第7章:花の王子様?
【SIDE:七森桜華】
私にとって兄貴は幼い頃からずっと下僕扱いしてきた。
気の弱い性格、ちょっと脅せばすぐに言う事を聞く男の子。
『だ、ダメだよ、桜華ちゃん』
『うっさい。私の命令が聞けないの?いいからこの服を着て』
『僕は男なんだよ、スカートなんて……あーっ』
もうずっとオモチャ扱いしてきたし、兄妹になってから兄と思ったことはない。
年上らしさのない彼に私は常に対等、それ以上の関係を作り上げてきた。
彼は昔から女の子っぽいので、兄と言うより妹みたいだったの。
だから、それが普通の事だと思っていたわけよ。
それなのに、女顔なのは今も変わらないけど、高校生になってから妙にカッコよさも兼ね備えるようになってきた。
気がついたら私の中で彼は“男”になっていた。
お風呂上がりとか、上半身裸の彼を見てドキドキしたり、それまで何ともなかった会話すら意識するようになっちゃって。
それは私だけのものではならいしい。
彼は女性にそれなりの人気を得ているようだ。
……兄貴は私だけのものだ、他の誰にも渡さない。
そんな独占欲を振りかざす私、傍目に見ればブラコンの妹。
それでもいい、ブラコンと呼ばれても私は兄貴のことが……。
私の心配の種に水をまいて育てようとしている、ようするに重大な事件が起きたのは4月最後の週の月曜日だった。
昨日は兄貴とデート、のはずがその予定は土砂降りの雨で流れた。
悔しいなぁと思いつつ、ゴールデンウィークで挽回させてやる気でいっぱいだ。
私が慣れ始めた高校の教室に入ると友人の和音に声をかけられた。
「おはよう、桜華。今、貴方のお兄さんの話で盛り上がっていたのよ」
友人たちはなぜか私の兄貴の話をしていたらしい。
「兄貴の話?何で?別に普通の人でしょう」
「いや、あの人が普通なら世間がどれだけ変なのかって。先輩って優しいじゃない、それに顔も綺麗だし、花好きなのが好印象で今、1年の女子で結構話題の人なのよ。やっぱり、あの部活紹介の笑顔が効いたのよねぇ」
と、和音も満更ではなさそうに答える。
「あの笑顔?ただ花が好きだって言っただけじゃない」
部活紹介の時、彼は自分が花を好きだという事を熱く語っていた。
それが彼を後輩たちの間でいい評判にしているのは知っている。
男の花好きが印象が悪いのはイメージの問題。
しかし、彼は見た目が美少年と言う言葉が似合う男の子なのでプラスになったらしい。
実際に園芸部には女子の部員が増えたそうだ。
「花の王子様って噂なのよ。1年の女子の人気者」
「は、花の王子様?あははっ、マジで?めっちゃ笑えるわ、それ」
私はお腹を抱えて笑う。
だって、王子様だよ、今時、王子様……。
本人にぜひ聞かせてあげたい、ものすごく嫌な顔をするに違いないから。
「あら、笑わなくてもいいじゃない。彼にはぴったりでしょう」
「ていうか、あれは王子じゃなくてお姫様じゃない」
「確かに女の子に見えるくらい綺麗な人だけども。お兄さんって桜華のお母さん似?」
世間一般で私たちが義理の兄妹という事は知れ渡っていない。
だって、言う必要がないもの。
だから、ここでは適当に誤魔化しておくことにする。
「そうね。うち一族は基本、女の遺伝子が強いのよ。私ももちろんママ似なの」
「ふーん。それにしても、先輩って中性的すぎない?身体も細いし、顔も綺麗で……あっ、そうだ。この間合コンの時に言っていた、昔の写真っていうのは?」
周囲の女子が「私も見たい~っ」と興味を持ってしまっている。
うぅ、他の子が兄貴に興味を抱かれるのは本意ではない。
「言うほど面白くないかもよ?」
「それでもいいわ。私が見たいの、先輩ってどんな子だっただろう」
和音は兄貴にとても好印象を抱いている様子。
前も私なしでも話をしていたようだし……まさか、うちの兄貴を狙ってるんじゃ?
「和音ってうちの兄貴に気でもあるの?」
「え?あ、どうだろう。いい人だよね、とても落ち着いて穏やかな人」
「まぁ、草食系だし。……で、本音はどうなの?」
誤魔化されないという態度を見せると和音は苦笑いをした。
「……少しだけ、いいなぁって思っていたり」
「マジで?あれはやめといた方がいいって。男としては頼りなさすぎる」
「それがいいんじゃない。こう、守ってあげたくなるの」
あぁ、こういう女の子っているわ……母性をくすぐられるとかそんなわけのわからない理由を並べる女子。
……男の子を守ってあげたい、私には分からないな。
ていうか、兄貴が狙われているってことに危機感を抱く。
私の彼氏だって、堂々と言えないのが何よりも悔しい。
もうすでに先約済みなんだからね!
