第1話「抜いた刀は」
いやーなんとなく書いてみました。
「精霊だけど〜」が本業なんで、こっちは不定期です。
気が向いたら読んでみてください。
男は剣士だった。
正確には、まだ、剣士だ。
まだ、な。
その男の名はケルン。
故郷の世界ではよくある名前だった。
ま、よく生きて来たほうだな。
ケルンは自分の剣を抜いて、しみじみと見つめた。
ふと故郷が恋しくなる。
もはや顔見知りなど誰もいないであろう故郷。
16才だったか?ケルンはそんな事を思い出した。
その年で、彼は村を出た。それっきり戻っていない。
しかし、望郷の思いが彼の胸を駆け巡る。
死ぬならあそこがいいな。げんきんなものだな、捨てたはずの故郷が、今こんなにも恋しいとはな。
自らも呆れる程にセンチメンタルだった。
男は30を過ぎた頃、突然この世界へやって来た。
正確には連れてこられたというべきか。
よくは覚えていなかった。ある日、目覚めたら、今までとはまったく違う世界にいた。
どうせ、その日暮らしのような生活だったんだ、渡りに船だったがな。
ケルンは自分に言い聞かせるように思った。
この世界では、ケルンは強かった。
肉体的にも。そして、失うものなど何もない。
精神的にも、ケルンは達観の境地だったのだ。
それからは流浪の日々だった。魔物や、時に魔より醜悪な人間を切りまくって生きてきた。
ある意味では満足だった。
だが何かが残ったわけではない。感謝こそされたが、ただそれだけ。
そして、いよいよ剣にガタが来た。
二週間前、襲って来た強盗を切り倒した時。
剣の断末魔を聞いた。
剣を打ち直すという手もある。
新しく剣を買うという手も。
が、ケルンはそれをしなかった。
折れて、自らも死ぬなら、それでいいと思った。
それ以来、剣は抜いていない。
今夜も、酒場で因縁を付けてきた男と喧嘩をして、抜きかけたが、衛兵がやって来て、事なきを得た。
恐らく、切れてあと一回。受けてあと一回。切れずに折れるかもしれない。
次の一撃が、生涯最期の一撃になるだろう。
そんな事を思いながら、ケルンは剣を鞘に戻した。
さて、寝るか。
そう思い、焚き火を小さくしようとした時、
「きゃあー」
女の悲鳴が響いた。
別に放って置いても、俺の身に害はない。
聖人君子じゃないからな。そうは思ったが、人の性は変えられない。
ケルンは、ゆっくりと立ち上がった。
女を助けて死ぬか。
それも悪くない。
闇に目を凝らし、悲鳴がした方を見る。
遠くに動く人影。
あそこか。
一歩一歩、確かめるかの様に、彼は歩みを進めた。
「ぐあっ」
小さく、だが、苦悶の表情を感じさせる声が聞こえた。
「アイン!アイン大丈夫?」
女の声がした。
「ふふふ、なかなか頑張るじゃないか?」
「き、貴様なんかに、レーナはやらん」
痴話喧嘩か?
馬鹿らしい。
ま、乗りかかった船だ。
今更引き換えせんな。
存外律儀なケルンは、歩みを止めない。
「アイン。貴様が反抗しても無駄だ。俺は次期領主だぞ?」
「それがどうした。なら尚のこと、ここで貴様を討つ」
貴族の馬鹿息子と、兵士の倅が、女を取り合いと言ったところだろうか。
ようやく彼らの姿が見えるようになって来た。
前方に、剣を抜き、向かい合う男が二人。一人の背後には同じ位の年格好の男が二人。もう一人の背後には、若い女がいた。
ケルンはややあって、現場に到着した。
緩慢な動作で腰を下ろした。
決闘なら、助ける必要は無いな。
「貴様!何者だ?」
貴族が声を放った。
「悲鳴を聞いてやって来た。が、決闘なら手出しはしない。勝手にやれ」
決闘とは、そういう物だ。正しい者が勝つとは限らない。
「ふん。好きにするがいい」
貴族は言った。
しかし、相手方、アインの女がすがるように声をかけて来た。
「た、助けてください。このままじゃ彼が、アインが」
「何故?一対一だ。負けるのは弱いからだ。致し方ないだろう」
「な、何で?」
「それが決闘と言うものだ」
「ふん。話の分かる男だな。さてアイン、続きをしようか」
「望むところだ」
激しく斬り合う二人。
ケルンは煙草に火をつけた。
貴族の打ち込みを何とかしのぐアインという男。
リズミカルに斬撃を繰り出す貴族の男。
アインは劣勢だった。
身体の所々に裂傷を負う。
だが目は死んで無かった。
なるほど、口だけじゃないな。
優勢に、顔を歪めて笑みを浮かべる貴族の男。
一方、苦しそうに刀を受けるアイン。
なかなか面白い勝負だな。
しばらく均衡は続いた。
しかし変化が訪れる。
劣勢ではあるが、致命傷を受けないアイン。
優勢のはずが、肩で息をし出す貴族の男。
慣れと疲労か。
さて、どちらが先に折れるかな。
ケルンは他人事だった。
貴族の太刀筋に適応し出したアイン。
切られて覚えたか?
