第9話 迷いと惑い
「――あれ、彩葉と有紗先生の二人は?」
「あの二人ならお話をしていましたよ」
クラスメイトの一人が俺の質問に答えてくれる。
俺らは戦闘をしていたせいか疲れが溜まっていて、クラスメイト達の動きを目聡く察知するような体力は残されていなかった。
元々、戦闘なんて二連続で出来るようなやつじゃないんだよ。
魔物と戦うことになったら、そんなこと関係なくあいつらは襲ってくるだろうが。
それはわかっているが、魔物との戦闘と人と戦うのは根本的な部分で違いがあることをわかって欲しい。だから、対人戦を頑張っていたところで意味はない。
「……ま、それならいいや」
お前の弟、本当に強いやつだなって言おうとしただけだしな。
単純な力の強さってわけじゃない。いや、それも完全に無いってわけではなくて、心の強さが主な源になっているはず。
あいつの心の強さはかなりのものだ。自分を守ってくれた、良くしてくれた姉への感謝の気持ち。それを行動で現すとするならば、その姉にしてあげられることをすることだろう。
――自分の護衛を弟にしてもらう。
姉からすれば、これが嬉しいことなのか悲しいことなのかはわからない。
その弟が大切な存在であるとするならば、自分を犠牲にして護ってくれる弟のことをどう思うのだろうかな。
「それにしても、あなたって強いんですね」
「あ、あぁ。そうか?」
「そうですよ。悠里と同等の力を持ってるのですから」
悠里のことをすでに名前で呼んでいるってことは相当仲の良い友達なのだろう。
それに悠里の実力を知っていることからして手合わせをした経験もある。そんな機会があるのは彼と親しい友ぐらいのことだろうしな。あるいは俺のように逆鱗に触れてしまった人の二択かな。
「……おっと、自己紹介がまだでしたね。僕の名前は『霧島 修史』。悠里達の幼馴染です」
「霧島、か」
「修史でいいですよ。僕もあなたのことを隼人って呼びますから」
妙に馴れ馴れしいやつ――。
それが俺の霧島修史に対する印象だった。会った直後から名前を呼んでくれだなんて、な。
(……だけど、これは俺が欠陥魔術士だって知らないから。普通に接しているだけ)
俺が欠陥魔術士だって知った途端、こいつらは手のひらを返すだろう。
あの大人達のように……。
「あ、ああ、そうか」
「そうか。じゃないですよ! 僕の話をちゃんと聞いてくださっていましたか?」
「俺のことを隼人って呼ぶんだろ。聞いてるさ」
別に名前を呼ばれることに抵抗があるわけでもないしな。名前呼びに抵抗があるなら
彩葉に教えることすらしなかったし。
ただ、馴れ馴れしいやつと関わるのが初めてだったから、ちょっと関わり方がわからないっていうか。考え事をしていたせいで反応が遅れているというかなんていうか。
「それだったらいいのですが。これから幼馴染共々よろしくお願いしますね」
「ああ、そうだな」
こんなくだらない話をして数十分、彩葉と有紗先生の二人が教室へ戻ってきた。
「……有紗、遅かったんだな。どうした?」
「あー、ちょっとね」
玲也先生の質問に対してはぐらかそうとするような曖昧な返答をする有紗先生。
二人で内緒の聞かれてはいけないような話し合いでもしてたのだろうか。あんまり聞かないで欲しいという雰囲気を発していた。
それに目聡く気づいた玲也先生は、それ以上突き詰めるわけではなく終わりのSHRを始める用意に入る。
「そういえば、隼人が学院内に入ったのって今日ですよね?」
「ああ、そうだな」
「……ってことは、部屋に置く予定の荷物の整理とかで忙しいですね」
「ま、そうなるだろうな」
こういうとき、俺の代わり。あるいは俺と一緒に片付けや整理を手伝ってくれるメイドがいたら良かったのにと思う俺だった。
「では、手伝いましょう。どうせ暇ですしね」
「それは助かるな。どうせ持って来させられた荷物はかなり多いだろうし」
「……持って来させられた?」
「あー、色々と持っていけってな」
その結果、かなり多い荷物になっているとは聞いた。荷物を運ぶためだけにトラックを一台借りるか借りないかだったかな。
まぁ、もしもこんな状況になってしまったら、という奥の手らしき物を減らしていくとトラックを借りないでいいランクまで収まった。とは言え、まだまだ荷物は多いんだけどな。だから、トラックを借りずに済んだには済んだんだが、それでも荷物は普通の人よりも多いらしい。
大型車を使って荷物を送ってもらう手はずになっているから、な。
「まぁ、いいでしょう。それでは、部屋に一度戻ってから行かせていただきますね」
「あ、あー、頼むよ」
「彩葉や悠里もどうですか? これが終わってから隼人の荷物整理をしませんか?」
「オレは手伝うぞ。こいつに借りを作ったままってのはいやだからな」
貸しを作ったつもりはないんだけど。俺は俺が思ったことを思いっきり言っただけであって、結論を――答えを出したのはこいつ自身なんだし。
「……私はちょっと考えさせて。色々と気になることがあるから」
そのとき、彩葉の視線がほんの少しだけ俺に向かってきたのは気のせいではないだろう。彩葉が言った“色々と気になること”ってのは、俺に関わることなのか。あるいはそこに俺がいただけなのか。視線を意味を探ろうとしても、何が気になったのかわからない分には手が出せない。
だけど、これだけはわかった。
それが何であれ、今の彩葉の様子はおかしく、何かに迷っている感じだった。
「わかりました。では、僕達は着替えが済み次第、そちらに向かいますね」
「……ん。了解だ」
会話が終わった瞬間を見計らったようなタイミングの良さで帰りのSHRが始まる。だが、俺の耳にそんな諸連絡が届くことなく、ずっと彩葉のことを考えてしまっていた。
急に考え事がしたいと言い出したことといい、俺をチラッと目に入れた理由も。わからないことだらけだった。
これは本当にありえないことだけども、急にこんな態度になった理由として、当てはまるパターンが一つだけある。
――俺からすれば、最悪なパターンだから、そんなことは絶対にないと否定し続けたいがな。