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対なる世界

暗転世界

作者: りば→す


 怪をテーマに部活で書いた作品の片割れです。



 先輩が消えた。

 前触れがあったといえばあったのかもしれない。ただ、あまりにも突然すぎて、非現実的すぎて…。僕はあの日のことを今でも理解出来ていない。

どこかのラノベみたいな展開。きっと誰も信じないだろ?

 でも、本当にあったんだ。


 高校に入って間もない暖かな日、僕は先輩と出会った。



    ◆    ◇    ◆    ◇    ◆



 (文芸部…ここか)


 高校入学前既に決めていたこと。それは…一番部員数の少ない部活に入ること。

 僕は一人でいることが好きだ。正直十人以上の人間に囲まれると調子が狂う。まぁ、学校には慣れるしかないわけだけど。

 ただやっぱり部活には入っておかなきゃならないわけで。部活に入ってれば帰りが遅くなっても言い訳が出来るし。

 入学して、この学校の文芸部は廃部状態にあったことを知った。運動部と違って文化部は部員が一人でもいれば活動は成り立つだろう。そう思って軽い気持ちで担任の先生に入部届けを出した。意外にもあっさりと入部。

 そして、今に至るわけだ。


 (とりあえず部室の掃除から始めるしかないか)


 右手の中で冷たい輝きを放つ鍵。サボる気満々で入部したけど、やっぱ軽く緊張する。

 ゆっくりと鍵を回した。古い扉が開く音が廊下に響き渡る。


 「あれ…? 君、入部希望者? それとも見学者かな?」


 机に腰掛け足を組んでいる女子高生が目の前にいる。廃部状態の、しかも鍵のかかっていたはずの部室に。


 「あなた…は?」


 やっと出た声は情けなくも震えていた。


 「あぁ、あたし? あたしは……そう、文芸部員だよ!」

 「文芸部は廃部状態のはずです」

 「へぇ~、そうなんだ」

 「そうなんだ、って…。あなた本当に部員ですか? それに何で鍵のかかった部室に?」

 「君、よくしゃべるね~」

 「……あなた、何なんですか」

 「怒った? ごめんごめん、怒らせるつもりはなかったんだよ」


 入部は取り消そう。この人は苦手だ。思ったことを軽々しく口に出しすぎる。いちいち言い方がムカつく。


 「あたしは君の先輩だよ。君がこの部に入部するなら、だけどさ」

 「じゃあ二度と会うことはないですね。失礼しました」


 二度とここには来ない。早く退部届けと入部届けを貰いに行かないと…。



 ―次の日―



 (…何でまたここに来てるんだ、僕)


 目の前には軽く錆びた扉。扉の中央には「文芸部」の文字。


 (いやいや、他に僕が入部出来そうな部活がなかっただけだ。それに、いつもあいつがいるとは限らないしな)


 自分が一番分からない。何でわざわざムカつく奴に会うリスクを負っているんだ…。

 まぁ、確かに綺麗な人ではあった。けどそう見えたのは窓から差し込む夕日があったからであって、僕があいつに好意を持ったわけじゃない。


 (今日もここは鍵がかかってる。あいつもいないさ)


 鍵を回すと昨日の光景が脳裏に浮かんできた。でも、デジャヴなんて起こさせやしない。


 「あっ、やっぱり来てくれた! 昨日はいきなり帰っちゃってびっくりしたよ」


 ……おいおいおいおい、いきなりデジャヴなんて聞いてない。


 「ねぇねぇ、君やっぱり新入部員だよね! これから仲良くしようよ」

 「さようなら、本当にこれで最後です」


 この人ヤバい。絶対危ない人だ。何で鍵のかかった部屋にいるんだよ!


