最終章:絶対宣言
【七森春日】
季節は流れて4月、僕は高校3年生になった。
桜華と恋人になってから数ヶ月。
慌ただしく過ぎ去っていく日常。
僕は学園の中庭で園芸部の活動の最中だ。
土をいじり、花を育てる時間が一番楽しい。
「……アネモネ、今年も咲いたなぁ」
綺麗に中庭一面に咲き誇るアネモネの花。
毎年植えている花だから思いいれも強い。
赤色のアネモネの花を触っていると、後輩たちも楽しそうに園芸を楽しむ。
今年はまた女の子ばかり部員が増えた。
地味な部活ながら人数も増えて僕が引退しても安泰だ。
今年の夏ぐらいで園芸部も引退だから、それまでに花の育て方を教えてあげなくちゃ。
「綺麗に咲きましたわね、春日」
「咲耶さん?」
いつのまにか中庭に咲耶さんが来ていた。
彼女はアネモネの花を見つめて優しく言う。
「……アネモネ。花言葉は確か『儚い恋』、『恋の苦しみ』だったかしら?」
「えぇ。でも、いい意味もあるんですよ」
「知ってるわ。残念ながら、私には春日からその言葉を言われる相手ではないけれど」
微笑すると彼女は「またお仕事しない?」と誘いをかけてくる。
桜華みたいなモデルの仕事はこれまで何度かしたけれど、やっぱりなれない。
「遠慮しておきます」
「……つれないわね?まぁ、また機会があれば説得するわ」
何かと恩を与えて咲耶さんは僕に女装モデルをさせたがる。
女装モデルをすると自分の尊厳を見失いそうだし、桜華が不機嫌になるから嫌だ。
桜華と言えば普段からも女装させなくなった。
『春ちゃんは今のままでいいのよっ!いい?』
いい事と言えばいい事だけど、妙にライバル視されているのは気のせいだろうか?
「そう言えば、聞いてる?桜華がモデルのお仕事、やめるかもしれないって……」
「え?それは本当ですか?」
「完全停止じゃなくて、ちょっと休業みたいな話をしていたわ。モデル業ってブランクあいたらキツイのはあの子も分かってるのにどうしてかしらね?」
彼女は不思議そうに言って、「出来れば彼女を説得してあげて」と僕に告げる。
あの桜華が自分からモデル業を辞めると言いだした?
僕にはどうにも信じられない。
だって、小さな頃から桜華にとってモデルは憧れの職業だった。
初めてモデルになった時の桜華の喜びようは半端なかった。
それなのに、自分からやめるなんて……。
彼女が立ち去ってからも僕は肥料をいじりながら桜華の事を考える。
夢の話。
僕にはフラワーアレンジメントの職業に就きたいと考えている。
高校卒業後は専門学校に行く予定だし、将来は自分の花屋を持ちたいとも思う。
僕は花が好きだから、その職業につきたい。
桜華にも同じように、モデルを目的にこれまでやってきたはずだ。
「……夢が達成されたから、次の夢を抱いた?」
というのが妥当な線だろうか。
既にファッションモデルとして彼女はある程度の地位は作っている。
女子高生に人気のモデル、桜華の評判はそれなりに高いと聞いている。
「なおさら、分からないよな。桜華はどうして今になって辞めるといいだした?」
調子も悪くないはず、移り変わりの激しい業界において大変なのも事実だ。
「桜華の事も気になるけど、これも完成させないと……」
僕はショベルで土を掘り返して、新しい花壇を制作する。
今年、新しい部員が増えたこともあり、拡張工事の真っ最中なのだ。
男手は相変わらず少ないので、少数精鋭とばかりに皆で頑張っている。
「……あれ、桜華じゃないか?」
ひとしきり地面を掘り終えた僕が休憩していると、桜華らしい少女が渡り廊下を歩いてる姿を見かけた。
「桜華っ!」
僕が声をあげると彼女はこちらに近づいてくる。
「私を呼んだ、春ちゃん?」
「桜華、まだ学校に残っていたんだ?」
「まぁね。ちょっと居残り勉強させられていたから。春ちゃんも終わり?だったら、一緒に帰ろうよ。あっ、荷物持ってくるね」
彼女はすぐに教室へと駆けていく。
「……別に普段通りだったよな?」
特に何かに悩んだ様子もなく普通に見えた。
桜華に何の悩みがあるのか知らないけど、僕も力になってあげたい。
僕はアネモネの花束を持ちながら桜華と共に帰宅する。
アネモネの花を桜華にあげたらすごく喜んでくれた。
「相変わらず、アネモネが好きなんだ」
「当たりまえでしょ。だって、こんなに可愛い花だもの。それに私にとっては大事な思い出のある花だからねぇ」
「……思い出?」
僕が尋ねるとなぜか彼女は唇を尖らせて頬を膨らませる。