「そんなことより、ちゃんと写真を持ってきてよ」
「分かったわよ。用意するわ……」
「ホント?楽しみにしているからね」
気軽にそんな口約束なんてしなければよかった。
私は仕方なく写真を持ってくることになった。
携帯電話にパソコンの画像を転送するだけなんだけどね。
パソコンに前にスキャナーでお気に入りの兄貴の画像は取り込んでいる。
私のコレクションを世間にさらすのは嫌だけども、ここで拒むことも友人たちの手前、理由を探られるが恥ずかしいので仕方がない。
「兄貴が人気者になるのは何だか複雑よ」
これはただの妹心ではない、私は自分の気持ちに呆れていた。
……意地悪したくなるほど大好きってどうなのよ、私?
放課後に私は何となく中庭を覗くと、部活をしている兄貴の姿を見つけた。
花の世話をするために土だらけになる。
家の花壇で小学生に入った頃から自分で花を植え始めて、それにハマって以来、彼の中で花を育てることは生活の一部になっていた。
「花の王子様って、見たまんまじゃない」
彼の周りに女の子たちが集まっている。
一つの花を世話するために彼の横には何人もの女の子が近づいてる。
その視線は花と言うより、兄貴に向けられてるのは気のせい?
「先輩、この花ってアジサイですよね?」
「そうだよ。6月に咲く花で、僕らのずっと前の先輩が植えた花なんだ。毎年、後輩に世話を受け継いでもらうための花でもある。キミ達もこの花が咲くころにはお世話をしてもらうことになるんだ」
「そうなんですか。私たちも頑張らないといけませんね~」
何をがんばるつもりだ、何を。
花の世話をするだけでそんなにぴったり寄り添う必要はない。
さらに言えば、兄貴も何を爽やかな笑顔なんて浮かべてるのよ。
「何をつまらない顔をしているんだ?」
私の横に立っていたのは七森信吾(ななもり しんご)という男だ。
同じ七森の名字をもつこの男の人は私の従兄であり、この学校の英語教師でもある。
「信吾先生、この私に用でもある?」
「相変わらずの態度だな。ちょっとは可愛げなんてものを身につけた方がいいんじゃねぇの?まぁ、お前にとって“好きな男”の評価以外はどうでもいいか」
「うっさい。人の心配より自分の心配をしたらどう、28歳独身」
「こういう仕事をしていると中々出会いがなくて困る。ガキ相手からはモテるが女子高生に興味はないからな。せめて、女子大生ぐらいと付き合いたいね」
普段から女子生徒に囲まれているくせによく言うわ。
「生徒に手を出して犯罪者にでもなればいい」
「俺もまだ教師って仕事は続けたいからな。安月給だが公務員は安定してる」
彼は苦笑いして、私の頭をポンっと撫でた。
「……先生、セクハラって言葉を知ってる?」
「従兄妹同士のスキンシップに細かいことを言うなよ。昔は『お兄ちゃん~』って甘えた仲だろう。いや、違う。あれはお前じゃなくて、春日の方だったな」
子供の頃から信吾さんにべったりと懐いていたのは兄貴だ。
今でも彼を実の兄のように慕っている様子をみせている。
「……すみませんねぇ。妹の方は可愛げがなくて。それで、その様子だと可愛げのある兄貴に用があるの?」
「どちらにも用という用はないさ。ただ、姿を見つけたから声をかけただけ。ふっ、桜華も相変わらずのブラコンぶりだな。私のお兄ちゃんに近づかないでって顔をしていたぜ。周囲の連中は気付いてないようだが。恋する妹は兄が好きすぎて意地悪しちゃうのってか。お前のブラコンぶりはすごいよ」
この人は昔から私達の関係の本質に気づいている。
家族や親族の間では仲の良い兄妹を演出しているが、実際は私の一方的な主従関係。
それに私の想いにも彼にはずっと前から気付かれていた。
嫌な男だ、面白半分でかき乱すことはしないだけマシだけども。
「……別に。そんな顔をしていないわよ。ていうか、ブラコン言うな」
「我が侭女王様が義兄にラブラブなんて知れ渡ったら面白いことになるぞ」
「そんな事をしたら、どんな手を使っても先生をこの学園から辞めさせてやる」
「おおっ、怖い。心配しなくても俺は何もしないさ。お前をいじめると昔から可愛い春日が怒るから。知ってるか、あいつが怒るのはお前絡みでしかないことを。たまには優しくしてやれ、飴とムチは使い分けろってな。ははっ」
彼はそう笑いながら中庭を去っていく。
「ふんっ、余計なお世話だっての」
私は再び兄貴達の方に視線を向けた。
女の子が苦手と言いながらも、彼は女性に人気がある。
人を惹きつける魅力……それは彼の持つ優しさであり、穏やかさであり、容姿であったりと人によって惹かれるところは違うけど、誰にでも好かれる要素を持つ。
「他人なんてどうでもいい。私だけに向けてよ、その笑顔は……」
帰ったらまた彼の嫌がることをさせてお仕置きしてやる。
――私はそう心にきめて、その場から歩き出した。