 「ちょっと待った!」


 踵を返そうとした瞬間に腕を掴まれた。速さが尋常じゃない。振り払うことも出来たがあまりにも驚きすぎて僕の脳内はフリーズ状態に陥った。


 「何が気に食わないのか知らないけど、お願いだから入部してくれないかな? そんなに活動があるわけじゃないし、活動日も自由だからさ」

 「……どうしてそんなに僕にこだわるんです? 他にも入部希望者なんているでしょ」

 「君が必要だからだよ!」


 腕を掴む手に一気に力が入った。そんなに真っ直ぐな目で見られても困る。しかも声は廊下に響きっぱなしだ。


 「もう入部届けも出したんだろ? わざわざ退部して入部し直すなんて面倒なだけだって。それに、他の部活は結構人数もいるしさ。君、大人数って苦手だろ」


 図星なだけ言い返せない。てか、見抜きすぎだろ。


 「駄目、かな?」


 潤んだ瞳に上目遣い、ってチワワか! どっかのギャルゲーかこれは! 

 いや、こんなどこにでもよくある流れに騙されるな僕。こんな部に入部したら一年、下手すりゃ二年はこいつと同じ時間を共有する破目になるんだぞ。そんなことになるくらいならいっそ帰宅部になった方が断然僕自身の為だ。


 心臓がバクバクする。上手く頭の中が整理できない。くそっ、これだからコミュニケーションなんて面倒なんだ。


 (ここで、ちゃんと断らないと…。さようなら、さようなら、さようなら、さようなら!)


 「……まぁ、どうしてもって言うなら…入部しなくもないですけど」

 「本当? よかったぁ、断られるんじゃないかって物凄く不安だったんだぁ」


 ……? ぅおぉぉぉぉぃ!! 何で断ってないんだよ! 意味分かんないし、ありえないし、どうしてこうなった!


 「じゃあとりあえず明日は部活するから、放課後ちゃんと来てね! ばいば~い」


 一人残された僕はしばらくの間動くことが出来なかった。甘い香りが、きっと先輩の髪の香りであろうその香りがまとわりつく。

 ハッと気付いた時には既に夕陽は落ちていた。


 奇妙な先輩との出会いから、僕の新しい日々が始まった。お世辞にも穏やかとは言いづらい日々が……。



 その後は進入部員はおろか見学者すらやって来なかった。二人っきりの部活動は特に何かを作り出すわけでもなく、ただひたすらいくつかの会話を繰り返すだけのものだった。本来は何かしらの活動内容があったのだろうが、先輩いわく「楽しめばそれがあたし達の活動になるんだよ」だそうだ。仕方無しに始めた活動日誌も、もはや僕の日記と化している。

 先輩のことはまだ全然分からない。分かっていることは女性であることと年上であることだけ。それ以外は名前すら知らない。一度名前を聞いてみた事がある。だけど「名前を知ったからって何にもならないだろ?」とあっけなく返されてしまった。だから僕も先輩に名前を明かしてはいない。

