった。

「さてと、そろそろ中身を拝見しましょうかね」

 破ることはないだろうが念のため丁寧な手つきで中に入っている紙を取り出して見てみる。人の物を勝手に壊すってか、破ってしまうのはダメだからな。

 手紙の内容が気になっていたのだろうな。隣にいた悠里もひょこっと俺の肩の位置ぐらいから顔を覗かせていた。

(――あれ。なんで、こんなに良い香りがするんだ?)

 さっき試合したはずなんだから汗臭い、あるいはもっと男らしい匂いがすると思われるんだけどな。

 予想していた以上になんていうか、ほろ甘い女の子の香りがしたような気がした。

「なっ!?」

「ん、どうしたんだ? なんか気になる文でもあったのか」

 気になる文というわけではないんだけどな。

 男からは決してしないはずの甘美な香りがしたら、なんか意識してしまうに決まってんだろ。たったそれだけなら別に平気っちゃあ平気だったが、悠里(こいつ)の外見が男にも女にも取れる感じなので、女の子かも知れないという錯覚に陥ってしまったのかも。

「朱音ちゃんにお願いがあります。学院に隼人と共に行ってください。学院長の許可はもうすでにもらってます。学生寮は学生寮でも特大サイズの部屋を用意してもらいました……って、はぁ?」

(特大サイズの部屋を用意しただって!?)

 普通の魔術士を装うことを目的として、この学校に来たはずだってのに。こんなことになるんだったら来るのをやめるべきだったかな。

 特別サイズの部屋に暮らすことになるのは別にいいんだけどさ、それがクラスメイトにバレたらめんどくさいことになるじゃないか。

 それだけで俺が普通の魔術士ではないことがわかってしまう。

 家のことでも、魔術士としておかしいってことも。

「隼人、続き」

「あ、はいはい」

 まだまだ溜まりに溜まった文句を言い切りたい気分だったが、悠里にさっさと続きを読んでと言った感じに急かされ、文句を続けて言う機会を失ってしまった。

 それ以降も文字の羅列はあったのだが、書いてあることは、ほとんど同じだった。いや、朱音さんの普段の行いが良いから長期間の休暇を楽しんでこいって感じのことを書いていたな。俺の護衛は休暇に入るのかよ。

 全力を発揮して護衛をして欲しいわけじゃないから、別に良いんだけどな。

「……だってさ」

 手紙が入れられていた包みの中に手紙をしまい込んで朱音さんに返す。

 内容をすべて見たからわかるんだけどさ、ウチの母さんは本当に親バカだよな。超エリートの道を着々と歩んで行ってる妹に優しくするってんなら得があるかも知れないけど。出来損ないの俺に優しくしたところで損をすることはあっても得なんて一切無いのだから。

「隼人のお母さんってすごいんだな。あの学院長にお願いできる立場だなんて」

「あの学院長って、どういうことだ?」

「お前、知らないのか!?」

「お、お、おう」

 声のボリュームが急に上がった悠里に驚き、少し引いてしまう。

「ウチの学院長はな。裏で“最強の魔術師”と呼ばれてるんだ」

「へぇ、最強ねぇ」

「ちなみに漢字で書くと、こうな」

 そこらに落ちている木の棒を拾い上げ、地面に≪最強の魔術師≫と書く。

 その文字を見て俺は少し違和感を感じ取っていた。学問・道徳などを身に備えた尊敬に値する人物。という意味を込めて“士”って漢字を使うんじゃなかったっけか。

 この漢字だと教え導く者って意味になってしまうんだが……。

 先生だけならこの漢字でも合うかも知れないけど、生徒達や教える立場じゃない人に対してもこの漢字を使っていたら訳が分からなくなって混乱すると思うんだが。

「あれ、魔術師ってこう書くっけ?」

「ん、ああ、お前は知らないのか。魔術師って書くとさ、師で教える側って感じがするじゃないか?」

 ――確かにそんな感じはするな。師と弟子みたいな感じで。

「で、結果的に成人していて【元帥】レベルまで実力が達している人を魔術師と指し、それ以外の方を魔術士という事にしようって決めたんだ。まぁ、同じ意味だから読むのはヴァルチェで統一はするんだけどな」

 魔術士の世界って、とてもめんどくさいんだな。

 欠陥魔術士には難しい設定はないからね。ま、そんな存在はあんまり生まれないからって意味だと思うけどね。あ、いや、欠陥魔術士はどっちにしろ未熟なやつらと決めつけてるからかも知れないな。

(――だとすると、学院長やウチの母親は元帥レベルってことなのかな)

 ウチの母親が学院長と同等のレベルだとすればっていう前提条件を満たしていたらの話なんだけどな。

「……というか、朱音さん。アンタはどこに住むことになるんだ?」

「そうですねぇ。私が思うにお母様が特大サイズの部屋を用意させたってことは、一緒に住めってことなんでしょうね」

 あの文面を見る限り、そういう風にしか取れないよな。

 まぁ、俺は元から手を出すつもりもさらさら無いから別に良いんだけども、性別が違う人同士が同室で寝るってのはおかしいから、その辺りはちゃんと決めてくれているよな。特大サイズの部屋だったとしても、その中に部屋が何個かに分かれている。とかね。