徐々に、受けの精度が増す。
攻め続けている貴族。優勢は変わらないが、その顔には焦りが浮かんでいた。
やがて息が上がってきた。
それは唐突に訪れた。
貴族の剣を、十字で受けたアインが、鍔で剣を払う。
ギィン!
貴族の剣が宙を舞った。
「ま、まさか」
驚愕の表情が、恐怖のそれに変わる。
アインは貴族へ半歩進み出る。
「覚悟」
アインが剣を振り下ろそうとした瞬間。
暗闇を切り裂く高い風の音。
アインの肩に矢が突き刺さった。
「グアッ!」
もんどりうって倒れるアイン。
矢は、貴族の男の仲間が放ったものだった。
「ははは。よくやった。アインよ。まぐれで勝てると思ったか?」
貴族の男は、やたら余裕を振りまきつつ、剣を拾い、アインに迫る。
「卑怯よ!」
レーナが叫んだ。
「戦いに卑怯も糞も無い、お前は俺のモノだ」
アインは気丈にも起き上がり、剣を持ち直そうした。
しかし二発目の矢が、アインの剣を飛ばした。
「終わりだな、おい、このまま射抜け。首は俺が落としてやる」
貴族の言葉に仲間が、矢を装填する。
「いゃああああ」
レーナの叫び声が一帯に響き渡った。
だが、矢は放たれ無かった。
どこからか飛んできた石つぶてが、矢をつがえていた男の頭を直撃した。
そして、第二波。
隣りにいた男も石くれにより昏倒した。
貴族がケルンを見た。
「何のつもりだ。決闘には手は出さないんじゃ無かったのか?」
「ああ、手は出さないさ。決闘ならな。だが途中から決闘じゃなくなったもんでな、好きな方に加勢させてもらう」
「貴様ー!戯れ言を、まず貴様から殺してやる」
「期待している」
半分本心。半分建て前だった。
いつ死んでも構わないが、自分を殺すのは相応の人物であって欲しいと、ケルンは思っていた。
彼の、最後のささやかな願いだった。
貴様が、早足で突進して来る。
それを視認しつつ、剣に手をかけた。
だが、ケルンは剣を抜かない。
貴族の男はその姿を怯えと取ったようだった。
「臆病者め、口だけか?あの世へ行けー」
貴族の男が身体ごとケルンにぶつけるように、上段から切り下ろした。
その刹那。
ケルンが半歩前へ出た。
間合いが狂う。
貴族の剣は握った柄が、ケルンの頭に来るような位置に振り下ろされた。
ケルンが左手で柄を受けつつ、右足で男の左足を払いつつ、体を後ろに自ら倒す。
男とケルンは重なり合って倒れた。
アインとレーナがやって来る。
下敷きになっていたケルンが動き、貴族をどける。
貴族は絶命していた。
腹に自分の短剣。腰にあった脇差しのようなモノが刺さっていた。
倒れる瞬間。ケルンは空いていた右手で貴族の短剣を抜き。
その腹に突き立てたのだった。
こんな奴に、己が剣は抜きたくなかった。
「剣士様、なんとお礼を言ったらよいか」
アインとレーナが、頭を下げて来た。
「礼などいらん。死ぬまでの暇つぶしだ」
ケルンはそう言うと、億劫そうな足取りで、夜の闇に消えて行った。
読んで頂きまして、ありがとうございました。
ハードですよねー。
「精霊だけど〜」に比べると、暗い感じになってます。
ま、こんなんも書きます(笑)