 暖かな春が過ぎて、暑い夏が消えて、涼しげな秋が一瞬で去った頃。きっとその頃からだ、元気過ぎる先輩の様子がおかしくなっていったのは…。



 ―ある日―



 「先輩って悩みとかなさそうですよね」


 何気なくそう聞いてみた。


 「そうかな?」


 先輩が本から目を話すことなく答えた。


 「そうですよ。常に笑ってるし、テンション高いし…。明るいってよく言われませんか?」

 「ん~、どうなんだろうね。あんまり考えたことないなぁ」

 「羨ましいです、毎日楽しそうで。疲れとかもないんでしょうね」

 「…………」


 突如現れた沈黙に、思わず活動日誌を書いていた手が止まった。


 「……先輩?」



 「そういう人に限って…悩みとか、苦しみとか、たくさんのものを抱え込んでるもんなんだよねぇ」



 わずかな沈黙の後に発せられた声は珍しく弱々しかった。本当に先輩から発せられたのかと戸惑うくらいに。


 「…先輩?」

 「ん? 何だい?」

 「いや、今の言葉…」

 「言葉? やだなぁ、とうとう幻聴まで聞こえるようになっちゃったの?」


 そこにはいつも通りの先輩がいた。見間違いだったのだろうか。先輩の顔に暗い影がさしたように見えたのは…。


 「あっ、そうそう。やっぱり一年生でむちゃくちゃ生物が得意な子いないの?」

 「それ一週間前にも聞きましたよ。今まで何回答えてきたと思ってるんですか」

 「そんなの覚えてないよー。一週間に一度は聞くって決めてるだけだし」

 「一週間に一度も聞かないでくださいよ。そんな生徒知りませんし。それに、その生徒が何だって言うんですか」

 「別にー、ただ好みなだけー」


 むぅ、と頬を膨らませて先輩はまた本を読みふけりだした。


 (僕も一応生物は得意なのは得意なんだけどな…)


 ……って、おいおい何考えてんだよ。僕が生物得意だろうが不得意だろうが関係ないだろ。


 (……もし僕が物凄く生物が得意だったら……先輩はどんな顔をするんだろう)


 視線を上げるとちょうど横髪を耳にかける先輩が目に入った。夕日が当たっているせいか本来黒髪のはずがここからだと赤毛に見える。


 「あれ、どしたの? あたしに何か用?」

 「い、いえ。何でもないです」

 「じゃああたし帰るね。戸締りよろしく」

 「あ、え、はい」


 おかしい。いつもなら僕が帰っても帰ろうとしないはずなのに。疲れてるのか?

 遠ざかる先輩の姿はいつもより小さく見えた。


 この時僕は知らなかったんだ。この日が、最後の部活(・・)になることを。

 そして……あの日がやって来る。



 ―あの日―



 あれからというもの、先輩は一度も部活に顔を出していない。僕が知る限りいつも部室にいたはずの先輩が、だ。

 言い過ぎたのだろうか。先輩でも傷ついたのかもしれない。けど、まさかそんなに落ち込むなんて思わないだろ。どんな皮肉を言ってもいつもへらへら笑ってるような人なんだから。

 だけど、先輩が来ないことは事実だ…。


 (あれ、今のって先輩?)


 ふと、視界の片隅に階段を上る誰かの姿が見えた。はっきりと見えたわけではないが、それはまぎれもなく先輩だった。

 だが今僕がいるここは3階。この上は屋上しかない。しかも屋上にはいつも鍵がかかってて誰も入ることが出来ない。踊り場に用、ってわけでもないだろうし。


 (とりあえず、行ってみるしかないよな)


 行って、話して、謝らないと……。


 (鍵が…開いてる?)


 微妙に開いた扉から冷たい風が吹いてくる。扉の向こうにどんよりとした曇り空が見えた。

 僕が近付くと同時に扉も開いた。屋上のど真ん中で、先輩が佇んでいる。


 「先輩?」


 聞こえてない、のか…? 返事がない。それどころかさっきからピクリとも動かない。この強風の中動かずにいるのむしろはおかしいだろ。何かが、というよりも全てがおかしい。目の前にいるのはあの先輩なのに、どうしてこんなにも近寄りづらいんだ。