 最低でも二~三室あれば余裕だから、そんな構造で合ってくれよ。

 本当なら俺の部屋なんて必要無いって言いたいところなんだけど、親父から受け取った荷物が大量に運び込まれているだろうから物置感覚として俺の部屋が必要なんだよね。

「まぁ、とりあえず自室に戻るとしよう」

「そうだな、さっさと部屋に向かおう。ま、オレは着替えてから行くから」

「ああ、じゃあまた後でな」

 一度、悠里と別れ、自室へと向かう際。

 真後ろから疑われているかのような視線を感じたのだが、敢えて気にしないことにした。



(……そんなわけで、自室に来たわけだけど)

 顔を引き攣らせ、眉をピクピクと動かせながら部屋を見まわす。

 こんなに引き攣らせている理由は――部屋の中を見ればわかるだろう。

 黒を基準としたシックな壁紙、いかにも高級感が溢れている家具達。この部屋から隣の部屋に繋がるドアが二つも付いていた。この部屋をリビングとするのであれば、個人の部屋に出来るスペースが二つあると考えたらいいのだろうな。

 この大部屋があるせいで、周りの部屋のスペースを圧迫してるのではないかと思ったりもしたんだけども。学院長曰く、建設当初から得大サイズの部屋を何部屋か作っていたらしい。理由はウチの母親以外にも親バカがいるってわけだな。

(それにしても――)

「こんなに部屋を豪華にする必要はあったのか?」

「さぁ、おそらくないでしょうね。お母様のご趣味でしょう」

 こんなにも俺の邪魔になるような趣味は完全にいらないんだけどな。

 出来損ないで親不孝者な俺にこんなにも良くしてくれる意味なんてないと、母さんに文句を言いたい気分になったが、母さんはここにはいない。なので叩くことも出来ないし、文句を言うことも出来なかった。

 隣に繋がる扉が二つもあるっておかしくないか。単純に計算して三つの部屋を使ってることになるんだよ。もし、本当に三つも部屋を使われられているとしたらどうするんだよ。無茶苦茶、お金も規模もかかってることになってるぞ。

「まぁ、仕方ない。せっかく送って貰ったんだ。存分に使うぜ」

「そうですね。では、私はこちらの部屋を使わせていただきますね」

 自宅の方から送られてきていた大量の荷物の中に紛れ込むように入っていた表札を入ろうとしている部屋の扉に掛け、部屋の中に入っていく朱音さん。

「……何気に馴染んでたよな。まるで初めから荷物の中に表札があることを知っていたかのように取り出してたし」

 これから一人暮らしをすることになるかも知れなかった俺の世話をすると題された仕事とは何か別の仕事でも受けてるのかな。と、怪しむような視線を朱音さんが入った後の扉に向けるが意味のない行為なのですぐにやめる。

 おそらく俺が授業を受けている間、暇だったので荷物の整理でもしていたのだろう。

「そんなくだらないことを考える前に、荷物を部屋に持って行こうか」

 リビングにする予定の部屋の片隅に山のように置かれているダンボール。それらはすべて俺、もしくは俺宛の荷物ってことらしい。

 とりあえず朱音さんが自分の部屋に持っていかなかったということは確実にコレは俺の荷物なんだろうな。

(銃器も入ってるだろうから、これぐらいの荷物は覚悟していたけど……これは多過ぎるだろ。ごく普通の高校生が持っているような銃器の数は越してるぞ、いや、ごく普通の高校生は人を殺すことの出来る武器すら持っていないか)

「さて、片付けるか」

 ダンボールの中に入っている物を確認しながら、部屋に運んでいく。一つ一つ確認しながら荷物を運んで行かないと、どこにどの荷物があるのかわからなくなってくるし、どれがあいつからの贈り物かわからなくなってきて混乱してくるだろうからな。

『隼人様、霧島修史様がお越しになってますが……』

 早っ!?

 ちなみに早いと思ったのは、着替えを済ませてここに来る修史にも、さっき自室に入ったばかりの朱音さんが対応するまでに対してもだ。

「あー、こっちに通してくれ」

『わかりました』

 まだ制服のままで着替えていないんだけどな。

 ここまで早くに来るとは思いもしなかったからさ。着替えてないのは仕方ないと思うんだ。

「さてと、修史も来たことだし荷物整理を本格的にやることにするか」

「隼人っ!?」

 扉を勢い良く開けたことにより、バタンッという物凄い音が響く。その音と共に入ってきた修史が驚愕の表情を浮かべながら俺の名を叫んでいた。

「ん? どうした」

「君は一体何者なんですか? 専属のメイドまでいるだなんて」

「……それについては聞かないで欲しかったんだけどな。まぁ、あいつらが来てから話すことにするよ。だから今は荷物整理を手伝え」

「わかりました。後で聞きますからね」

 こいつらは言った言葉を絶対に忘れないだろうからな。ちゃんと家のことを話さないと駄目だよな。出来る限り、家のことを話したくはないんだが。

 荷物整理をしている間に忘れてもらえるように大量に仕事をやらせようかな。

 そんな悪いことを考えている俺であった。



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