「うわぁ、ひどい。思い出の張本人は覚えてないんだ?」
「え?何かあったっけ?」
「私がアネモネの花が好きなのは春ちゃん絡みなのに」
彼女は真っ赤な夕焼けに照らされて眩しそうに目を細める。
思い当たる節もなく「?」と疑問を抱くしかない。
「ホントに覚えてない?アネモネって春ちゃんが一番最初に育てた花じゃない。そして、私に一番最初にプレゼントしてくれた花。嬉しかったんだよ」
彼女は笑いながらそう言うと、
「花言葉は『君を愛す』。私の事が好きなんだってホントに喜んでたのに」
その花言葉があるのは知っていた。
けれど、僕はその意味を持って桜華にプレゼントしたわけじゃなかった。
あの頃、僕と桜華はまだ兄妹になりたてだった。
両親の再婚後、いきなり妹ができた僕は戸惑っていたんだ。
本当に小さな頃だったから、下手に意識する程じゃない。
今みたいに義理の兄妹とか意味も分かっていなかったから、単純に異性の女の子が家族になって、僕はどうしていいのか分からなかった。
仲良くしたいと思って育てていたアネモネの花をプレゼントしたんだ。
『きれい~っ。ねぇ、お兄ちゃん。これを桜華にくれるの!?』
『桜華ちゃんにプレゼントだよ。きにいってくれた?』
『うんっ!!ありがとう、お兄ちゃんっ!!』
それがきっかけで僕らは自然と兄と妹の関係になっていった。
いや、あまりにも慣れ過ぎて、途中で立場逆転という悲しい状況も生まれたけどね。
それも含めて、言われてみれば思い出のある花だった。
そっか、だから桜華はアネモネの花が好きだったんだ。
春の陽気は心地よくて僕は好きだ。
もう散ってしまった桜並木道を沿いを歩いていく。
「あのさ、桜華。モデルの仕事をやめるって本当かな?」
「ん?誰からそんな話を……?」
「咲耶さんがそんな風な事を言っていたけど?」
「あー。アレか。別にモデルのお仕事はやめないよ。やめるつもりもない。ただ、ファッションモデルとして自分を鍛えなおした言って言うか、少しだけお仕事をセーブしてもっと自分を進化させたいなって」
「……もっとモデルとして頑張りたいってこと?」
桜華はモデルとしてのランクアップを目指しているらしい。
向上心があると言うのはいい事だ。
「世の中、春ちゃんみたいに素材と話題性があれば一流もどきのモデルになれたりする場合もあるけど、実際はそんなに甘い職業じゃないから。まだまだ私も上を目指すならここで満足しちゃダメだってこと」
「桜華ってホントにすごいね」
僕が彼女を褒めると照れくさそうに顔を赤らめる。
「な、何よ。褒めたって何も出ないから」
「本当にそう思ったんだよ。僕に夢があるように、桜華にもしっかりした夢があるんだって。そう思ったんだ」
「春ちゃんの夢って世界を股に掛ける女装モデルだっけ?」
「違うってば!?うぅ、そんなモデルにはなりたくありません」
実際になったら親が泣くよ……。
いや、泣かないね、むしろ前回は母さんはなぜか喜んでたし。
「フラワーアレンジメント。お花の空間プランナーだっけ?春ちゃんらしい」
「僕も努力しないといけないよ」
「……春ちゃんなら大丈夫だよ。昔からお花とか大好きだったし、きっと春ちゃんならなれるって。夢、叶うといいわね」
桜華はそっと僕の手を握る。
女の子の手の温もり、昔は怖かった妹が今では可愛い恋人になっている。
「あっ、でも、夢ばかり追いかけて私との関係をおろそかにしちゃダメよ?」
彼女は人差し指を僕にビシッと付きつけて昔と同じ口調で言う。
「どんな時でも私の事を最優先にすること、オッケー?」
彼女お得意の絶対宣言、僕に逆らう権利などない。
僕はくすっと穏やかな笑みを浮かべる。
「言われなくてもそうするよ。その代わり、桜華も僕を大事にするように」
「……私は常に春ちゃん第一主義だけど?」
しれっという彼女、僕は嬉しくなりながら握る手の強さを強める。
季節は春、まだまだ春の季節は始まったばかり。
「桜華。好きだよ」
僕の言葉に彼女はくすぐったそうに「そんなの知ってるよ」と笑う。
「――春ちゃんは私の大事な男の子だもん」
【 THE END 】
草食系男子×肉食系女子。という一時ブームになった話題をテーマに作品を書いてみようとした結果、男の娘×ヤンデレという結末に終った謎。あれ、どこで路線を間違えたんだろうか?なんか同じことの繰り返し(喧嘩して仲直り)だった気がしない事もない作品でしたが。楽しんでもらえたら嬉しいです。