 「せん…ぱい?」


 「あは、あははははは、ふふ、ふはっ、ははは、あっはは」


 確信した。今僕の目の前にいるのはいつもの先輩じゃない。無意識に足がそこで止まった。確かに感じるこの感情は…恐怖。

 いつの間にか屋上はいくつもの雫で濡れ、一面が灰色になった。それにも関わらず天を仰いで笑い続ける先輩。


 「ふふふ、へへっ、あはっあははっはははは! あ、少年」


 首がぐにゃりと曲がり、見開かれた目が僕を一直線に見つめた。口元には相変わらず気味の悪い笑みが浮かべられている。


 「分かんないものなんだね。こんなに近くにあったのに、こんなにあたしに語りかけてきてたのに。あたしは愚かだなぁ」

 「な、何を言ってるのか分かりません。とりあえず中に戻りましょう。このままじゃ風邪引きますし、一旦落ち着かなきゃ」

 「風邪? そんなのもう関係ないよ。あたしは何も感じない。あたしはここにいないんだからさ」

 「先輩はここにいるじゃないですか! しっかりしてください。こっちに来てください。僕、先輩に謝らなきゃいけない事があるんです」


 先輩から気味の悪い笑みが消えた。うなだれるように視線を落としたその姿は、少しだけいつもの先輩に戻ったような気がした。


 「謝らなきゃいけないのはあたしの方だよ。あたしは君を利用した。あたしは、君の前で〝先輩〟という役を演じてただけなんだよ」

 「何言ってるんです? 先輩が何言ってるのか全く分からないんですけど」

 「分からなくて当たり前。これからも分からなくていい。むしろ君は分かっちゃいけないんだ」


 寂しそうに呟くその声は、最後に先輩を見たあの日と同じだった。春に会ったその時なら、こんな先輩の姿は想像できなかっただろう。


 「ごめんね」


 謝られてこんなにも困惑したのは初めてだ。謝れる覚えなんてない。謝らなきゃいけないのは僕の方なのに。


 「…どうして、あれから部活に来てくれなかったんですか? ずっと、ずっと、待ってたんですよ?」

 「変なの。あたしのことあんなに嫌ってたくせに」

 「嫌ってなんか……」


 そうだ、僕は先輩みたいな人が大嫌いだ。初対面の時だって印象は最悪だった。嫌悪感を感じたのも事実。なのにどうして、僕は傍にいたんだろう。どうして……嫌いだって、言えなかったんだろう。


 「僕は…嫌いだなんて一度も」

 「あたしは君が嫌いだよ」


 ズキンと心臓に痛みが走った。首が絞められたように呼吸が苦しくなる。


 「いつもぶっきらぼうで無表情で皮肉しか言わない。周りのことを冷めた目でしか見ないで、自分のことばかり正当化しようとする。なのに何かしていないと落ち着かなくなって、勝手に責任感背負って、必死に部活を成り立たせようとする君が…あたしは大嫌いだった」


 その言葉とは裏腹に、先輩が浮かべた笑みは優しかった。


 「これでやっとおさらば出来る。二度と会うことはないよ。会っちゃいけないんだ、あたし達は」

 「おさらばって…。どういうことですか! 何でそんなこと言うんです! 僕が悪いって分かってますから。もう二度とあんなこと言いませんから。お願いだからそんなこと言わないでください!」

 「泣きそうな顔しちゃってさ。でも、もうどうしようもないんだよ。……そうそう、まだ名前言ってなかったよね。あたしの名前は千春。ありがとう松戸彩斗、そして…」


 「さようなら―――――」


 いきなり雷鳴がとどろいた。あまりの眩しさに一瞬目をつぶってしまったのがいけなかった。目を開けた時、先輩の姿はその場から消えていた。


 どうして先輩は俺の名前を知っていたんだ。しかもフルネームで。それに、先輩は最後に何か言っていた。一体、何を…。

 雨は既に上がり、残された俺はただ一人髪から滴る雫を眺めることしか出来なかった。


    ◆    ◇    ◆    ◇    ◆


 その後、僕は学校中で先輩を探した。だが、先輩を知っている人は誰一人としておらず、先生ですら、文芸部員は僕一人だと言い出した。

 なら、あの先輩は一体誰だったと言うんだ。確かに先輩は存在した。話もしたし、腕を掴まれたりもした。幽霊なんてもののはずがない。なら一体…先輩はどこに行ってしまったんだろう……。


 僕一人となってしまった部室。いつもなら、目の前で先輩が机に腰掛けていたのに。

 僕が意味もなく書き続けていた活動日誌。これにもちゃんと春から今までの分の記録が残っている。


 不思議な人だった。きっとこの世のどこを探したって、先輩みたいな人はいないだろう。

 結局、先輩に謝ることは出来なかった。こんなに後悔したのは生まれて初めてだ。

 それに、他にも言いたい事があったんだ。僕がもう少し、素直になっていたなら…。



 「先輩…。僕は、あなたのことが好きでした」





 誤字脱字などありましたらご指摘お願いします。

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